第122話 旅の終わり
結婚式が始まりました。
父に手をとられ、イオリはバージンロードを歩きました。
親友の娘の晴れ姿を、マックスやノーラが涙ぐんで見守ります。
イオリは幼なじみの姿を探しました。
エリ、トビー、ヒューゴー、イーサンは祭壇の近くにいました。
結婚式にふさわしくドレスアップした幼なじみは全員縄で手をうしろ側に縛られ、ひざまずいています。
(あれ?)
エリのそばに立つアランの手に、すでに鞘を払った抜き身の不知火丸がありました。
(え?)
エリたちはニコニコ笑って前のめりになり、虚空に首を差し出しました。
祭壇の前でブルックが花嫁を待っています。
これから司祭の前で指輪を交換し、口づけをかわすのですが、歩きながらイオリはポツリとつぶやきました。
「エリたちはどうなるの?」
「アラン殿に首を斬られます」
そういったのは司祭のアレクサンダーです。
「彼らは儀式の崇高な生贄です。カミはどんなときも【悲しみ】をお求めになります。ですからみんな大好きなあなたのために自ら生贄となり、カミに悲しみを提供しようと決意したのです。感謝なさい」
「そんな」
イオリは絶句しました。
(そういえば沿道にたくさん乞食がいた。むかしはあんなにいなかったのに……むかし?)
「正しい選択をせよ」
イオリはとっさに頭を抱えました。
頭の中で、だれかの声が聞こえます。
「さあ、行っておいで」
父は娘の手を離しました。
イオリはゆっくり歩いてブルックと向き合いました。
ブルックが差し出す手に指輪があります。
イオリはエリたちを見ました。
これから首を斬られるのに、みんなニコニコ笑っています。
すると
「イオリ」
ふいに父が声をかけました。
「自由は苦しい。しかし戦う価値がある」
(え?)
「イオリ!」
今度声をかけたのはアランです。
「この刀はおまえのものだ」
アランは鞘に戻した不知火丸を、イオリに向かって投げました。
「みんなと一緒におれの首も斬ってくれ」
アランはその場にひざまずくと、ほかの者と同じように首を差し出しました。
「おもしろい!」
司祭のアレクサンダーが叫びます。
「異例ですが花嫁が生贄の首を斬った例は過去にもあります。イオリさま、あなたは超一流の剣士だ。これもよい記念です。おやりになりますか?」
「……え?」
「イオリ」
最後に声をかけたのはブルックです。
「ぼくを斬れ」
「はい?」
「殿下、なにをいわれるのです!?」
「ぼくは今カミに憑依されている」
予想もしていない花婿の一言に慌てるアレクサンダーを無視して、ブルックが淡々と語ります。
「これからきみと指輪を交換し、きみが生贄を斬れば結婚の儀は終了する。そのとき同時にカミの支配も完成する。改変された現実が不動の現実になるんだ。それは阻止しなければならない。だからイオリ、ぼくを斬れ」
「イオリさま」
途方に暮れる花嫁に、今度はアレクサンダーが語りかけます。
「殿下がいわれた通り、ここで生贄を斬ってカミにささげれば、改変された現実は不動の現実となります。カミの支配が永遠に完成するのです。それだけではありません。
イオリさま、あなたとブルック殿下の生命も、永遠のものになるのです。
あなたは愛する者と、永遠に幸福と安楽に満ちた生活を送ることができます。しかし改変される前の現実世界はそうはいきません。死も苦痛も今まで通りにあります。
あなたも、あなたの愛する者も、みんな死にます。イオリさま、それでよいのですか? さあ、選びなさい。
生贄を斬って永遠の幸福を手に入れるか、それとも
カミを斬って死と苦痛に満ちた世界に戻るか」
「イオリ」
青ざめた顔で震える花嫁に花婿が尋ねます。
「きみの夢はなんだい?」
「あなたの刀になることです」
「それは改変された世界のきみの夢だ。本来のきみの夢はみんなと一緒にアガルタで暮らすことだ。そうだろう?」
(そうだ)
イオリは目を見開きました。
(なんで忘れてたんだろう?)
「カミを斬らねばきみが望むアガルタは手に入らない。さあ、ぼくを斬れ」
「できません!」
イオリの目から、一筋涙が流れます。
「わたしはこの世界のあなたも愛しています」
「大丈夫」
ブルックはニッコリ笑いました。
「ぼくはもう一人のぼくになって生きる。さあぼくを、いや、カミを斬るんだ。
アガルタのイオリ」
ブルックはそれがなにかの合図であるかのように、左耳のリングピアスにそっと触れました。
イオリは魅入られたように不知火丸を抜き、一閃しました。
刃がブルックの細い首に触れる直前、だれかが悲鳴のように叫びました。
「愚か者!」
(ここは?)
ハッと目覚めたイオリの鼻を、強烈な硫黄の匂いが打ちます。
盲目のイオリは闇に浮かんでいました。
噴火口の中にいるのです。
「カミを斬るんだ」
改変された世界でブルックがいった言葉が、耳もとにこだまします。
(よし)
イオリは霞に構えた不知火丸を持つ手に力を込めました。
「不知火流奥義【赤い影法師】」
「やめろ!」
カミは悲鳴をあげました。
「自分の命とアガルタ、どちらが重いかよく考えろ!」
「アガルタだ!」
闇の中でイオリは絶叫しました。
「おれは、アガルタのイオリだ!」
イオリは不知火丸を水平に振るいました。
切っ先から放たれた赤い光が、闇の深部に銃弾のように打ち込まれます。
その瞬間
「うっ!」
イオリの全身におそろしい衝撃が走りました。
短時間に二度奥義を使った報いのダメージです。
脳味噌や内臓を直接鞭でぶっ叩かれたような痛みに耐えかね、イオリは虚空で気を失いました。
すぐ、ゴゴゴッ、とぶきみな地鳴りが地底から返ってきます。
闇に支配された火口の深淵に、大地の血のように赤い色が閃きます。
赤い溶岩はみるみる上昇しました。
「……」
イオリは目や鼻や口からダラダラ血を流し、ゆっくり落下しました。
意識を失っても不知火丸は離しません。
灼熱の溶岩はイオリのすぐ間近に迫りました。
竜皮のツナギが焼け焦げる匂いがします。
そのとき
「イオリ!」
背中に翼を生やしたブルックが、弾丸の勢いで火口に飛び込んできました。
気絶したイオリを抱きかかえ、すさまじい熱気にウェディングドレスを焼かれながらブルックは急上昇しました。
「出口だ!」
火口をふさぐケルベロスの死体をすり抜け、ブルックは飛び出しました。
「噴火するみんな逃げろ!」
クロとルークはそれぞれ背中の翼を羽ばたかせ飛び立ちました。
火口に立ちあがった巨人アレクサンダーはブルックたちが逃げると、追いすがるように咆哮しました。
「皆の者聞け!
アルファにしてオメガ
わが名は……」
その瞬間火の山が大噴火しました。
「……!」
おそろしい悲鳴が草原の人々の耳を打ちます。
噴きあがる白い噴煙と真っ赤な溶岩の中に、アレクサンダーの巨体が黒いシルエットとなって浮かびあがります。
草原に大きな噴石が次々落ちてくるので人々は慌てて後退しました。
「やれやれ。陛下」
腰をあげた太陽王は、同じく立ちあがったローズ王に声をかけました。
「『地獄の業火に焼かれるカミ』とはすごいものを見せてもらった。わが国の宮廷画家にこのモチーフの絵を描かせることにしよう。ところで陛下は今回のできごとからどのような教訓を得られましたかな?」
「『戦争は一つだけいいことがある。階級の壁が消えることだ。とくに上の人間が下の人間の偉大さを知るいい機会になる』死んだ父がそういったのを思い出します」
「ほう」
静かに見つめ合う太陽王とローズ王を見て、アグネス妃は「あら?」と意外の念に打たれました。
二人の王、とくに老いたとばかり思っていたローズ王の目に、往年の覇気と闘志が甦っているのを帝国の妖妃は見ました。
「ここは危ない。みんな丘の上に避難せよ」
「は!」
ローズ王の下知で騎士たちは一斉に動き出し、他国の王族も続きます。
こうしてカミはついにおのれの真名を告げることなく、地球上から完全に消滅したのです。
草原にいたすべての王族と騎士は安全な丘の上に避難しました。
騎士たちがホッとしていると、空から大歓声が降ってきました。
五大都市での五高弟と六人の使徒の対決は、すでに決着がついていました。
対決はすべて、使徒の勝利に終わりました。
勝負が決しても六人の使徒はそれぞれ都市の上空に残り、大空のスクリーンに映るカミと人間の死闘を見つめていました。
火の山の死闘が人間の勝利に終わったのを見届けると、六人の使徒は光の粒子となって散り、草原と各都市上空のスクリーンも閉じました。
暗黒が消え、頭上に青空が広がります。
夏の終わりの澄んだ青空が。
「ブルックはどこだ?」
ローズ王が問うと一人の騎士が空をさしました。
「あちらに!」
噴煙を抜けてあらわれたのはブルックとクロとルークです。
ブルックは意識を失いぐったりしているイオリを抱きかかえていました。
人々の歓呼の声を浴びて、ブルック一行は丘に着陸しました。
丘に降りるとすぐクロはイオリの手当てを開始しました。
しかし治癒魔法の光を浴びても、イオリは目覚めません。
「不滅のティグレは破れてない。でもなぜか反応しないニャ」
「ぼくがやる」
イオリの血まみれの顔を、ブルックは指できれいにぬぐいました。
ぬぐっているうちに、イオリの頬に、ブルックの涙がポタポタ落ちました。
ブルックはかすれ声でつぶやきました。
「イオリ、きみがいなければ、ぼくの夢は果たせない」
ブルックはイオリの乾いてふくらんだ唇にキスしました。
王族や騎士は一斉に息を飲み、丘の上は異様な静けさに包まれました。
やがてブルックは顔をあげました。
「……だめか」
顔を覆って嗚咽するブルックの頭を、だれかがそっと撫でました。
撫でられたブルックが小声でつぶやきます
「イオリ」
そのときイオリの手が、ブルックの左耳にあるなにかに触れました。
盲目のイオリは、それがなんだかすぐわかりました。
「ピアスが」
「これ母上の形見だよ。旅が始まる前からずっとつけてるよ?」
「ぼくはもう一人のぼくとなって生きる」
「おお」
改変された世界でもう一人のブルックがいった言葉を思い出し、涙を流すイオリにブルックは再びキスしました。
「静粛に!」
イオリの復活に湧き立つ人々に、虚空に浮かんだ妖精ルークが大音声で告げます。
「邪悪なるカミは討ち果たされた。
カミを倒した英雄は
ブルック・フリーダム・ローズ殿下
魔法使いクロ
剣士イオリ
以上三名である。
カミの五高弟を倒した使徒は
アラン・ガスコイン
エルフのエリ
ヴィクトル・ドストエフスキー
オスカー・レノン
ジェイムズ・ボッシュ
ジェット・クーガー
以上六名である。
また旅の途中で死んだ者たち
黄金騎士団副団長カイ・セディク
女盗賊アンナ・レンブラント
その他の騎士たちの存在も忘れてはならない。
各国の宮廷作家は彼らの名をサーガに記し、その名誉を永遠のものにせよ。
皆の者、生き残った英雄を称えよ!
ブルック殿下
魔法使いクロ
剣士イオリ
バンザイ!」
「バンザイ!」
ローズ王や太陽王やアグネス妃、さらにはブルックの命を執拗にねらった二人の兄、メルヴィンとキャロルもバンザイと叫んでいるのは驚きです。
そのとき柔らかい風が、クロの頭を撫でました。
風は笑っていました。
「うふふ」
「ありがとうニャ、シビル」
「ブルック殿下、バンザイ!」
「バンザーイ!」
人々の歓声が潮騒のように草原を洗います。
ブルック、イオリ、クロはそれぞれ自分の胸に手を当て、人々の歓声を受けました。
こうして千年のときを越えた生贄と復讐の旅は、ここに終わりを告げたのです。




