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下っ端はもうボキボキだ

ヲトコ

翌朝、クライドは、うーんと背伸びをする。

身体ぼっきぼっき、二日酔いだ。

飲めてないから雰囲気だけな。


周囲を見渡すと、そこら中に亜人達が寝転がっている。

みんなベロベロに酔ってたから当分起きない気がする。


そこへシックスがガラガラ声で声をかけてくる。


「クライドよぉ、昨夜の話、考えてくれたか?」


昨日の夜の話を思い出す。







宴会の中でクライドはパックスについて色々と聞いていた。


「パックスは現在、主に傭兵の仕事と破壊工作をしてる。

訓練の成果をみるためと、魔王軍への顔つなぎと、

情報収集だ」


クライドが

「情報収集!?」

と思わず声を上げると


「そうだ。情報収集だ、魔王軍のお歴々、

そしておそらくオメーも情報収集なんて女々しい、

軟弱なことを何故やるんだ?なんて思ってるだろう。

だが、それは違うぞ。なんでも聞いた話だが魔王は直属の

情報収集部隊を作ったらしい。直属だぞ?

つまり情報収集は、魔王にとって

とてつもなく重要ってことだ。

ワシの知り合いに情報収集の仕事を担う爺さんがいてな、

ついでに破壊工作もやる物騒な爺さんなんだが、

魔王からの破壊工作は、その爺さんの一族とワシらで

一緒にやることが多いんだ。

その爺も情報収集は大切だって言ってたのさ。

だから、クライド、情報収集は大事だぞ?」



「その頑固な爺さんって、差し障りなければで良いですけど

名前なんと言うんですか?」


とクライドが尋ねる。


「ワズム・ナグルというんだ。

ナグル族の当主で、頑固な爺よ」


なんて世界は狭いんだと思ったクライドはしたり顔で


「情報収集大切ですよ。わかりますよ。

魔王直属の情報部隊、私そこいましたもん。

正確には、非公式の魔王直属部隊ですよ。

イコン族のことですね。

ちなみに、ワズムさんともお友達です」


え?と一瞬驚いた顔をしたシックスだが


「な~に~~???ちょっと待て、てめ~。

それって情報収集のプロってことだよな!!あ?

ワシは、情報が大切って言ったけどホントのトコ、

よくわかんねーんだ。クライド!

情報収集の大切さ教えろください」


とクライドの胸倉をつかんで首をぶんぶんと振りまわした。



クライドは、現代社会では当たり前とされている

情報収集の正確さや、その伝達速度の重要性などを、

イコン族やワズムとの話により実地で学んだことを

からめながら説明した。


最初はシックスにだけ教えていたはずだが、

いつのまにかパックスのみんなから取り囲まれ

みなに情報収集の大切さを講義する形になっていた。



情報収集概論の授業が一通り終わると、

シックスが口を開いた。


「クライド、おめーパックス入れ。

お前の能力が俺には必要だ。正式に入らなくても構わねぇ

客人でも構わねぇ。考えといてくれ」





これが昨夜の話だ。


考えてくれたか?というのは、パックスに入るかどうか?

という件だ。


特に行く当てもなく、

魔王軍に入れる気配も無いクライドは、すぐに了解した。


この状況は、もしかしたら、コンサルタント的な、

軍師的な一段高いところから指示するような、

そんな立場になれるかもしれない。


イコン族にいた時は一番下っ端のパシリだったもんな。

もしかしたら、椅子にふんぞり返って指示するだけ、

しかも責任は、大将であるシックスがとる。

なんて魅惑的なポジションなんだろう。

と、そこはかとなく期待しての即答だ。



しかし、その都合の良い淡い期待は見事に泡と消える。









ぞろぞろとパックスの連中が起きてきたところで、

クライドを自分の横に立たせてシックスがみなを集める。


「お前ら、聞け!今日からクライドがパックスに入る。

昨夜の話からわかるだろうが、諜報系の部隊に所属する。

さしあたっては、基礎訓練と部隊についていって

色々と身に着けてもらうことになる。まぁ、新人だな。

みんな、よろしく頼むぞ!それでは解散!」


パックスの面々は

ぞろぞろとそれぞれの仕事へ向かっていった。



え?なにそれ?軍師様じゃないの?

クライドは横に立っているシックスの顔を見た。


「クライド、何か不満か?もしかしてアドバイザー的な

軍師的な立場になると思ったか?

昨夜の話で情報が大切なのはよーく理解した。

そして、おめーの知恵は俺たちに重要なのも

よーくわかった。

だがな、ワシが思うに、おめーは頭でっかちだ。

知識はあるが、それを達成するすべをもたねー。わかるか?

例えばだ、

重要な情報がある砦があるとする。

おめー、そこからどうやって情報収集するんだ?

例えばだ、

重要な情報を持ってる人物がいるとする。

そいつは情報提供の見返りに、おめーが準備できねー

くらいの金銭を要求されたらどうするんだ?

自分で潜入して情報を集めたり、有利に交渉したり、

時には脅したり。そんなことおめーにできるか?」


えー。。。と不満タラタラなクライドを

代弁するかのようにシックスが続ける。


「そんな実労働は部下がすりゃ良いか?

俺は椅子に座ってまわりが集めてきたものを

分析するのだ!か?」


「残念ながら、俺たちパックスの規模ではそれは無理だ。

もっと言えば情報の初心者である俺たちでは

重要な情報を見落とす可能性が高い。

お前が直接見れば重要なことでも、

その価値がわからない者からすれば、さらっと見逃すのさ。

だから、おめーは自分で情報を集めなきゃいけない。

それにおめーの話は実戦を伴わないから微妙に

説得力がねーんだ。残念ながら」



「そもそも、そんな実労働しないで良いのは、

黙って座ってても勝手に情報が集まる者。

つまり、魔王と魔王軍の幹部クラスくらいなもんよ。

クライドよ、実労働したくねーなら偉くなるこった。

俺たちをアゴで使うくらいの

魔王軍の幹部にでもなるこった。

なんだったら幹部すらもアゴで使えるクラスになりゃ、

誰も文句いわねーぞ。わはははは」


魔王軍の最高峰の地位である幹部をアゴで使うって

どんなポジションだよと思いながらも、

たしかにシックスの言うことも一理あると感じたクライドは

しぶしぶながら、うなずいた。







パックスは自分たちで砦を作りそこで暮らしており

砦内に複数の建屋が存在する。


そこが居住区となっている。

ただし砦の中央だけは何の建物もたっておらず

広場となっている。

この広場は訓練や集会のためだ。


数日間は、パックス内で暮らすための準備に追われていた

クライドだがそれらも落ち着いてきたある日、

砦中央の広場にくるようにとシックスに呼び出された。


約束の時間、砦中央の広場へ行くとシックスと

もう一人亜人が立って待っていた。


もう一人の亜人は、小柄で豚顔であった。

おそらくオークであろうと思われるがオークにしては

小柄な印象を受ける。


「さて、クライド今日からおめーの基礎訓練を始める。

訓練だが、ワシがずーーっと面倒を見るわけにはいかない。

ワシも忙しいんでな。そこで、訓練も含めてこれからの

細やかなことはこいつに面倒見てもらうことにする」


と、横に立つ小柄なオークへ手を向けた。

シックスから手を向けられたオークは

小さくクライドへ向かって会釈した。

口が悪くやかましいパックスの連中にしては、

きわめて物静かな印象を受けた。


「ゴロムだ。見てわかるがオークだ。

オークにしては小柄だが、みくびっちゃならねぇぜ。

隠密活動と個人戦闘に長けた、

ウチで指折りの工作員だからな」


小柄だから隠密活動、諜報活動に長けてるというのは

何となくわかったが戦闘にも長けたというのは以外に思った

クライドであった。


「よし、あとはまかせた。じゃあな」


シックスが去ったあと、ゴロムがクライドへ近づく。

うっと一瞬身構えたクライドであったが、

スッと差し出された手を見て、安心して握手をした。


「ゴロムです。初めまして、昨夜は任務で酒盛りに

出席できずにすみません。

情報のエキスパートだそうですね、シックスの大将から

聞いてます。

その能力を最大限発揮していただけるように、

パックス流諜報活動の基礎訓練を行わさせていただきます。

よろしくお願いいたします」



ホントに、ほんと~に、

本当に見た目で判断しちゃいけないなって

クライドは思った。


「こちらこそよろしくお願いいたします。

ところで基礎訓練というのはどんなことを行うのですか?」


「生活です。

パックスの中で私と共に生活していただきます。

その日々の生活が既に訓練になっています。

あとは様子を見ながら個別の訓練も進めていきましょう」


ものすごい鬼のしごきをするようなヤツだったらどうしよう

って不安だったが、

極めて理性的なゴロムに安心したクライドであった。



「では、まずこの鈴を腰につけてください」


ゴロムは短い紐がついた小さな鈴をクライドへ手渡した。


「?」


と思いながらクライドは鈴を腰につけた。

クライドが動くたびチリンチリンと小さな音を立てる

ごく普通の鈴だ。


「?」


「まずは基礎中の基礎、体捌きを身に着けてもらいます。

この鈴の音が聞こえなくなったら合格です。

次の段階へ進みます」



腰に小さな鈴をつけたクライドと

ゴロムの生活が始まった。


訓練と言っても特別な何かはしない。

掃除や荷物運びなど雑用ばかり行う。

ただ、その雑用をゴロムが指定したやり方で

できるようになるまで指摘される。

鈴の音はいつもチリンチリンと音を立てる。

なにこれ、訓練なの?と疑問に思うクライドであった。


最初は、ずーーーっとクライドについていた

ゴロムだが次第についている時間が短くなり


「私は任務で数日いなくなることがありますので」


と言い、数日いなくなることがしばしば出てきた。


ある日のこと、いつものように

鈴をチリンチリンと鳴らしながらパックスの雑用を

行っていたクライドにゴブリンが話しかけてきた。

先日クライドとひと悶着起こしたヤツだ。


「よぉクライド、おめーゴロムの下に

ついたんだってなー、ご愁傷さまだぜぇー。

俺だったら耐えらんねーなー。じゃーなー、グヒヒヒヒヒ」


と去っていった。


どういう意味だろう。


もしかして全く無意味なことをさせられて時間の無駄で

ご愁傷さまという意味なんだろうか?

確かにずーっと雑用しかしてない。

よく考えればパックスとの出会いは最悪だ。

もしかして、騙されてるんじゃないだろうか?

考え始めるとありとあらゆる疑念が頭をよぎる。


どういうことか聞こうにも、肝心のゴロムは

ここ数日任務で不在だし、シックスも不在だ。


以前のクライドなら、疑心暗鬼になり、

この場から逃げ出してしまったかもしれない。


だが今は違う。


もはや行き場はどこにもないのだ。

腹をくくり、自分にできることをまず全部やることにした。

逃げるのを考えるのはそれからだ。


やることは一つ。さりげない情報収集。これだ。

っていうかこれしかできないんだった。

でも、これでイコン族ともナグル族とも

うまくやってきたんだ。






パックスの連中にそれとなくゴロムの評判やゴロムから

訓練を受けるのはどういうことを意味するのか?

ということを聞いて回った。


だが帰ってくる答えは


「ご愁傷さま」

「かわいそー」

「ツレー、あーツライー」

「寝てねー、オレ昨日寝てねーわー」

「ギヒヒヒヒ」


にやにやとした顔で同情されるだけ。


まずい、本当に騙されてるんじゃないだろうか?

クライドの頭の中が悪いことでいっぱいになり

本当に逃げ出そうか、と考えていた夜に、

ゴロムが任務から帰ってきた。



クライドは、正直にゴロムに自分の疑惑を話すことにした。

本当に訓練なのか?

騙されてるんじゃないか?

みんなゴロムから訓練を受けてるということを言うと、

にやにやと同情のようなことをされるだけ。


一通りクライドの話を聞いたゴロムは

ゆっくりと語り始めた。


「私は昔、ある方から情報の大切さを学びました。

ありとあらゆる情報を集めよ、それがどんなに

重要でないと思えても、どんなに小さなことだと思えても、

まんべんなく集めよ。

それらの小さな情報が集まり大きな物となり、

やがて全てが見えてくる。

私もその通りだと思います。

クライドさん、周囲から情報収集を行うという考え、

流石です。ですが、表面だけです。

シックスの大将が言う実務能力が足らない

というのはこういうところです。肝心の部分が足りません」


自分が得意と思っていたことを足らないと言われ

クライドはちょっとムッとした。


「自分の得意分野を劣ると思ってる者に指摘されると

イラつきますか?」


クライドは、ドキッとし、魔法か何かで心が読まれたか?

とゴロムを見つめると、ゴロムは一瞬笑い、話を続けた。


「なぜ心の中が読まれたのか?魔法か何かか?

と思いましたか?違います。

クライドさん、どんな小さな情報も見逃してはいけません

と私は言いました。

あなたがパックスの皆から情報を集めたとき、

小さな情報も見逃してないと言いきれますか?」


クライドはパックスの連中との話を思い出す。

とくに落としている情報は無いと思うのだが。


「クライドさん、話した相手の表情の奥は拾いましたか?

目の光や動き、呼吸の深さや速さ、

手の動きや身体全体のしぐさ。

情報とは、言葉だけではありません。

これらも見落としてはいけない情報です」


「先程、私は魔法でクライドさんの心を読んだ

わけではありません。

その表情や状況から推測したのです」


「クライドさん、もう一度パックスの皆から

情報収集してみてはどうですか?

今回は、何一つ見落とさないというつもりで」


そういうとゴロムは自室へと戻っていった。








翌朝、よしっと気合いを入れてクライドは

パックスの連中から情報収集を行うことにした。


今回は、表情の深い部分や真意を探るために

より注意深く行う。

しかしそれを悟られないようにしなければならない。







「つかれたーーーーーーーーーーーーー」


パックスの連中から一通り話を聞き終わると、

クライドはどっと疲れてしまった。

自分の全身全霊で相手を観察しながら話す。


それを何度も何度も行えばクタクタになるのは

当たり前である。


たしかに疲れた。だが、その分収穫も大きかった。

パックスの連中が口にする、かわいそうといった

同情の言葉の奥にはクライドに対する哀れみではなく、


仲間に対する思いやりや励ましが含まれていること。


そしてパックスの連中のゴロムに対する畏怖の念。

これらを感じ取ることができた。全てをまとめると、


「困難だが良い環境で訓練してるな、頑張ってくれよ」


ということであった。

疑心暗鬼になった自分がすさまじくバカバカしくなったが、

諜報活動の何たるかが少しわかった気がした。


にしても疲れを感じたクライドは、もう今日は寝ようと

自室に戻ろうとすると

調理場から、料理長が声をかけてきた。


「おーい、クライドーちょうど良いとこにきた

ちょっと片づけ手伝ってくれー」


へとへとなのに嘘だろ、

退社時間になって帰宅準備してるときに限って

ちょっと仕事やれやって言われた時に似てるイラッと感を

感じながらももはや疲労でまともな思考回路が

働かなくなっているクライドは思わず


「へーい」


と返事をしてしまい、仕方なく調理場へ向かった。


調理場の手伝いは、使い終わった無数の食器類の

片づけであった。

疲れ切ったクライドはまったく何も考えられず

無心でひたすら後片付けを手伝っていた。


離れたところで巨大な鍋を磨いていた料理長が

怪訝な顔をしてクライドを見る。


「あれ?オマエいつもの鈴どうした?

つけてないのか?ん?ついてる?」


怪訝な顔をしてクライドを見つめていたが

ほどなく首をかしげて再び鍋を磨く作業に戻った。


クライドの腰にはいつものように鈴がついている。

鈴はゆれている。


ゆれているがいつものようにチリンチリン

という音を立てていない。



うれしくなったクライドは、はりきって後片付けを続けた。




へとへとだけど。


チリンチリン

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