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コイン・メイカー  作者: 安田勇
35/55

八章 広瀬なるみの憂鬱  ①


 八章 広瀬なるみの憂鬱


   一

  

 それは二度目の戦闘が終わった翌日の水曜日。

 午前の授業が終了して昼休みに入ると同時に起きた

出来事だった。


 昼食をどこで食べようかと良太が教室で考えている

時、携帯電話が震えた。


『……先輩。昼休みは家庭科準備室でお昼を食べて。

ハト派のみんなで話があるから』


 夏夜からの初電話だった。

 良太は行く約束をして電話を切ると『吸血鬼ガール』

と夏夜の電話番号を登録する。

 その瞬間、良太は重要な事に気づいた!


 ――すげえ! これで出会った女の子の電話番号を

全部手に入れたことになるぞ!


 ――オレの電話に女の子の電話番号が、四人分も入

っているなんて夢みたいだっ!


 激しい喜びが胸の奥からこみあげてくる!

 日本人の奥手極まりない自分がイタリア男級の

プレイボーイに転生した気分! 


 まるで女の子に縁のなかった非モテ男の自分が、

ここまで大量の異性と交流できる日が来る事を誰が

予測したであろうか!


 ――でも、ちょっと待てよ。一人は『わがままアイ

ドル』。一人は『十八禁少女』。一人は『夜のお嬢様』。

一人は『吸血鬼ガール』なんだよなあ……。


 良太は高速で思い出した。

 なるみに顔をふまれた事を。夏夜にかみつかれた事を。

 志歩に目つぶしを受けた事を。


 葵に不感症をカミングアウトされた事を。

 脳内で少女達が行った数々の悪行が、総集編で再現

された。


 ――あれれ? なんだ、なんだ?……さっきまでウキ

ウキしていたのにウキウキが急にへっちゃったぞ。

 人間の幸せって短いなあ~。


 良太は急激にげんなりした気分になってしまった。

本当なら一人で昼食を食べたい気分だが、自分は良貨

連盟の一員である。


 任務を優先すべきだった。

 良太は母親が作ってくれた弁当とペットボトルのお茶

を持つと、家庭科準備室に向かった。


 面倒くさがりで普段は弁当を作りたがらない母親だが

、給料日前になると経費節減のために弁当を作り出すの

である。


 良太が家庭科準備室に入ると、部屋にいるのは夏夜

だけだった。


 夏夜は机に弁当を置いたまま食べようともせず、

椅子に腰を下ろして窓の外をぼうっと見つめている。


 良太が部屋に入ると無感情な視線を夏夜は向けて

きた。


「葵ちゃんと志歩は来ないのか?」


「……もうすぐ来ると思う」


「じゃあ、それまで待つか」


 夏夜と短く言葉を交わした後、良太は机に弁当を

置いて夏夜のとなりの椅子に腰を下ろした。


 夏夜は無言で机の上を見つめている。

 良太も無言でかたまっていた。


沈黙が二十秒程続いた。沈黙に耐えられなくなり、

良太は口を開いた。


「いつも、ここに三人集まって昼を食べているのか?」

「いつもじゃない。たまにだけ」

「そ、そうか……」


 わずか五秒で会話終了。

 あまりにも話が弾まないため、良太は頭をかかえた。

 ――まいった。こういう時って何か言わなきゃなら

ないけど何も思いつかないぞ。


 ――夏夜は口数が少ないから特にこまるんだよなあ。


 ――たぶん、仲良し度が低いせいだ。ゲームに出て

くる女の子も仲良し度が低いと最初は冷たい態度だ

もんな……。


 ――でも、いつになれば仲良し度は上がるんだろう?


 必死で話題をひねり出そうとするが何も頭から出て

来ない。

 良太の苦悩を救うように夏夜が言葉を発した。


「……先輩ってB型?」

「へ? オレの血液型か? B型だけど、どうして

分かったんだ?」


「この前、ここで先輩にかみついた時にそんな気がした。

夏夜ってB型の人とは相性がいいの。葵ちゃんもB型

だし」


 夏夜は体を良太に向けると、何を考えているのか

分からない目でじっと見つめてくる。

 ず、ず、ず……と音を立てながら椅子ごと良太に近

づいてきた。


 ――もしかして、またオレにかみつくんじゃないだ

ろうな?

 ――ま、まずいぞ。こうなるんだったら、対吸血鬼

用の武器を用意しておけば良かった。


 良太は混乱した頭でそんな事を考えていると、夏夜

は思いがけない事を口にした。


「先輩とは相性が良さそうだから、特別に志歩の秘密

を教えてあげる。良貨連盟の中でも、夏夜と葵ちゃんと

石川さんしか知らない秘密だけど」


「なんだ? それ? そんな大事な事をオレに教えて

いいのか?」


「……ぬっ。また後で」


 夏夜は半分言いかけた後、口を閉じると体の向きを

九十度変えて正面を見た。その直後、部屋の扉が開い

て志歩が姿を現した。


「まあ、お二人でデートをなさっていたのですか!

 わたくしも混ぜてください!」


 志歩は良太の向かいの席に弁当を置くと、幸せそうな

笑顔で椅子に腰を下ろす。


「若い人は元気があっていいねー。あたしにも元気を

わけてほしいよー」


 志歩の後ろから来た葵が、おばさんのような事を言

いながら志歩の横に席を取る。


「みんなお腹がすいているだろうし、食べながら話

そっかー」


 葵が弁当箱を開けたのをきっかけに夏夜と志歩も

弁当を開く。

 良太もつられて弁当を開いた。

 良太の弁当はご飯と三本のエビフライに卵焼き。


 プチトマトとゆでブロッコリーだ。

 夏夜は玄米パンにチーズとハムをはさんだサンド

イッチとサラダ。


 葵はおにぎり数個に鳥のから揚げとつけものが少々。

志歩はきのこの炊き込みご飯に、きんぴら、卵焼き、

春菊のゴマあえという具合だった。


 家庭科準備室においしそうなにおいが広がる。

良太は自分のまわりに三人もの少女達がいることに

気づいて動きを止めた。


 ――考えてみれば女の子達と一緒に昼を食べるの

って生まれて初めてだよな? 

 

 ――しかも、これは三人の女の子に囲まれた学園

ハーレム体験だぜ!……すげえ! 


 ――誰か一人、大事なお嬢さんがぬけている気が

するけど……まあいいや。


 ――とにかく、これは一生に一度しかないような

スペシャル体験だぞっ!


 全身が喜びに満たされて思わず口から笑いがこぼれ

てしまう!

 今の季節が春であるように、自分の人生にも春が

きたことを良太は実感した! 


 たとえ、性格に問題がある少女達だとしてもかま

わない。


 三人もの異性と昼食を共にできる喜びと比べれば、

ささいな問題だ!

 自分はこの瞬間を味わうために、男女共学の高校

に入学したのだと良太は気づいた! 



「わあ! 良太さんのお弁当にエビフライ発見! 

よろしければ、わたくしのおかずと交換していただ

けません?」


「いいぞ。一つだけなら」


 志歩が向かいの席からはしを伸ばして良太のエビ

フライを取り、かわりに卵焼きを入れてきた。


 すでに存在している卵焼きの横に。


 ――ちくしょう。卵焼きが倍に増えた……。まあ

いいか。女の子といっしょに弁当を食べられるだけ

でも、ありがたいからなあ。


 同じおかずが増えるのは納得がいかないが、仕方

ない事だとあきらめた。

 今度は横の席の夏夜が言った。


「先輩。夏夜もエビフライがほしい。夏夜のおかず

と交換して」


「ぬ……いいぞ。一つだけなら」


 嫌な予感がしたが、断るわけにもいかず許可を

した。


 エビフライを奪い取られて、かわりに入れられ

たのは、またしても持っているおかず――ミニ

トマトであった! 


 不幸な事にエビフライは残り一つだけしかない!

 

 ――うげ! また、同じおかずが来たよ! でも、

しょうがねえか……。女の子達と弁当を食べられる

だけでも、うれしいからなあ。


 良太の食欲が半減してげんなりした気分になった

時、救いの女神が登場した。

「良太君。あたしのおかずをあげるよ……ほら」


 斜め前に座っていた葵のはしがのびて、良太の

弁当箱に鳥のから揚げが入れられた。


 良太にはその鳥のから揚げが宝石のように美しく

輝いて見えた! 

 これで今日の昼食は楽しく食べられるだろう!


 ――やっぱり、葵ちゃんはいい女の子だ! 


 ――気がきくし優しいし、この三人の中で結婚

するとしたら葵ちゃんに決定だ!

 ――不感症だとしても!


 良太が内心そんな事を思っていると、葵がテーブル

に身を乗り出してきた。 


「良太君。卵焼きがあまってるならあたしに食べさせ

てよ。『新婚さんプレイ』やって」


 葵が口を大きく開けながら言った。

 『新婚さんプレイ』とは俗に言う『はい、あーんして』

の事らしい。


 良太は自分のはしで卵焼きを――志歩がくれた物では

ない方をつまむと葵の口の中に入れてやった。


「あっ! ずるい! わたくしも『新婚さんプレイ』を

していただきたいですっ!」

「夏夜も『新婚さんプレイ』をしてほしい」


 志歩も夏夜も口を開けて、小鳥のヒナのような待機

状態になった。

 良太は自分があげたエビフライをはしでつまむと一人

ずつ口の中に入れてやる。


 もはや、完全にハーレム状態! 

 ニヤニヤ笑いが止まらない! 全身のウキウキが止ま

らない! 

 このまま死んでもいい程の至福の時! 


 ――や、やばい! なんだか楽しくなってきたぞ!

 ――なるみの事も念術バトルの事も忘れそうだ! 


 ――ま、まずいな……大事な問題を話さなければ。


 良太は自制心を取り戻し、弁当を食べる手を止めて全員

を見わたしながら言った。


「念術関係の話なんだけど、大事な問題が三つあるんだ」

「何でしょうか?」


 志歩は引きしまったかたい笑顔で答えた。先ほどまでは

ボケボケお姉さんだったが、今は良貨連盟の代表としての

顔を作っている。


 念術の話を出したとたん、別の表情に切りかえていた。


「一つはなるみの事だ。なんか、あいつはカンが鋭くて

オレ達が裏で色々やっている事に、気づきそうなんだよ。

どうしたらいいと思う?」


「それって良太君にやきもちをやいてるんじゃないのー。

良太君の愛情不足だよー」


「あのなあ……葵ちゃん。真剣な話なんだから真剣に答

えてくれよ」


 いきなり、とんでもない事を言い出す葵に良太はげん

なりしながら答えた。


「夜の町で警備関係の仕事をしているとお答えしたら

どうでしょう? 

 それ以上のご質問は、守秘義務があるせいで詳しいお話

はできないと言いわけをするのが、最適かと思われますけ

れど」


「分かった。じゃあ、今はそれでごまかす事にする。

……二つ目の問題はスパイのことだ。この学校内に

リフォーマーのスパイが潜入している話は聞いてる

よな?」


「ええ。そのお話は、わたくしもハト派の仲間から報告

を受けています」


「石川のおっさんが言うにはスパイが誰かというのも

判明しているらしい。本当だとしたら、早めに探して

始末した方がいいんじゃないのか?」


「わたくしの意見を申し上げますと、スパイ説は敵への

不安をあおって無用な戦いを起こそうとするタカ派の悪

だくみではないかと考えています。


 過去のリフォーマーの動向から判断しましても、その

ようなリスクの高い行為をしてまで良貨連盟の情報収集

をするとは考えられません。


 念のために警戒はしますが、学校内でスパイ狩りをする

つもりはありませんし、スパイと疑わしい方を始末する

つもりなど絶対にありませんわ」


 志歩は静かな笑顔で良太の提案を退けた。

 言葉づかいも態度もやわらかい。


 だが、自分の考えを変えそうにない強烈な意志が両目

にあらわれていた。


 ――やっぱり、石川のおっさんの言うようにスパイは

信じなかったか。まあ、タカ派の連中が言う事を信じたく

ない気持ちは分かるけどな。


 ――でも、完全に安心していいのか? 万が一ってこと

もあると思うんだが……。


 良太は志歩の考えに半分共感しながらも、半分反感を

覚えながら別の話題を出した。


「……最後の問題は石川のおっさんのことだ。昨日、

おっさんからハト派のスパイをするように頼まれた。ハト

派が念銭の作者の居場所をつきとめたら、こっそり情報を

流してくれと言われた」


 良太が言うと志歩の両目が一瞬、困ったようにゆれた。

 はしを動かす手を志歩は完全に止める。


 まばたきさえ忘れたように良太の顔を見つめて真剣に

尋ねてきた。


「もちろん、お断りになりましたよね?」


「ああ。だけど、石川のおっさんは積極的にハト派と

争うつもりはないと言っていた。非常時の保険として

武装を強化したいみたいだ」


「それこそがタカ派の悪だくみだとわたくしは思います。

表面上は自衛を装いながら、実際は内乱を起こすための

下準備をしている。許されることではありません」



はしを握りしめた志歩の指は小刻みにふるえていた。

怒りを押さえているのか恐怖を押さえているのかは不明

だが。


「なあ、志歩。石川のおっさんから聞いたんだけど、

おまえは大量の念銭を財産として持っているって本当か?」


 良太が問うと志歩は、はしを弁当の上に置いて動きを

止めた。

 大きく息を吸うと胸に両手を当ててみせる。志歩は良太

の目をじっと見つめて静かな笑顔でゆっくりと語った。


「その言い方は正しくはありません。確かにわたくしの

管理下に多くの念銭はありますけれど自由になる念銭は

ごく一部ですし、すべてを思い通りに使えるわけでは

ありませんので。


 財産を相続したというより、財産の悪用を防止する

ための管理を任されているというのが正しい状態です。

 自由よりも責任の方が大きい不自由な身分ですわ」


「じゃあ、おまえが世界一の念術師って話はどうだ? 

おまえが本気を出せば国家規模の無差別大量殺人が

できるとか、日本を滅亡させられるとか……」 


「そのお話も正しくはありません。わたくしの念術師

としての強さも真の達人と呼ばれる方と比べれば微々

たるものです。


 それに国を滅亡させるほどの力を持つ、念銭も念術

もこの世のどこにも存在してはおりません。

 戦いがしたくてたまらない石川さんの願望でしょう」


 志歩は胸に手を当てたポーズを崩さずに静かな笑顔

で答えた。

 志歩の視線は優しいが、口調は聞き分けのない子供

に言い聞かせる母親のような大きな圧迫感を感じる。


 自分の方が志歩よりも年下になったように感じる。

学園ハーレムで浮かれた気分は、もはや消え去って

いた。


 良太は志歩に圧倒されながらも質問をつづけた。


「じゃあ、どれだけ戦いがピンチになっても、財産を

フル活用することはないのか? 敵にやられる前に

こっちが敵を倒そうとは思わないのか?」


「まったく思いません。巨大な力で敵をつぶせば

無関係者に大きな犠牲が出るのはあきらかです。

たとえ目的を果たせても、いずれ同じ方法でわたくし

達がつぶされる日が来るでしょう。


 わたくしの目的はただ一つ。リフォーマーとの

和解です。


 自衛以外の武力行使は最小限に押さえて、彼ら

が戦いの無益さを悟るまでねばり強く交渉する

ことです。

 どんなに時間がかかるとしても、いつか和解でき

る日が来ることを信じています」



 志歩は胸から手を離すと、はしを握りしめてお得意

の非戦論を穏やかな口調で繰り返した。


 彼女の意志は非常に強く、同じ質問をたとえ千回

したとしても、千回とも同じ答えが返って来るよう

に思われた。


「最近の良太君って、ハト派からタカ派に近づいてる

気がする。

 あたしの希望としては、これからもハト派でいて

もらいたいなー。まあ、どうしてもタカ派になりたい

なら止めないけどねー」


 しばらく黙っていた葵が、何気ない口調で急に話に

割りこんできた。

 葵の口ぶりは良太を引き止めるのか、突き放すのか

よく分からない言い方だった。


「夏夜も今の先輩は、少しタカ派に近づいていると

思う」


 葵が口を開くと、夏夜まで表情を変えずに同調

する意見を言った。


「……タカ派になるということは念銭を悪用する側に

一歩近づくのと同じです。最悪の場合、わたくしが

良太さんを破門にすることも起こりうるかもしれま

せん。


 そんな悲しい結果は見たくありませんわ。良太さん

には、この先もずっとハト派で通していただきたいん

ですもの」


 志歩は真剣な目で、かすかに涙を浮かべた感情的な

目で良太を見つめて語った。

 過去に起きた何かを思い出して涙ぐんでいるのかも

しれない。


 命令というより、懇願に近い口調に感じられる。


 これ以上、深刻な話が続くと疲労で頭痛を起こし

そうだった。

 良太は会話を打ち切るつもりで弁当を再び食べは

じめた。


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