七章 一億・総自己中化時代 ④
四
「敵襲だ! ふせろ!」
石川が怒鳴った瞬間。良太はすばやく動いて、
言われた通りのポーズをとった。
頭上を何かが通り抜ける感覚があり、数メートル
先で何かが地面にぶつかり砕けるのが分かる。
良太が視線を動かすと、石川も同じように地面に
はいつくばっていた。
リフォーマーの連中が自分達に間接攻撃をして
きたらしい。
現在、良太と石川は魔界都市に来ていた。
初めてこの場所に来た時と同じパターンだった。
あの時は恐怖で身がすくんでいた。
しかし、今は緊張していても、おじけづく程の
恐怖は感じない。自分の体が無意識の内に戦場と
いう環境に適応しつつあるのを良太は知った。
地面をはうように動き出した石川を、良太も同じ
姿勢で移動しながら追いかける。
「敵のスナイパーに反撃する方法はないのか?」
良太が問うと不満そうに顔をしかめながら石川
は答えた。
「鉄壁防御で守りながら高速移動して突撃キックを
ぶちこめばいい。
俺なら二秒以内にしとめる自信があるぜ。だが、
できねえ理由があるんだよなあ」
「なんでさ?」
「仲間のタカ派の中にカウンター・スナイピングの
マニアがいてな、スナイパーつぶしをするのはそいつ
の楽しみなんだよ。
楽しみを奪うと後でうらまれるから、そいつにチャ
ンスをゆずってやらにゃあならんわけだ」
今回の攻撃は何度も連続でつづいた。
逃げ出した良太と石川を追うように、二度、三度と
頭上を何かが高速で通り過ぎて地面に激突してゆく。
地面にはね返った破片が自分の足をかすった感覚
があったが、直撃ではないため痛みはない。
数十メートル移動して道の角を曲がり一軒の廃墟に
隠れると敵の攻撃は止んだ。
安全地帯に来ると石川は立ち上がったため、良太
も二足歩行をする事に決める。
「……よう、小島。七丁目あたりにスナイパーが出た。
邪魔くせえから始末しとけ。情報料として俺に一万
はらうのを忘れんなよ」
石川は携帯電話を取り出して仲間に早口で伝えると
電話を切った。
会った事はないため分からないがカウンター・スナ
イピングのマニアは小島という名前らしい。
良太は右のポケットから一円を四枚――初段に満た
ない弱い念銭を取り出した。
属性は冷静が二枚に興奮が二枚。
先に冷静の青い光の念を抽出した後、興奮の赤い光
の念を抽出する。
良太は二つの念を鉄壁防御に変換すると体に定着さ
せた。
「おめえもだいぶ戦いになれてきたみてえだな。俺の
強さが十だとしたら、何とか二ぐらいの戦闘力になっ
たぜ」
ほめているのか、けなしているのか分からない笑顔で
石川は言った。
ポケットに両手を入れて中の小銭――念銭をジャラ
ジャラ鳴らしながら石川は歩き出す。
具体的な強さの基準が出たことで疑問がわきあがった。
良太は石川を追いながら尋ねた。
「じゃあ、他の念術師の強さはどうなってんだ?」
「敵も味方も一般兵は二か三ぐらいの強さしかねえ。
五を超える奴は相当の達人だ。おめえのまわりで言えば
夏夜が六。葵が七ってところかねえ」
「志歩はどうなんだ?」
「残念ながら俺よりも上だ。最低でも二十。最高だと
百以上。志歩よりも強い念術師は敵の中にもいないし、
この世のどこを探したっていないだろうよ」
「なんで志歩の強さが二十から百まで幅があるんだ?」
「それはな、これだよ。これ」
石川はポケットから一枚の五百円を取り出して良太に
投げてきた。受け取った瞬間。良太はすぐに強力な念銭
だと分かった。
しかも、属性は判別できないほど複雑で重い。
「これって三段以上だよな? 属性はよく分からない
けど」
「そいつは四段だ。属性は絶望。それが普通に使いこな
せたらおめえも達人級だ」
あまり使いたくない属性の念銭だが、強敵との戦闘で
必要になるかもしれない。
良太は四段の絶望を左のポケットに入れた。
「念術師の強さは術のテクニックだけで決まるわけじゃ
ねえ。その時に持っている念銭も重要な要素だ。
どんな達人でも初段の念銭しかなければザコだし、
どんなザコでも五段を持てば達人級になれる。
術が未熟でも念銭が強大であれば、逆転できるのが
この戦いのおもしれえ所だ。ここだけの話だが志歩
は念術師としては二流だ。
もし俺と志歩が同じ念銭で殺し合いをしたら、十回
中九回は勝つ自信があるね」
「あのなあ、味方同士で殺し合いをしてどうするん
だよ? 志歩は仲間だろうが」
「これは例え話だよ。俺と志歩が戦う事は今の所はない
だろうが、例として言っただけさ。本気にすんなって」
石川は明るい声で笑いながら言い返してきた。
だが、目はかすかに真剣味をおびているように
見える。良太の気のせいかもしれないが。
「良貨連盟の奴らは全員知っていることだが、志歩は
先代の代表から、ものすげえ強い念銭を大量に財産と
して受け継いでいる。
あいつの普段の強さは二十程度だが、全財産をフル
活用すれば百になるってことだ」
「百の強さって言われてもピンと来ないな。一体、
どんな事ができるんだ?」
「志歩が完全に本気を出せば国家規模の無差別大量
殺人をやれるぜ。
一ヶ月以内に日本の人口を半分以下にできるだろう。
おまけに二度と人が住めない死の土地を、東京ドーム
何万個分も作る事にもなるけどなあ」
「あのなあ、石川のおっさん! バカも休み休み言え
よな! そんなバカすぎる話は小学生のガキでも信じ
ないよ!」
あまりにもくだらない話に腹が立ち、良太は大声を
上げた。真剣に言い返す良太に対して石川はひたすら
笑いながら答えた。
「信じたくない気持ちはよーく分かる。だがなあ、
この世で一番怖いのは人の心だと覚えておけよ。
念術と人の心。この二つを組み合わせれば日本滅亡
も夢じゃねえ。
三段の念銭を使ったおめえなら分かるはずだ。人間
の闇の深さを」
石川の言葉は良太の心の弱点を鋭くついていた。
初バトルで良太は三段の念銭を使ったことを思い出
した。
見知らぬ三十代の女が抱えていた深い孤独感を。
あの重苦しい感覚は簡単に忘れられない。
夜の闇のせいかもしれないが、良太の中に何とも言え
ない不安の気持ちが芽生えてきた。
「……だけど、その話が本当だとしてもハト派のトップ
である志歩が、日本を滅亡させるはずがない。
あいつは根っからの平和主義者なんだから」
「それはどうかねえ? 念銭を持っていれば悪用
したい欲望は常につきまとうもんだ。
どんな善人でも必ず魔が差す時がある。俺たち
念術師は敵と戦う前に、常に自分の欲と戦いつづ
けなけりゃならねえんだ。
もし、欲に負けたら金の亡者になって成敗される
ことになる。もっとひどい場合には、人間として大事
な物をなくした状態で生きるハメになる。
おめえのまわりにも一人いるぜ。大事な物をなくした
状態で生きてる奴がな」
「それは石川のおっさんだろ? 人の良心をなくした
状態で生きてる大悪党だ」
「おもしれえ事を言うじゃねえかあ! 確かに俺には
良心なんてねえよ! そんなもんは、大昔に便所に捨
てちまった!
二十一世紀で成功するには良心なんて邪魔だからな
あ! ぶっははははっ!」
歩きながら腹をかかえて笑いまくる石川。
石川と歩いていると自分の良心までマヒする気がして
くる。
――まったく、こんな超・危険人物はさっさと破門に
して島流しにすればいいものを、良貨連盟もなんで味方
にしておくんだ?
――だけど、このおっさんと一緒にいるオレまで危険
と思われて、島流しにされたらやだなあ……。
良太は自分の身の安全を考えながら超・危険人物の横
を歩き続けた。
敵が現れる気配がないため、魔界都市の北側に向かっ
ていた。




