85 ピンスモグダンジョンをススメ
『故郷の祠』
このダンジョンの名前だ。しかし通称:ピンスモグダンジョンと呼ばれている。
入口の少し手前は他の場所と同様、元の世界を思わせる近代的な瓦礫が積み上がっている。5年前まではダンジョンを管理するための大きな建物があり、ダンジョンの入口も建物内にあったという。
ちなみに今は大きなパラボラアンテナが野ざらしで備えられている。
何となくそれを眺めていたらハナが口を開いた。
「今は町に冒険者が入れませんから、太陽光でゴーストを照らして弱らせてから叩く手法をとっています」
「ほぉ~~ん…」
なんのこっちゃわからんけどとりあえず返事を返しておいた。
「あ、あの、なにがあっても…ボクが守りますから、あの、安心してください…」
そう言うのはハナとは反対側にいる少年。
「ん?」
「ひいっ!ごめんなさいごめんなさい!僕みたいな虫けらミジンコが勇者様を守るだなんて!すみませんすみません!」
そんな謝らんでも……。
だいたいは聞こえてたんだけど、あまりに声が小さくてどもってたから思わず聞き返すような返事をしてしまっただけであって、そこに大した感情はない。
「盾にでも踏み台にでもなりますので!すみません!すみません!」
「あぁ…うん、期待してるよ」
ひたすらに頭を下げる少年の名はノベタ、威圧の魔王だ。
王都で俺と国王の間に割って入った人物―――なのだが、あの時の強気な態度とは一変、ひたすらに弱気な少年を演じている。
ハナの研究所を出たところで出会い、俺の護衛だということでそのままついてきた。
王都ではビリビリと肌で感じられるほどの威圧を放っていたが、今は1ミリも覇気を感じない。
『威圧の魔王』って言うくらいだから、あの威圧そのものがノベタの能力なんだろうけど…その正体がこんな気弱な少年だってのはちょっと面白い。と、最初は思ったのだが、この少年、ちょっとオドオドし過ぎで扱いに困るというのが正直なところだ。俺が何か言う度に謝罪を繰り返すため、どう接していいのかわからない。
「それでは参りますか」
ハナを先頭に3人でダンジョンへと足を踏み入れた。
ダンジョンは岩肌がむき出しの洞窟だ。町の様相からして、謎の研究施設を思わせる構造物的なものだったり、謎の光が走る電子回路模様の壁だったりとサイバーチックなものかとも期待したんだけど、ちょっとガッカリだ。
ダンジョン内は光が通っていて外と変わらないくらい明るかった。ハナが言うには外に複数設置されたパラボラアンテナで太陽光を取り込んでいるそうだ。
しかしそれは単に洞窟を照らすためにある訳ではない。主な理由はダンジョン内の魔物を封じるためだ。
この洞窟の第1階層で出てくる魔物は中身がないのに動く鎧『アーマーライダー』。
誰にも装備されてないのにご丁寧に鎧から脚まで一式揃った空っぽの鎧だ。
見つけたアーマーライダーにハナは手に持った強力なライトの光を浴びせる。するとあやつり人形の糸が切れたように鎧が崩れ落ちる。
スイッチひとつで簡単お手軽魔物討伐だ。
このダンジョン1層には意図的に作られた日陰がある。そしてアーマーライダーは陽の光を嫌い、日陰で立ち往生するのだ。
完璧に安全化、効率化された魔石回収のルーティン。これはもはや戦闘などではない、完全なるシステムだ。
ハナは崩れた鎧から魔石を抜きとると、そこへ手持ちの魔石をはめ込んだ。それ以外の鎧などを持ち帰る様子はない。
「素材は回収しなくていいのか?」
「はい?あぁ、このリビングアーマー一式はアーマーライダーを憑依させるために我々が設置しているものです」
「設置って…それがアーマーライダーじゃないのか?」
「リビングアーマーはこの町で開発された人工物です。アーマーライダーはゴーストタイプの魔物で、周囲の物に取り憑く…特に人型の物に好んで憑依する習性があります。意図的に魔石の付いた鎧に憑依させることで魔石の魔力を充填させ、それを回収しているのです。鎧から追い出されたアーマーライダーは第2階層へ逃げ、また活動できるだけの魔力が回復すれば鎧へと戻ってきます」
思った以上に完全にシステム化されていた。
マッチポンプして魔石をバッテリーの様に充電しているってことか。
たまに薄らと人魂のようなものが見えるが、力を失ったアーマーライダーに人を害する力はないと、ハナは臆することなく奥へ進んでいく。そして俺の横ではノベタがビビっている。お前は俺の護衛で来たんじゃないのか?俺の後ろに隠れてないで前を歩いてくれ。
そしてなにより、俺がこのダンジョンに入ってから1番思っていることを口にする。
「あのさ、俺、いらなくないか?」
護衛ということでハナに頼まれて着いてきた訳だが、もうかれこれ30分ほど歩いているが危険を感じたシーンは1度もない。
これだけ安全が確保されたダンジョンでいったい何から守って欲しいというのか。
「私の目的は第5階層です。ピンスモグダンジョンで安全なのは第2階層までですので。あ、隠れてください」
急にハナに脇道の岩陰に押し込められる。そのまま隠れるように縮こまり、彼女との密接度が過去最高に高まった。どこに何が当たってるかわからんがとにかく柔らかい。
「静かに」
と、立てた人差し指を口元に当てるポーズをしたハナの顔が目の前に現れた。いちいち近い、いつもいきなりすぎてときめきよりも驚きで脈があがる。
洞窟の奥から人の声が聞こえてきた。複数人の男達が子難しそうな話をしながら俺たちに気づかず横切っていく。岩陰から顔を出して覗くとジロの姿が目に入った。
彼らはリビングアーマーに備え付けられた物よりも2まわりは大きい魔石を運びながらそのまま出口の方へと向かっていった。
「さぁ、行きましょう」
ハナはジロが出てきた道へと向かう。俺とノベタも後に続いてダンジョンのさらに奥へと進んだ。




