19 ゴードンのむすめ
「ふひひ、適当に座って」
ゴードンの屋敷の地下の牢屋にいた少女は机に手を向けて勧めながら自分はベッドに腰掛ける。
俺はおそるおそる机の椅子をひいて座った。
「ふひ、そんなに警戒しなくてもとって食べたりしないわよ」
そういって不器用な笑みから漏れるノコギリのような歯はなんでもとって食いちぎってしまいそうに不気味だ。
「なぜ俺を招き入れた。助けを呼ぶことだってできたんだろ」
「さぁ、どうかしら。私は嫌われてるから、助けに来てくれるかどうか、ふひ」
「さっきパパって言ってたな」
「あなた、私のことも知らないで屋敷に侵入したの?ふひひ、やっぱり変な人」
そういって少女は笑っていると思われる表情をみせる。
この少女、常に笑っていて表情が乏しい。
字面にすると矛盾しているが、貼り付けたような薄ら笑いからあまり表情が変わらない。
近くで見ると艶めかしさも感じさせる薄く開かれた目に八の字の眉、そしてやはり目を引くサメの様な歯。
常にその表情なため、なにか企んでいるのではないかという気持ちが拭えない。
「あなた、外の人でしょ」
「この街の者ではないな」
「もっと外の人でしょ?」
「何が言いたい」
「ふひ、私にもわからないわ。ただ何となくわかるだけ」
話せば話すほど不安になっていく。この少女は何を見透かしてるっていうんだ。
いや、落ち着け。冷静になれ。相手は思わせぶりな事ばかりで明確なことは何一つ言ってない。相手のペースにのるのはまずい。強引にでも流れを掴むんだ。
「訳のわからないことばかり言うな。お前は俺を馬鹿にするために呼び止めたのか?」
少し脅すように強めの口調で言った。
だがやはり、少女はあまりリアクションを見せない。
「気に触ったのならごめんなさい。あなたに興味が湧いたからつい、ふひ。あたしのことだったわね。あたしはソルテ、ソルテ=ゴルドー。ゴードン=ゴルドーの3女よ」
ゴードン=ゴルドーっていうのか、初めてフルネームを知った。金持ってそうな名前しやがって。
まぁそれはいい。それで目の前にいるのこの子があいつの娘なのか。
で、その娘は侵入者の俺を歓迎している。どういう構図なんだ?
想像がつくのは、「嫌いな父親には死んでほしいから暗殺者は大歓迎」か、「パパは殺させない。暗殺者は私が倒してしまっても構わんのだろ」のどちらかだ。
後者なら要警戒。前者だとしても、何も俺はゴードンの暗殺しに来たわけじゃないから願いは叶えられないけど。
地下牢に閉じ込められている事と、俺に対して落ち着いて友好的に接していていることから考えると前者の可能性も十分にあると思う。
「お前はなんで閉じ込められてるんだ」
「閉じ込められてるわけじゃないわ。ここがあたしの部屋なの」
「まぁたしかに部屋と言われれば立派な部屋だけど…」
必要なものは揃っている。それも粗悪品ではなく、ちゃんとした女の子向けの装飾の家具。
だが場所が場所だ。
窓もなくて暗く辛気臭い地下室、それも鉄格子で囲われた明らかに地下牢であろう場所。
閉じ込められてるわけじゃないけど家の中で追いやられてるみたいな、そういう事か?
「それで、あなたは何の用できたの?パパの命を狙ってきたわけじゃないみたいだけど」
「なんでそう言い切れる。もしかしたらゴードンの命を狙う暗殺者かもしれないぞ」
「ひひひっ、それはないわ。あなたいい人だもの。私にはわかるの」
「はぁ、そうか」
「プロンタルトの死神少女の噂、聞いたことない?」
「ないな」
「とある貴族の娘の噂でね。その少女に触れると必ず不幸な死が訪れるの。実際に何人もの人が命を落としているわ、ひひひっ」
「なんだそりゃ、怪談話か?」
プロンタルトとは俺が今いる国であり、都市の事だ。大きな街だとは思っていたが、ここがこの国の首都らしい。
「いいえ、本当の話よ。そんなことが続いたものだから、その少女は“幸運を奪う死神”、フォーチュンリーパーって呼ばれるようになったの。少女は家族からも恐れられ、今は表に出ることなく屋敷の地下でひっそりと暮らしているそうよ」
「ふーん、貴族なのに地下暮らしって今のお前の一緒だな」
「くひひひ、そうなの、その少女ってね、くひっ、あたしの事なの!」
ソルテは急に距離を詰めて俺の腕を掴んだ。
突然のことに俺は固まる。警戒していたつもりだったけど、いつの間にか話に聞き入ってしまっていた。
「くふ、くひっ、くひひひひひひひっ」
ソルテが楽しげに笑う。
楽しげなのはなんとなく伝わってくるが、相変わらずの八の字眉にサメ歯、瞳孔が開ききったような目をしていてとにかく恐ろしい。
狂気すら感じるその姿は、噂はともかくとしても、こいつが悪魔か死神だというのなら信じてもいいと思えるくらいだ。
「ば………馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
怒鳴って手を払う。怒り半分、恐怖半分だ。
ソルテは未だに笑い声をあげている。
「ひひひひっひひひっ。ごめんなさい、あなたをバカにしたつもりもないし、今話したことは本当の事よ。ひひっ」
まだ言うか。
ほんと、こいつの目的が全くわからん。ただからかう為だけにこんな話をしたのか?
俺だったからよかったものを、本当に暗殺者とかだったらどうすんだ。自殺願望でもあんのかこの女は。
「あなた、死ななかったわね」
「何言ってんだ。触れただけで死ぬとか、そんな話あってたまるか」
「そうね、そうだとよかったんだけど、ひひっ。話聞いてくれてありがと。約束通り、もしパパに会いに行くのなら手伝ってあげるわ」
「そんな約束したか?」
「したかもしれないし、してなかったかもしれないわ。でもあたしの中では決めてたの、あなたのお手伝いをするって。私だったら堂々とあなたをパパの元まで案内できるわ」
すっげー嫌だ。敵か味方かもわからない、人格的にも訳が分からないやつについて行くとか、どう考えても悪手だろ。不安しか沸かないんだが。
「くひっ、そんなに警戒しないで。それじゃあ試しに一緒に部屋から出ましょう。部屋の出口には守衛が1人立っているわ。あたしがいれば何事もなく抜けられるけど、あなた一人なら見つかって捕まって終わりだわ。くひひ」
「………」
たしかに、守衛と対峙するのは非常にまずい。
逃げ足にはちょっと自信があるが、それじゃあダメだ。
誰にも見つからずにゴードンの元まで辿り着くのが理想だ。いやうん、既に見つかってるけどね。
「あなた、戦えなさそうだし」
「おーけー、俺は1人で行くぜ」
売り言葉に買い言葉、ちょっとムカついて反射的に答えてしまった。
一緒に行くことを少し悩んでいた部分もあったが、吹っ切れるにはちょうどよかった。
だいたい、敵か見方もわからない得体の知れない少女を連れていくなんて、普通に考えたらリスクしかない。
有言実行、俺は宣言通り1人で地下牢を抜けて階段を登る。




