第十八夜・キリンの短い首
「キリンって首が短くても可愛いと思うんだよね」
その男は、サバンナの大地でそう言ってのけたのだ。
いや、まあ、言わんとすることは判る。
首の長さ如きでキリンの可愛らしさは損なわれるものではないだろう。
体が猛烈に紫色だとか、或いは耐え難いほどに気性が荒いだとかならば話が変わってくるのだろうが——、とにかくキリンの首が短くなったからと言って、キリンはキリン特有の可愛らしさを保ったままであることは間違いない。
「だから短くしようと思って」
男の発言に首を傾げた。
そんなの家畜でもあるまいし、やるメリットがないだろう。
「いや、可愛いのはメリットじゃん。パンダだって昔は目の周りの黒い色、なかったんだぜ。可愛く見えるように改良したってわけ」
誰が? と問うと、男は胡乱げな顔で「そりゃあ、お前」と何を当然のことを、といった口ぶりで「我らが品種改良株式会社がだよ」というわけだ。
ああそうだ、自分はその会社で働いて数年になるのだ。
だがそう、会社の「可愛いを増やそう」という方針に賛同できず、いつ辞めようかと考えあぐねていたのである。
隣の男はさも当たり前と言った様子で、「どれくらい短くしようかなぁ」などと言っているのだ。
まったく意味が判らない。
「キリンはキリンのままであるべきだ」
「ええ? 絶対短いほうが可愛いって」
納得できない、という顔を男はしているが、そんなの納得できないのは自身も同じ。動物はあるべきままの姿で遠くから愛でるべきだろう。
一体、なんだってキリンの首を短くしたいなどと言うのか。首が短いキリンは可愛いかもしれないが、それはもはやキリンではない。
憤慨する気持ちを抑え込み、なんとか冷静に言葉を選びながらそう伝えると、男は「だって」とまるで小学生が怒られた時に言い訳をするかのように言うのである。
「首が短かったら、馬のように背中に乗れるし頭も撫でられるじゃん」
——呆れた。
この男は、私利私欲のためにキリンの首を短くしたいと言っているのである。
許しがたい。
そんな自分勝手な理由で種を弄るのは如何のものか、改良——、いや、この場合は改良どころか改造だ——、されるキリンの気持ちを考えたことがあるのか。
そう諭しても彼には納得する様子がない。
ならばキリンのために立ち上がるしかない。
この男の蛮行を止めるべく、自身は声を張り上げた。
ああではない、こうではないと諭すが、彼は一向に納得しない。
どうしたものか。
「いや、俺はもう決めたんだ。絶対にキリンの首を短くする。その方が、俺が楽しい」
頭がカッと熱くなるのを感じた。
「なら君の足を伸ばしてついでに首や手も伸ばせばいいじゃないか!」
はあはあと息を切らしながらそう言うと、男はキョトンとした顔をしたあと、目をキラキラと輝かせたのだ。
「なんだそれ、名案じゃん! ありがとう! さっそく社に掛け合うよ! よし、早く帰ろうぜ!」
バシバシと背中を叩かれてジープに乗り込む。
何か勢いに任せてとんでもないことを言ってしまったかもしれない。
なすがまま、されるがままに社に連れ帰られ、すぐさま自身が表彰される事態となった。
理由は「思いついた企画がとても素晴らしいから」である。
翌朝のミーティングルームに映し出されたのは「人類のキリン化について」という議題であった。
サンプルとして入室したのはサバンナの大地で言い合いとなったあの男だ。
もう改良されている。
彼の首も手足もはっきりきっちりと伸びきっており、とてもとてととても長いのだ。
キリン然としたその佇まいに、自身は慄くしかない。
だが改良された彼本人はニコニコと実に満足げである。
恐ろしい。
この会社にはとてもではないが、いられない。
社会人として最低限度のマナーであろう退職届もかなり適当に書くと、それを叩きつけ、逃げるようにして品種改良株式会社を辞したのだった。
まったく世の中どうかしている。
あの後、彼に続く社員がいたのかどうかは判らないが、その人数は限りなく少数であればいいと考えた。
だってそんな人類、可愛くないじゃないか。
おしまい。




