表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コイン・メイカー  作者: 安田勇
7/55

二章 かみつき、目つぶし、カミングアウト ③


  三



 良太は授業終了と同時に部室棟一階に向かった。

映画観賞部とプレートに書かれた部屋の引き戸を開

けると、明るいがやる気のない少女の声で、歓迎の言

葉がかけられた。


「いらっしゃーい。来ないと思ったけど良く来たねー」

 部屋の奥にあるソファーの上にジャージ姿の少女が

寝転がっていた。


 色気がないかわりに性格が良さそうな少女。なるみ

の助手役と紹介された大倉葵だった。 葵は読んでい

た少女マンガから目を離して、起き上がると尋ねてき

た。


「昨日は色々とひどい目に合わせちゃってごめんねー。

体の調子はどう?」

「一日寝たら治った。もう平気だ」

「そっかー。なら良かった……なるみー、良太君が来

たよー」

 葵はパチパチと手をたたいて友人の名を呼ぶ。

 良太を呼び捨てにはしないが先輩と呼ぶわけでもな

い。横社会で生きる葵のさっぱりとした性格が出てい

た。

 ――なるみよりも見た目は地味だけど、感じがいい

女の子だよなあ。こういう女の子の方が安心してつき

あえるかもしれない……。


 良太はそんな事を考えながら部室を見回した。広さ

は一般的な教室と変わらない。ただ、一般教室にある

机と椅子がなかった。

 かわりに窓際には二十インチテレビとDVDプレイ

ヤー。ラックには十数枚のDVDソフトが並んでいる。 

 部屋の中心に四つのパイプ椅子と折りたたみ式の長

テーブルが置かれ、上には電子ポットやティーセット

があった。

 長テーブルの横には昨日二人の少女が運んでいたダ

ンボールの箱がある。映画鑑賞部の部室というより彼

女達の自室のようだ。


 良太の雇い主となる問題のお嬢様は――部屋の後ろ

に立てられた等身大サイズの鏡の前に立ち、目を閉じ

て祈るように手を組み合わせていた。


 三分ほど同じポーズを続けた後、なるみは手の間に

はさんでいた五百円を、足下に置いていた貯金箱――

白地に金の王冠がついたケースに入れた。

 何か意味があるのかもしれないが、良太には分から

ない行動だった。


 謎の行動が終わると、なるみは良太の前に来て一枚

の書類を見せてきた。

「わたしの仕事をする前に、この契約書にフルネーム

を書いて拇印を押して。後、住所、携帯電話番号とメー

ルアドレスも忘れずに書きなさいよ」


 出された書類に目を通すと次のように書かれていた。


 なるみストアー 雇用契約書


1 私は広瀬なるみ様を学園アイドルとして扱い、自

分は引き立て役として目立たない事を誓います。同時

になるみ様のために全力で働く事を誓います。


2 私は広瀬なるみ様の財産を、無断で持ち帰らない

ことを誓います。


 万が一。1に違反した場合は卒業するまで、お給料

なしで働かされても文句を言いません。2に違反した

場合は、全財産を没収された上にお給料なしで一生働

かされても文句を言いません。


「ぬわっ! ぬわんなんだあああっ! これはあ

あっー!」

 良太は絶叫した! 雇用契約書ではなく『奴隷

契約書』であった! 基本的人権が尊重されている

現代日本で、このようなシステムがあるのが信じら

れない!


 良太の悲鳴を聞いて葵がのんびりした調子で言った。

「良太君。一は無視していいから二だけ守って。よう

するになるみの持ち物は盗まないって約束するだけだ

から。それ」


「そうよ。二は確実に守ってほしいわね。後でわたし

への忠誠心が出たら一を守ればいいの。何も最初から、

わたしへの絶対的忠誠を誓えとは言わないわよ」


「……ほ、本当に二だけだな? 二だけを守ればいい

んだな?」



「そうよ。最初は二だけで許してあげる。でも、わた

しのお手伝いをするうちに一も守るようになるわよ。

自分でも気づかないうちに自然とね」


 なるみは良太の顔をじっと見つめて笑いかけてきた。

なまいきだが、かわいらしい小悪魔的な笑顔で。良太

の心臓がまたずきん!……と異音を立てた。


 ――まあ、いいや。借金のために悪徳金融会社の書

類にサインをするわけじゃないしな。相手はただの女

の子だ。普通より、ちょっと、かわいいだけのな。


 良太はそう自分に言い聞かせながら必要な部分を書

き込み、差し出されたインクに親指をつけて捺印を押

した。


「昨日も言った通り、わたしの最終目標は学校のナン

バーワン・アイドルになることよ。商売をするのは、

その手段として必要だからやるの。まず、最高に人

気がある商売人になりたいわね。


 そうすれば、誰もがわたしをナンバーワン・アイ

ドルと認めるでしょうから。わたしがナンバーワン

になればお店の売上も増えるし、あんたのお給料も

アップするわ。だから、あんたは引き立て役として

がんばりなさい」


 なるみは腰に手を当てたえらそうなポーズで長々

と語った。なるみの野望・全校版についての内容

を。


 二日前の良太がこの言葉を聞いたらノーの返事を

しただろう。しかし、今はなるみとの交流により

忍耐力がきたえられていた。

 良太は特におどろかず冷静な口調で質問をした。


「おまえが学校でナンバーワン・アイドルになりた

い事はよーく分かった。商売で一番になりたい事も

よーく分かった。でも、具体的に何の商売をやるん

だ? それが分からないと何を手伝えばいいのかも

分からないぞ」


「これを見なさい」

 なるみは葵のそばにあるダンボール箱を開けた。

中には有名映画のDVDが五十本以上ぎっしりと

つまっている。

「わたしは大規模にDVDとCDの中古販売を学校

でやろうと思うの。

 ここにあるのは五百本ぐらいだけど、家には二千

五百本以上の商品があるわ。全部持ってくれば三千

本以上の商品数になるでしょうね。

 あんたと葵ちゃんには特典として合計三本まで

無料レンタルしてあげる。無断で持って帰ったら、

さっきも言ったように罰があるけど」


「ご、合計三千本だってえー! おまえ、どこに

そんな金があるんだああっ!」


 良太は再び絶叫した。良太もDVDやCDを

持っているが、両方合わせても百本前後だ。

 財力に限界があるために。中古で三千本買った

としてもかなりの金額だった。

 ましてや、新作ですべて買えばいくらかかるの

だろう? 


 良太の声を聞いた葵は、マンガから目を離して

口をはさんできた。


「ふつうおどろくよねー。あたしも初めて見た時。

おどろいたもん。なんか、なるみの家って超大金

持ちらしいよー。貴族みたいなもんなんだってー」


 葵のコメントを聞いたとたん、なるみの顔は変

わった。

 自信にあふれたお嬢様モードから、プライドを

傷つけられて怒るお嬢様モードに。悲鳴に近い声

でさけんだ。


「葵ちゃん! こいつに余計なことを言わないで!」

「あちゃー。地雷をふんじゃったかなー」

 葵は口ではそう言いながら、少しも困っていな

い顔で笑う。なるみは茶色の目をつり上げて、良

太の顔をにらみながらまくしたてた。


「言っとくけど、わたしはあんたに家庭の事情を

話す気はないから! わたしの親とか兄弟とか、

どこの国の出身とか、日本に住んでる理由とか

一つも教える気はないの! 

 だから、余計な質問はしないで! されても

答える気はないけどっ!」


「わ、分かった。仕事のことしか質問はしない。

安心しろ」

 なるみの突然の怒りにおどろきながらも、何

とか答える。 


 ――やれやれ……気難しいお嬢様だぜ。葵ち

ゃんの方が百万倍マシだよなあ。


 良太は早くも雇用契約書にサインした事を後

悔した。

 なるみは右腕につけていた時計を見ていた。

時計の事は良く知らないが、貴族の話を聞いた

後では、高級品なのだろうと思う。


「さて……おしゃべりしていると時間がなく

なっちゃうわ。今日は店員のスカウトにいく

んだから。二人ともわたしについてきて」


 なるみは早足で部室の外に出て行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ