45 会議のススメ1
しばらくベッドの上で憂鬱に浸っていたが流石に空腹が限界を迎えたのでいつものようにリユースコレクションに夕飯をタカりにいく。
今は黒獣の発生に伴って遠出しないよう指示が出されてるから初めてここに来た時みたいにうちのメンバーだけで店を占拠して阿鼻叫喚が繰り広げられてるもんだと思ったけど、外から見た店の雰囲気は静かなものだった。
また会議でもやってんのかな。
いつもなら『おやじー、飯くれー』と横柄に入店するところだが、今朝みたいに注目を集めるのは気まずいので静かに扉を開ける。
「見間違いじゃねぇって!あの新入り、その後一緒に飯も食ってそこでも―――」
「ちーっす…」
『!?』
やはり皆で話し合いの真っ最中だったようだ。邪魔にならないように小さく会釈しながら小声で入店したつもりだが、皆が一斉にこちらを振り返った。
邪魔なんてしないから続けて続けて。ペコペコしながら今朝と同じ一番隅の席に座った。
皆の視線が俺から離れない。
なんだろう、皆が俺の一挙手一投足に注目しているようだ。
「えっと、なんでしょう?あ、ワンドリンク制?じゃあとりあえず水もらおうかな…」
明らかに皆の視線がおかしい。何をそんなに睨んでいるんだ。非常に居心地が悪い。
「もしかしてお邪魔かな、じゃあ帰りますわ」
来て早々だが元々飯を食う以外では居たい場所ではないので退室も吝かではない。
腹は減っているが、こんなに不況な中で1人夕飯を取れるほど俺の心は豪胆ではない。
はぁ…ほんと今日は飯運がない。
直ぐに立ち去ろうと席を立ってドアに手をかけたところでアーヴァインが口を開いた。
「にいちゃん、どこいこうってんだ?」
「いや、俺は場違いみたいだから帰ろうかと」
「お前も参加しろ、お前もここのメンバーだ」
「なっ!だからあいつは―――」
「ベズ、おめぇも黙って座れ」
アーヴァインに噛み付いていた小柄の男は俺を指さして声を上げている。たしか初めてここに来た時に俺とクレイに飛びかかって来たやつだ。
ベズと呼ばれた小柄の男はアーヴァインの気迫におされて口を噤み、俺を睨んで舌打ちしながらも席に戻った。
皆に向かってアーヴァインが話し始める。
「今朝、ここ王都に黒獣の侵攻があった。数にしておよそ100。それらは騎士団によって王都への侵入を許すことなく排除された。そして今日の昼過ぎ、再び黒獣が現れた。それも街の中でだ。冒険者が魔王と接触して一戦交えている。眼帯をした男の獣人ということだ。そいつらによれば、魔王の目的は、この街の者を皆殺しにする事だと話していたそうだ」
皆殺しと聞いて場がざわつく。
全員の顔色は絶望したもで、悲観する愚痴を零している。
アマゾネスのメンバーがアーヴァインに質問する。
「魔王が現れたのは今日だろ。どうして目的なんかわかる?話してたって、魔王と仲良くおしゃべりでもしたわけじゃないだろ」
「いや、その時は店で飯を食っていたらしい。現場を見に行ったやつも多いんじゃないか?その店でだ」
「魔王が、酒場で食事?」
「あぁそうだ。その時に連れの男に話していたのを周囲にいた奴らが聞いている」
アーヴァインがそう言うと、全員の視線が一斉にこちらに向いた。
これはあれか、一緒にいたのが俺だってことがバレてるってことか?
念の為にいつでも逃げ出せるよう保険は掛けてある、できれば使いたくないけど。
「そうだ!この新入りが魔王と一緒にいたんだ!」
ベズが俺を指さして糾弾してくる。
「ベズ、おめぇは黙ってろっていったろ!あんちゃん、そいつは本当なのか?」
静まり返った室内。全員が俺が口を開くのを待っている。
俺の答えは―――
「……………本当だ」
「やっぱりそうだ!こいつぁ魔王の手先なんだ!」
「いい加減にしねぇか!ススム、その時の事を話せ」
再び糾弾を始めたベズをやはり怒鳴って黙らせるアーヴァイン。
場は殺気と静寂が流れて一触即発状態だ。
大丈夫だ。ありのまま起こったことを話せばたぶん問題ない。俺はそう踏んで話を続ける。
「今日の昼間、男に絡まれたんだ。あ、魔王とは違うやつな。ぶつかって絡まれて、殺されそうになった所に通りかかった獣人が助けてくれたんだ。それでお礼に飯奢れっていうから一緒に店に入った。で、飯食ってたんだけどそいつが皆殺しだなんだって大声で話しだして、それで大男に絡まれた。そんでいきなりやりあい始めたから俺は店から逃げたんだ」
「逃げて、いままでどうしてた」
「怖かったから家に隠れてた」
嘘は何一つ言っていない。
ガルムとの出会いは偶然、店では俺が魔王だなんだって話もしてないし、逃げる時も能力を使ったのは軒下だから見られてないはず。
そのあとはここに来るまで洞穴で大人しくしていた。
「そうか、わかった」
「え…そうかって……おい!なんでだよ!なんでこいつを許すんだ!こいつは魔王の仲間なんだぞ!目の前で男3人が殺されて平然としてるようなやつなんだぞ!」
「ベズ、お前ススムが殺されそうになってるのを見てたのか?なんで助けなかった」
「えっ!いや、それは…見てねぇよ。俺が見たのは食堂にいるこいつだけだ」
「じゃあなんでススムが襲われた場面を知ってるんだ?」
「それは!?そ…それは今こいつが話しただろうが!」
「ススムは助けられたと言ったんだ、魔王がその男を殺したとは話してない。それにな、男としか言ってねえのになんでお前は男3人って人数まで知ってんだ?」
「それは……それは………」
「おまえ、襲われてる仲間がいて、助けに入らなかったのか?」
「今はそんな話してねぇだろ!」
「見ていて、助けなかったんだな」
「………………なんだよ……なんだよこれ、なんで俺が責められなきゃなんねぇ!?ああっ!?ふざけんなよ!?俺は情報を教えてやったんだろうが!」
「ベズ」
「こいつは魔王の仲間なんだよ!悪いのはこいつなんだよ!」
「ベズ」
「こいつは今すぐ殺すべきだ!」
「ベズ!!!!!」
アーヴァインの気迫に満ちた一喝にベズが体を跳ねさせて黙る。
「出ていけ」
「俺は悪くな――――」
「出ていけ!!!頭冷やしてこい」
ベズは何か言いたげな口を噤んで、トボトボと店を出ていった。
『―――クソっ!』
店の外から癇癪じみたべズの声と、何かが壊れるような音が響いた。




