エピソード5:Crossing hearts②
翌日の朝、ユカが目を覚ますと……既に起きていた政宗がスマートフォンを充電しようと、頭上にあるケーブルに接続しているところだった。ユカの動きに気付いた政宗が、どこか楽しそうな表情で窓を指差す。
「ケッカ、おはよう。外、雪が積もってるぞ」
「え? 雪……!!」
ユカは布団をはいで起き上がると、外が見える窓の方へ向かった。そして、カーテンをゆっくり引いた後、気温差で曇っているガラスの一部を指で拭う。指先がかじかむほど冷たい事実が、期待を更に膨らませていった。
程なくして、動かした指の範囲だけ外が見えるようになり、目の前の山にある木々が、しっかりと雪化粧をしている様子が飛び込んできた。
福岡でも雪が積もっている景色はみたことがあったけれど、一晩でここまで劇的に変化をした様子を見せつけられると、やはりここは東北・宮城なのだと改めて感じる。
「うわ……雪、だ、本当に……」
「昨日、聞いた通りだったな。まぁ、この辺だけだと思うけど……しっかり着込んで帰るぞ」
後ろに立っていた政宗の言葉に頷いたユカは、着替えようと思ってくるりと踵を返した。
すると、何かに気付いた政宗が、露骨に視線をそらしてユカと同じく回れ右をする。
「政宗?」
「いや、その……浴衣の着崩れが……」
「え? あ……」
政宗の指摘で、自身が着用しているレンタルの浴衣の上半身が、グズグズになっている現状に気付いた。
ただ、浴衣の下には昨日購入した長袖の暖かいインナー、その下にはパッド付きのキャミソールを着用している。下半身も下着の上からスパッツを着用しているため、要するに素肌ではないし、見えてそこまで困るものでもない。
とはいえ、積極的に見せたいわけでもないし、何よりも彼が対応に困ってしまうだろう。ユカは苦笑いで前を簡単に重ねると、自分に背を向けてしまった政宗の方へ近づいていく。
「ごめん、もう大丈夫。朝ごはん行くと?」
「そうだな。まずは食べるもの食べてから考えるか。あとは……」
政宗はチラリとユカの方を確認した後……入り口の近くにあるハンガーから、浴衣の上に着る、専用の上着を手に取った。そしてそれを彼女に着せた後、前を2箇所、しっかりと紐で止める。
「……よし」
これ以上無邪気かつ無防備、無差別ににインナーを見せつけることは、絶対に許さない。政宗の固い決意を優しさだと捉えたユカは、「ありがとう」と謝辞を述べつつ彼を見上げる。
「政宗はこれ、着らんでよかと?」
「ああ、俺はいいよ。食券とカギは……あるな。よし、朝飯だ」
彼が上着を着ないのは、東北の寒さに慣れているからなんだろうなぁ……と、ちょっとずれたことを考えていた。
夕食と同じバイキング形式の朝食を食べた2人は、部屋に戻って荷物を整理しつつ、浴衣から洋服へと着替えるために服を持ち、備え付けのトイレへ入ろうとしていた政宗を、ユカが首を傾げて引き止める。
「トイレ狭いし、この部屋のほうが暖かいけんが、互いに後ろを向いて着替えればよかっちゃなかと?」
「ケッカが、それでいい、なら……」
という問答の後、身支度を整えた2人は、のんびり南下するためにチェックアウトすることにした。
宿を出る際に、昨日、浴衣を選ぶ際にも立ち会ってくれた女性スタッフが、2人を見つけて笑顔で会釈をする。ユカも軽く頭を下げた後、先を行く政宗に追いついて。
「政宗、また……色んなことが落ち着いたら、連れてきてくれる?」
彼女の言葉に、政宗は一瞬目を丸くした後……すぐに口元を緩める。
「……ああ。約束、な」
こう言って左手の小指を立てる彼に、ユカは満足そうな表情で一度だけ頷いた。
大崎市の市街地へ戻る道すがら、2人は、昨日立ち寄らなかった道の駅へ向かった。
「うわっ!? に、日曜日の午前中なのに、車が多かね……!!」
時刻は午前10時半過ぎ。これでも早く動き出したつもりだったのだが、駐車場は既に満車に近い。大型バスも列をなして停まっており、寒空の下、多くの人が行き交っている。
車同士の隙間を見つけて駐車した政宗は、息を吐いてシートベルトを外した。
「産直の野菜とか安くて人気らしいからな。民間の道の駅ランキングでも2年連続で1位になったことがあるくらい有名なところだぞ」
「へぇー……言い方は悪いけど、こげん辺鄙なところにあるとに……」
「それだけ内容が充実してるんだろうな。さて、土産だ。統治やみんなが好きそうなものを探しに行こうぜ」
ユカが助手席のドアをあけて外に出ると、冷たい空気に頬がひりついた。
体感ではマイナスの気温。吐く息もはっきりと白く、踏みしめた足元からは雪の音がする。
「やっぱ、寒いなぁ……」
「俺、先にトイレ行っとくから、中に入っててくれ」
政宗はそう言って車に施錠すると、案内看板を見ながら足早に人並みの中に消えていく。
ユカも寒さには勝てず、正面の入り口から中に入ることにした。中は野菜などの直売所とお土産物が並ぶ売店がメインとなっており、多くの人が行き交っている。直売所の一角には惣菜や弁当のコーナーもあり、建物内にはレストランも完備。経由地としても目的地としても楽しめる場所だ。
ユカも人の流れに従って、自動ドアをくぐって建物内へ。室内の暖かな空気に、強張っていた体の力が抜けたような気がした。
土産は政宗と一緒に探したいと思ったので、ひとまず、売り場の先にある、座って待てそうな場所――館内マップで『スパイラルホール』と記載されている場所を目指すことにした。
ホールと名がついている通り、開けた空間にはステージとピアノが整備されている。休憩できそうな椅子が1つ空いていたのでそこに腰を下ろし、高い天井を見上げる。脇にあるスロープから、2階と、その先にある展望デッキに登れるようになっているらしい。
「すごいな、朝からこげん人が……」
休憩している人の中には、大きな荷物や紙袋を抱えている人も多くいた。自分たちのような観光客だろう。あまり聞き慣れない方言も聞こえるので、県外からやってきた人かもしれない。
旅行なんて、今まで、あまり興味がなかったけれど……。
「……政宗と一緒やったら、全部、手配してくれそうやね……」
などと、打算的なことを考えて、1人ほくそ笑んだ。
すると……そんな彼女へ近づく人影が、2人分。
「……やっぱり、ケッカちゃん!! こんなところで会うなんて奇遇だね」
「え? 茂庭さん……!!」
聞き慣れたあだ名で声をかけられたユカが声の主を探すと、自分に向けて手を上げている茂庭万吏と、会釈をする妻の涼子の姿を見つけた。
「茂庭さん、なんだかんだご無沙汰してます。買い物ですか?」
「そ。ここ、野菜とか安いからさ、石巻からドライブってわけ」
万吏は自分たちの事情を話しつつ、彼女の周囲を見渡して。
「ケッカちゃんが1人、ってわけはないと思うけど……こんなところまでどうしたの?」
「あー、政宗と鳴子温泉で……」
ユカはここで、自分たちの現状――駆け落ちなう――を思い出し、目を輝かせる万吏へ苦笑いを返した。
「……仕事でした」
刹那、ユカ側の事情を都合よく解釈してくれた万吏が、「マジか」と呟いて苦笑いを浮かべる。
「それは遠路はるばるお疲れ様。政宗くんは?」
「トイレなんですけど、これだけ人が多いので……迷子になってるかもしれませんね」
「ケッカちゃんがいるから、嗅覚で何とかするんじゃないの?」
「いつから政宗は犬になったのか……あ、来た」
ユカの視線の先、人並みをかき分けて近づいてきた政宗は……万吏と涼子の姿も目視して、軽く目をも開く。
「万吏さん、それに涼子さんも。おはようございます」
「政宗くん、ケッカちゃんと鳴子で仕事だったんだって? 遠路はるばる大変だね」
「え? あー……そうなんですよ。鳴子には大口のお得意様がいて、悪い仕事じゃないんですけどねー」
万吏の言葉でユカが作った設定を何となく察した政宗が、苦笑いで話を合わせる。そして、ふと……万吏を見つめ、ぽつりと問いかけた。
「万吏さん……ぶしつけにすいません。明日、早めに話を聞いてもらう時間を作ることってできませんか?」
「明日? 明日、は……ちょっと予定確認してもいい?」
万吏は目を丸くして、ポケットからスマートフォンを取り出した。そして、カレンダーアプリを起動すると、明日の自身の予定を確認して。
「そう、だな……明日、11時に電話でよければ。政宗君、石巻まで来る時間はないっしょ?」
「そうですね。すいません。そこ、電話してもいいですか?」
「いいよ。じゃあ、話をサクサク進めるために、今日中にメールで概要を送ってもらえると助かるかな」
不特定多数が行き交う場所で、万吏はこれ以上詮索しようとせず。
その気遣いに頭を下げた政宗は、「分かりました」と首肯した。
「突然すいません」
「政宗君の頼みだからね。ミズも世話になってるし。彼女、うまくやってる?」
「それはもう。気も利くし、仕事もきちんとこなしてくれるので、ありがたい限りです」
瑞希は万吏にとって義理の妹だ。彼女の仕事っぷりについて、政宗から万吏へ簡単に伝えたことはあったけれど、姉の涼子もいる場所で話をした覚えはない。
折角なので。政宗はそんな気分で、瑞希に関する評価を支局長として語る。
「今月はどうしても残業が多くなるので、その分、来月に休みを振り替えたりして調整します。ただ、支倉さんは頑張りすぎることもあるので……涼子さんも何か気付いたことがあれば、教えてください」
こう言って涼子を見ると、万吏の隣に立って話を聞いていた彼女が慌てて頭を下げる。
「本当にお世話になってます。妹を、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。よしケッカ、統治や支倉さん達に土産だ。じゃあ、俺たちはこれで」
椅子から立ったユカを連れ立って、政宗は土産物のコーナーへと踵を返す。
身長差のある2人を見送りながら……涼子はそっと、万吏を見上げた。
「万ちゃん、私……失礼じゃなかった、かな?」
自分を見つめる彼女の眼差しに、隠しきれない不安を感じて。
万吏はすぐに、先ほどまでのやり取りを思い返した。そして、結論を下す。
「俺は大丈夫だと思うけど、どうして?」
「佐藤さんの私服姿って、初めてだったから……ミズちゃんの上司の方だってこと、すっかり忘れちゃって。本当はもっと早く、私からご挨拶しなきゃいけなかったのに。万ちゃんが話をふってくれなかったら、最後まで忘れちゃってたかも」
「あぁ、そういうこと。そういうことを気にする人じゃないから大丈夫。俺からも明日、一応伝えておくな」
万吏が涼子を安心させるように頷いたのを見て、彼女は「ありがとう」と胸をなでおろしつつ。
「それにしても、佐藤さんと山本さんって、こんなところまでお仕事で来ないといけないなんて……大変だね」
「そうだな。でも、まぁ……いいんじゃね? 楽しそうだし。さて、俺たちも行きますか」
万吏はこう言って口元に笑みを浮かべると、涼子の手を取り、店外にある売店へと向かった。
万吏達と別れた2人は、宮城県全域の土産物が並ぶコーナーで。
「……政宗、流石に『萩の月』は……違うよね」
「それはちょっと違うと思うぞ。美味いけど」
数が多すぎて悩んでいた。
様々な菓子箱が積み重なっており、少なくなってもすぐに補充されるため、常に一定の在庫を蓄えていることが、店頭の残数や売れ筋を的確に判断できる従業員が複数人いるであろうことは想像できる。
「あ、ロイズチョコレートがある。しかも限定品……これ、全体へのお土産でよかやか?」
「いいんじゃないか。っていうか、なんで北海道のロイズチョコレートがあるんだ……?」
「あそこに書いてある。なんか、姉妹都市らしいよ」
「ほー」
ポップに記載された説明を読んだ政宗が、カゴの中へ限定品のチョコレートを入れながら……既に違うものへ目移りしているユカへ、最終確認を実施した。
「ケッカ、自分の分は買わなくていいのか?」
「それを今、どれにするか悩んどると。うーん……」
「大いに悩め。さて、統治にはどうするか……っても、透名さんが県北の人だから、目新しいものなんかないんじゃ……鳴子温泉だから、栗団子か……?」
政宗が統治への土産で悩んでいる間に、ユカは厳選した数箱を静かにカゴへ追加していた。
そして、先ほどの彼の気遣いに謝辞を述べる。
「茂庭さんに話、合わせてくれてありがとね」
「ああ、いいよ。仕事って言ったほうが伝わりやすいからだろ?」
「まぁ、それもあるけど……」
ユカはここで口ごもると、周囲をキョロキョロと確認した。そして、万吏を含む知り合いがいないことを確認し、口元に笑みと人差し指を添える。
「駆け落ち中ってことは、2人だけの秘密やけんね」
「なっ……!?」
その設定が彼女の中で生きていたことにも驚いて、彼女が自分だけに笑ってくれる事実に嬉しくなって。
けれど、それ以上に。
「なぁケッカ、駆け落ちって言葉が一般的にどう使われてるか……知ってるか?」
レジに並びながら政宗が問いかけると、彼女は彼から視線をそらし、楽しそうに返答した。
「さぁ、どげんやろうね?」
■あ・ら・伊達な道の駅(https://www.ala-date.com/)
宮城県内でも屈指の人気を誇る道の駅です。鳴子温泉へ行く途中にあり、最寄りの駅からも近いので、お近くへお立ち寄りの際はどうぞ!!
と、いうわけで、ユカと政宗の駆け落ち編はここで一区切りとなります。山場ではありましたが、私が9幕で書きたいのはここではないので、物語はまだまだ続きます。温泉行ってカニ食べたいなー、と、少しでも思っていただければ嬉しいです。
さて、実は『真冬の極寒天体観測』には、事前に素敵すぎるイラストを頂戴しておりまして……ここで自慢します!! どん!!
ユカと政宗が並んで冬空を見上げているイラストです。これは本当の裏話なのですが、駆け落ちまでは2023年の6月に初稿を書き終えていたので、彼女に「読んで読んでー」と一方的に押し付けた結果、こげん素敵なビジュアルになって里帰りをしてきてくれました!! 感謝……!!
作中でも何度となく天体観測をしている2人ですが、宮城の空を並んで見上げるのは、実は初めて?(これまでは福岡のみ、政宗は熊本でセレナをたぶらかしたときもしてましたね)
人工的な明かりが届かない、2人だけの空間で、政宗がまぁ楽しそうで。楽しそうで……本当、良かったなぁって。ユカの驚いた表情との対比がまた良いのです。セリフだけでは伝えきれない彼らの息遣いを感じることが出来ました。
その後、私が本編にガッツリ加筆を入れたこと等もあり、断腸の思いで挿絵にはできなかったのですが(こだわりが強くて申し訳ないっす……こればっかりはご容赦ください)、が、駆け落ちが無事にハッピーで終わりそうな雰囲気なので、公開するなら今しかない、と、思い至りました。同じ言葉の繰り返しですが、尊いが限界突破しているイラストを、本当にありがとうございます!!




