リンゴの代金
「てめぇ!今なに盗って行きやがった!」
円達の向かった先にあった光景は、ヤクザみたいな顔した八百屋らしき露店の店主が見るからに貧相な格好をした少年に対して、怒鳴りつけるのと同時に少年の顔面を殴りつけた場面だった。
「金は持ってんのか!?ねーよな!
この街でナナシに金なんざ稼げるわけがねぇ。
どうすんだ、汚ねぇ手で触れたこの商品はよ?」
店主はリンゴを右手に持ちながら、一言しゃべるごとに少年の顔面を殴打しながら問い詰めている。
少年は顔に絶望の表情を張り付けたまま、ただ顔を横に振ることしかできていない。
(おいおい、やべえんじゃねーの?
あの子が盗みやったのはわりーけど、リンゴ一つだろ?流石にやりすぎじゃねーか)
円の声にサリナは動かず、ただ全身に力が入るだけで取り合おうとはしなかった。
また、昼前からの騒ぎで周りに人がいるにも関わらず誰も間に入る気配はなかった。
その一方で店主の口調と暴力はさらに激しくなっていくばかりで、路上には少年の血が目立つようになってきていた。
(おい、サリナ!
何やってんだよ、早くしないとあの子マジでやばいぞ。
てか、周りも何やってんだよ!)
よく見てみると周りの人々の顔には笑いが張り付いていた。
中には店主を煽る者もいる。
少年の命について、心配しているのは自分だけのように見える。
(ッ!
………嫌なものを見たわね早く、どこか行きましょ)
顔や喉が強張り、喉が渇く。
しかし、サリナからの返答は苦々しく吐き捨てるように言われた、この場を去るという宣言であり、目線は切れないものの、足にはすでに力が入り、今すぐにでもこの場を立ち去ろうとしていた。
(いやいやいや、ふざけんなよ?!人の命かかってんだぞ?
この世界の常識は知らねぇけど、俺の世界は人命ってのはリンゴ一つとは比べもんにならねぇんだよ。
どんな事情があるかしらねぇが、ここであの子見捨てるってんなら、俺はこの先一生お前を軽蔑するね)
(………後で話すわ)
(後じゃねぇだろ!今だよ!
今、目の前の話をしてんだよ!)
円の声に身体には一層力が入るが、サリナは騒ぎの現場から視線を切り、歩みを止めようとはしなかった。
(おいコラ!戻れよ!!)
その言葉と同時にサリナの身体が止まり、視線が騒ぎの方へと向く。
「えっ」
「目障りよ、止めなさい!」
サリナが驚きの声を上げるのと同時に、騒ぎの現場から、それまで聞こえなかった店主を制止する声が聞こえた。