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コイン・メイカー  作者: 安田勇
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二章 かみつき、目つぶし、カミングアウト ②


   二



 良太が食堂を出て三階の自分の教室に戻ったのは

昼休みが終わる三分前だった。教室には七割ほどの生

徒が着席していた。


 二年の時に同じクラスだった者も多いが、今は誰か

と話をする気にはなれない。良太は自分の席に着いて

腕組みをしながら考えていた。


 脳内に浮かぶのは石川に依頼された仕事についてだ。


 ――昨日の二人と仲良くなれる保障はないし、最悪

の場合に備えるためにも石川のおっさんの仕事は引き

受けた方がいいんだろうな。


 ――岡口と三津山になめられないためにも、自分の

幸せを確実につかむためにも、たくさんの女の子と出

会った方がいいのは分かるんだよ……。


 ――だけど、あのおっさんの仕事って怪しいんだよ

なあ。軽い気持ちでオーケーすると後で痛い目に合い

そうなんだよなあ。一体……どうしたらいいんだ?


「こらあ! 小川良太!」

 突然、少女の声で自分の名をフルネームで呼ばれ

て思考が止まった。

 良太が視線を向けると教室の出入口に昨日のお嬢

様――広瀬なるみが立っていた。

 彼女はぴんと背筋をのばして両手を自分の腰に当

てて、自信と元気にあふれた顔をしている。


 カメラマンの前でポーズを決めるアイドルのよう

に。

 彼女が来たとたん教室の空気ががらりと変わった

気がした! 

 地味な日本の商業高校の教室が、金で飾られたフ

ランスのベルサイユ宮殿のように華やかに見えてし

まう! 

 今にも貴族達の社交界が、はじまりそうな予感が

した!


「あんた、わたしに自分のクラスを言わなかったで

しょ! おかげで三年の教室を全部探しちゃったじ

ゃないの! むう~!」


 なるみは文句を言いながら三年二組の教室にずか

ずかと入りこむ。自分の教室のように。

 何のためらいもなく。

 クラスの連中――二十人以上の視線が珍しい外国

人少女に集中してしまう。


 なるみが自分の教室に来るとは夢にも思わなかっ

た。

 緊張で背中が熱くなる。良太は思わず席から立ち

上がった。無意識に『執事モード』になって、目の

前にやってきた人物に質問をした。


「あの……ご用は何でしょうか? なるみお嬢様?」

「昨日ふんづけたあんたの顔を心配して見にきてや

ったの。あら? 残念! わたしがふんだショック

でもっと美男子になるかと思ったら、何も変わって

ないのね!」


 信じられないぐらい人をバカにした発言を聞いて

、一気にげんなりする。良太は『執事モード』を

解除した言葉使いで答えた。


「お前なあ、わざわざそんな事を言うために、こ

こまで来たのかよ?」

「そうよ! わざわざあんたの悪口を言うためにこ

こまで来てやったの!……というのはウソで集合場

所を言ってなかったから、教えにきたの。放課後は

部室棟一階にある映画鑑賞部に来なさい。そこがわ

たしの店を開く場所だから。分かった?」


「はいはい。部室棟一階にある映画鑑賞部な。分か

ったぞ」

「自分から仕事を手伝うって言ったんだから、ちゃん

とやりなさいよ。いいわね?」


 なるみは念を押すように良太の顔に指を突きつける

と、茶色の瞳でにらんできた。

 良太はガクガクうなずいた。新一年生の少女に生意

気な事を言われても不思議と腹は立たない。

 お嬢様パワーに圧倒されて素直に従ってしまう。


 なるみは教室内をぐるりと見回した後、良太の耳に

口をよせて小声でささやいた。

「……安心したわ。わたし」

「な、何に安心したって言うんだ?」

 良太も思わず小声で答える。なるみが近づくと昨日

と同じオレンジの香りがした。

「あんたのクラスにわたし程の美少女がいないことに

よ。わたしを見た後にクラスの女の子を見ても、ダイ

ヤモンドを見た後の石ころみたいに感じるでしょ?」


 なるみは小声で言い終えると良太から顔を離して

ウインクをした。

 ウインクを見た直後。ずきん!……と良太の心臓が

異様な音を立てた。


 ――な、な、なんだ? この心臓の音は? 急性

心不全の前ぶれか?

 ――まさか、この女に自分を美少女だと言いはる

ナルシスト女に、オレは恋をしたのか?


 それは、ないっ! 絶対にないはずだっ!

 良太が心臓の異音について考えをめぐらせると、

なるみはいつの間にか背を向けて教室の出入口まで

戻った。

そのまま帰るかと思われたが急にふり返り、

教室全体にひびきわたる声で宣言するように言った。


「三年二組の皆さん! 誤解されると困るので最初に

言いますが、わたしと小川君の間に恋愛関係はありま

せん! あえて言うならば、わたしと小川君は主従関

係です!


 もちろん、主人はわたしで従者は小川君! つまり、

わたしと小川君は身分が違うので恋など生まれるわけ

がないのです! 

それから、近いうちにわたしが店長となる『なるみ

ストアー』が部室棟一階にオープンします! ぜひ、

ご来店ください!」


 なるみはとびきりの笑顔でスカートのすそを両手

でつまむと、ちょこんと膝を軽くかがめた。西洋貴

族のお嬢様のような優雅なあいさつだ。

普通の少女が同じ事をしても違和感があるが、なる

みがやるとすばらしく様になっている。

 授業開始が近いためか、なるみは早足で三年教室

を去って行った。


「小川あああっ! だ、誰なんだあっ! あのお嬢

様はっ!」

「小川君! ど、どこの貴族に雇われているのおっ!

 教えてえーっ!」

 なるみが去ると周囲の男子と女子が群れになって

良太につめ寄ってきた。しかし、良太は手をヒラヒラ

と振って自分の席についた。


「……ノーコメント。さっきのお嬢様についての質問

は全面的に拒否します」

 それだけ言うと良太は口を閉じた。ギャラリーはし

ばらく静まりそうにないが、無視をする。どうせ授業

がすぐに始まるのだ。


 ――やっぱり、石川のおっさんの仕事は引き受ける

事にしよう。あの女は絶対にオレの彼女になってくれ

ないことが、今のでよーく分かった……。


 ぐったりした気分で机にふせながら良太は強い決心

をした。



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