第13話 フランベルジュ
「……っ」
強烈なGに襲われながら、ユウリは歯を食いしばる。
フランベルジュとの距離は2キロ。
アフターバーナーを吹かせスカイブルーが加速する。
これまでのような、回避行動を取りながらの非効率的な移動ではない。最短で、最速でフランベルジュとの距離を詰めていく。
『来るわよ、ユウリ!』
「っ、あぁっ!」
レールガンによる迎撃を機体を右に跳躍させて回避。速度を落とさずにそのまま距離を詰める。
一瞬でも操作を誤れば破壊される。そんな極限状況に有りながら尚、強化されたユウリの思考は冷静にその状況を俯瞰している。
ブーステッドウォーリア。第四世代ギアを操る為に強化処置を施された兵士の通称であり、ユウリもまたそんな兵士の一人だ。
『次っ!』
―――1キロ。再びレールガンによる狙撃。
アリシアの言葉にタイミングを合わせ、機体を跳躍させて回避。
オペレーターの指示に従って回避できるのは恐らくここまで。ここから先は、声を聴いてからでは回避が間に合わない。
―――700メートル。再度フランベルジュが銃口をこちらへと向けてくる。
それに応じてスカイブルーもアサルトライフルをフランベルジュへと向け、引き金を引いた。
第四世代ギア同士の戦闘において、アサルトライフルは牽制程度の役割しか持たない。
アサルトライフル一丁では、エネルギーシールドを突破するだけの面攻撃は出来ないためだ。
実際スカイブルーがアサルトライフルを使用しているのは牽制目的が主である。決して正面切って相手と打ち合うのが目的ではない。
フランベルジュからすれば避けるまでもない。エネルギーシールドで防御して、レールガンをお見舞いしてやれば良い。第四世代ギアのパイロットであれば多くがその結論を出すだろう。
しかしフランベルジュは狙撃を取り止め、回避行動を取った。
「アタリかっ。種が割れれば欠陥武装だなっ!」
エレナの推測が正しければ、フランベルジュはレールガン発射時に生じるエネルギーのロスをエネルギーシールドで吸収している。
しかしそれを実現するためには、レールガンの動力はジュノーエンジンとは異なるものでなければならない。
ジュノーの持つエネルギー吸収という特性は自身が要因となって発生したエネルギーに対しては適用されないためだ。
しかし、発射時のエネルギーロスをエネルギーシールドが吸収するということは、レールガン発射前にエネルギーシールドは展開できないということを意味する。
エネルギーシールドを展開してしまえば、発電のエネルギーやレールガンの攻撃まで吸収しようとしてしまい、オーバーヒートが発生するためだ。
ならばそのタイミングで行うアサルトライフルの攻撃は十分に致命傷を与え得るものだ。
―――300メートル。
フランベルジュがレールガンをパージする。中近距離用の武装に切り替えるつもりなのだろうが……。
「遅いっ!」
跳躍と同時にブースターの推力を偏向。フランベルジュが陣取っている廃ビルの屋上に向かってスカイブルーが飛行する。
―――50メートル。
屋上の上空へと飛行したスカイブルーは降下と併せて加速。エネルギーブレードを『抜刀』する。
そうして……。
「……なんだ、アンタも『剣士』だったのか」
『まさか遠距離からの狙撃以外、何の芸もないとでも思ったのか?』
―――10メートル。
通信を開いてのユウリの言葉にヒルダが応じた。
『納刀』したスカイブルーはフランベルジュと対峙している。
エネルギーブレードでの攻撃となれば命の奪い合いになる。ユウリとしてはここで『詰み』を宣言しこの場を収めるつもりだったのだが、まさか相手も同じ武装を有しているとは想定していなかった。
「どうする、続けるか?」
『いや。遺憾ながら私の敗北だ。貴様もそれを告げるために武器を収めたのだろう』
それは、相手も『剣士』であるということを想定していなかった為だった。しかしユウリはその言葉を飲み込んだ。
譲ってくれるというのなら態々蒸し返すような真似をしても仕方ない。
『キッチリ面倒を見ると言ったな。吐いた唾は飲ませんからな』
「心配しなくても、途中で投げ出すような真似はしねぇよ」
『覚悟はある、ということか』
やれやれとヒルダが溜息を吐くのが伝わってくる。
そこに安堵の色が伺えるのは、果たしてユウリの気のせいだろうか。
『ならば、任せるとしよう』
それだけ言って、フランベルジュはその場を離脱するのだった……。
『……こちらスカイブルー。戦闘終了。これより帰艦する』
「こちらエアー7。帰艦了解。後部ハッチを開くので、誘導距離に入ったら再度連絡を」
『了解した』
スカイブルーとの通信を切り、エレナは小さく息を吐く。
厄介事に巻き込まれるのにはいい加減慣れたつもりだったが、今回の一件は流石にハードだったように思う。
一歩間違えればエレナとユウリはアリシアを誘拐した犯人としてクラナダを敵に回していたところだ。
その問題はどうにか、ユウリが『誠意』を見せることで納得して貰えたようだが……。
「……アリシア、その、大丈夫?」
「えっ!? あ、えっと、その……何が?」
エレナに声をかけられたアリシアは慌てた様子で手をバタバタと動かしている。
頬も紅潮しているので、こんな状況でもなければ風邪でも引いたのかと疑っていたところだろう。
「その、あんまり気にしない方がいいと思うよ。アイツ、無自覚にああいうこという奴だから。あんまり気にするとバカを見る」
「あー、うん。そう、そうよね……。そう、なんだけど……」
戦闘を阻害しないよう必要な場合を除いてエアー7側の音声はミュートに設定され、スカイブルーには届かないようになっている。
しかし逆にパイロットの言葉に即座に反応できるよう、スカイブルーからの音声は常にエアー7に届くように設定されている。
つまりヒルダに対してユウリが切った啖呵も、エレナとアリシアには丸聞こえだった。
ユウリの言葉を聞いた瞬間のアリシアの動揺っぷりは、それはもう酷いものだった。
あんまり動揺するものだから逆にエレナは冷静になった程だ。
ユウリのことだ、どうせ深く考えて出した言葉ではないのだろう。
売り言葉に買い言葉。その場のノリと勢いでああいうことを平気で口にする奴なのだということをエレナはよく理解している。
「ユウリが戻ったら、今後のことも話し合わないとね」
ノリと勢いで口にした言葉であることは間違いないだろう。
だけどそうして口にしたことをユウリは必ず実行してきた。それは恐らく今回も変わらないだろう。
「これからよろしく、アリシア。お互い難儀な奴をパートナーに選んじゃったね」
「えっ!? いや、えっと、あの、そういう訳じゃ……」
「そうなの? それならあたしも安心なんだけど」
「それは、えっと……」
可愛いなぁと思いながら、エレナはクスクスと笑う。
先のことは分からないし前途多難だ。
アリシアを狙う者が今後も現れないとは限らないし、そうでなくとも彼女はお姫様なのだから。トラブルに巻き込まれることもあるだろう。
その上彼女は美人でスタイルが良くて、どう考えてもユウリの好みのタイプだ。
勢い余ったユウリがなにかトラブルを起こす可能性も否定できないし、アリシアもアリシアで世間知らずなようなので何かを仕出かす恐れもある。この間のマッサージのように。
しかしまぁ、そういった問題を踏まえても彼女が加わってくれるのは喜ばしいと素直に思う。
人手が足りなかったのは事実だし、ユウリを諫める相手が増えるのもありがたい。
そしてそれ以上に、自由を求めて最初の一歩を踏み出したアリシアを純粋に応援したいと思った。
「まぁ何にせよこれからよろしく、アリシア」
手を差し出されて、アリシアは少しだけ躊躇ったように見えた。
まだユウリが口にした言葉へのショックが残っているのか、或いはエレナのことを慮ったのか。
だけど躊躇いは少しだけで、すぐに柔らかい笑顔を浮かべてアリシアはその手を取った。
「……ええ。よろしくね、エレナ」
前途多難ではあるが、まぁなるようになるだろう。
そんな風に考えられるようになったのは、向こう見ずなパートナーに影響されたのだろうか。
エレナはそんなことを思うのだった。
クラウディア・ハーティアスの執務室は雑然としていた。
机の上には採決印待ちの書類が積み上げられ、周囲には各部署からの報告書が散乱。
本棚の周りにはギアに関する研究資料や論文が無造作に放り出してある。
クラナダの宝玉とまで謡われる美貌とその辣腕から誰しもが完璧な人物像を持つのだが、そんなものは単なる信仰に過ぎないとヒルダは思う。
完璧な人間などこの世の何処にもいはしない。
そろそろまた掃除が必要だろうか。そんなことを考えながらヒルダは口を開いた。
「ただいま戻りました、クラウディア様」
「ご苦労様」
クラウディアは椅子に腰を下ろし、書類に目を向けたまま労いの言葉を掛けてくる。
第三者が見ればおざなりな対応のようにも見えるが、ヒルダにとってはいつも通りの主の姿だった。
「それで、どこぞの馬の骨の実力は如何でした? 相応しくないようなら無理矢理にでも引き戻す、等と息巻いていましたが」
「……意地の悪い言い方ですね」
「この程度の嫌味を言う権利はあるでしょう? 私の目が信用ならない、と言ったのはヒルダなのですから」
「それはまぁ……おっしゃる通りです」
クラウディアはクスクスと笑いながら書類に判を押し、次の書類を手にする。
「ともあれ状況は概ね予定通り。マーチス卿はこれで大人しくなるでしょうし、アリシアの方は『青色の傭兵』に任せておけば何の心配もないでしょう」
アリシアを狙ったのは正宰相のマーチス。帝国との全面戦争を支持する会戦派の筆頭と呼べる人物だ。
この国の者は皆そのように考えるだろうし、事実ノーラム社の実験部隊と渡りを付けたのもマーチスだ。
しかし果たして、何処までが彼自身の意志だったのだろうか。そして何処からがクラウディアの策略だったのだろうかととヒルダは思う。
少なくともアリシアが狙われたタイミングでユウリ達が現れたのはクラウディアの策略のためだ。
そのための仕込みにクラウディアは随分と手間をかけた。
「随分とあの男を買っているのですね」
「私が見込んだ殿方ですもの。それともこの期に及んで、まだ彼が信用ならないと?」
「アレが本当に馬の骨であったなら、アリシア様を連れ戻してきたのですがね」
クラウディアはユウリのファンだ。彼女は彼を『青色の傭兵』と呼んで、その動向に注目している。
ヒルダがそのことに気付いたのは今回の一件に関わってからだが、どうやらクラウディアは随分前からユウリの関わった事件などを調べていたらしい。
「それでヒルダ」
書類にまた一つ判を押し、クラウディアはその視線をヒルダへと向ける。
「あの子は、大丈夫そうでしたか?」
「……ええ、そうですね。ここに居た頃よりもずっと楽しそうにされていました」
「そう、なら良かった。お父様達には私から話をしておきますから」
「よろしくお願いします」
クラウディアは優秀すぎた。そしてその実力を隠すことなく示しすぎた。
彼女のような存在がもう一人居るなどということが知れれば、諸外国との軋轢は致命的なものになりかねない。
だからこそクラナダの国王は第二皇女――アリシアを籠の中の鳥としておくことに決めた。
そしてクラウディアはその鳥を野に放つことにした。
「それでヒルダ、実際に彼に会った感想はどうでしたか? どのような人柄だったのですか?」
まるで物語に胸焦がれる少女のように、瞳を輝かせてクラウディアは問う。
「そうですね。まぁ如何にも傭兵といった様子の、粗雑で無礼な男という印象でしたが……」
そんな主の期待に応えるべく、ヒルダはあの場で出会った傭兵のことを彼女に語って見せるのだった。