後編
眠たい目を何とか閉じないよう、馬の背に揺られる。その揺れは何とも心地良い。普通なら舌を噛みそうになるのではなかろうか。
この騎士どのは優秀だと、出世株で有名だったと微かに思い出す。馬も優秀だが、繰り手の妙だ。疲れている自分に気をつかってくれているのだと、心の中で感謝を。あとで降りる時にも言おう。
アシュトンは何とか城へ、自分の居住区があるところの門へと眠る寸前で届けてもらえた。
「あしゅとー先生!」
騎士に礼を述べて馬から降りるところ。
愛らしいお声が、朝の空気を裂いた。愛らしいが、それは悲鳴に近かった。
アシュトンだけでなく、騎士もすぐさま姿勢を正した。眠気を吹き飛ばした。
「どうなさいました、姫!?」
それは第一王女。この国の女王の娘であり、王配である弟の子。
――アシュトンの姪。
女王に似た色合いに雰囲気だが、少しばかり目の形だけは王配似であるという。その瞳に涙を浮かべて、王女はアシュトンに駆け寄ってきた。
「バニラがげーってしたの!」
王女は白いもふもふとした塊を抱いていた。王女を追って、一緒に待っていた侍女たちもおろおろしている。
バニラ。
それは王配が婿入りの際にお連れになった猫の一匹。その世話係がアシュトンの本来の役目。
すわ一大事とアシュトンも王女とバニラに駆け寄る。
「吐いたものは何処に!?」
「こ、こちらに……」
持ちたくはなかったであろうが、侍女の方はさすが。紙と布で包んでわざわざ持ってきてくれていた。
本来はアシュトンから猫のいる居住に移動しなければならないのだが、姫君は猫を心配のあまり、ここでアシュトンを待っていたのだと。猫をすぐさま診てもらえるようにして。
アシュトンはさっそく、吐いたものを確認して――ほっと笑顔を浮かべた。
「大丈夫。毛玉です」
「毛玉?」
「すっきりしたねぇ、バニラ」
触診してもおかしなところはない。むしろ、毛玉を吐いてすっきりして機嫌が良さそう。だからこんなところでもおとなしく抱かれていたのだろう。
ほーっ、と……その場にいたもの全員が安堵のため息を。
「だから大丈夫だと言ったろう?」
そこに色違いの黒いもふもふを抱えて、王女の父である王配さまが。まだ朝早いから眠たそうだ。
「ショコラが、バニラがいないと鳴いていたぞ?」
黒いのも猫。
猫と長年暮らしていた王配は、それなりに猫のことも詳しい。
「だって、だって、心配だったのだもの」
「ええ、異変に気がついたらすぐに教えてください。良いことですとも」
「ほら! あしゅとー先生もそう言ってるもの!」
「動物はしゃべれませんからね。人間が様子を観察して、おかしなことは気がついてあげないと」
アシュトンが日々言っていることを、この王女さまは守っているのだ。それに彼女もまた猫が大好きだ。血筋。
「うんうん。偉いなぁ、姫」
これは分が悪いぞと、王配は――すぐさま頷いた。猫もかわいいが娘の方がもっとかわいい。
それに彼もバニラを心配していなかったわけではない。
「ほら、バニラもショコラもまだ眠たそうだ。お部屋にお戻り?」
「はぁい」
まだ時間はそんな頃。姫君はたまたまお小水に起き、猫を一撫でしてからベッドに戻ろうとされて、異変にびっくりされたのだという。
これから彼女ももう一眠りされる。子供は眠るのも大事な役目。
「お疲れ様」
アシュトンが馬房にて大変だったという報告を受けていたのだろう。
王配からの労いに、アシュトンは、そして帰るタイミングを逃していた騎士は礼を返した。
また昼頃迎えを頼み、アシュトンは王配の一歩後ろを歩いて居住区へ移動する。
前方には姫君たちがいるから、今は肩を並べるわけにはいかない。
でも、それに気がついた王配が――弟が一歩下がった。
「国から手紙が来ていたそうですが……」
話がある、と。
アシュトンが弟の家臣になる道を選んだことで、他の兄弟たちは改めて――惜しいと思った。
彼が側妃のもとに。それからの頑張りを聞いて。変わりようを聞いて。
アシュトンの価値を認めたのだ。
けれど、彼の決めた道を塞ぐほど無粋でも――もはや、嫉妬も恨みもない。
後悔だけだ。
今まで関わらなかった自分たちが、今さら手を差し出しても彼の邪魔になるだけだろう。
自分たちは、何て惜しい時間を過ごしたのか。
血を分けた兄弟であるというのに。
その上、アシュトンの決意を知ったから――彼は、己の血は残さない。残せないようにした。
隣国に渡る前に。
自分の立場を知ったアシュトンは、己の血が残った場合のことすら考えられるようになった。
どうしようもない父親。
政務の能力はなく、看板としての顔だけの。そんなだから、少しずつ恨まれていることも気がついていないほどの愚かものでも。
自分には王位継承権はなくても、それでもこの身には王家の血が流れてしまっている。
己が隣国に行ったとして、もしも弟以外のこの国の血筋が出来た時の危うさを。
正式に、アシュトンの血筋はここで無くなると――処置とともにこの国に記録された。
それはこの国に残る兄弟たちの子孫のためにも。
兄弟たちは改めて――惜しんだ。
彼の覚悟を無駄にしないよう、己らの血統をしっかりとしたものにすると、各々決意した。
時が来たと連絡が。
出立の前に師から猫について改めて集中的に学ばされ、アシュトンは合格をもらった。そうして久しぶりに城に戻れば、待っていたよと弟と……いつか遠くから見たことがある長兄――王太子が待っていた。
そうして、自分がいつしか兄弟達からも認めてもらえていたと。
自分の決めた道を、頑張りを、兄弟たちはそれぞれ独自のルートでご存じだったしい。見守ってくれていたらしい。長兄は、己だけが使うことを許された王家の影なるものを使っていたそうだ。
嬉しかった。
どうしようもなかった自分が、こうして兄弟たちに許してもらえたことが。
逆に長兄から謝られて、ようやくわかった感情のままに何度も泣きながら頷いた。
その時初めて、自分も家族が欲しかったのだと理解した。
そして家族ができたのだ。
ジェラールとアンゼリカが自分に向けていてくれた温かさの名前がやっとわかった。
兄弟だ。
兄に抱きしめられたのがその日生まれて初めてで、そして最後だったけれど。
アシュトンは自分が泣き止むまで抱きしめてくれたぬくもりと思いを、決して忘れない。
この兄が治めることになる、この祖国とのためにもジェラールは隣国に行くのだ。
アシュトンは改めて、弟のために役に立つものになろうと決意した。
それが自分が、兄弟たちにできること。
「何が必要になるかわからなかったが……」
長兄は、旅立つアシュトンに頑丈で、そして使いやすそうな医療鞄を用意してくれていた。餞別だと。
中身は、隣国でまだ何が必要かわからなかったから、今は基本的なものと――城下の医師や獣医たちにわざわざ尋ね「これがあると良いでしょう」とお薦めされたものを入れてくれたそう。
何とそれは他の兄弟たちとの連携で。アシュトンへの餞別を何にしたらよいか彼らは悩んでくれたのだ。
アシュトンが猫の為にしっかりと勉強したことも報告を受けていたから。その助けになるものを贈ろうと決めた。猫以外もすごいわね、と……とある姉がびっくりし、褒めてくれていたという。馬鹿返上ね、と。
その鞄は、その後も常にアシュトンの傍らにあった。
餞別をくれたのは兄弟だけでなく。
「カランディ家が……?」
アシュトンはすでに王族から外れる手配がされていた。彼は弟の側仕え――猫の世話係として隣国に籍を移すことになっていたから。もとから王位継承権はないからその辺りは割とスムーズにことは運んだという。
なので今や平民に近いアシュトンのことは公にはなってはいないはずだが。
たかが側仕えの一人のことなど……。
「カランディ家だけならず、有力貴族ならば常に情報網を張りめぐらせておるものです」
しかも隣国の女王への婿入りなのだ。かなりの情報戦であるという。
側妃さまへ今までのお礼とご挨拶に上がったアシュトンは、小さな宝石箱を一つ渡された。
カランディ家からはすでに貰っていたのではと、アシュトンは己の通帳を思い出す。かなりの額がまだ残っていた。
「ほほ、それくらいそなたのしたことは、恩に思われておるのじゃろう」
あの婚約破棄が?
彼には今や恥ずかしい思い出なのだけれど。いや、自分を知ることになったから、まさに人生の転換点だけど。
宝石箱には黄金作りの台座の、一組のカフリンクスが入っていた。
穏やかな輝きを放つようカッティングされた見事な宝石を使われて。
「これは……」
「ほほほ。粋なことをするのう?」
「え?」
「そのサイズならば懐に隠し仕舞えよう? しかも黄金ならばいざとなれば換金も……」
いざとなる時なんてない方が良いけど。もし何かあったら、弟のポケットの中に入れられるかとこっそりと思って、アシュトンは貰うことに――。
「それにカフリンクスとはのう。その形のものは、己一人では着けにくい代物ぞ?」
留め金が鎖の、わざと古く歴史ある形式で作られていた。
「……あ」
粋なこと。
カランディ家は隣国にアシュトンが行っても、もうひとりぼっちではないようにと祈ってくれたのだ。
「……感謝していたと、伝えてくれますか?」
過去のことはきちんと謝罪したいけど、政略を考えたら謝罪しちゃいけない。だから感謝を。
「しかと引き受けましょう」
改めて婿入りしなくて良かった。
今回、とくにアシュトンへの配慮は、婿入りした宰相の息子がいろいろと苦心してくれたともあり。
自分にはこんなに相手を思う贈り物ができたかどうか。思い出せば、宝飾品を扱うお家の、こうした勉強だってしていなかった当時の自分。
自分の人生の転換点。
自分の今。
きっと、一番良い道を選んだ、始まりだった。
そしてアシュトンは弟と、他の何人かの側仕えと共に隣国に。より警護されたのは白と黒のお猫様。
ミルクの孫猫だ。
四匹産まれたうちの半分。
見送りに来てくれたアンゼリカのところにはもう二匹、残るらしい。最後にバスケットよりそれぞれ顔を出して鼻をつけ合う猫をみて、アンゼリカは弟たちとの別れより号泣した。
アシュトンは知らなかったが、それは凄絶な争奪戦が起きたところ、猫たちの方から、まるで「しょうがにゃいにゃー」と言うように別れを決め、それぞれの膝に乗ったらしい。
仲良く半分ずつ。
それを老猫となり、毛並みの色が少しばかり霞んだミルクが笑うように見ていたという。同じく、己が飼い主の膝の上で。
そんなお猫様のお世話係としての、生活。こんなのんびりとした生活してもよかったのかなと、逆に恐かったアシュトンであったが、ふとした時にその生活は終わった。とてつもなく忙しくなった。思えば、あれは一時の、それまでの骨休めだったのか。
ある日、女王陛下のお友達さんのペットの具合がおかしいから、ちょっと診てやって、と。直々なお話が。
女王陛下のお友達さんである。
それはすなわち、とんでもない高位貴族。
怖々しながら診に行ったアシュトンは――雷を落とした。
「肥満です! 食べ過ぎです! 散歩させなさい! 人間の食べ物与えなーい!!」
でっぷりと肥え太った小型犬がそこにはいた。自分の体重が重くて歩くのが億劫なことが――具合悪い原因。
可愛がるのは良い。とても良い。だが甘やかし過ぎるのは犬の為にもならない。
犬が欲しがるからと自分のおやつの時に一緒に与えていた飼い主は、多いに反省した。犬には毒になる食べ物だってあるとアシュトンから聞いて恐くなったのだ。
そして愛犬とともに散歩をするようになった、同じく肥え――ちょっとばかし太ましい飼い主さんは、同じく痩せて健康になり、美しくなったと評判になった。今までも愛してくれていた旦那様とより仲良くなって、健康になったことにより、悩みだった子宝まで。
すると何ということでしょう。
他の高位貴族からもペットの相談や往診の依頼が来た。
自分はお猫様の……としたところ、女王陛下からも頼まれた。相談した王配からは「良いんじゃない? うちの猫たち優先してくれるなら」と。
ならば今まで診ていた獣医どのたちは……と話を聞けば、ほとんどの医師から「むしろ喜んで顧客譲ります。どうぞどうぞ」ときた。
何せお貴族様相手。恐い。
一番恐いのは――助けられなかったとき。
獣医が時に恐怖するのは、患畜よりも飼い主だ。
どう見ても手遅れや、寿命で亡くなったものを、何故助けないのか、などと責められるときがある。
しかしアシュトンには王配の後ろ盾がある。女王陛下も今や猫をお気に入り。
そんな彼を助けなかったからなどという理由で逆恨みするものはいない。できるものはいない。
先の夫人と犬の先任医師もその口だ。太り過ぎの理由に気がついていても、やんわりとしか注意できなかったと、雷を落としたアシュトンに感謝していた。医師とて、あたら命が危険にあるのに強く言えず葛藤していたという。
そうして、アシュトンは猫の世話係前提の、時折、獣医になった。
いつしか気がつけば、女王陛下より往診のときに護衛を兼ねて送り迎えに騎士が付けられるようになり。その際に彼らのケガなども診ていたら懐かれ、仲良くなった――気がつけば、馬房で出産も手伝っていた。
いろんなことを。師と、その師を紹介してくれた側妃に感謝した。
「うん、母から手紙が来ていたよ」
「内容を聞いても?」
二人のときは――祖国の話をするときは兄弟になる。それはジェラールの頼みだ。王配となるとなかなか、気を許せる時がない。その点、この兄の側は気が楽だ。
周囲はそれとなく、アシュトンが王配の「兄」であることは知っている。大事な女王陛下の婿入りに際し、側仕えまできちんと調べられた。その上、血を残さないようにすらしてくる忠義な男を、誰が疑えようか。
立場上はアシュトンはジェラールの配下である。
その関係は、皆の暗黙の許しである。
「最近、畑を作って野菜も作りはじめたって」
「はあ、あの父が……」
「花だけじゃなくなったんだねぇ」
それは離宮に押し込められた父母。
元国王と寵姫の末路だが……。
「ようやく情操教育も遅い気がするけど……」
「でも、お金を稼ぐ大変さは解ったと思うよ?」
その辺りはかつてアシュトンも知らなかったのだが。ジェラールは側妃さまから直々に商売を教わっていて、こっそりと王配の予算外にも稼いでいる。
何かあったら、何て自分が心配するのは烏滸がましかったなぁと、アシュトンは弟を尊敬する。
この国は弟が王配でいるうちは安泰であろう。
元国王は、それを今頃学んでいた。
まずは、お金を稼ぐことがどれほど大変かということから。
離宮といえども庭園もあり、広い。
そこで育てた花を、城下の花屋に卸しているという。
自ら作った花が売れ残り、枯れて捨てられたと聞いて、怒りのあとに――泣いたという。
そののちこっそりとお忍びを許された城下にて。己の花を喜んで買うひとを見た父は――嬉しいと、また泣いた。
「兄上の涙もろいの、父上似だったんですねぇ」
「知らなかったんだけどね」
何せ泣くようになってしまったのは、長兄に許されてからで。思えば、自分もちゃんとした感情を感じ始めたのはあの時からかもしれない。
「母がそのまま花瓶にさせるよう、小さなブーケをワンコインで売ったらどうかと提案して作ってるのが、なかなか売れ行き良いらしい」
「なるほど。それは便利かも」
城では選任のものたちがいつもきれいに花を飾り付けてくれているが、平民のご家庭では難しいかもしれない。
「元平民だからね」
視点が違うよね、とアシュトンも感心した。
はじめに花を売りたいと側妃に相談し、伝手を作ってもらったのも母だとか。
寵姫は、アシュトンからの手紙を介して側妃と話をするうち……少しずつだが成長した。そして平民の時代の暮らしを思い出した。
麻痺していた心が動いたのだろう。
己たちの行いの結果、息子がどのようになったかも、また心が動く理由になっただろうか。
息子は隣国に移ってから便りをくれるようになった。そうなってはじめて、息子のことを何も知らなかったと二人は――ようやく、気がついた。
互いに愛するひととの愛の証なのに。
便りをもって、はじめて息子を愛しいと思った。
だが、遅かった。
何もかもが。
もう息子には二度と会えない。それどころか、子は……孫は抱けない。それはやがて、彼らの一番大きな罰となった――。
そんなことを息子に決意させたのだ。
もしも自分が周りをよく見て、宰相や妃たちの声を聞いていたら、息子は今頃……裕福でなくても、幸せな家族と暮らしていたかもしれない。
そうして二人は、己たちの生き様を反省したのだった。
今日も花に話しかける。どうか幸せになっておくれ……。
「側妃様からは猫草を継続契約して貰えたって喜んでた」
「ああ、あの草……兄上が種を送ったとかいう?」
この城の端で兄が育てはじめて、猫の部屋にいつも新鮮な鉢が置かれているやつ。
息子は案外楽しく幸せに暮らしていると、手紙に書いているつもりのアシュトンだ。園芸は親たちの手紙から思いついたのだし。
「あれが吐いた原因なのでは……」
「だから、毛玉をわざと吐きやすくするんだって」
どうにもバニラはその辺りがヘタだったので。良かった良かったとうなずく兄に、ジェラールはそうなのかと未だ疑わしげ。何せ草だ。猫が草……。
「ちゃんと本に載っていたし!」
「まぁ、バニラがすごくすっきりしていたみたいだし。シュガーもそうだと母上から手紙が来ていましたが……」
「ほらね!」
ジェラールも国に手紙は送っている。
ちなみに彼らの手紙は、ほぼほぼ猫日記なので、検閲官が毎度ほっこりしている。
だが、時には猫以外も。
「ああ、そういえば……兄上はお忘れかもですが、男爵家のミセーラ嬢」
「あ……」
忘れてはいなかったが、日々の暮らしで思い浮かべるのが少なくなってきたひとだ。
若いとき、一時でも慰めてくれたひと……。たとえ金目当てだったとしても、自分が癒されたのは事実。
ひとりぼっちだった自分に、側に、来てくれた。
真実の愛とかいろいろ提案されたあの時の言葉の数々。婚約破棄のあの台詞。
大人になった今は思い出すたび、赤面するが。
彼女はいったいどこからああいう言葉をもってきたのだろう。
――数年後。少し恋物語に憬れるようになった姪からおすすめ本だと紹介されたいくつかからそれを知ることになり。アシュトンは改めて若気の至りに頭を抱えることになる……が、それはまた、別のお話。
何が起きたのかと身構えたアシュトンに、弟は変わらぬ態度のまま教えてくれた。
一応報告しておきますね、と。
「諸々の再教育が終わったあと、しばらく男爵家で大人しくしていたそうですが、商家に輿入れされたそうです。後妻ですが」
「うん?」
「金勘定が半端なく巧みで、商家は良い嫁をもらったと喜んでるし、彼女も天職、いえ、良い嫁ぎ先と生き生きしてるらしいです」
一応、母の手のものが見張っていたのだが。
何ともたくましいひとだった。
「……そうか」
そして、素敵なひとだった。
先妻の子とも仲が良いと聞いて、何だか納得した。
幸せになってくれたなら……うん、嬉しい。良かったと思うのだけでなく、嬉しいと思った。
自分も、今、幸せだから。
今更ながら、彼女と弟、気が合ったかもしれないな、なんてと、くすりと笑う。
「姫君にも、是非ともたくましくなってほしいなぁ。好きなこと見つけて欲しいなぁ……」
伯父として、心底から姪の幸せを願う。自分からはそう名乗ることは決して許されないが。
「いや、それは……そうかも、ですが……」
弟として兄の気持ちは嬉しいが、父としては複雑なジェラールだった。
あの女性のようには、ちょっと……。
「たくましく……うん、大事なことですよね……」
でも、確かに一番大事かも。
そののち、未だ舌足らずな年頃であるがゆえの想いであろうが。
「おっきくなったらあしゅとー先生と結婚するの」
などと可愛らしく笑う姫にアシュトンは今はお礼を言う。あと何年かして、彼女が成長したら、父とこの伯父のことを――伯父のどうしようもなかった過去を教えられるだろう。王族の教訓としてもらってもいい。
――そう思うアシュトンであったが。
「ふつう、そこは父様ですよね……ね、兄上……」
「うん、なんか……ごめん……」
まさか弟が猫を抱えていじけるとは。王配のそんな姿は見せられぬと、今は世話係として、抱きしめられてストレスの溜まったお猫様をなだめるのであった。
かつて顔だけの王と言われた男の子は、幼い頃のたった一度の善行で、己が選べるうちの最善の道を進むことができた。
家族と祖国と、第二の故郷となった弟の治める国にとっての最善を。
ふとしたときに不思議に懐かしく思う。
姫君が白い猫を抱いて笑っている。
その光景。その笑顔。
その柔らかな毛の塊。
いつか、見たことがある、と……――。
読了ありがとうございました。
皆に幸あれ。
広げた風呂敷を、上手く畳めていたら良いのですが。足りなかったと思いだし、また続けたらよしなに願います。(さっそく書きたいネタが残っててどうしよう。またそのうち?)
ひっそりと初恋ブレーカーなアシュトンくんになりましたが。
顔良し、性格良し、稼ぎ良し……となりましたから。稼ぎは頑張った結果。
姪と理解した王女さまからは、今後はおじさんとしてもずっと慕われることでしょう。家族として。
(尋ねられるまえに。秘伝のお薬飲んで、ワザと熱病的なものにかかりました。さすがにチョッキン(意訳)では彼の年では生死が危ない。それにさすがにそこまではかわいそう。そこまでは罪はない。でも彼のけじめ。彼の覚悟。)
猫のおかげで、いろんな意味で人生の変わった少年のお話し。国のお話し。