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外伝2:面影


「ねぇ、先生」

 無垢な声が呼ぶ。

 手を伸ばし少女の頭を撫でると彼女は笑みを浮かべた。

 不意に、彼女は抑揚のない声で呟いた。

「……もっと、生きたかった」


 深川浩二アストレは悲鳴をあげ飛び起きる。

「……はぁ、……はぁ」

 暗闇の中で自分の息遣いと鼓動だけが耳に届く。

 やがて薄い掛け布団をめくると部屋の常夜灯をつけ宙を見つめる。

「……」

 呼吸と鼓動が落ち着いても声は耳から離れないでいた。

 目を閉じると少女の笑顔が浮かび、笑い声が頭に響く。

 ベッドサイドの棚には1枚の写真が飾られていた。3人の白衣の男と共に写る少女は胸元に小さくピースサインを出し恥ずかしそうにはにかんでいる。

「……ごめん……」

 アストレは小さく彼女の名を呟く。

 そのまま一睡もすることができず夜は明けていった。




 複雑に折れ曲がった廊下を進む。地下に位置するこのフロアは窓1つなく、いつの時間帯も白い照明に照らされていた。

 突き当りのドアをノックすると返事を待たずに開ける。

 部屋の中は廊下よりもかなり薄暗く、外から入ってきた者の目には一瞬暗闇にうつる。

 本部内では比較的狭い部屋の中には2人の人影があった。

 扉に背を向け椅子に座り俯く青年の隣まで静かに歩み寄るとカストは手に持っていたボトルを彼の前に差し出した。

「……」

 彼は部屋に設置された台を虚ろなまなざしで見つめ微動だにしていない。

 台には小柄な人が横たえられていた。眠っているだけのように見えるが、その顔には生気はなく再び目を覚ますことはない。

 やがて自分に向けて差し出されたボトルに気が付いたのか、カストの手に微かな振動が伝わり重みが消える。

 それを確認するとボトルを力なく握る彼に語り掛けた。

「アラキアさん、せめて食事は取ってください。それは補給液ですが、今回だけですからね。明日は必ず食堂に来るように」

「……はい」

 答えた彼の声は掠れていた。

 無理もない。ずっとここにいたのならば、彼は半日以上何も口にしていないのだから。

 本来、彼の専属医師はカストの弟であるアストレであるためこのような役を引き受けるのは彼のはずなのだ。しかしアストレは事後手続きのみでこちらまで手を回す余裕はない。

 否、事後手続きさえ出来るのかあやしい。

 数週間に及ぶ無理に加え、ここにいる彼と同じようにアストレも相当精神的に消耗してしまっている。

(……そうですね)

 陰険メガネと罵られるカストでも彼らの気持ちは理解していた。

 カストは死に装束を纏った少女を一瞥すると何も発せず部屋を後にした。


 カストが向かったのは弟の私室だった。

 執務室を兼ねているその部屋に入るとポットに水を入れスイッチを押す。執務机の上に置きっぱなしになっていたコップをきれいに洗うとそこに新たなコーヒーを入れ、寝室へ続くドアを開ける。

「……」

 寝室にある執務机の上には書類が散らばっており、万年筆も出しっぱなしになっている。

 カーテンも開けず薄暗い室内は照明さえついていなかった。

 書類を種類ごとに整えると万年筆にキャップをつけ、印鑑や朱肉もあるべき場所に戻す。片付いてから部屋を見渡すとベッドサイドの壁にもたれ掛かるように座る白衣の男性を見つけた。

 先ほど入れたコーヒーを彼の前に差し出す。

 湯気が立たなくなったころ、彼の手が動きカップが握られる。あえて濃く入れられた苦い液体に一瞬顔をしかめたアストレはカストを見上げる。

「……兄さん……いつからいたの?」

「……はぁ」

 その様子が先ほど栄養ドリンクを渡してきた彼と重なりカストはため息をつく。

「少なくとも、そのコーヒーが湯気をたてているころからは。……アストレ……いえ、浩二。食事と睡眠くらいはちゃんと取りなさいと、何度言ったらわかるのですか?」

 アルクスで共に彼女の治療に当たっていた弥田医師に確認したところ、彼は書類などの手続きには顔を出すが、食事の時間には見かけないというのだ。

 薄暗くても分かるほど濃いくまは彼が睡眠をとれていないということを表している。

 部屋に閉じこもり、先ほどまでのように膝を抱えて丸まっているのだろう。

 彼は昔からそうだった。

 新人の頃は死なせてしまった患者のことを悔いて、泣いていた。それも数年たち落ち着いたと思っていたが、彼女と出会い接するうちにその気持ちを思い出してしまったのだろう。

 それ自体は悪いことではない、とカストは思っている。

 少なくとも、その気持ちに向き合うことから逃げてしまった自分よりは。彼は。

「いいですか、あなたも、彼女も全力を出した結果です。悔いるなら次へ向かって反省しなさい」

 弟の頭に手をのせる。

 嗚咽を漏らした弟の横に落ちていた写真を見て、カストは弟の考えてることを理解した。何が彼を苦しめているのかも。

 だから、今はただ静かに彼を包み込んだ。

「ですが、そう、ですね。……よく、がんばったな」

 写真立ての中では少女が笑っていた。



「まさか、こんなことになるなんてね」

 少女の名を呼んだ男はそっと写真立てをなでた。




第100話前後をカスト目線で書いた外伝

まあ、うん(覚えといて損はない)

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