59 ススム、子供を捜索する
「第9団隊と第6師団が壊滅?」
偵察から戻ってきたウォーリーの報告を聞いてアーヴァインが驚きの声を上げる。
「なんでも、順調に前線を上げ続けていたところ、突如背後に魔物が沸いて挟み撃ちにあったとか。それを皮切りに魔物の数も強さも急に上がったみたいでさぁ」
「誘い出されたって事か」
「今は隊の密度を上げてまた前線を上げてるところでさぁ。魔物が減らねえから本体を叩くしかねぇってことで、遊撃隊も森に入ってやすが、いい報告は入ってやせん」
魔物が一向に減らなくて埒が明かないなら発生源を絶つしかない。
これが普通の魔物なら、巣なんかがあってそこを叩きに行くんだろうが、今戦っているのは黒獣だ。
食堂でやりあった冒険者の話が入っているのであれば、ガルム本人が黒獣を生み出していると考えるのも当然。本人を捕まえなければならないという考えに至るのも必然だ。
街の中まで侵攻されるなんて事は考えたくはないが、そうなる前にエリーとヨーゼを見つけないとな。
「俺は適当に子供を探してみるよ」
「それでは手分け致しましょう」
「クレイも手伝ってくれるのか」
「ススム様を支援するのは当然の事ですわ」
「ありがとう」
「まぁ、なんにせよ街を見回るのが俺たちの仕事だからな」
俺たちは全員バラけて街中を捜索する―――と思っていたのだが、
俺の方にはルルとリリが着いてきた。
2人もバラけて探してくれるもんだと思ったんだけど。
「一緒に行くのか?」
「当然でしょ!私は勇者の第一の剣、あんたのに代わって戦うのが私の使命なんだから」
「第一の剣は、あたし」
「私よ!」
「あたし。ルル、剣じゃない」
「だから、そういう意味じゃないって昔から言ってるでしょ!」
「意味、わからない」
「むきー!あんたはいっつも!!」
激高するルルに対し、リリはいつもと変わらないおっとりと来た口調で返す。
しかし冷静に相手をしているようで、絶対に譲れないという熱を帯びているように感じる。
なんにせよ、俺の目には小さな女の子が口喧嘩しているのは微笑ましい光景にしか見えない。
「2人は双子だったりするのか?」
髪の色こそ違うものの、2人の容姿はそっくりだ。歳の差も感じられない。
「あたしたちは、双子」
「そうね、私たちは双子だったわ」
リリは肯定するも、ルルの言葉は過去形だ。兄弟姉妹に過去形なんてものはない。
絶交したとか、勘当されたから家族じゃなくなったとか、そういう意味なのか?
「あたしたちは双子。勇者、そう言った」
「100歩譲ってあの頃はそうだったとして、それこそ今は違うじゃない」
「違わない」
「あんたはもう勇者の剣じゃないのよ!」
「あたしは勇者の剣、それだけの力がある」
「勇者の剣は私よ!私は今でも勇者と繋がってるわ!」
睨み合う両者。ちょっと双子かどうか聞いただけでどうしてこうなる。
南門の方からは相変わらず怒声が響き、たまに爆発音が空気を震わせる。
いま探索しているのは孤児院からさらに西側の地区。
この辺りはいわゆるスラム、ボロボロの建物が立ち並び、金も仕事もなく身なりの汚い者達が暮らす地域だ。
炊き出しに並ぶのもここいらに住んでるやつらだ。見知った顔もある。
スラムの人達は俺達とは反対方向に、慌てる様子もなく歩いて向かっている。
うちの1人が俺の姿を見て話しかけてくる。
「あんた、勇者か?」
勇者の知名度は相当に高いようだ。
まぁ俺は勇者の服を着た魔王だが。
とりあえず否定しようと口を開こうとするとルルが服を引っ張った。
「あんたは喋っちゃだめよ。話したいことがあったら私に伝えて」
俺が着けている仮面には認識阻害の魔法が付与してあり、装備していれば俺の正体に気づきにくくなる。しかしその効力は相手と会話すると大きく下がるようで、ルルは俺が口を開こうとする度に通訳のように自分を通して会話するように言ってくる。
「ほら」
ルルは耳をこちらに向けて自分に囁くよう促す。
「ルルは耳フェチ」
リリがボソリと呟く。その言葉と、耳を差し出しているルルを見て、ちょっとイタズラ心が芽生える。
俺は言葉を伝えるような素振りでルルに顔を近づけて、耳の先を唇で食んだ。
「!?!?!?」
ルルは声にならない声を上げて身体を跳ねさせる。
反射的に俺から距離をとって、俺が食んだ耳を手で抑えている。
「にゃにゃっ?!にゃにしゅるの!」
「え、いや、代弁してくれるんだろ?言って欲しいこと伝えようと思って。どうかしたか?」
顔を真っ赤にしたルルに、まるで何も無かったかのように返事を返す。
ルルは何も言えず、警戒する猫のように息を鳴らしながら俺を睨んでいる。
そこへ1つの影が勢いよく滑り込んでくる。
巻き上がった砂埃がおさまると、そこ中から現れたのはクレイだった。
「今こちらで不埒な空気を感じたのですが!」
両脚を伸ばして開き、片手も地についている全力滑り込みスタイルのまま、もう片方の手は鞘を握っている。
「いや、なんでもないから」
「そうですか。では捜索に戻ります」
落ち着いた口調で返事をしながら立ち上がったかと思うと、僅かな砂埃も上げずに一瞬で姿を消した。
「何しに来たんだ……」
周りの人達も唖然としている。
まぁいい。
俺は聞きたいことを伝えるためにルルの耳元に顔を寄せる。
「なによ!」
ルルはそれを嫌がるように仰け反って耳を手でガードする。
「いや、お前が伝えてくれるんじゃなかったのかよ」
まぁいいや。炊き出しで顔を見たことがあると言っても1~2回程、俺の顔なんて大して覚えてないだろう。たぶん仮面をつけていれば認識阻害がなくても普通に俺だってことは気づかないだろう。ということで自分で聞くことにする。
「子供を見なかったか?12歳くらいで、男の子と女の子なんだが」
「もしかして孤児院の子か?それなら向こうに走ってったよ。広場に避難するよう声をかけようと思ったんだが、慌てた様子で駆けてったから………もしかしたらあいつの所に」
「あいつ?」
1発で情報ゲット。
男が指し示すのはここよりさらに西の方だ。俺たちはすぐに“あいつ”がいるという場所へ向かった。




