第48話 三匹の猟犬
補給を終えたマザー達の部隊はラーダッド首都へ向けた進攻を再開。
これを迎撃する為に布陣していたヴィレット空軍基地の戦力と正面からぶつかることとなった。
ラーダッドの軍備は決して充実していないが、ヴィクトルは己の権限で集められる限りの戦力をヴィレット空軍基地にかき集めた。
このヴィレット空軍基地を突破されればラーダッド単独での敵部隊の迎撃は不可能と判断され、各国に対するマザーに関する情報の開示と支援の要請が行われる手筈となっている。
そうなった場合にラーダッドがどのような立場に置かれるかは誰も予測出来ていないが、ヴィクトルとアリシアの見解は『碌なことにならないだろう』というもので一致していた。
つまりはここで決着を付ける他ないということだ。
「各機、攻撃を開始して。目的は敵航空戦力の足止めだから、撃墜を狙う必要はないわ。戦闘機なんてただでさえ高いんだから、危険な橋は渡らないように!」
エアー7を旗艦とした航空部隊はアリシアの指揮の元、空対空ミサイルによる散発的な遠距離攻撃で敵の航空戦力の足止めを行っている。
今回はスカイブルーも突出することなく狙撃銃を装備し、エアー7を足場とする形で遠距離攻撃に参加している。
単機で突出してもガルガンディアとアサルトハウンドによる連携で阻まれカレスへの直接攻撃が困難なことは前回の威力偵察で理解している。
それならば後方に布陣させ相手の主力を牽制する形とした方が有用という判断だった。
実際スカイブルーが突出しないことで敵主力であるガルガンディアとアサルトハウンドの動きは抑えられている。
下手に敵が主力を動かせば手薄となった本陣にスカイブルーが突っ込んでゆくためだ。
そうして空ではある種の拮抗状態が生まれている。
油断なく状況を観測しながら、エレナは小さく息を漏らした。
「敵が無人航空機を開発していなかったのが唯一の救いだったね。そんなものが出てきてたら正直お手上げだった。何しろ機動力が違う」
「怖いこと言わないでよ……」
「あぁ、怖いで思い出したんだけど」
「あんまり聞きたくないんだけど?」
「万が一エアー7が撃墜されたら私達破産だから、気を付けてね」
「だから怖いこと言わないでってばぁ……!」
核となるジュノーエンジン以外は代えの利く第四世代ギアと異なりフォートレスはハイテク機器の塊であり、その資産価値は計り知れない。
アリシア自身薄々気付いていたことではあったが、知りたくもなかった事実を突きつけられて彼女は軽く悲鳴を上げる。
外部との通信機が切れていたのが唯一の救いだったと言えるだろう。
ラーダッドとマザーの部隊の空中戦力は拮抗状態にある。とはいえこの状況はそう長くは続かないだろう。
長期戦になれば補給が行えるラーダッド側に有利だが、敵側もそれは承知している。あまり長引けば損害を覚悟で部隊を前進させてくる恐れがある。
そうなれば相手に与える損害も大きくなるだろうが、ラーダッド側の戦力にも大きな被害が出る。
資金繰りに頭を悩ませているラーダッドにとって戦闘機の損傷は痛手だ。航空戦力による攻撃を牽制に留めているのは、被害を大きくしないという目的もある。
そうなると戦況を左右するのは地上戦。状況が動く前に地上部隊が作戦を果たすことが出来るかという点にあった。
とはいえ地上戦力も決してラーダッド側が有利とは言えない。敵のAIが操縦するハウンドはラーダッド側のギアよりも動きが良く、撃ち合いではまず敵側に分がある。
遮蔽がなければ話にならないということでラーダッドの部隊はヴィレットにある街に部隊を布陣。
住民の避難を済ませた街一つを丸ごと戦場にして戦線を維持している。
『敵の射線から逃れつつ牽制。正面からの撃ち合いは避け、各ポイントの維持を優先しろ』
通信機から入るヴィクトルの指示に、クライドは思わず笑みを浮かべる。
拠点防衛、戦線の維持。退屈極まりない任務だ。停滞ほどつまらないものはない。
しかしクライドがその指示に従う必要はない。別動隊である彼の部隊には他の役割があった。
『こちらA4。正面に三機。距離一千。中央の一機を隊長機と推定』
「上等だ、仕掛けるぞ犬共っ!」
『誰が犬ですかっ』
『承知しましたわっ!』
『姉さん……』
クライドの操るライトニングハウンドに、二機の白いライトニングハウンドが追随している。
指示を快諾した方のライトニングハウンドが鎖から放たれた狩猟犬のような勢いで敵機に迫る。
もう片方の機体はそんな相方の様子に呆れた声を上げつつも、対物ライフルによる牽制を行う。
狙撃によって動きの乱れた敵のハウンドだったが、すぐさま体勢を整えて接近するライトニングハウンドの迎撃を試みる。
しかしハウンドの射撃を予想でもしていたかのように、ライトニングハウンドは高々と跳躍してこれを回避。
置き土産とばかりに跳躍の寸前に投擲したダガーがハウンドの頭部のメインカメラを穿ち、動きの鈍くなった機体のコックピットを対物ライフルの銃弾が貫く。
残った二機のハウンドは跳躍したライトニングハウンドに狙いを付けるが、後方から迫ったクライドがショットガンを放ち更にもう一機を撃墜。
そのまま続けて隊長機と目されていたもう一機を撃墜――ということはせず、残った一機との距離を詰める。
ハウンドは空中のライトニングハウンドに対してアサルトライフルによる攻撃を行うが、ブースターを用いて小刻みに軌道を変えるライトニングハウンドを捕えられない。
ヴィクトルから精鋭を付けると言われても、クライドは然程期待していなかった。引き合わされたのがやかましい双子の小娘だった時には頭痛さえ覚えた。
しかし行動を共にしてすぐにその評価は覆された。この二人は相当に腕が良い。
先陣を切る姉、マリィは落ち着きこそないがギアの操縦技能はクライドを上回っているのではないかとさえ思える。とにかく反射神経が並外れていて、一つ一つの動作が迅速で的確だ。
それをフォローする妹、リリィの狙撃の腕も相当なものだ。FCSによる照準に感覚による補正を加えているのか、動きの速いハウンドを正確に狙い撃っている。
「ECMを起動する。仕留めろA3!」
『喜んでっ!』
ハウンドに接近したクライドがECM――ジャミングを起動。次いでマリィがハウンドの背後に着地。後方からジェネレーターを破壊。
同時に事前に示し合わせた通り、リリィが煙幕弾を使用して視界を妨げる。
『こちらA4、この場は引き継ぎます。南西方向から接近する機影を確認しています。足止めを』
「了解だ。A3、付いて来い」
『承知しましたっ』
外部スピーカーに切り替えて直接通信を行い、クライドはマリィを引き連れて南西へと向かう。
視界に映るのは二機の、赤いライトニングハウンド。
「はっ……まぁそうなるか」
他の地上部隊が牽制を行う中、派手に動いている集団があるのだ。エースが対処しに来るのが当然の対応といえる。
ヒートソードを手にした機体はアイン。ガトリングガンを装備した中距離型の機体は恐らくツヴァイ。
アサルトハウンドを使えるのならばともかく、同じライトニングハウンドで二機の相手はクライドであっても容易ではない。
しかし、それは彼が単独であればの話。
「剣持ちの相手はこっちでする。もう片方は任せる。足を止めればいい。大物だ。食われるなよ」
『心得ましたっ。ああ、それにしても……他人の指揮で動くというのも存外悪くないものですわねっ』
「トリップしてんじゃねぇぞ犬っころっ!」
外部スピーカーから専用回線に切り替えたがノイズはない。ECMの効果範囲を抜けている。
ならばここで足止めすればこちらの動きを気取られる心配は少ない。
それにしてもマリィのこのテンションの高さは戦闘による高揚によるものなのか、何にせよ他部隊との連携が難しいというヴィクトルの言葉に間違いはなかったと実感する。
ともあれ二機は左右に分かれクライドはアインを、マリィはツヴァイを狙う。
お互い初対面である以上高度な連携は望めない。一対一の状況を作るのが得策と判断しての指示だ。
「おらっ!」
クライドは左に向かって円を描く軌道でアサルトライフルによる攻撃を加えつつアインとの間合いを詰める。
目的は足止めだ。しかしこのレベルの相手に距離を取って時間稼ぎは難しい。相手に主導権を渡せばそのまま押し切られかねない。
アインはクライドの動きに構わず前進する。クライドはそのままアインの背後を取った。
至近距離。好機と見てショットガンを発射。
しかしアインは攻撃とタイミングを合わせて跳躍。一度クライドとの距離を離しながら空中で方向転換し、ライフルを放ってくる。
円を描く軌道で動くクライドの機体の先を読んだ攻撃。
しかしアインが方向転換した時点で、クライドはその動きを変えていた。それまでとは逆の右方向に機体を流しライフルによる攻撃を避けながら距離を詰める。
お互いの主武装はショットガンとヒートソード。射程はクライドのショットガンに分がある。正面からの撃ち合いは望むところ。
対してアインはクライドの側面から攻撃しようと回り込む。
センサーによる自動追尾では追い付かない。
アインが視界から消える度にクライドは頭部の動きをモーショントレースで追従させながら、消えた方向へと視界を動かし、機体を方向転換させ都度補足してゆく。
目が眩むような高速の攻防。薬物によって動体視力を引き上げ肉体の疲労を鈍化させて尚ギリギリの、綱渡りのような応酬。
『隊長殿っ! 行きましたわっ』
「はぁっ?」
そんな最中、マリィからの警告。ツヴァイがクライドに向かってミサイルを放ってきている。
迎撃は不可能ではない。しかしそちらに対処すれば十中八九アインがその隙を突いて来る。
『お任せを』
どうするか。判断を下すよりも早くリリィからの通信が入った。この時点でクライドはミサイルから意識を外し、アインに集中する。
彼女が任せろと言ったのなら任せればいい。
「犬っころ! 片方は任せたっつっただろうがっ!」
『なっ、なにぶん相手の動きが良いもので……』
『言ってる場合ですかっ!』
怒声を上げながらも、その口元には笑みが浮かぶ。
歯車が噛み合う。打てば響く。文句などただの悪態だ。マリィはよくツヴァイの足を止めている。そして届かぬ部分をリリィがフォローしてくる。
クライドに加わった二つの手足は十全に機能し、彼が期待した以上の結果を見せる。
これだけ気分よく戦えるのは、或いは初めてかもしれない。
クライドはミサイルによる攻撃とタイミングを合わせようとしていたアインに向かってアサルトライフルとショットガンを乱射。
予期せぬ反撃をアインは寸前で回避して直撃を避けるが、体勢を崩す。
同時に爆音が響く。ツヴァイの放ったミサイルがリリィによって迎撃されたか。
視線を向けることもなくクライドはアインに追撃をかけようとするが……。
『新手です、A2』
「ちっ……」
リリィからの報告に機体を止めて舌を打つ。
状況を不利と見たアインとツヴァイは後退。その後方からは四機のハウンドの姿が見える。
クライド達の居るポイントに戦力を集中させてきたか。
アインとツヴァイを含めれば六機。これを三機で相手取るのは容易ではない。
そう考えた瞬間。
『こちらO2。作戦成功。これより攻勢に出てください』
ダリアからの通信が入り、同時に近づきつつあったハウンド達がその動きを止めるのだった。




