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コイン・メイカー  作者: 安田勇
52/55

十章 モテない男を救う小説 ⑦


   七



 西浦はゴキブリ百匹分に相当する不快な顔で、笑い

ながら良太に近づいてきた。


 うらみ続けていた良太を存分に痛めつけた事で

ストレスが解消したのだろう。

 近距離まで来るという事は、最後に良太の苦しむ

顔を見に来たのかもしれない。


 あるいは良太にとどめを刺す前に何か言う事が

あるのだろうか。


 西浦はショルダーバッグに手を入れると一つの

箱を取り出した。

 良太がこの場に来る原因となった白地に王冠の

ついた貯金箱。

 なるみの貯金箱だった。


「……僕はなあ、『ゴミ三年』のお前にもむかつい

てたけど、その次に『赤点巨乳女』にもむかついて

いたんだよなあ~。


 あいつはいつも幸せそうで、何も苦労をしていない

バカ女だった。

 あんな幸せすぎるバカ女が、すごいMコインを作る

なんて信じられないよお~」


 西浦はなるみの貯金箱を良太に見せながら笑った。

魔界から呼び出された異形の怪物としか思えない、

おぞましい笑顔で。


『……このお金で前と同じ旅行を家族にプレゼント

したいの。

 あの幸せをみんなに思い出してほしいの。またいっしょ

に暮らしたいって、家族全員が思ってくれるように』


 西浦の話を聞いた後、良太はなるみの言葉を思い出

した。初めてなるみと下校した時の言葉を。


 なるみは自宅の玄関で、貯金箱をジャラジャラ鳴らし

ながら良太に語ったのだった。

 自分の本当の願いを。

 今まで語らなかった自分の家庭の事情を。


『……幸せをつかむために、できることは全部やって

きたの。でも、幸せはいつもわたしのそばから逃げて

ゆく。幸せはいつも、わたし以外の誰かのものよ。

 いつも、いつも……いつもね』


 次に思い出したのは今日の夕方の出来事。

 なるみがバスルームで涙を浮かべながら語った言葉

だった。


 一生をかけてやりとげたいと思う願いが、達成不可能

だとあきらめた時に語った言葉だった。


 良太は痛みも疲労も忘れて体を起こした。

 体中の血が熱くにえたぎるのが分かる。 両手の拳

を本気でにぎりしめていた。


 ――今までこのガキに、オレの事をコケにされても

腹が立たなかった。


 ――でも、どうしてだ? オレの事をコケにされても

何も腹が立たないのに、なるみの事をコケにされると、

なんでこんなにも腹が立つんだろう?


 西浦は賞味期限が切れて腐った生肉のように

ねばりっこく笑いながら、なるみの貯金箱を高く

かがげてわめきちらした。


「『巨乳赤点女』が作ったMコインなんか、どうせ

ゴミだよお~! あんな何も苦労をしないで生きてる

女がすごいMコインを作れるわけがないもんね~! 


 これがレベル五だとしても属性は幸せとか、喜び

とかそういうゴミ属性に決まってるよお~! 


おまえはゴミを取り返すためにわざわざここまで来たん

だあ~! だから、完全に『ゴミ三年』だああっ~!」


「……ゴミはおまえだ! 『ゴミ二年』!」  


 良太は立ち上がった。地面をけり飛ばして空中に

飛んだ。


 良太は加速のついた右足――突撃キックを笑いつづ

ける西浦――『ゴミ二年』に向かってぶつけた。


 良太の爪先は西浦の顔面に激しく食いこむ! 


 西浦の体は前後に高速回転をしながら、紙くずの

ように吹き飛んでゆく! 手にしていたなるみの

貯金箱を地面に落としながら! 


 西浦の体は広場の隅にある軽トラックのドアに

激突する! 

 西浦の勢いはとまらず二枚のドアをつらぬいて

車外に飛ばされる! 


 さらに、その後方にあった軽乗用車のドアまでも

二枚同時につらぬいて外に出る! 


 西浦の体がようやく止まったのは、三台目の4WD

のドアを破って助手席に着席した時だった! 

 良太は突撃キックにより、西浦を合計七十メートル

以上はね飛ばしていた!


 六段の念がこめられた足技は信じられないほど強力

だった! 


 良太は自分でも持て余すほどのすさまじい力が、

全身にみなぎるのを感じた。


 宇宙の外まで見通せそうなほど目がさえている。

最終決戦のシーンを一気に書けそうな作家になった

ほど頭の中がすっきりしている。


 重過ぎて使えなかった剣と鎧が、ようやく使える

ようになった騎士の気分だ。


 ――あの『ゴミ二年』をギタギタに痛めつけてやる!

 ――なるみが味わった千倍の苦しみをあのドアホウ

に教えてやる! オレが! この手で!


 良太は右手にのっていた金貨をにぎりしめて拳を

作った。

 今の自分は体内に蓄積した念の属性と一体化して

いるのが、はっきりと分かる。

 

 あるいは、それ以上の感情で属性をコントロール

しているような気がした。


 石川が『大バカ野郎になれ』と言っていた意味が、

この感覚である事を完全に理解した気がする。


 一分前まで体調不良に苦しんでいた自分が他人事

のようだ。


 確かな手ごたえが今の一撃にはあったが、西浦が

簡単にダウンするはずがないと良太は思っていた。


 予想通り、三秒もしない内に西浦は起き上がった。


「僕があ! 僕があ! 僕が『ゴミ二年』だってえええ! 

ふざけるなっ! おまえは僕の大変さを何も知らないから、

そんな事が言えるんだああっ!」


 西浦の怒声と共に巨大な物体が地ひびきを立てて転

がってきた! 


 良太は目を疑ったが、それは4WDの車だった! 

一トン以上の金属の物体が、けり飛ばされた紙パックの

ように地面を回転しながら良太に向かってくる! 


 これほどの重量物を動かすとは、敵は五段以上の念銭

を使用したのだろう。


 良太は六段の攻撃で、車を破壊しようと思ったがやめた。

可能かもしれないが、定着させた念をムダ使いする事に

なる。

 念は大事な時のために温存しておきたい。


 主に『ゴミ二年』をぶちのめすために。

 良太は強化された足で、五メートル以上の大ジャンプ

をした。


 4WDを飛びこえると着地して西浦に向かって走り

出す。


 しかし、転がってくる車は一台だけではない。

 軽自動車と軽トラックの二台の車が、良太に回転移動

攻撃をしてくる。


 重くて硬い鉄のボディーで、やわらかくてもろい肉の

ボディーの良太を押しつぶそうとする。

 良太は前と同じように車を二回連続で飛びこえて

かわした。


 スケールのでかい障害物競走をやっているような楽しい

気分になってくる。


 良太は西浦まで残り十歩の距離に近づいた。

 強力な念銭を連続使用した西浦は、病的なほど汗を

かいて青ざめた顔をしている。


 肩で激しく息をするほど弱っている。

 属性と一体化した状態であっても、強すぎる念銭を

乱用した事で疲労を感じているのだろう。


「だ、誰も僕の大変さに気づいてくれなかったんだよお

おっ! 僕はものすごい孤独だったのにいいっ! 僕は

ものすごい不幸だったのにいいいっ!」


 西浦は自分の攻撃が通じない良太を見て、パニックを

起こした様子だった。


 周囲にあった二十インチテレビとパソコンディスプレイ

を念術で、同時に飛ばしてきた! 


 良太は自分の下半身に当たろうとする二十インチテレビ

をけり飛ばすと、上半身に当たろうとしていたパソコン

ディスプレイを両手でキャッチする。  


「お前が大変なのはよーく分かった。じゃあ、お前は他人

の孤独に気づいたのか? 他人の不幸に気づいたのか?」


 良太は西浦に問いながら、アンダースローでディスプレイ

を投げ返した。相手の倍以上の高速度で。


 前に石川がやって見せた技――飛び道具返しだ。

 電気製品は良太の狙い通り西浦の腹に命中。


 着弾と同時に粉々に砕けた。西浦はよろめいたものの

倒れない。

 敵の鉄壁防御は相当にタフらしい。西浦は病的な顔で

、わめきちらした。


「そんなの関係ないっ! 僕の不幸とくらべれば、他の

やつの不幸なんかどうでもいいんだあああっ! 僕が

一番不幸なんだからああああっ!」 


「それはどうかな? おまえ以外の人間が、おまえより不幸

ではない事をどうやって証明する? おまえは世界不幸人間

コンテストに出場して一位をとったのか?」


「『ゴミ三年』のくせに、なまいきを言うなああっ!」


 良太の言葉を聞くと、疲労で青ざめていた西浦の顔が怒り

で一気に真っ赤になる。

 血走った目で、鼻息を荒くしながら小学生のような言葉

をさけぶ。


 西浦は念銭から抽出した念を衝撃波にして、良太にぶつけて

きた! 


 今回の攻撃は物を使わず、純粋に念による攻撃だ! 

 激しい空気の塊が良太に襲いかかってきたが、念が定着

した右の拳を突き出して衝撃波を受け止める。


 以前、ナルシスト男が放った攻撃を防いだ時と同じように。


「これだけは覚えておけ! 顔で笑ってる人間が、心の中で

笑ってるとは限らないんだよ! 


 おまえが言う『赤点巨乳女』だって、お前と同じように

心の中で苦しみをかかえて生きているんだ!

 人間の一部を見ただけで、全部を見た気になるんじゃねえ!

『ゴミ二年』が!」 


 良太は激しい口調でまくしたてると、西浦の腹に二発

目の突撃キックを加えた。


 西浦はピンポン玉を思わせる弾力性で弾き飛ばされて、

後方にあったタンスに激突。

 タンスからはね返ってさらに、バイクに激突する。


 飛距離を合計すると三十メートル前後。

 最初の一撃と比べると威力が弱まっていた。

 定着させた念の量が低下したのだろう。


 並の人間なら即死確実だが、西浦はしぶとく起き上

がった。

 念銭から念を抽出して、新たに鉄壁防御を再生させて

いる。


 どうやら、再起不能になるぐらい本格的に痛めつける

必要があるらしい。


 西浦は怒り狂ったゾンビのような顔でわめきちらした。


「きれいごとなんか聞きたくないよおおおっ! だって、

お前は楽して女の子とつきあっていたじゃないかっ!


 何の努力もしないでモテモテになったライトノベルの

主人公じゃないかあっ! 

 お前が何を言っても説得力がないいいっ!」 


「ああ、そうかもしれないな。確かにオレは何も努力を

しないで美少女四人と知り合ったライトノベルの主人公

だろうよ。

 深夜テレビで放送している美少女ハーレムアニメの

主人公だろうよ。


 ウインドウズ専用の十八禁パソコンゲームの主人公

だろうよ。でも、オレは今まで女の子に楽しませて

もらったお返しをしたいと思っている。


 お前は女の子のために何かしたことがあるか? 

いや、何もしなくてもいい。好きな女の子のために何か

したいと『思った』ことはあるか?」


「ないよ! そんなもんっ! ああ、お前が言おうと

する事が分かったぞっ! 

 どうせ、僕に積極性が足りないとか言うんだろおおっ!

 自分から女の子に話しかけなきゃ、女の子にモテない

とか言うんだろおおっ! 


 幸せづらして説教するんじゃねえ! 『ゴミ三年』

があああっ!」


 西浦は良太に怒鳴ると、近場にあったゴミ山の裏に

回りこんだ。

 直後、念銭を念具にこすりつけて大衝撃波を放った!


 テレビ。ビデオデッキ。扇風機。エアコン。


 自転車。バイク。タンス。本棚。テーブル……合計

三十個はこえる危険物が大軍となり一気に襲いかかって

くる! 


 個体で作られた津波だった! 

 これほどの物体を一度に飛ばすとは、五段以上の

念銭を使用したのはまちがいない!


 生身の人間がこの場にいれば、一秒で十人の人間が

即死して二秒目には十人分の人間ミートソースが完成

しただろう。


 だが、良太は生身ではなかった。

 西浦の攻撃と同時に空中に飛び上がり、津波をかわして

いた。

 着地と同時に西浦に話しかけていた。


「おまえに足りないのは女の子への積極性なんかじゃない!

 おまえに足りないのは、ただ一つ! 女の子への共感性

だ!」


 良太は西浦に向かって走りこみながら、加速のついた

左の拳を突き出した! 突撃キックの拳バージョン! 

突撃パンチを! 


 腹に拳を受けた西浦は目と口をあけたマヌケな顔で

飛ばされる! 

 良太は自分が殴り飛ばした西浦を高速で追いかけた!

 

「おまえは自分の苦しみには敏感でも、他人の苦しみ

には鈍感なのが問題なんだよ! 絶望的にな!」



 今度は右の突撃パンチを西浦の顔に打ちこむ! 

 西浦は前以上の大マヌケ顔――ゆでダコのような

顔で後方に飛んだ! 


 良太は高速でさらに西浦を追いかける! 



「おまえは自分が苦しい時には、誰かにやさしくして

ほしいと思うはずだ! 同じように他人だって苦しい

時には、誰かにやさしくしてほしいもんなんだよ!」


 良太は体を折り曲げている西浦の体を、下から上に

向けて思い切りけり飛ばす!

 西浦の体は風船のように空中に浮かんだ! 

建物で言えば三階に近い高さへと!


 良太は大ジャンプをして空中に飛ぶ。しつこく西浦を

追いかけた。

 地上から十メートル近く離れた夜空で西浦とにらみ

合う。


 そばにある水銀灯の光は目が痛くなるほど激しい。

良太は右足を高くふりあげた。最大限の高さに。


「人の苦しみさえ分かれば、おまえは絶対に女の子に

モテまくるだろうよ! 逆にそれが分からなければ、

お前は一生孤独な最低人生を送って死ぬ! それだけだ!」


 良太は右足を高速でたたき下ろした! 

 全力をこめたかかと落としを西浦の頭におみまいした!

 すさまじい速度で落下して西浦は地面にめりこむ!  


 一歩遅れて着地した良太が見ると、地面には深さ

三十センチ前後。

 直径二メートル前後のクレーターが完成していた。


 西浦はクレーターの中心であお向けに倒れて額から血

を流している。

 ようやく鉄壁防御を破ったようだ。


 西浦は歯ぎしりをしながら、涙目で良太をにらんでいた。


 すぐに起き上がらない様子を見ると完全に戦意を失った

らしい。


 命に問題はないとしても、骨の一、二本は折った事

だろう。

 決して軽傷にはしない自信があった。

 良太は地面にいる敗者に静かに告げた。


「好きな女の子ができるとムチャクチャ大変だぜ。だって

女の子のために死ぬ気でがんばらなくちゃいけないからな。

命がけで戦わなくちゃいけないからな。


 でも、不思議なんだ。ムチャクチャ大変だけど、それが

ものすごく楽しいんだ。自分が本当に生きているって感

じるぜ。


 オレが命をかけた事で好きな女の子が救えるのなら、命

さえどうでもよく思えるんだ。


 その女の子がオレ以外の男と結婚するとしても、あきら

めることができる。

 今、この一瞬の喜びさえあれば、一生彼女ができなく

ても生きていける気がするんだ。

 お前には分からない感覚かもしれないけどな」


「……痛いもお、苦しいのもお、怖いのもお、全部やった

のにい~、なんで僕があ~、『ゴミ三年』なんかにい~。

負けるんだよお~。えっぐ、えっぐ……」


 西浦は額からポタポタ血を流していた。

 両目からベチャベチャ涙を流していた。

おまけに鼻からドロドロ鼻水を流している。


 なるみのような美少女の涙は心をゆさぶられるものが

あるが、西浦の涙を見てもアホらしいと思うだけだった。


 しかし、後ろで見物していた石川は良太と別の行動を

取った。


「よしよし。いい子だ、いい子だ。おめえは本当に良く

やった。この先もたくさん嫌なことはあるだろうが、

がんばって生きるんだぞ~」


 石川は西浦をなぐさめるように言うと頭をぐしゃぐしゃ

なでた。


 その後、西浦のショルダーバッグを開けて中から

西浦のサイフを取り出す。

 おまけに、泣きじゃくる西浦の右腕にある念銭の

ついたガムテープまではがしている。


 つまり、この男は同情を装いながら堂々と強盗をして

いた。


 石川は西浦のサイフを開くと、一万円札を一枚だけ

抜き取ってサイフを西浦に投げ返した。


 サイフの中が一瞬見えたが、中にはまだ十枚以上札が

残っていた。金を全額奪わないのは、敵へのいたわり

なのだろうか。


「……ほれ。リンリン姫の損害賠償だ。この金で何か

喜びそうなもんを買ってやんな」


 良太は出された一万円を迷う事なく受け取ると、

広場中央に向かって歩き出した。


 そこは西浦に一発目の突撃キックを加えた場所

だった。

 地面には自分がどうしても取り返したかった物――

なるみの貯金箱が落ちている。


 落下の衝撃で箱の角にへこみが一つできているのが

分かった。

 だが、穴が開いているわけではないので、中身が

こぼれる事はないだろう。


「俺の予想じゃあ、その中にはリンリン姫の念銭が

全部入っているはずだ。

 敵が素直に返すのには何かヤバイ理由があるから

だろう。


 そこでだ……安全のためにリンリン姫の念銭を全部

抜き取って、普通の金に入れ変える作戦はどうだ? 

抜いた念銭はおめえが大事に持っていりゃあいい」


 石川は笑いながら良太を見ていた。良太の良心を

テストするような笑顔で。

 あるいは良太を暗黒世界に引きずりこもうとする

大悪党の笑顔で。


 石川のアイデアは到底受け入れられるものでは

なかった。良太は首を横にふって答えた。


「だめだ。この金はなるみの物だ」


「でも、リンリン姫は念術師じゃないんだぜ? 念銭

の価値なんか分かるわけがねえ。普通の金に入れかえて

も絶対にばれないはずだ」


「そうだとしても、この金にはなるみの願いがつまって

いる。あいつが一生をかけてかなえたいと思う願いが、

この中に入っているんだ」


「これからこの街はうんと荒れるだろう。今日みたいな

強敵が大軍になっておめえに襲いかかってくる時もある

だろう。その時、強い武器がなかったらどうする? 

 次の戦いでも、志歩が六段をかしてくれるとは限らな

いんだぜ?」


 石川は良太の弱点を鋭くついてきた。

 強敵という言葉は重かった。

 良太の中で何かが一瞬ぐらりと揺れた。


 今日の戦いで勝利したのは自分の実力ではないのは

分かっている。

 六段という強大な念銭があればこその勝利だ。

 だが、戦闘に勝利することよりも大事な事がある。

 良太は石川の顔を見ながら、力をこめて言い返した。


「そうだとしても今はなるみに返す。オレは最初から、

そのつもりで戦っていた」


「やっぱりな。おめえの事だから、最初からそう言うと

思っていたよ」


 石川は苦笑いをすると良太から視線を外した。

 闇を見通そうとするように夜空の奥に目を向けながら

別の話題を出した。


「さっきの戦いを見て俺は確信したぜ。おめえは俺と同じ

だってな」


「どこがおっさんと同じだっていうんだ?」


「さっき、おめえはあのガキをぶちのめす時に興奮した

だろう? 顔を見てりゃあ、わかる。あれは絶対にそう

いう顔だった。

 おめえは戦いをくり返す度に、戦いが楽しくてたまらなく

なるはずだ。


 のどがかわいて死にそうになるぐらい戦場が恋しくなる。

夜が待ち遠しくて、ヤク中のような禁断症状が出る。

 そして、いつか昼の世界には自分の居場所がない事に

気づくのさ。俺みたいにな。 だがなあ、そういう男は

うんと強い念術師になれるぜ」


 石川の話を否定はできなかった。

 数分前、西浦をなぐりつけた時。西浦をけり飛ばした時。

自分は戦いを最高に楽しんでいた。


 自分の気にいらない相手を暴力でたたきつぶす快感に

酔っていた。


「今日はいいもんを見せてくれてありがとうよ、良太。

ガキの頃に持っていた純粋な気持ちをちょっぴり思い

出させてもらったぜ。


 おめえの純粋さを一%でいいからわけてほしいような、

ほしくないような……そんなくだらねえ事を思った夜

だった」


 石川は背を向けると歩き出した。先に一人で帰る

気らしい。

 途中で足を止めると横顔を見せて、鼻をひくひく

させながらつぶやいた。


「ああ……また遠くから新しい悲劇のにおいがして

きやがった。今度のにおいは強烈だ。

 何度も連続でやってくる悲劇のにおいだ。


 一つか二つの悲劇は乗りこえられても、最後は必ず

負けちまう悲劇のにおいだ。

 このにおいがして生き残った奴は、まだ誰も見た

ことがねえ」


 石川の横顔は笑っていた。

 良太を試すように。良太の人生で起きる事をすべて

見抜いているように。


 広場の外に石川が出てバイクにエンジンをかけた時、

良太の携帯電話が振動した。


 サブディスプレイを見ると『わがままアイドル』の

表示。電話に出るとむくれた女子小学生のような、

子供っぽい声でなるみが言った。


『あんたさあ、さっきからずうっーと待ってるのに、

ぜんぜん来ないじゃないのー。いつになったら来るの

よー。むうー』


 なるみの声を聞くと良太は自分がほっとするのが

分かった。


 元気はなさそうだが、どうにか生きているらしい。

男と話しすぎて疲れた後に、女の子の声を聞くと少し

癒される気がする。


 良太は笑いながら質問した。


「お前さあ、まだ酒を飲んでるのか?」

『バカねー。もうやめたわよ。あんまり、お酒に頼る

とお母さんみたいになるもん』


「今からおまえの家に行くから、もうちょっと待ってろ。

プレゼントを用意するのに時間がかかっていたんだ」


『じゃあ、夜九時前には来なさいよ。わたしは早寝

早起きなんだから、九時を過ぎたらカギしめちゃう

からね』


 なるみは怒ったように言うと電話を切った。 


 ――なんか、夜遊びをしているサラリーマンが

新妻に怒られてるみたいだなあ。


 良太は苦笑いをしながら、腕にまきついているガム

テープをはがしてポケットに入れた。

 プレゼントをしっかりと脇にかかえて持つと良太は

自転車に向かった。








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