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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第六章 王都セントラル編
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94話 エルヴァンの記憶(前編)- 血の名もなく、光の外で

✪読んでくださり、ありがとうございます。

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――俺は、「誰でもない」。

それが、幼い頃から胸の奥にずっと刺さっていた。


 


エルヴァンは、王の落胤だった。


だがその事実は、決して知られてはならなかった。

母は彼を、王の影として、ただひたすら隠し続けた。


王が玉座を譲った後、たった一夜の気まぐれのように関わった市井の女性――

それが、彼の母だった。


けれど、それは恋でも愛でもなかった。


「……あの時の私は、ただ、断る術を持たなかったの」


まだ若かった母は、抗う術もなく、王に身を奪われた。

王の寵愛など一度きりで終わり、翌朝には何事もなかったかのように王宮へ戻っていった。

残されたのは、一人の命と、沈黙だけ。


「見つかれば、命はないのよ」

母は、怯えるように何度も繰り返していた。

「私たちは、誰でもないの。ただそれだけ」


そう言いながらも、夜になると、母は灯りを落とした部屋の隅で王の名を呼び、ひとり涙していた。

その声を、幼いエルヴァンは寝たふりをしながら、じっと聞いていた。


 


母とふたり、町外れの古びた借家で、人目を避けるように暮らしてきた。


王家の血など、自分には無関係だと思い込もうとしていた。

だがそれは、ある年の祭りの日に崩れる。


町を練り歩く王族の行列を、物陰から目にしたのだ。


真紅の絹に包まれた馬車。

その傍らを歩く、同じ年頃の少年たち。

兵に守られ、民に頭を下げられているその姿――それが、王太子(現王)や王弟たちだった。


はじめて「王子」というものを、目で見て知った瞬間だった。


「あれが……俺と、同じ血?」


そう呟いた瞬間、隣の母の手が震えた。


「違う。見てはいけない、エルヴァン。忘れなさい」


だが、忘れられるはずがなかった。


 


――なら、俺は、なんなんだ。


その問いは、年を重ねるほど重く、胸にのしかかっていった。


町の誰もが、彼の名を覚えようとはしなかった。

子どもたちと混じって学んでも、蔑みの目を向けられた。

働いても、正当な報酬は得られず、時に盗みを見逃されるかわりに、黙って頭を下げることを強いられた。


「名前なんていらない。力さえあれば、誰にも頭は下げない」

そう言い聞かせるように、彼は魔導の書にのめり込んだ。


その才は、まさに異才だった。

師もいない独学で、理論を飲み込み、実践し、重ね、誰よりも速く成長していった。


 


だが、知識を深めるほどに、国の構造が透けて見えた。

この国では、生まれと血がすべてを決める。

努力も、才覚も、志も――名と血筋の前では塵にすぎない。


「腐っている」


その呟きは、いつしか信念へと変わっていった。


 


慈悲深いと称えられる王家の者たち――だが、その影でどれほどの犠牲が踏みにじられてきたか。

名もなき民が、どれだけ理不尽に切り捨てられてきたか。


エルヴァンは、自分自身がその「切り捨てられた側」であることを、誰よりも深く知っていた。


 


「変えたい」


その想いだけが、彼を突き動かした。


この国の構造を、根本から変える。


血も名もいらない、新しい秩序を――。


 


「俺は誰でもいい。名前など、いらない。ただ、礎となれるなら」


そう信じて、エルヴァンはふたつの顔を使い分けるようになった。


表では、才ある若き魔導師。

人々から「希望」として語られる存在。

静かに民衆の支持を集めていった。


だが裏では、急進派の一部と手を組み、綿密な改革の計画を練っていた。


その中で、同じ志を持つ者たちと出会った。


「おまえの血は武器になる。王家の落胤だろう?」


「……血だけならな。だがそれに、意味はない」


彼が求めたのは、地位でも、名誉でもなかった。

ただ、この国の歪みを正す「力」だった。


 


だが皮肉にも、王家の血があるからこそ、人は彼の声に耳を傾けた。


民は無意識に、「血」や「名」のある者を信じる。

どれほど正しいことを言っても、「名もなき者」では届かないのだ。


それが、この世界の歪みだった。


 


それでも彼は進んだ。

表の政が揺らぎ、王家の後継が不在となったその瞬間――

彼は、王の間を占拠した。


「誰もいないなら、俺がそこに立つ。過去がどれだけ歪んでいようと、未来だけは正せる」


 


彼の目に映っていたのは、玉座ではなかった。


あの日、空腹で泣いていた町の子どもたち。

名前を呼ばれず、道端で冷たくなっていた少女。

明日を知らずに、働き続けていた母の背。


 


「もう、誰も見捨てさせはしない」


たとえそれが、偽りの王と罵られようと。

たとえ、血の正統を否定されようとも。


それで未来が変わるなら。


それで、名もなき者たちの命が守られるなら。


 


彼は、立つ。


名もなき王として。

血に囚われず、名の外で生きる者たちの象徴として。


 


そして今――

玉座の前に立つエルヴァンの表情には、かつての怒りはなかった。

あるのは、静かなる決意。


 


「これが、俺の正義だ」


 


ーーー95話(後編)へ続く


※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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