第15話 それぞれの日常
『エアー7には多くの機能が搭載されており、またそれらをサポートするためのアプリケーションが用意されている。機体制御、索敵、火器管制、通信など、種類は様々だ。私はそれらの機能を使用するためのインターフェースとしての役割を担っている』
抑揚のない機械音声が端末から響く。
窓を開け放ってはいるものの、室内はやや蒸し暑い状態であった。
与えられた個室にはエアコンも備え付けられていたが、使うのに抵抗があってあまり使用していない。
ピッチャーに入れたアイスティーで喉を潤して、アリシアは大きく息を吸い込んだ。
もっと噛み砕いて説明して欲しいという言葉を飲み込んで、アリシアは機会音声、ハルから受けた説明を頭の中で反芻する。
「……要約すると、細かい部分は貴方がやってくれるってこと?」
『私ではない。それぞれのアプリケーションを実行するための端末が個別に用意されている。私の役割はそれらの統括と仲介だ』
統括と仲介……秘書のようなものだろうかと思いつつ、アリシアは広げたノートに『ハル = 秘書?』という一文を付け加えた。
気合を入れて新調したノートにはスペルも怪しい単語の羅列が並んでいるだけで、後で見返しても役に立つようには思えなかった。
それでも何もしないよりはマシだろうと、アリシアは挫けそうな心に活を入れる。
「えっと、貴方ではないけど、機械がやってくれると」
『肯定』
だったら初めからそう言ってくれと、アリシアはその場に脱力した。
エアー7に搭載されている各種レーダーの機能や電波ホーミング誘導の仕組みなど、話を聞いている分には興味深かったが、それら一つ一つを細かく把握していては時間がどれだけあっても足りない。
「貴方、もう少し融通を利かせられないの?」
『臨機応変、柔軟な対応という意味か』
「そっ、単刀直入、かつ分かりやすくね」
『前向きに善処する』
中々に話の分かる返答にアリシアは少し満足してパタパタとシャツを仰ぎ、風を送った。
こんなはしたない仕草、クラナダに居た頃は絶対に出来なかったなぁと思いつつ。
「こっちも直接的な質問をすることにするわ。午後からはエアー7でよく使うレーダーの見方と、ミサイルの撃ち方を教えて頂戴」
『了解した』
「よろしくね」
ハルに言葉を投げかけて、アリシアは席を立つ。エレナとランチの約束をしていたためだった。
約束の時間よりも少しばかり早かったが切りも良いし、エレナの仕事ぶりを見学するのも悪くないと思った。
―――余談ではあるが。
今のやり取りをエレナが聞けば、発狂してアリシアに詰め寄っていたかもしれない。
融通の意味を定義しろ、対応を変える切っ掛けとなるのトリガーを定めろ……と。
柔軟、融通、臨機応変といったものはコンピュータの最も苦手とする分野といえる。
プログラムは命じられた通りに動く。逆に言えば、命じられていないことは出来ない。
適切なインプットを与えることで、初めて適切なアウトプットを返すものだ。
誤ったインプットを与えれば誤った結果を返すし、情報が不足していればエラーを返す。
それが通常のプログラムだ。
しかしハルは対話形式でインプットを取得して、不足する情報に対しては相手の求めている内容を推測し、補填することで対応する。
アリシアと対話によるコミュニケーションが取れている時点で、ハルは十分に融通の利く人工知能であるといえる。
この『曖昧な指示に対する対応力』を買われハルの開発者であるエレナはノーラム社に狙われることになったのだが、そのような事実をアリシアが知る由もなかった。
冷房も備え付けられていない、窓の開け放たれた会議室。
スクラップ&ビルドでは数少ないソフト担当の職員達を前に、エレナは己の考えを口にした。
「つまりさ、別にギアの全ての操作をAIが行う必要はないんだよ」
スクリーンにはプロジェクターを用いて、エレナの端末の内容が表示されている。
映し出されているのはここ数日でエレナがまとめた、ギアとフォートレスの新しい連携戦術だった。
「ギアのFCSはその性質上、どうしても弱い部分が生まれる。長距離に対応しようとすればレーダーの更新間隔は長くなるし、演算にも時間がかかるようになるから高速戦闘への対応が難しい。かといって、速度を上げようとすれば距離が犠牲になる」
FCS――火器統制システムの距離と速度のバランスはギアのみならず、あらゆる兵器における課題といえた。
通常は装備に合わせてバランス調整を行い、それが対象の兵器の最適距離となっていくのだが。
「そこでフォートレス、或いは他の支援機が自前で取得した情報を元に演算を行い、結果をリアルタイムでギアに転送。視覚的に分かりやすい形に加工してパイロットに情報を伝える」
スクリーンにはギアパイロットの視界が映されており、ギアが取得したカメラ映像に青いターゲットマーカーが追加されている。
マーカーがセンターに入っている状態でパイロットがトリガーを押せば、狙撃が可能になるという仕組みだった。
「移動目標に対する狙撃となると情報の誤差は無視できないかもしれないけど、固定標的なら問題はないし、誤差を加味した計算をすることである程度の命中精度が……」
そこまで話して周囲の様子に気付き、エレナは言葉を区切った。同時に、沈黙が会議室を包む。
見れば職員たちは皆、難しい表情を浮かべて俯いていた。
「お嬢……」
一同を代表し工場長のギルバートが気まずげに声を上げる。
「技術屋としてこんなこと言うのは屈辱だが……もう少し加減してやってくれ。こいつらにゃ荷が重すぎる」
言われて、エレナは小さく息を呑んだ。
スクラップ&ビルドは兵器開発部ではない。機体の修理や改造は行っても、それはあくまでベースとなる機体があってのはなしだ。
ましてやスクラップ&ビルドはハードが主体。ソフトの分野はどうしても弱くなる。
「ごめんなさい。自分の知ってることを省いて説明しちゃってた」
「お嬢が悪いわけじゃねぇ。すまねぇな、こっちから言い出したことだってのに」
ソフト面を強化したいという相談をギルバートから受け、日頃の恩を返すためにと気合を入れたつもりだったのだが、どうやら空回りしていたらしい。
暗い表情の職員達の様子を見ると、エレナの心が痛んだ。
「だから、そんな顔すんなって。こっちの立つ瀬がねぇ」
ガリガリと頭を掻いて、ギルバートは力なく笑う。
「なぁお嬢。昔の話を蒸し返すのも何だが、やっぱりうちの工房で働く気はねぇか? お前さんなら、本格的に学べばすぐに独立できる」
部外者のエレナに技術を教えるのは贔屓ではなく正当な評価だと、ギルバートから以前に聞かされていた。
それだけ彼はエレナのことを買っている。
それはとても光栄なことで、だけどエレナは大きく首を横に振った。
「ありがとう親方。でも……それじゃ意味がないから」
カサフスに来てすぐの時だったか、初めてギルバートに誘われた時も、そう答えたような覚えがある。
そしてその心は今も変わっていない。
「多分自分の為だけだったら、あたしはここまで頑張れなかったんじゃないかなって思うんだよ」
気付けば、エレナは笑みを浮かべていた。
その表情は自分自身ではよく分からなかったが、その笑みを見てギルバートもまた笑みを浮かべた。
「ったく、坊主には過ぎた女だよお前は! しかしまぁ、そこまで惚れ込んでるってんじゃ仕方ねぇ! 俺ぁもう何もいわねぇよ!」
「惚れっ、いや、そういう話じゃなくてさ……」
暗い雰囲気が払拭されたのは良いのだが、ギルバートに妙なスイッチが入ってしまった。
助けを求めるように他の職員達に視線を向けるが、向こうは向こうでエレナが作ってきた資料についての意見交換を始めてしまっている。
興味深いので正直そっちに混ざりたかった。
「何が違うってんだ! ギアの整備にフォートレスの操縦、挙句通信士の真似事まで。畑違いの分野に手ぇ伸ばすのは、全部坊主の為ってんだろ?」
「や、あの……その、ユウリには助けられた恩があるっていうかさ……。とにかく、そういうのじゃないんだよ」
思えばこのやり取りも何度目になるだろうか。ギルバートがこんな様子のため、本来隠しておかなければならない乙女の色々な何かは工場の職員達に筒抜けだった。
「健気だなぁ……ったくよ。俺があと二十歳若けりゃ放っちゃおかなかったってのによぉ!」
ともあれそろそろ昼になる。アリシアとの約束もあるため、この辺りで引き揚げよう。
そう考えて、エレナはいつもの締めの言葉を放った。
「……奥さんに言いつけるよ」
「おっと! そいつは勘弁だ。これ以上小遣いを減らされちゃあ敵わねぇからよ」
「今回だけだからね」といつもの台詞を返してエレナはその場を後にしようとするのだが……。
「あの、お嬢。お客さんですぜ」
開け放たれた窓の向こうに、ハード担当の職員とアリシアの姿があった。
いつからそこに居たんだろうかとエレナは考えたが、ギルバートの大声は工場内に筒抜けだったのではないかと思い至り、意味のない問いだったなぁとガックリ首を落とすのだった。
少し遅めの昼食を取るため、ユウリは街の酒場を訪れた。
アルコールとタバコの匂いに包まれた店内では手の空いた傭兵達が昼間から酒を注文しており、中々に騒がしい。
店に入った瞬間、一瞬店内の空気が変わったのを感じユウリは顔を顰めた。
安い割に量が多いこの店のランチメニューは気に入っていたのだが、今は少しばかりタイミングが悪かった。
周囲の何人かから向けられる視線を意図的に無視して、空いた席に着く。
気まずげな様子でやってきた顔見知りのウェイトレスにお馴染みのメニューを注文し、溜息を一つ。
最近のユウリに関する情報は、カサフスの傭兵達の間でちょっとした噂になっていた。
とはいえ、今に始まったことではない。キリエの遺産を相続したときは嫉妬とやっかみの目を向けられたし、エレナと組んでそれなりに名が売れてきた頃にも何度も話題に上がった。
癪ではあるが慣れてはいるのだ。無遠慮な視線や無神経な噂には。
「よぉユウリ、調子はどうだい」
「それなりだザックス。デカく稼げてもいないが大きく損もしちゃいない」
近くで酒を飲んでいた若い傭兵がユウリの席へとやってくる。年は、確かユウリと同じ程度だったか。
少しばかり頭が悪いが、悪人ではない。年齢の割に腕も悪くない。
しかし酒癖の悪さだけは何とかするべきだと、ユウリは常々思っていた。
「そういや、スクラップ&ビルドでエレナの嬢ちゃんを見かけたぜ。相変わらず健気だなぁ」
「言いたいことがあるならはっきり言え。テメェのやり口は一々癇に障るんだよ」
酒が入った時のザックスの態度は今に始まったことではない。平時であればユウリももう少し上手く受け流せていただろう。
しかし今はその余裕がなかった。喧嘩を売りたいならさっさとしろと言わんばかりの挑発に、ザックスの元々赤らんでいた顔が更に真っ赤になる。
「随分な言い草だなぁ。美人二人を侍らせてる奴ぁ言うことが違う」
やっぱりそういう話かと、ユウリは内心辟易しつつも機会を窺う。
いい加減我慢の限界だったのだ。向こうが手を出してきたのなら、全力で応対すると心に決める。
「侍らせる……下種な発想だな。普段そういうことしか考えてないから、下半身に直結した発想しか浮かばなくなる」
「見下しやがって、その手の相手には不自由していませんとでも言いてぇのか!」
ザックスが腕を振り上げ拳を放つ。避けることも出来たが、大人しく一撃を食らってやった。
体重の乗った勢いのある右ストレートを左頬に受け、派手に吹き飛ばされる。
同時に、ユウリの頭の中でスイッチが入った。
「……くだらねぇ」
「あ?」
ゆっくりと起き上がる。覚悟していただけあって、ダメージはそれ程ではない。身体は十全に動く。
股関節を曲げて腰を落とし、半身になって拳を肩幅に構え、ユウリはザックスとの間合いを一気に詰めた。
「程々にしとけよ!」というマスターの叫びを、果たしてユウリは認識できただろうか。
「くだらねぇっ、って言ったんだよ!」
「ぐっ、がぁぁっ!」
踏み込みと共に左ジャブ。動きの止まったザックスに向かって、更に下半身を回転させての右ストレート。吹き飛んだザックスが勢いよく壁に叩きつけられる。
「おい、ユウリっ!」と、馴染みの傭兵が制止の声を上げるが、ユウリは構わず叫んだ。
「どいつもこいつも下種な勘繰りしやがって。男女がつるんでりゃ即色恋沙汰か! ふざけんじゃねぇぞ!」
それは果たして、誰に向けて発せられた言葉だっただろうか。
気づけば周囲は静まり返り、先程までユウリのことを噂していた者たちは気まずげに視線を逸らしている。
「気に入らねぇからぶっ飛ばす! 気に入ったから手を貸してやる! それで十分だろうがよ!」
ここ数日腹の底に溜め込んでいた物を吐き出して、そこでようやくユウリは冷静さを取り戻した。
「やってしまった」と思いながらもささやかな満足感を覚えつつ、大きく息を吐く。
そうして周囲を見渡して、ユウリは酒場の入り口に見慣れた二人の女性の存在に気付いた。
アリシアと、エレナだった。




