30 紛失のすすめ
「おやじー!飯くれー!」
いつものように遠慮なくリユースコレクションの敷居をまたぐ。
その背中には大量のキノコの入った籠を抱えている。
その俺の姿を見て店内にいたギルドメンバー達がギョッとして立ち上がる。
「おまえ!またキノコ持ってきたのか!」
そう言ってきたのは今朝も会ったアマゾネスのメンバー。朝も夜もいるのは珍しいな。
他の奴らも警戒心を露わにして、獲物に手をかけている者までいる。
「ちょ待てよ。こいつはヒカルダケじゃねーよ。オヤジ、こいつを調理してみんなに振る舞ってやってくれ」
カウンターにどっしりとおろしたカゴに入っているのはクエルダケ、マッシュのとこにも負けない上物だ。
マッシュから貰ったものを、1度洞窟に戻ってさっそく増やしてきた。卸せるんならこの店に卸してもいいと思ってるけど、とりあえず今日は大盤振る舞い。店とこの場にいる客に献上する。
なんだかんだいつもタダ飯食べさせてもらってる恩もあるしな。
クレイとアーヴァインの間で取り付けられた約束だが恩恵を受けてるのは自分だ。恩返しってのもなんか違う気もするけど、返せるものがあるんなら返しておく。
「こんなにいっぱいどーすんだよ」
かごいっぱいのキノコを見たアーヴァインは頭をかいている。
「全部店で使っていいからよ」
「ったく。調理だって手間なんだぞ」
などと文句を言いつつもアーヴァインはきのこを抱えて厨房に消えた。
ちなみにこいつはレストランには売らない。クエルダケはマッシュが独占で卸してるからな。
そこを横取りしようなんて野暮なことはしない。
そんな事しなくても俺はそれ以外の全ての植物を卸すことができるからな。
とりあえず明日、こいつを卸して契約を……こいつを……あれ、おかしいなぁ
自分の全身を叩いてそれの所在を探す。それから貨幣を入れている袋の中も確認。
うん………ないぞ…………
やばい、ピエールから貰ったゴウライニンジンがない。
クエルダケを増やした時に家に置いてきたか……いや、その時には既になかった。
じゃあ何処だ、俺は今日どこで何をした、思い出せ、思い出せ………
店を出てからの自分の行動を順番に頭に巡らせる。
まだある……まだある………まだある…………ここだ!
おそらく昼間の炊き出しの時だ。
そこに着くまでは持っているが、片付けを手伝っている時にはもう手元にはなかった、と思う。
俺は店を飛び出して孤児院へ向かう。
「おい!どこ行くんだ!キノコ焼けたぞ!」
「皆で食っといてくれ!」
アーヴァインに呼び止められたがキノコ食ってる場合じゃねぇ!
「うおおおおおおおおお!!!!」
「なんだってんだ…」
雄叫びをあげながら夜の街に飛び出すススムをアーヴァインはただ見送るしかなかった。
「たのもーーーー!!!!頼む!開けてくれぇ!」
俺は孤児院に着くや否やドアを叩いた。
しばらくするとドアの向こうに人の気配を感じた。
「あの、ススム様でいらっしゃいますか?」
「あぁそうだ!夜分にすまない、緊急の用なんだ!えっと、そのあの――」
ドアを開けてくれたアイリーは俺を見るなり手を取って、引き寄せて抱きしめる。
顔をぎゅっと胸に埋められて思考が停止する。
「ススム様、どうか落ち着いてください。急いては何もうまく行きませんよ」
「ああああアイリー?あの、これは……」
「大丈夫、落ち着いてください、大丈夫です」
さらに強く、頭を包み込まれるように腕を回される。
柔らかくて暖かい。心地良い心音に安堵が湧き上がってくる。呼吸をすると懐かしいような甘い香りがする。
心地良さに抵抗する気を失せて、ただ身を預けた。
「落ち着かれましたか?」
「あ、いや、うん、すまなかった、取り乱してしまって、もう大丈夫だ」
アイリーの声に我に返る。
顔を上げてアイリーと目が合うと、急に気まずさと気恥しさが湧き上がってきたが、アイリーは何事もなかったかのように屈託のない笑顔だ。
アイリーは俺の手を優しく握る。
「ススム様、無理をされてはいけませんよ」
「え、…あぁ、はい」
なんだかよく分からないけど、心配されてるみたいだ。
俺、そんなに必死感出てたんだろうか。確かにすごく焦ってはいたけれど。
「それで、どうされたのですか?」
「えっと…あぁそうだ!実は昼間、炊き出しをしていた場所に忘れ物をしてしまって、それでここにないかと思って」
「忘れ物ですか?それはどのような――」
「シスター、なんでススムと手繋いでるの?」
寝巻き姿のヒルシが眠そうな目を擦りながら会話に割り込んできた。
その言葉にハッとした俺は慌てて手を引っ込めた。
アイリーは相変わらず何事もないかのように優しい顔で、全く何も気にしている様子はない。
「まぁいいけど。静かにしてよね、みんな起きちゃうから」
「あぁうん、すまん」
そう言って自らもあくびを噛み殺すヒルシ。
「それで、忘れ物というのは」
「あぁえっと、なんて説明したらいいか。萎れた人参みたいな植物なんだけど…」
「萎れたニンジン…ですか?」
「そう、ニンジンのミイラというか――」
「あ」
「「あ?」」
ヒルシが声を上げるので、つられて俺とアイリーも同じように漏らしてそっちを見た。
「人参のミイラならスープに使ったよ。にいさんのだったんだ」
「使っ……た?」
「うん、出汁ぐらいは出るかなーって思って」
「で、出汁をとった人参はどうしたんだ?」
「勿体ないから刻んでスープに入れたよ」
「で、そのスープはどうしたんだ」
「夕飯にみんなで食べたよ」
「ノーーーーッ!!!」
食べた!?食われた!?大事な金の成る木をっ!
「スープはもう残ってないのか?」
「一滴も残ってないよ」
終わった。俺の商人人生おわた。
………いや、まだだ。諦めたらそこで試合終了だ。
何か、何か手はあるはずだ―――




