第19話 敵の狙い
『降下の瞬間に守りに入るな。それは致命的な隙になる』
フォートレスから出撃して降下している最中、ユウリはいつもキリエのことを思い出す。
降下の瞬間というものは大抵隙が生じるものだ。前後左右の動きを制限される上に、落下速度を調整する必要があるため必然的に速度も落ちる。そしてパイロットの意識もそちらに割かれる。
だからこそユウリの師であり育ての親であったキリエは、降下の方法を徹底してユウリに教え込んだ。
曰く、それは第四世代を扱う上での必須技能なのだとか。
『降下という行為に慣れな。おっかなびっくり銃を扱うような奴は素人だ、そうだろう。……なに? そうは言ってもすぐには慣れない? それもそうか。じゃ、慣れるまで飛んでみようか』
挙句空の恐怖を克服するためという名目でパラシュートを使った降下を何度も何度も生身で体験させられた。
HALO降下の最中にキリエに下から銃撃されたときには死を覚悟した。
正直頭がおかしいと思ったが、そんなことを繰り返しているうちに確かに降下への抵抗は薄れていった。
その訓練の意味が分かるようになったのは、皮肉なことにキリエが死別した後だった。
孝行したい時に親はなし、とはよく言ったものだ。
『何度言えば分かるこの不器用が! 守るな、攻めろ。降下時の高さと運動エネルギーを活かせ。頭上を押さえれば相手の隙を突ける。高度エネルギーを速度エネルギーに変換すれば速力は上昇する』
「(はいはい……分かってるよ!)」
占領されたアルティマのギア生産工場の上空。出荷口への降下を行いながらユウリは状況を確認する。
大型戦車二機をバリケードの代わりにし、その背後で二機のナイトG3が出荷口を封鎖している。事前情報の通り。
相手もこちらに気付いたらしく照準を向けてくる。対空砲火用の機関砲ではなく主砲を向けてくる辺り、こちらが第四世代であるということは理解しているのだろう。
とはいえ、パラシュートで降下する第三世代ならいざ知らず第四世代ギアを戦車の主砲で迎撃するのは無理がある。
ユウリはブースターを吹かせ戦車の真上、主砲の死角に機体を移動。両手に構えた二丁のグレネードランチャーが火を噴き、二機の戦車にそれぞれグレネードが一発ずつ発射される。
スカイブルーからの攻撃に対応しナイトG3はその場を離れるが、戦車の方は対応出来ず命中。爆発が装甲を拉げさせ、戦車をその場から吹き飛ばす。
歩兵用のそれと異なり、ギア用に開発されたグレネードランチャーは威力、射程共に段違いだ。直撃すれば旧式の戦車など一撃で戦闘不能に持ち込む。
続いてスカイブルーはその場を離れた二機のナイトG3に二発、三発と上空からグレネードを打ち込んでゆく。
アサルトライフルにショットガンという武装は障害物の多い室内や近距離において威力を発揮する、対第四世代の典型といえる装備だが、ショットガンでは射程が足りず、アサルトライフルも対空兵器としては火力不足だ。
結局碌な抵抗も出来ないまま、二機のナイトG3もグレネードの爆発に巻き込まれその機能を停止させる。
ダメ押しとばかりにもう一発ずつグレネードを打ち込んで、スカイブルーは着地する。
「制圧した」
『了解。コンテナを投下する。アリシア、お願いできる?』
『えっと、これね』
ユウリの合図と同時に低空まで高度を落としていたエアー7から射出された大型コンテナが、パラシュートを展開し制圧した出荷口付近に着地。
スカイブルーは用途を果たしたグレネードランチャーを投棄して、コンテナに入っていたアサルトライフルを左手に、エネルギーブレードを左肩のハンガーに装備する。
併せて対爆携帯用容器――通称ポーチを右側の腰のフックに固定した。
小型とはいえそれなりの重量があるため高速戦闘には向かないが、予備の弾倉や手榴弾などの携帯には向いている為拠点制圧時などに採用される装備だ。
そうしてスカイブルーが換装を行っている間に、コンテナに入っていたドローンが起動し空中へと浮き上がる。
「換装終了。これより突入する」
『ドローンで先導するから、後から付いてきて。敵機を確認したら突撃して貰うから』
「了解した」
『ぐれぐれも油断しないでね。装備を聞いた時から思ってたけど、さっきの連中はスカイブルーを相手にすることを想定してた気がする』
「いい加減名が売れすぎたな。人気者の辛い所だ」
『有名な割にギャラは少ないんだよねぇ』
「ヴィクトルの胃痛の種をこれ以上増やすな。情勢が安定したらいずれまとめて返して貰う」
『期待せず待ってるよ』
スカイブルーはその場に待機し、ドローンが出荷口のシャッターに接近。軽口を叩き合いながらもエレナがドローンから取得した情報を解析する。
『地面に金属反応はないけど、シャッターには爆弾が設置されてるね』
「離れてろ」
『はいはい』
ドローンがその場から離脱するのを確認し、スカイブルーはポーチから手榴弾を取り出して投擲。爆風がシャッターを吹き飛ばし、仕掛けられていた爆弾を誘爆させる。
『……その、随分乱暴な方法を取るのね』
「一々爆弾の解除なんざしてられんし、そんなスキルもないからな。この手に限る」
『まぁ潜入工作ってわけでもなし。そもそもギアで隠密行動ってのも無理があるしね。――いや、そういえばこの間光学迷彩を装備した隠密型のギアの噂を聞いたような』
「良いから先に進むぞ」
『あっ、うん。ドローンはこっちで操作するから、アリシアはセンサーの確認の方をお願い』
『分かったわ』
そうしてドローンに先導され、スカイブルーは工場へと侵入してゆくのだった。
スカイブルーが侵入した出荷口から最も離れた第一格納庫には二機のギアと一台のトレーラーが待機していた。
ギア開発工場を占領したラーダッド解放戦線のメンバー達である。
工場で鹵獲した八機のナイトG3は搬入口に二機、出荷口に二機配備し、三機をトレーラーに収容。残りの一機をリーダーであるヴァジムが操縦している。
ヴァジムは無線を使い、メンバー達に状況を伝える。
「スカイブルーはルートDから侵入、こちらへと向かってきている。ルートDは既に制圧された」
事前に想定していたこととはいえ、ここまであっさりと出荷口を制圧されたことには驚きを覚えた。
設置した監視カメラで様子を見ていたが、ほぼ一方的な展開だった。
第三世代とは根本的に性能が異なるのか、或いはパイロットの腕の差か。恐らくはその両方だろう。
「アレクセイとフリューはこちらに合流しろ。人質は解放して構わん。合流次第、ルートAから離脱する」
時間は十分に稼いだ。迎えも近づいてきている筈だ。速やかにこの場から離脱し、本体との合流を図る。
そこで言葉を区切り、ヴァジムはすぐ隣にいる漆黒のギア――新月へと視線を送った。
ナイトG3より一回り小柄で、中型機としては全体的に細身な印象を受ける機体だ。
鋭角に突き出した頭部や胸部は、空気抵抗の低減を狙っての設計だろう。
その姿は今敵に回しているギア、スカイブルーと何処か似通っていた。恐らくは同じコンセプトで設計されているのだろう。
「ルートAを包囲するラーダッドのギア部隊は八機だ。ヤイチ、突破口を開けるか」
『承った』
たった一言の短い返答。あまりにも簡潔な回答にヴァジムは不安を覚える。
工場を占領する際にヤイチの実力は十分に見せつけられていたが頼もしいという印象は全くなく、寧ろ恐怖や苦手意識の方が強かった。
得体がしれず理解が出来ず、何より信用が出来ない。考え方や価値観が全く異なるためだろう。こうして会話をするだけで嫌な汗が出てくる。
「本当にやれるのか、相手は八機だぞ」
『子細ない。所詮は烏合の衆だ。斬って捨てれば方は付く』
尋ねてから、ヴァジムは工場を占領する際も同じような質問をしたことを思い出した。
ヤイチからの返答もその時と同種のものだった。
そんなヴァジムの思いなど知る由もなく、ヤイチが操る第四世代ギア、新月は搬入口へと向かおうとする。
「……ヤイチ。お前はどうしてここに居る」
離れてゆくその背に向かって、思わずヴァジムは尋ねていた。
改めて考えればヤイチに事務的な言葉以外を掛けたのはこれが初めてだった。
『無論。ここが戦場であるが故に』
返答はやはり簡潔だった。同時に新月の脚部に設置されたホイールが回転を始め、ヤイチは搬入口へと去ってゆく。
「撤収準備。地雷の散布を忘れるな。新月が突破口を開く」
ヴァジムはそれ以上ヤイチを引き留めることなく、メンバー達に指示を伝える。
ヤイチが発した言葉の意味はヴァジムには理解できなかった。
ただ、その言葉が本気なのだということだけは分かった。ならばこれ以上、得体の知れぬ男の為に思考を割くのは止めようと思った。
敵でなく、腹に一物抱えている訳でもないのなら利用できる。指揮官であるヴァジムにとっては、それだけの理解で十分だった。
占領された工場の奪還作戦は順調に進んでいた。
出荷口を瞬く間に制圧したスカイブルーはそのまま工場内部に突入。格納庫を四つ存在している格納庫の内二つを解放し、人質の救出に成功した。
人質に死傷者はなく、歩兵部隊が保護し工場から退避したとのことだ。
順調だ。順調ではあるが、相変わらず敵の意図が見えない。
工場から十キロ程離れた場所に設営された対策本部で、ヴィクトルは落ち着きなく机を指で叩き――こちらをちらちらと窺っている部下の視線に気づき大きく息を吐いた。
「(嫌な予感がするな)」
工場の搬入口に配備出来たギアは八機。多いか少ないかと言えば、少ないと言わざるを得ないとヴィクトルは思う。
とはいえ、これ以上の戦力の投入も難しかった。
ヴァンクールは常にラーダッドの情勢に目を光らせており、少しでも隙を見せればすぐにでも進軍を開始しかねない状況だ。
国境の警備を手薄にするわけにはいかなかった。
何もかもが後手後手に回っている状況に、ヴィクトルは歯噛みする。
クラナダを初めとした同盟国の庇護を離れ、真の意味での独立を果たすという題目は立派だが、今のラーダッドにそれを実現する力はない。
慌てて自前の戦力を増強しようとアルティマの工場を誘致すれば、今度はその施設がテロの標的になる始末。
挙句の果てに上層部からは、さっさと問題を解決しろという催促が再三に渡って届いている。
状況が見えていないにも程がある。
ラーダッドの独立が、本当に自分たちの力で成し得たものなのだとでも思っているのだろうか。
「(まぁ、やれるだけやってみるしかないか)」
工場から十キロ程離れた場所に設営された対策本部で、ヴィクトルは溜息を押し殺す。
ここで弱音を吐いてしまっては、出荷口から工場内部の制圧を行っているユウリに合わせる顔がない。
ヴィクトルが搬入口を包囲しているギア部隊に状況を確認しようと通信を開いたその瞬間―――。
工場から爆音が響き、対策本部にまで届くほどの振動が伝わってきた。
「……っ、スカイブルー、何があった!」
想定外の事態に際し、まずラーダッドのギア部隊ではなく傭兵であるエレナに連絡を取るという行為が不甲斐なくはあったが、空から状況を観測しているフォートレスの方が事態の把握には向いている。
そして、エレナはヴィクトルやラーダッドのギア部隊以上の修羅場をくぐっている。
『出荷口付近で爆発。天井に爆弾が仕掛けられていたものと思われる。退路は塞がれたものの、任務の継続は可能。建物の倒壊の恐れも今のところなし』
「了解した。そちらは任務の継続を。状況に動きがあれば再度連絡を――」
ヴィクトルがそう言いかけたところで、再度の爆発と振動。
『搬入口のバリケードが爆破され、中からギアが出現。ギア運搬用の大型トレーラー一台、ナイトG3三機、正体不明のギア……一機』
「(最強戦力を、分断された……)」
感情を押し殺したエレナの声に、ヴィクトルはまたしても後手に回ったことを確信するのだった。