20 ソルテとすすめ
ゴードンの屋敷に見事に潜入し、ソルテの話術を巧みに躱し、俺は今、屋敷の1階地下牢出入口にきている。
すまん、ちょっと美化した。
まぁなんやかんやで侵入する1歩手前まできているが、地下牢の出入口にはソルテの話通り、守衛が1人立っていた。
普通に出ていけば絶対に見つかる。かといって穴を掘っても行けない。
俺の一番の特技である穴掘りだが大きな欠点がある。
それは地面でないと何も出来ないことだ。
地面扱いになるなら床だろうが石畳だろうがぶち抜けるけど、地面と接してない室内としての床をどうこうすることは出来ない。
床下から侵入しようとしても、縁の下まではいけても床を破ることは出来ないし、壁に穴を開けるなんてこともできない。
前に初めてリユース・コレクションにいって襲われた時に穴が掘れなかったのも同じ理由だ。
つまり、室内において俺は無力ということだ。
つまり、体格が良くて武器まで携えている守衛なんてどうすることも出来ないということだ。
「ふひひ、行かないの?」
「おおぅふ!?」
いつの間にか背後にソルテがいた。
「あなたを手伝うって約束したから」
「え、あ、ちょっと」
ソルテは俺の手を取ってグイグイと進み出す。そしてそのまま地下牢通路の出口、守衛の前まで出た。
敵対すればやられる。
俺は緊張して身構える。
「ふひひ、お疲れ様、グリー」
「はっ、お疲れ様であります。ん?そちらの方は」
「ふひ、野暮な事聞かないで。あたしも年頃なんだから」
「失礼しました」
「パパに紹介してくるわ」
「おお、それは素晴らしい!お供致します」
「えぇ、お願い」
グリーと呼ばれた男は俺のことを追求することなく先導して案内する。
「今日の見張りがあなたで良かったわ」
「そうですな。グラーだったら口うるさく言われるところでしたな。しかしグラーも心配がすぎるだけで身に余るような気持ちを抱いているわけではありませんので、嫌わないでやってください」
「ふひ、わかってるわ」
「止まれ」
屋敷の最上階の一室、その扉の前に立っていた守衛が俺たち3人に厳しい声をかける。
「パパに会いに来たの」
「後ろの男はなんだ」
「パパに紹介したい人よ」
「フードを外せ」
「貴様!お嬢様の客人に失礼だぞ」
俺に顔を見せるよう指図する守衛と、それを無礼だと怒鳴るグリー。
ここの守衛はグリーと違い、ソルテを邪険にするような険しい表情を向けている。
「何を騒いでおる」
部屋の中から扉越しに聞き覚えのある声が飛んできた。
「はっ、ソルテお嬢様がいらしたのですが一緒に怪しい男もついてきてまして」
「構わん、通せ」
「ですが――」
「構わん!お前は茶の準備をメイドに伝えろ」
「……かしこまりました」
叱りを受けた守衛は俺たちに舌打ちを残してその場を去った。
「ソルテ、着替えるからちょっと待ってくれ」
「ふひ、ラフな格好で大丈夫よ、パパ」
「わかった」
2分ほど待たされて入室の許しが出た。
「グリー、警護を宜しくね」
「お任せ下さい」
グリーを残して部屋に入るソルテ、それに続いて俺も入室する。
「おぉソルテ、よく来た」
「ふひひ、1週間前に会ったばかりじゃない」
「何を言うか、1週間もだ」
嬉しそうに話す双方、俺は扉の前に立ったままその光景をみていた。
2人とも仲睦まじくはあるのだが…変な距離感を感じるのは何だろうか。2人の間に見えない壁があるような、説明しがたい気持ち悪さを感じた。
「それで、そちらの方は」
「久しぶりだな」
俺は顔を隠していたフードをめくる。
「お前は…ススム!?なぜお前がここに、ソルテ、どういうことじゃ!」
驚きの表情と声をあげるゴードン。
そりゃ、俺が来るなんて全く予想できないだろうな。ましてや自分の娘が連れてくるなんて、俺自身ですら想定外だ。
ゴードンはどっちに説明を求めればいいのかと、俺とソルテの間で目を泳がせる。
つか、なんで俺の名前知ってんだ?
因縁つけられた相手だから調べたとかそういう事だろうか。
子供らをしつこく制裁しようとするやつだ、それくらいしていてもおかしくないな。
「ちょっとあんたと話がしたくてな。子供らの件だ」
「子供らの件だと!知らん!儂は何も知らんぞ!」
否定が早ぇ。絶対なにか知ってるやつのリアクションじゃん。こっちはまだ何も言ってないのに、絵に描いたような誤魔化し方をしてきたな。
「知らないわけないだろう。この屋敷に侵入した子供らだぞ。それに元はといえばお前が子供を馬車で撥ねたのが原因だ」
「そんな話は知らん」
「調べが入ってるはずだ」
「あぁ入ったさ、そして何も出なかった。儂の潔白は証明されたんじゃ」
「昼間、なぜ連れていかれる子供たちをみていた」
「たまたま通りかかっただけじゃわい。何故儂が貴様の質問に答えてやらねばならん。貴様には関係ないじゃろう。だいたい、貴様はあの子供らのなんだというんじゃ」
「俺は、あの子らとは何の関係もない」
「なっ、何の関係ないじゃと」
「あぁそうだ」
「じゃあなぜそこまで」
「俺自身が納得するためだ」
「…………わけがわからん。だいたいなんでソルテと一緒なのじゃ」
「ふひひ、ススムはあたしの部屋に押しかけてきたの。あたしはベッドの上で話をしたわ、ふひ」
「なん…じゃと」
「おい、誤解を招くような言い方をするな」
「あたしは本当の事を言ってるわ、きひひひっ」
「嘘と変わんねぇだろ」
たしかにこいつは自分のベッドに座って俺と会話をしていたな、俺は机の椅子に座っていた。
字面だけを正確に汲み取れば嘘ではないが、相手にわざと誤解させるような言い方は嘘をつくのと変わんないだろ。
ほんと、こいつは何がしたいんだ。
「貴様ぁ!わしの大事な娘に!」
殴りかかってきたゴードンの拳を払いながら体をひねって避ける。
勢い余ったゴードンは派手に転んだ。
「うぐぐぐ、おのれぇ」
「俺とこいつは何もねーよ。お前も面倒になるようなこと言うな。俺はあんたと話をしに来ただけだ。こいつのことは知らん」
「何を言われようと娘はやらんぞ!」
「いらねぇよ」
「要らぬとはなんだ!ソルテはどこに出しても恥ずかしくない立派なレディだぞ!」
「おまえがやらねえつったんだろうが!どうしたいんだよ!」
「くひっ、いけずぅ」
なんの話をしてるんだ俺は。
「とにかく、子供らの処刑をやめさせろ」
「なっ、処刑じゃと!」
「いちいちわざとらしく大声をあげるな。お前が裏で手を引いてるんだろ」
「知らん、なんで儂がそんなことをせにゃならんのだ」
「知るか、子供が嫌いなんだろ」
「そんなわけあるか!儂は子供が大好きじゃ!好いて好いてたまらんのじゃ!…………あ、ゴホン、そうじゃな、子供なんぞうるさいばかりで鬱陶しいだけじゃ、あんなもの大嫌いじゃ」
「………」
「なんじゃその目は………。とにかく儂は何も知らん。話がそれだけなら出ていけ!誰かおるか!お客様のお帰りじゃ!」
その声を聞いたさっきの守衛が部屋に入ってきた。
「その男をつまみ出せ」
命令に従って俺に手を伸ばす守衛。しかしその腕をグリーが掴む。
「なにをする!」
「旦那様に無礼はさせませんよ」
「お前の主は儂じゃろうが」
「私はソルテお嬢様の騎士。お嬢様の旦那様は私の旦那様です」
「誰が旦那様だ誰が」
「ふひひっ」
なんで俺をめぐってゴードンの護衛同士が争うことになってるんだ。ここにきてからずっと訳の分からない構図で話が進む。まともに会話出来るやつはいないのか。
「ススム、行きましょう。ここにいてもこれ以上話は進まないわ。グリー、お茶とお菓子を受け取って」
「お任せ下さい」
「話はまだ終わってない」
「無駄よ。パパは何も知らないわ。続きは2人でベッドの上で、ね。ふひっ」
「貴様!ソルテの部屋には行かせんぞ!」
「ひひ、じゃあ誰か代わりの話し相手を用意してくれるのかしら」
「は、話し相手なら儂が――」
「同じ年頃じゃなきゃ話せないこともあるの。用意してくれるの?」
「それは……それは」
「ひひひ、大丈夫よ。あたしはほら、アレだから」
「それはそうじゃが」
「心配してくれてありがとう、愛してるわ、パパ」
「むぅ……すまぬ儂も愛しておるぞ。ススム!ソルテに何かしたらただじゃおかんからな!」
「何もしねえよ……」
「さぁススム。早くしないと今度はグリーでも止められないくらいの兵を呼ばれるわよ」
たしかに今日はもうゴードンとは話を続けられそうにないな。
会うには会えたが、意味があったのかなかったのか。
屋敷を出るにしても地下の穴を通るか、正面からでるか、どちらにしても1階までは降りなければならない。
とりあえずソルテといるうちは安全は保証されそうだし、いい頃合で逃げ出そう。
と思っていたのだが、都合のいいタイミングを見つけることが出来ず、ソルテの誘うがままに地下牢…もとい、ソルテの部屋に戻ってきた。
ここなら元来た穴もあるし、何より地下だから地面と面している、どこからでもに穴を掘ることが出来る。
いつでも抜け出せる状況にあるわけだから安心だ。
そうして、振る舞われたお茶とクッキーで一服している。
「ふひひ、パパは何も知らなかったわね」
「いや、あの態度怪しすぎだろ。ぜってーなにか隠してる」
「だとしても、ススムが追っている者じゃないわ」
「なんで言いきれる」
「あたしには分かるの。それにパパはお人好しだから」
「あれがか?人の親を悪く言って悪いが、あれはろくなもんじゃないぞ」
「ひひ、勘違いされやすいだけなの」
ソルテは全てわかっているような顔でせせら笑う。
ゴードンとは全く話にならなかったな。とにかくシラを切って知らぬ存ぜぬで押し通す態度だった。
まぁ、子供好きってことだけは分かったけど。
考えていた作戦は2つ。
1つは、ゴードンに言って子供たちの処刑をやめさせる。
そして2つめは、子供たちを助けて匿う。
どちらも後先なしの至ってシンプルな作戦だ。
雑で中身がないのはわかってる。思いつきで行動してるんだ、仕方ない。
「さて、それじゃあ俺はもう行く」
「あら、まだお菓子は残ってるわよ」
「暇じゃないんだよ」
「ふひひ、そうだとしてももう少しだけ、お願い」
「だから暇じゃないって―――あれ」
部屋を出ようとドアに手をかけるが開かない。鉄格子を何度も揺するが手前にも奥にもビクともしない。
「ふひひ。ススム、今はあたしの言うことを聞いておいた方が利口よ。あたしには見えてるから」
ソルテが俺の背中に密着して、体に指を這わせる。
「何の…つもりだ」
「ふひっ、せっかくかわいい女の子が勇気を出して誘ってるのに乗り気じゃないのね。それでもいいけど、あともう少しだけあたしの相手をしてちょうだい」
俺は向き直ってソルテの両肩を掴み、引き離す。
「悪いがお断りだ」
次の瞬間、俺は地面の中に落下する。
横がダメでも俺には下がある。
地下牢まがいのソルテの部屋なら四方が地中判定、どこだって俺の能力が発動できる。
あんな怪しい誘いに留まったら何をされるかわかったもんじゃない。やっぱりパパを庇う為に俺の命を…なんてことにもなりかねない。
俺は地中を掘って元来た穴と合流、そのまま屋敷を後にした。
「あーあ、いっちゃった。まぁいいわ、命を落とすようなことはないみたいだし。ふひひ、上手くやってくれればいいんだけど」
ススムを見送ったソルテは相変わらずの考えの読めない顔でノコギリのような歯を浮かべた。




