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コイン・メイカー  作者: 安田勇
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二章 かみつき、目つぶし、カミングアウト ④



   四


 

「店員のスカウトって何だ? オレ以外にまだ人

を増やすのか?」

 良太は歩きながら質問した。現在、良太達は部

室棟を出て本校舎に戻り廊下を移動中だった。

 良太はなるみに質問したつもりだが、かわりに

葵が答えた。


「なるみが言うにはまだ人手が足りないんだっ

て。だから、あたしのいとこと友達に手伝いを

頼みにいくとこ。まあ、二人ともオーケーして

るからスカウトというより契約にいくようなも

んだけどねー」


「さすが葵ちゃん! 葵ちゃんって本当に気が

きくから助かるわ!」  

 なるみは大げさな程、弾んだ声を出して喜ぶ。

その直後に急にむっとした顔になり良太の顔

を見て言った。


「ほら、あんたも葵ちゃんを見習ってがんばり

なさいよ。今は二十一世紀で成果主義の時代な

の。年上だからってぼけーっとしてたんじゃ、

お給料をアップしてやらないんだから。分かっ

たあ?」


「分かった、分かった。おまえが金にがめつ

いことが、よーく分かった」


 三歳年下なくせに生意気な言い方が頭にく

るので、嫌味を言ってやった。なるみは良太の

前に回ると、腰に手を当ててぴんと目をつり上げ

て怒った。


「そうよ! 女の子は男の百万倍、お金にがめ

ついの! よく覚えておきなさい!」 

 くだらない会話をしながら階段を上がり、

 三階の家庭科準備室にたどりついた。その部屋

は、葵の友人たちのたまり場となっている場所

らしかった。


 引き戸を開けて中に入ると教室の半分ほどの

広さしかない。様々な調理器具が置かれた棚と、

映画鑑賞部にもあった長テーブルとパイプ椅子

が四つ置かれているだけの殺風景な部屋だ。


 見知らぬ一人の少女が椅子に座っていた。真

新しいセーラー服であるため新一年生だと分か

る。

 彼女はテーブルの上に一円、五円、十円等。

大量の小銭を広げて指でつまんで数えていた。

理由は分からないが。


 彼女の身長はなるみや葵よりも少し低い。

 ただ、二人が並よりも高いため、この少女は

平均的な身長だろう。髪は肩にかかる程度で三

つ編みにして一本にまとめている。


 顔立ちは中学生のように幼いが整っていた。

目は大きいものの、ガラス玉のように何の感情

もない。

 緊張もリラックスもしていない無表情だ。少

女は部屋に入って来た良太達をちらりと見ただ

けで、興味を失ったように小銭に目を戻す。


 彼女の体つきは少々細めで上半身も下半身もほ

ど良く曲線になっている。だが、セクシーという

には遠い状態だ。

 男として勝手な意見を言えば、今後の女性ホル

モンの活躍に期待という具合だろうか。


 性的な部分も、生物的な部分も感じさせない不

思議な雰囲気を持つ少女だった。葵はその少女の

肩をたたきながら紹介をしてくれた。


「この子は水谷夏夜みずたにかや。珍しいコイ

ンの買い取りをしているの。ほら、夏夜。あいさつ

して」


「……よく」

 視線を向けると、水谷夏夜は涙声のような水っぽ

い声であいさつをして再びコインに集中した。

 そばにいた良太は夏夜からラベンダーの香りがす

る事に気づいた。何となく静かな夜を思わせるこの

香りは、夏夜にあっている気がする。


 ――おお。無口で無表情な不思議少女かー。なる

みとはあらゆる意味で正反対だなあ。しかし、これ

はこれで他の女の子にない魅力があるぞ。


 良太が夏夜を見てそんな事を思っていると、なる

みは葵をふり返って尋ねた。

「あれ? もう一人は? 葵ちゃんの友達って二人

じゃなかったの?」

「もう一人は家庭科室で手を洗ってる。すぐ来ると

思う」

 なるみの問いに夏夜が素早く答える。無口そう

に見えるが、鈍い少女ではないらしい。 必要な事

には受け答えをするようだ。


 葵はジャージのポケットに手を入れて、小さな

金色の塊を出しながら言った。一個三十円で、少

々値段が高い『もち入りのきなこチョコレート』

だった。


「そっかー。じゃあ、説明は二人そろってからし

た方がいいね……あたし、チョコ持って来たか

ら食べない? みんなの分もあるよ」


「ああーっ! わたしチョコ欲しいーっ!」

「おお、悪いな」


 良太となるみは一つずつチョコ取ると、つつみ

を開けて口に放りこむ。

 和風の味わいがある甘い物体を口の中でモゴモ

ゴさせていると、夏夜が物欲しげにじっと見てい

るのに気づいた。葵はチョコレートをテーブルの

上に置きながら言った。


「今、夏夜はお金を触ってるから手を洗った後で

食べるでしょ? あんたの分はここに置いとく

よ」

「だめ。みんなが食べるのを見たら今すぐ食べ

たくなった。誰か夏夜に食べさせて」

 彼女はじっと葵の目を見て静かな声で言った。


 自分を『夏夜』と名前一人称で呼ぶ所と自己主張

をはっきりする所から判断すると、無口で無表情

な不思議少女ではないのかもしれない……と良太

は思った。


「わがまま言うんじゃないの。手を洗ってから自

分で食べな」

 葵は首を横に振りながら、姉が年下の妹に注

意する口調で言った。

「ほら~。女の子がこまってるでしょ? あん

たがやってあげなさいよ~。ほら~」 


 後ろにいたなるみが良太の背中に肩をぶつけ

て命令した。

 しかし、ぶつかったのはなるみの肩だけでは

ない。意識的にやったわけではないだろうが、肩

以外の何かが当たった感触があった。


 ――今、背中に熱くてやわらかくてプルプル

した物体が〇・一秒程くっついた気がする……

もしかして、このプルプル感はなるみの『巨乳』

か? 


 こいつの『巨乳』がオレの背中と接触事故を

起こしたのか? だとしたら……すげえ!


 そう思った瞬間。良太の手は操られたように

動いた。夏夜のチョコをつかんでつつみを開け

ると中身を指でつまんだ。


「しょうがないなあ。オレが食べさせてやるか

ら口を開けろよ」

 歯医者で治療を受ける時のように、口をぱかー

っと開ける夏夜。


 ――初対面の女の子にチョコを食べさせるとい

うのも、特殊なプレイだよなあ。

 そう思いながら、夏夜の口にチョコを入れよう

とすると後ろから葵の声がした。

「良太君。夏夜の歯に気をつけてね」

「え? 何だって?……いでええええっ!」


 ふり返って葵の顔を見た直後。親指に鋭い激痛が

走る! 視線を前に戻すと夏夜の白い前歯が良太の

指に食いこんでいる! 夏夜の歯に気をつけてね――

と言った葵の言葉を痛みとともに理解した!

 

 気合の力で指を引き抜き、確認すると指に夏夜の

歯型がついていた! うっすらと血もにじんでいる!


「ぷっ! お、女の子にかまれた人なんてはじめて

見たあ~! ぷははははっ!」


 かん高い少女の笑い声――なるみの声が家庭科準

備室にひびく。顔を興奮でピンク色に染めて、お腹

をかかえながら笑っている。

良太をバカにして楽しんでいる。


 ――こ、こいつ。人が痛い目にあっている時に笑い

やがって……でも、許してやるか。『巨乳』だったし

な。

 良太はこみあげてきた怒りを『巨乳』の力で押さえ

こんだ。


 怒りはすぐ消えた。『巨乳』の力は偉大であった。

笑い続けるなるみとは別に、葵が心配して良太のそば

にやってきた。


「だいじょうぶ? 良太君? 保健室に行く?」

「まあ、何とか平気だ。保健室に行くほどじゃない」

「夏夜はかみぐせがあるの。わざとじゃないから許し

てやって。ほら……夏夜。良太君にあやまりな」


「ごめんなさい。でも、夏夜は毒を持ってないから安

心して」

 口の中でチョコをモゴモゴさせながら謝罪の言葉を

口にする夏夜。あいかわらずの無表情だ。


 ――不思議少女というより不気味少女だよな。この

女の子のせいで血が出たことだし、吸血鬼ガールと呼

んでやろう。心の中で。


 夏夜にかまれる前とかまれた後では、彼女に対する

評価は百八十度変化した。見た目と異なる少女の暗黒

面を知ってげんなりしてしまう。

 いきなり、良太の目の前になるみの手が差し出された。



 なるみの手に乗っていたのは、一枚のバンドエイド。

ピンクの色調に『キラキラお星様』がついた、女の子が

好きそうなデザインの物だった。


「これをあげるから使いなさいよ。あんた、ケガしたん

でしょ?」

「自然の力で治すからけっこうだ」


 なるみの親切はありがたいが、良太は受け取らなかっ

た。十八歳の男が指に『キラキラお星様』をつけている

のは、かっこ悪いを通りこして『気持ちが悪い』の領域

に入ってしまう。


「あんたって女の子と出会う度に毎回ひどい目にあって

るわねー。わたしと葵ちゃんの時もそうだし、今回もそ

うだし、また同じ事があったりしてえー」

「ふざけるな、おまえっ」


 くすくすと笑い出したなるみに良太が反論すると、離

れた場所から声がした。


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