89 5年前の出来事(1)
「俺は、お前たちの崇めるマスターじゃない」
俺の言葉に墓守の管理人がゆっくりと顔を上げる。
フードの中は暗黒に覆われ目も口もない墓守の管理人だが、なんとなく表情が変わっているのを感じる。
驚いた顔から、だんだんと悲しげな気持ちを纏い、ゆっくりと頭を地面に戻した。礼ではない、単純に落ち込んで顔を下げたようだ。
「覚悟はしておりましたが、やはりお許しは頂けないのですね」
「ん?」
「ピンスモグの街の襲撃は私にしか止められなかった。それなのに街の防衛を怠った失態、この身をもって償う覚悟はできております。最後に貴方様のお姿を一目拝見できて、もう心残りはございません」
墓守の管理人は頭を下げたまま謝罪の言葉を並べて、じっと俺の次の行動を待っているようだ。
だがそういろいろと言われたところで―――
「おまえが何を言ってるのかさっぱりわからん!」
俺の声が楽園と化したピンスモグダンジョン第3層に響く。
時が止まったかのような静寂が少し流れ、再びゆっくりと墓守の管理人が顔を上げる。
「それは、お言葉をどう受け止めれば良いのか……」
「いや、言葉のままだ。おまえが何の話をしているのかさっぱりわからん!」
なんか事情はお互い全部わかってますよみたいな空気で話されても、その上で『あなたが許してくれないことも私わかってます』みたいに言われても、なんのことやねんって感じだ。
俺の態度を見て、墓守の管理人もようやく俺が本当に話を理解してないことを感じ取ったようだ。
「私がお話させて頂いているのは、白昼の悪夢についてでございます」
「デイライト・ナイトメア?」
「マスターがダンジョンの支配権を放棄されたあの日。その真意を私は見極めること叶いませんでした。その罰をこの身をもって償いたいのです」
「はぁ………まーた5年前の話か」
本当にどいつもこいつも。
「いいか、さっきも言ったが俺はお前らのマスターじゃないし、5年前の事は全く知らん。だから、許すとか許さないとか聞かれても困るんだよ」
「マスターは、本当に前マスターとは別人だと、そうおっしゃるのですか?」
「そうだ」
「…………………」
墓守の管理人は納得できないといった雰囲気で俺の顔をまじまじと見続ける。
「ススムは本当になーんにも覚えてないのよ」
いつの間にか後ろにアリアがいた。
ハナはそれに気づくとすぐにその場に膝をつく。
アリアは街でそんなに偉い立場なんだろうか。もしかして魔王であることをみんな知っているとか。
「アリア様。ようこそいらっしゃいました」
「ススム、5年前に何があったのか。ちゃんと聞いた事ないんでしょ」
「あぁ、まぁ、関係ない事だし」
「あなたが無関係だと思っていても、周りはそうはさせてくれない。1度、ちゃんと知っておくべきなんじゃないかな」
「いやー……別に知りたいとも思わないし~」
「いい機会なんだし、私もダンジョン側の視点を知りたいわ。立ち話もなんだし、さぁ行きましょ」
宙を舞うアリアがすっと俺の後ろに回り込んで肩を押す。
「え、ちょ、待てって。わかった、わかったからそんなに押すな。あ、ハナ!いつまで座ってんだ、行くぞ」
俺たちが歩き出してもまるで立ち上がろうとしないハナを呼び、5人と1匹……いや、魔物は『体』で数えるのか?そうなると魔王は『人』でいいのか?
まぁどうでもいいか。全員で聖堂へと、イービルガイドの花道を進んだ。
聖堂内のダイニングでテーブルを囲む。
「それじゃあ話してちょうだい」
イービルガイドがお茶やお菓子などを並べてテーブルをセッティングしてくれているのだが、それが終わるのを待たずにアリアが墓守の管理人を急かす。
「畏まりました。それでは私から、5年前に起きた白昼の悪夢についてお話させて頂きます。5年前、ピンスモグの街が壊滅致しました。その原因はダンジョンからの魔物の氾濫です。魔物の氾濫はピンスモグ以外の複数のダンジョンで同時多発的に起こり、多くの街や村が壊滅しました。それが白昼の悪夢と言われる事件です。その傷跡は国を、世界を揺るがした最も新しい悲劇として多くの街に、そして人々の心に深く刻まれています」
ピンスモグの町があんなに荒れていたのは白昼の悪夢のせいだったのか。
いや、そういえばハナとジロが言ってたな。5年前におじいちゃんがロケットに乗り込んでうんぬんかんぬんみたいな事を。
「そして魔物の氾濫の起因は、ダンジョンがマスターの管理下から外れたことです。マスターはダンジョン内にてダンジョン外の魔物も管理されていましたので、管理を外れたそれらが外に溢れ、その波に街も飲まれました」
なるほどなるほど、つまり先代のダンジョンマスターこと勇者様が悪い訳だ。
そいつがダンジョンの管理を放棄したばっかりに世界中にモンスターが放たれて大惨事を引き起こしたと。
「前のダンジョンマスターはなんでダンジョンの管理を放棄したんだ?」
「わかりません。…………あなた様は本当に以前のマスターとは別人なのですか?私にはどうしても同じ人物としか認識できないのですが」
墓守の管理人はどう言葉にしていいのかと困った様子を見せる。
「もちろん別人だ」
「いいえ、同一人物よ。ススムは勇者ガルファであり魔王:ダンジョンマスターよ」
俺の言葉を否定したのはアリアだった。




