60 オダギリのジョー
エリーとヨーゼを探して街の西側へ、話に聞いた“あいつ”がいるという場所を目指して進む。
目的地に近づくと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「頼むから…動いてくれよ」
「なんで……こんなに、おっきいのよ」
男女は息を荒らげて語り合っている。
「はぁ、はぁ、ダメ……やっぱり無理よ」
「そんなこと言わないで、ほら、もっとグッと押し込んで」
「なんで…こんな時にあんたは……はぁはぁ、そんなに落ち着いていられるのよ…めっちゃ毛深いし……はぁ、はぁ……全部刈り取ってやろうかしら…」
なにやらいかがわしい事をしている。
人の情事に口出しするつもりはないが、2人はまだ子供だ。不純異性交遊は大人が止めてやらねばならん。
角を曲がればすぐそこに2人がいるはずだ。
「おいおい2人とも、こんな非常時になにやってんだ。それとも非常時だからこそ燃えあふぉふあ―――」
なんか、もっさりしたものにぶつかった。ぶつかったというか、埋もれたと言った方が正しいかもしれない。
1歩下がって見上げると、巨大な毛玉が道を塞いでいた。
「なんじゃこりゃ」
「誰かいるの?」
驚いていると、毛玉の隅からエリーとヨーゼの顔が生えた。
「えっ、勇者様!?」
2人して俺を見て驚く。
そうだった、今の俺は勇者の格好してるんだった。
「どうした、伝説の英雄でも見るような顔しやがって。忘れちまったか?俺だよ俺」
おもむろにマスクを外す。
「ススムお兄さんだよ!」
「………………何してんの?」
完璧に決まったと思ったが、エリーは付け合わせのミックスベジタブルでも見るかのような面で俺を見ている。あと隣のヨーゼは心做しか怒りを滲ませているように感じる、俺お前に何かしたか?
「まぁいいわ。あんたも手伝いなさい」
「手伝うって?」
「こいつを避難させるのよ」
こいつってのは言うまでもなく目の前の毛玉の事だろう。
直径3mはあろうかという巨大な純白な毛玉、その真ん中からひょっこりと顔が現れた。
目、鼻筋から口にかけて以外が毛に覆われ、生意気さと愛くるしさを併せ持つそれは、まさに俺の知るところのアルパカだった。目の前のこいつは長い前髪が片目にかかり、息をする度に揺れている。
品種名なのかこいつ自身の名前なのか分からないが、ここを教えてくれた奴は“オダギリ”と呼んでいたな。
「立て…立つんだジョー」
こちらからは見えないが、ヨーゼが再び後ろに回ってこの毛むくじゃらを動かそうと尻を押しているんだろう。
「ジョーって、こいつの名前か?」
「そう、オダギリのジョーよ。たまに孤児院の子が餌をあげに来てたみたいで、この子を助けて欲しいって頼まれたのよ」
「お前らそれで孤児院抜け出したのか。アイリーが探し回ってたぞ」
「だって、ほっとけないでしょ」
いや、動物より自分の命だろ―――とは思うが、気持ちはわからなくはないし、子供なら尚の事こうした行動に出るのもわかる。
「ったくしゃーねぇなー」
文句を言いながら、アルパカ……じゃなかった、オダギリの毛の中を抜けて後ろに回る。こいつ、ボリュームは凄いが体そのものはかなり細そうだな。
「ほら、気合い入れて押すぞ」
俺とヨーゼでジョーの尻を押す。毛の中での労働になるため周囲の視界はほとんどない。
すぐにエリーもやって来て、体を掴んで横から押すが、3人でもジョーはビクともしない。
「はぁ…はぁ……よし、こいつは置いていこう」
「ちょ、諦めないでよ」
「動かないもんはどうしようもないだろ。危なくなったらこいつも勝手に逃げてくるって」
「そんな、無責任な」
「無責任だよ。俺はこいつに何の責任も負ってないからな」
「でも、任せてって言っちゃったし…」
まぁ、オダギリへの責任は何も無くても、確かにエリーとヨーゼには約束という責任があるといえばあるな。
だけど約束という責任なら俺にだってある。
「アイリーに子供たちを守ってやるって約束したんだ。こいつは俺がなんとかするから、お前らは俺の責任を果たさせろ」
真剣な表情でエリーに訴える。
「はぁ?なに勝手なこと言ってんのよ。それってあんたの都合だけ叶うって事じゃない。カッコつけたら誤魔化せるとでも思ったワケ?」
ちっ、ダメだったか。
2人を孤児院に帰らせる算段を画策する俺に救いの手を出したのは以外にもヨーゼだった。
「エリー、戻ろう」
「ヨーゼ!?」
「俺もエリーが心配だ。ススムの言うことに乗るのは気に入らないけど、何かあってからじゃ遅い」
正しい判断だ。冷静に現状に当たっての正しい判断であり、男として何を差し置いても惚れた女を優先するのは何よりも正義だ。
「でも…魔物がここまで入ってくるって決まったわけじゃないじゃない」
エリー、それは違う。
「そうよ!騎士団だって戦ってるんだし、ここはきっと大丈夫よ。だから早く、こいつを連れてってやりましょう」
矛盾している。街の中が安全なのならそもそもこいつを避難させる必要が無い。そして、その発言は頂けない。
「大丈夫、離西区といっても街が魔物に襲われるなんてそうそうあるものじゃない。だから、絶対大丈夫よ!」
それ以上いけない。
世の中は不思議と皮肉に満ちている。
“絶対”なんて言葉を使っちまったら不思議と起こっちまうんだよ、その絶対を覆す最悪の展開が。
最初に動いたのはリリ。
リリが鞘に入ったままの剣を振るうと、黒い固まりが飛んでいって壁に激突した。
黒い何かは霧散して跡形もなく消える。
方々から一斉に怒声が上がる。
おそらく他の連中も黒獣と会敵したんだろう。
一応、テリトリーを展開しておくか。
ルルが剣を抜いて臨戦態勢をとる。
「おい行くぞ。あれ、エリーは?おい!エリー!」
「ちょっと……待って…」
声は毛玉の中から聞こえた。あいつまたやってんのか。
「そいつは置いていく」
「でも」
「でもじゃない。動かないもんはどうしようもない―――ちっ!」
石柱を創ってジョーに飛びかかった黒獣の土手っ腹を打つ。
ったく、しょうがねぇなぁ。
俺はオダギリの中からエリーを引っ張り出す。
「ちょっと、やめて離してよ」
「ほら、これでいいだろ」
オダギリの周囲に壁を創造して囲ってやる。
「これでひとまず安全だ。行くぞ」
そのまま強引にエリーの手を引っ張りその場から離れた。




