木馬
僕の腕はレイの言うとおり、大した創ではなかった。ヤブ医者の下手な注射と消費期限の怪しい抗生剤が運良く効いて炎症が引いたらしく、あの異様な熱はだいぶ治っている。それでも腕を持ち上げると激痛が疾るので、あまり動かしたくはなかった。どうかすればまたすぐにでも腫れそうだ。作業が始まればそんなことも言っていられないが、慣れた作業だ、工夫すれば何とか乗り切れるだろう。
曇天のグラウンドに気重な藍鼠色の作業着が並ぶ中、前列の方でそんなことを考えていると、整列した後頭部の合間から正面の朝礼台に黒い拡声器を手にした大柄の男が現れた。今日も所長のミハイルは不在のようだ。つまり、船は着ていない。代わりに四角い顎の男が我が物顔で威張り散らして階段を登っている。───ミハイルの息子だ。僕はこれまで極力目を合わせないよう努力し続けていたこの非情な男を見上げ、改めてじっくりと観察した。背丈はレイと同じくらいだろうか。彼は僕より頭ひとつ分ほど背が高い。人質にするだの捕縛するだのと話に挙がっていたが、きっとこの男にも僕だけの非力では敵わない。
壇上の中央まで軍人のように姿勢を正して闊歩して来ると、海の果てを臨むような役者じみた顔つきで正面に向き直った。中庭の小さな広場には鼠の皮を着せられた羊の群れが居るだけだが、この男の目には幾千万の軍勢でも視えているのだろうか。優越感を振り撒いて一堂を見渡すと、片腕を背に回して胸を張り出し仁王立ちになり、飽きもせず日々繰り返されるいつもの朝礼を始めた。
所々ハウリングする耳障りな拡声器の声もそぞろに、黒艶の看守帽の庇から僕たちを下々の者として見下す瞼の厚い三白眼の顔をうんざりと眺めた。不要にも声を行き渡らせようと向きを変えたその時、縄状の金の顎紐の留め具が額で鈍く光った。この男は軍人でもなければ看守でもないはずなのに、その装いは看守というより、まるで砂漠に出向いた将校だ。
黄鼠色を基調とする厚手の制服は、大きく折り返った鏑の袖口、厚手の肩章、頸周りの高襟にも気障な黒生地の差し色が際立ち、そすべてには組紐の金糸飾りが施してある。右肩の肩章の下から胴を這う対角線上の細い革紐を追っていくと、腰の黒いベルトに噛み付いていた。その分厚いベルトの周囲が何よりも凶暴だ。左の腰に蟠を巻いた黒い鞭と鋼鉄の警棒、右には轟音を放つ回転式の拳銃を納めた黒革のホルスター、背中では銛を思わせる長く尖った銃身の切先が見え隠れしている。銃弾は膨らんだ胸ポケットか、後ろだろうかと想像した。股上を覆う長丈の上着からは腿にゆとりをもたせた乗馬用ズボンが続き、膝下まである黒いロングブーツは硝子や瓦礫は物ともせず、ナイフ如きは跳ね返しそうなほどにどっしりと堅牢そうだ。権威を増長させるこの役者の制服と凶悪な脅し道具にすっかり屈服していたが、皮さえ剥いでしまえば、所詮、中身は烏合の衆だ。
僕は今、肚の内でこの制服への、くだらない服従心に思い切り唾を吐いた。
顔を俯け、隠れて壇上の男を睨み上げていると、僕の敵意を察知したかのように不意に男の三白眼が僕を捉え思わず鼓動が跳ねた。
「─── D班はこの場に残れ。以上だ」
朝礼を終えるとミハイルの息子は拡声器を下ろし、腰の鞭に手を掛けながらひと演目を終えた様子でゆったりと張りぼての粗末な壇上を降りていった。背後では藍鼠の囚人たちが蜘蛛の子を散らしたように一斉に動きはじめている。僕は面喰らったまま、命令されたとおり、その場に立ち尽くしていた。茫然と見つめる先で、坑道に向かうトラックの荷台に男たちがわらわらと群がっている。
それを認めてしまえば終わりだが、頭の片隅で僕たちの決断は、天に見放されているような気がしてきた。こつこつと掘り進めてきた逃げ道を一晩で埋められたような徒労の虚しさに希望が干涸び、突然齎された未知の不安に、やっと奮起した僕の決意を一瞬の内に無に帰した。
無意識に拠り所を求めてアシュレーたちの姿を探し歩いていると、J班の五人揃った男たちが僕たちをじっとりと一瞥しながらトラックの荷台に乗り込んで行った。睨まれる理由に憶えは無いが、彼らと入れ替えられたのは、僕たちの班に欠員が出たせいだということだけは理解できた。
朝礼台の傍に寄り集まった僕たちは、すぐに顔を見合わせた。互いに動揺の色が浮かんでいる。ここは凹型の回廊に囲まれた箱庭のような広場だ。“牧羊犬”にとっては目も行き渡り易く、回廊の外周には堆い石垣が取り囲み、奴らにとってはこの上なく好都合な造りになっている。さらに鉱山に向かう道中葉叢の合間から観察した限りでは、追い討ちを掛けるように、この監獄は樹海に囲まれた反り返った崖の上に建っており、いわば天然の要塞を成していた。あの草叢に飛び込むような勢いで、もしあの石垣を乗り越えれてしまえば、岩に砕かれ枝葉に裂かれ、暗い樹海で蟲や鴎に突かれれて土に還ることだろう。
誰も口を開こうとはしなかったが、ルシレフとレイの警戒に尖る炯眼が、危うい僕とアシュレーの気を一層引き締めるよう促していた。
陽に灼けた酷く撫で肩の男が額に汗を滲ませながら鉱石の礫を乗せた一輪車を押して、蟹股でずかずかと近づいて来るのが見えたので、僕は反射的にできる限り足先を縮めて身体に引き寄せた。男は地面に敷かれた使い古した布の手前まで来ると一輪車を傾けて中身をぶち撒け、僕の右脛はまた礫を浴びた。物言いたげにちらりと見上げると、男は飽きもせず、またも恨めしげな尻目を残し背を向けて隣の持ち場へと引き返して行った。
僕とアシュレーは足元に散らばった鉱石の礫を片手用の竹製のスコップで掻き集め、口を大きく開けた厚手の麻袋に次々と注ぎ込んだ。それが倒れそうなほど満杯になると、荒縫いの太い口紐をきつく締め上げ、石の重さにこじ開けられないよう、ふたりがかりで何重にも縛りつけた。膨れ上がった数十キロの麻袋を抱え、少し離れた小型のコンテナへと積み込む力仕事は腕自慢のレイとルシレフが買って出てくれたので、大助かりだ。その木製のコンテナを台車に載せて東の棟の脇へと引っ張ってゆく係は、また別の班が担っている。
つまり僕たちD班の仕事は、青空の下に屈んでひたすら袋に石を詰め、コンテナに積み込むだけという、至極単純な流れ作業だ。思考が跡形もなく薄れるほど疲弊する体力勝負の鉱山に比べると、ここでの作業は虚弱なこの身体にやさしく、何度目かの重々しい絶望に沈んでいた僕を呆気なく掬い上げたのだった。
膨れた麻袋と掠た文字が焼印された板張りのコンテナが並ぶ景色を見渡すと、カカオやコーヒー豆の出荷準備にこき使われる強制労働者の目線になってくる。何だか使い棄てにされる歩兵から、貧困地の奴隷になったような気分だ。どちらも無下に扱われていることに変わりは無い。
しかし、今の僕には確かな目的が在る。
新たにひと袋詰め終えると、手元に意識を残しながら僕は吸い寄せられるままに西の棟の方へと視線を向けた。先ほど、一台につき大の男が四人がかりで運んで来た巨大な装置が僕の興味を唆って仕方がないのだ。
立膝の腕に隠れて隣の班を覗いてみた。男たちは鉱山から運ばれてきた鉱石を荷車ごとトラックから下ろし西の棟の前へと順に並べた。それが終わると肩で息を吐き、眼前に大きな影を描いて立ちはだかる巨躯を苦い顔で見上げている。それはまるで“トロイの木馬”を思わせる、太い丸太を組み合わせて造られた、極めて原始的な装置だった。
ふたりの男が筏状に敷かれた太い丸太の端に足を掛けた。その筏の中央には直径二メートルほどの石臼が、大きな風呂釜のようにどんと据えられており、それを取り囲む四隅には下に行くほど太くなった胴張りのひと際逞しい支柱が立ち、さらにその上に載っている組木の胴体をどっしりと支えている。何せその木枠の胴の真下には、蹲った象のような石槌が括りつけてあり、石臼の中に太々しく埋まっているのだ。
あれを人力で持ち上げようと言うのだから、ため息も出る。
時折手元に視線を戻しながら、男たちが丈夫そうに編まれた縄を必死に手繰り寄せる様を盗み見ていた。あれがまた動くのだ。木枠の胴体の一辺からは、巨大な石槌を片端に吊った一本の長い丸太が、さながら手綱をぶら下げた馬の頸のように頭を天高々と突き上げている。ふたりの男は太い手綱を肩まで巻きつけ馬の頸から距離を取ると、踵を踏ん張り、ほとんど後ろに倒れるような態勢で全身の体重を掛けた。すると馬はじわじわと頭を下げはじめ、ぴんと張った縄がギリギリと石鎚を持ち上げ、ゆらゆらと不穏に揺れながら浮かびはじめた。
ある程度の高さまで上がると、その隙に別の男たちが用意していた大きな布を臼の中にさっと広げ、すぐ後ろで持ち手を掴んで待機していた別の男が急いで荷車を押し上げ、布の上を目掛けて、不揃いの鉱石をごろごろと流し込んだ。やがて七割ほどの小山ができると、及び腰で石鎚の下に潜り込み、布の端を摘んで石臼の中へ重なるようにさっと折り畳んでゆく。手綱を掴むふたりの男は、誤って手を滑らせないよう顔を真っ赤にして耐えている。布の支度を終えるとすぐに臼から跳び退いて、掛け声の合図と共に放たれた槌が瞬時に落ち、辺りに地鳴りと大迫力の轟音を響かせた。
それぞれの顔には大仕事を終えたような疲弊が浮かんでいるが、まだまだ後ろに未処理の台車が控えている。ひと呼吸置くと、男たちは気合いを入れ直して足を踏ん張り、再び嘶く丸太の荒馬を宥めた。
それを何度か繰り返したのち、布の四隅を持ち上げ、またふたり掛かりでどさっと地面へ下ろした。一度ざっと均して、再び布で軽く覆い、今度は手持ちの槌でさらに細かく砕いていった。
そうして一輪車に移され、やっとD班の元へ運ばれてくるのだった。
あの陽灼けした男に妬まれるのも無理はない。
隣の作業場では腕の創がすぐにでも悲鳴を上げただろうが、僕たちの班は大した汗もかかず、何故か退屈するほど平和なものだ。苦痛を探すなら、周りの恨めしい視線と、礫を靴の中にまで入れられる、くだらない嫌がらせくらいのものだ。この差は一体何だろうか。アシュレーや僕の腕の包帯に配慮が為されたのかとも考えたが、あの血も涙も無い連中がそんなことを思うはずもない。何かこのあとに、また良からぬ現実を突きつけられるのではないだろうかと、素直に喜べない僕がいる。
しかし僕は、単にこれを幸運と呼ぶことにした。きっと僕たちは良い軌道に乗っているのだ。不安を探して憂うよりそう捉える方が、未来への活力が湧いてくる。
しかし当然ここにも屋根はなく、水分補給のための決められた短い休憩以外は休む間もなく、無論会話も赦されず、制服の男たちが腹を空かせた獣のように目を光らせ彷徨いていることにも変わりない。閉塞的な環境のせいか、鉱山よりも銃口や鞭の危うさが、ひしひしと肌にまで伝わって来る。その油断できない緊迫感には変わりないが、あの凄惨で過酷な戦場を生き抜いた今の僕にとっては、この環境は寧ろ恵まれていると断言できる。
僕は“トロイの木馬”から、その背後に続く長い回廊を辿って視線を流した。この作業場に移された利点はまだある。それはこの監獄の有り様を外側からまじまじと観察できることだ。
外界へと繋がる正門は、煉瓦型に削られた岩をアーチ状に連ねた無骨ながらも頑丈な造りで、トラックが優にすれ違うことができるほどの幅と見上げる高さを持つ立派な門構えだ。しかし、ここもまた侵略者たちによって醜悪な手が加えられている。来るものを拒まぬはずのアーチの門には、螺旋状の有刺鉄線を冠する、太い丸太を連ねた分厚い扉が、約二メートルほどの高さから地面すれすれまで行手を塞ぎ、傲岸な仏頂面であらゆる時も一日中そこに居座っている。ばね式の扉は人力では開かないらしく、いつもトラックの顔面がゆっくりと押し開けて出入りしていた。そして、手の掛からないことに、扉は怪鳥の雄叫びのような音を立てながら、自重でひとりでに閉まるのだった。
あの扉に挑むくらいなら石垣を素手で登る方がマシだな。
どのみち勝算のない策を講じながら、僕はちくちくする空の麻袋をどっさり抱えて、その門の傍に陣取った。この場所なら監獄の全貌がよく見える。正門の脇に門番の男が居たので、思い切り背を向けて座り、また黙々と袋詰めをはじめた。
しばらく集中して手だけを動かし続けていると、西の青い斑らの空から大きな雲の塊が、刻々と形を変えながら流れてきた。やがて、手元に濃い影を落とした時、何の気なしに制服の男を横目で見遣ると、退屈凌ぎか門番は空を見上げて眉を顰め、しげしげと雲行きを怪しんでいた。
その隙に、さっと辺りを警戒しながら視線を建物の調査に向かわせた。左右対称の棟は石柱に支えられた石の庇と、なだらかな石段がそれぞれの棟の裾に沿って続いている。その石段を上がった所には、左右の均等な位置に、黒い大剣のような装飾蝶番と強固な閂が威圧的な大きな両開きの扉が見える。
あれは毎日出入りしている唯一の出入口だ。
僕は体勢を変えるふりをして少し頸を伸ばし、目を細めて焦点を絞った。回廊は正面の荘厳な建物に導かれるように続いている。奥の方になると高さが一段迫り上がっていて、手前とは造りが少し異なっているのが伺える。随分と高い位置に、採光用と思われる上部が半円状の細い隙間が見えるだけで、窓も扉も見当たらず、あとは一面石で埋め尽くされている。しかし、こうして冷静に全体を眺めてみると微妙な違いが明確に浮き立ってくる。石壁の色や見た目に違和感がある箇所は、あとから手を加えた部分に違いない。おそらく閉塞的な環境を造るため、多くの通路が鎖されたのだ。
どうやら建物からこの広場に出るには、やはりあの大扉を通るしかなさそうだ。
詰め終えた麻袋を脇に積むと次の袋を手にして西の棟をそれとなく睨みながら、内部を透視するようにその間取りを頭の中に広げてみた。やたらに空想好きの僕の脳もこういう時には役立つものだ。
唯一の脱出口である、あの大扉の位置からすると、僕が昨日居た治療室は西の棟の先端辺りだ。よく見ると石壁の上の方に投函口のような薄い隙間がわずかに開いている。覗き穴だろうか。あの位置なら正門と広場全体をほぼ見渡せる───ということは、守衛室か。確か治療室を出た時、奥にもうひとつ扉が見えたのを憶えている。どうやらあの守衛室が西の棟の突き当たりらしい。
治療室を出ると、トイレと食堂へ続く通路の間に両開きの扉があった。遮断機のように動く黒い鍛鉄の大きな打掛鍵がついている。扉はいつも施錠されていて、鍵は僕を治療室から連れ出した制服の男が腰に下げていた。あの男は守衛室の男だろうか ─── 確かその方へ引き返して行った。鍵もそこに在る可能性が高い。
僕は、昨日歩いた記憶の景色を思い浮かべながら脳内の図面を描き続けた。長い食堂の向こうにはまた扉がある。ここは消灯まで開閉自由で監房へと繋がっている。その先にも褒美室へと続く扉があるが、常時施錠されているのかどうかは解らない。しかし隣は監房だ、僕なら念の為に毎晩鍵を掛けるだろう。
扉を開けると右側に石の壁が出現して急に通路が狭まる。その手前の両脇に小さな一枚扉があるが、どちらも開かずの間だ。進路は狭まった通路の一択になる。そこを直進するとあの褒美室に辿り着くが、その突き当たりは完全な石壁の袋小路だ。それなら、右手にはあの中央の祭壇へと続く何らかの通路が存在しているはずだが、記憶の景色には見当たらない。また奴らが石で塞いだのだろうか。思い返せば、右側に迫り出した壁の石の積み方には妙な違和感があった。─── いや、塞いだのは袋小路の先の通路か。
どちらにしろ、あんな硬そうな壁は、さすがのレイでも素手では無理だ。
顎先から滴る雫も構わず寡黙に麻袋を運ぶ、赤褐色の彫刻のように艶の光る逞しい腕を羨ましげに見ながら、僕は小さくため息を吐いた。
西の棟が行き詰まってしまったので、またそれとなく尻の座りを移す素振りで身を捻って向きを変えた。東の棟は謎が多い。出入りを赦されるのはシャワーの時間だけだ。それも慌ただしく、いつも同じあの窮屈な通路を一方通行で押し込まれて、要が済んだら傍目を振る間も無く外へと放り出される。
どうも怪しい。いかにも長居させたくないといった感じだ。
扉を入った時に左手に見えるのは、防護盾を彷彿とさせる頑丈な間仕切りと制服の男。その監視役の男はいつも僕たちを急かして右側の列へと押し込むが、あれはその背後へ行かせない為の見張りに違いない。間仕切りの向こうは、おそらく制服の男たちの寝ぐらだ。だとすれば武器や制服もそこに在るに違いない。しかし、突破するにもどうにも隙がない。もし意表を突いてあの男を運良く倒したとしても、もしその先に武装した奴らが居たら一巻の終わりだ。僕たちが武器の在処を見つけるまで誰とも出会さないなどと、そんな都合の良い話は無いだろう。それに、周りの囚人たちも便乗して騒ぎを起こすことは想像に難くない。悔しいが、東の棟の分析もここで一旦断念するよりほかない。
ルシレフが祭壇があると話していた正面の建物は、生憎ここからではよく見えない。肝心の屋内の様子は陰で分からず、段々に積み上げられた不思議な造りの石屋根が見えるだけだ。悔しさに、もっと何か見えないものかと頭を梟のように動かして、さらに目を凝らしてみた。
屋根の頂に君臨する巨石の門は、背後に聳える山に即して仁王立ちに鎮座しており、その足元から階段状の屋根が広場に向かって建物全体に覆い被さっている。これも採光用だろうか、各段には半円の鼠の巣穴のような等間隔の黒い穴が並んでいる。要所ではまたも積み上がった石の塊が見える。石柱が文字どおり縁の下の力持ちとなって、その大屋根を支えているらしかった。この広場から入れそうな場所には、地面からはじまる長い階段が奥へと続いているのが見受けられるが、その向こうは前下がりの屋根に隠れてしまっている。
仕方がないので、僕はその少し手前に目を移した。そこは工事現場の一角にあるような雑多な物置き場と化している。雨除けの生成のタープテントが両脇の石壁に接して建ててあり、その下にはトロイの木馬に被せる畳んだ覆いや、寝かせた予備のテント、荷車、木箱、野営道具のようなものなどが大量に置いてある。夜半はこの手前にトラックが停めてあるはずだが、今は全車両とも鉱山に出払っている。軽油くらいは在りそうだが、ともすれば囚人の手に渡る可能性もあるこんな屋外にさすがに銃火器類は放置しないだろう。
しかし、ここは何ともきな臭い。
広場の中央にある朝礼台より向こうに寄る者を見つけると、制服の男たちが機敏に腰の鞭に手を掛けるのだ。やはり、あの正面の建物だ。そしてあの階段を登り詰めた先が要なのでは、と僕は睨んだ。




