最終話 「あなたのエッセンスは、何ですか」
その店は、目立つ場所にあるわけではなかった。
大きな看板もない。
広告も出していない。
雑誌に載ったことも、たぶん、一度もない。
多くの人が、その前を、気づかずに通り過ぎていく。
けれど、時々——
本当に、時々——
誰かが、ふと、足を止める。
千夏は、いつもと違う道を歩いていた日に。
芽衣は、道に迷って、知らない路地に入り込んだ日に。
実紗は、目的もなく、休日の街を歩いていた日に。
遥は、考えごとをしながら、遠回りをしていた日に。
紗英は、まっすぐ帰る気になれなかった日に。
それぞれ、
まったく別の日、
別の場所で。
それぞれ、
まったく違う理由で。
けれど、
ひとつだけ、
共通していたことがある。
その日、
彼女たちは皆、
いつもの自分の動線から、
少しだけ外れていた。
ショーウィンドウの中には、いつも、 一着の服だけが飾られていた。
派手ではない。
目を引く色でも、
大胆な形でもない。
それなのに、
その日、
その瞬間だけ、
なぜか、
目が離せなくなる。
彼女たちは皆、あとになっても、
「なぜ、あの日、あの服が目に留まったのか」
を、 うまく説明できなかった。
ショーウィンドウには、
いつも、 パネルが一枚、立てかけられていた。
タグでもない。 値札でもない。
ただ、文章が、印刷されているだけだった。
『 服を選ぶ。その前に、生き方を選ぶ 』
彼女たちは皆、そのパネルに、 吸い寄せられるように、目を落とした。
そして、読み終える頃には、 もう、ドアに手をかけていた。
考えて、決めたわけではなかった。
説得されたわけでもない。
ただ、
そこに書かれていた言葉の中に、
自分がずっと、
誰にも言えずにいたことを、
見つけてしまっただけだった。
その先、
彼女たちがどんな服に出会い、
何を試し、
何を選んだのかは、
もう、ここには書かない。
それぞれの答えは、
それぞれの中に、すでにある。
もし、
あなたが、
いつもと違う道を歩いていて。
もし、
理由もなく、
何かの前で足を止めることがあって。
もし、
ショーウィンドウのパネルに書かれた言葉が、
なぜか、
自分のことのように思えたなら。
そのときはきっと——
『 あなたのエッセンスは、何ですか 』
次にドアを開けるのは、 あなたかもしれません。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
千夏、芽衣、実紗、遥、紗英。
5人の女性たちの、
誰かの日常に、
少しでも重なる部分があったなら、
これほど嬉しいことはありません。
大きな事件も、
劇的な変化も、
この物語には出てきません。
ただ、
いつもの道を、
ほんの少しだけ外れてみる。
それだけの、小さな話です。
けれど、
そんな「小さな一歩」こそ、
実は一番勇気のいることなんじゃないかと、
書きながら思っていました。
もし、読んでくださったあなたにも、
「これ、ちょっとわかるかも」と思える瞬間が、一つでもあったなら。
そのときは、ぜひ、感想を聞かせてください。
どの話が、一番、心に残りましたか?
もしよろしければ、
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これからも、この店の世界を、少しずつ広げていけたらと思っています。
またどこかで、お会いできますように。
◇
作者・瑠璃色ノベルは、一歩前へ出る。
背筋を静かに伸ばす。
ゆっくりと、
流れるような、
curtsy…




