よく訓練された骨だぁ!
チリンチリンいわなくなりました
朝早く、クライドは、ゴロムの元へ急いで駆け付けた。
まだ食事をしているゴロムの部屋へ飛び込むと
「鈴が、鈴の音が消えたゾ!!」
ゴロムは、ブフォッと口の中のものを吐き出したが
「そ、それはよろしゅうございました」
と答える。
「鈴の音が消えたから、次の段階へ進もう!!」
「わ、わかりました、それでは朝食の後に広場で」
小一時間たった後くらいであろうか
広場には、クライドとゴロムが向かい合って
立つ姿があった。
「鈴の音が消えたからといってそれで完了ではありません。
鈴の音が消えるのはあくまでもスタート地点。始まりです。
今日から次の段階に進みます」
ゲームってレベルが上がり始めて、
次々と新しい道具やスキルが見え始めるころが
一番楽しいんだよなー。はがねの剣が買えるくらいの段階?
今、まさにそんな感じか?
とクライドは考えながら、そのウキウキ感を隠さずに
「何をすれば良い?」
と問う。
「山や川を駆けます。そして私と組手を行います。
この段階は少々の怪我は我慢してもらわなければ
なりません。
ただし、訓練は、夜に行います。
昼間はパックスの仕事を引き続き行ってください。
それもまた訓練です」
「わかった!」
クライドは、鈴の音が消えたことで自信満々で答えた。
■
「それでは、明日も今日と同じように訓練したしますから
今夜はお休みください」
ゴロムに背負われ、クライドは自室へとつれていかれた。
初めての山河駆ける訓練とゴロムとの組手は、散々だった。
真っ暗な森を、まるで昼間のように
そして、まるで何もないかのように疾走するゴロムの後を
追いかけるも、闇で何も見えず、木の枝にひっかかれ、
草で切り刻まれ、土の穴に脚を躓かせ、盛大に転び
体力尽き果てボロボロになりながらついていこうとするが、
しまいには、川へ転落してしまい、ゴロムに助けられた。
へとへとになって戻るとほとんど休憩なしで、
ゴロムと組手だ。
いやこの場合、組手と言って良いのだろうか?
一方的にボコボコにされるのだ。
ゴロムが
「顔が空いてますよ、それ」
「今度はお腹です」
「顎があがっています。アゴを打ちますよ」
と事前に宣言してくれるのだが、
何もできずに手ひどく打ち据えられる。さらに
「腕をとって投げますよ」
と宣言され、その通りに投げ捨てられる。
そんな組手をひととおり行ったクライドは
もう立つこともできずゴロムに背負われて
自室に帰ってきた次第だ。
「やべぇ、逃げよっかな・・・・」
やる気満々という、どうしちゃったの?
なクライドであったが、初日の訓練を終えたクライドは、
色んなことを考えながら眠りについた。
翌日の夜、例の広場にゴロムとクライドが
向き合って立っていた。
「休まれると思いましたが、よく来られましたね、
素晴らしいです」
ゴロムがオークの顔をゆがませて
(笑っているのか)声をかける。
正直、休むどころか逃げようかと思っていたクライドだが
なぜか広場に来てしまっていた。
理由は、よくわかっている。
厳しい訓練ではあるが、それを教えるゴロムが決して
暴言を吐いたり、失敗を責めたりしないからだ。
それどころか、どうすれば良いかを次々と指摘してくれる。
そんな状況ゆえか、いつものクライドなら失敗や
出来ないことを他人のせいにして腹を立てていたが、
ゴロムとの訓練では、出来ないのは全て自分のせい
ということで自分自身に腹を立て、悔しいという思いが
身体を訓練へと駆り立てる。
それに、キツイし逃げたいのだが、同時に楽しいのだ。
ゆえにクライドはゴロムとの訓練に挑む。
■
何度、訓練を繰り返したであろうか。
何度ボコボコになる夜を過ごしたであろうか。
徐々に、本当に徐々にではあるが、
クライドは成長しつつあった。
山河をゴロムと駆け巡れば、ボロボロになるもののどうにか
最後までついていけるようになったし
組手をすれば、数回ではあるが、ゴロムの攻撃を
しのげるようにもなった。
しかしながら、わずかな成長では自分に対する
嫌気とでも言おうか己の能力に嫌気がさして不満が
出てくるものだ。
そんな不満がピークに達したある夜、ゴロムは
複数人のパックスのメンバーを連れてきていた。
訓練に他のパックスのメンバーが加わると言うは
初めてである。
「クライドさん、この連中は私の隊のメンバーであったり、
私と共に訓練をつむ者たちです。今夜から、
組手は彼らとともに訓練しましょう。
組手は同じ相手とばかりではダメです。
色んな相手とやりあわなければなりませんから。
遠慮はいりませんよ。お互いのためになります」
ゴロムが連れてきたメンバーは、
オークやゴブリンやホブゴブリン等多様な亜人達であった。
種族は多様ではあるが、みな一様に精悍な顔をしており、
強そうというのが第一印象であった。
自分に自信を失いつつあったクライドは、
正直、勘弁してほしかったが仕方なく、
組手を行うことを承諾した。
「それでは最初は、クライドさん、オークのブリッツと
組手をお願いします」
ブリッツと呼ばれた、ゴロムよりも大柄なオークが
ずいっと前に出てくる。クライドも一歩前へと出る。
「でかい」
これが、ブリッツと呼ばれたオークの印象だ。
表情を深く読まなくともクライドのことを
軽く侮っていることはわかる。
「それでは、はじめっ!」
ゴロムの掛け声がかかる。
ブリッツと呼ばれたオークはゆるりと構えをとる。
ゴロムよりも巨体なブリッツ。
ゴロムはオークにしては小柄らしいゆえに
ブリッツはオークとしては、標準的な体型なのであろう。
しかしクライドから見ると巨体である。
クロノスの世界観では、オークはゴブリンと並ぶ
雑魚でしかないのだが、こうやって実際に向かい合うと、
恐怖を感じるほどだ。
どこらへんが雑魚だよ・・・
その恐怖を感じ取っているであろうかブリッツは
さきほどからニヤニヤと笑いを浮かべている。
仕方なく、クライドも構えをとるが、ブリッツよりも
はるかに小柄なゴロムにボコボコにされている現状と、
ブリッツ巨体と余裕の表情に圧倒され、クライドは
構えるのが精いっぱいでまったく動くことができなかった。
我ながら情けないと思うのだが、逃げ出さず
構えをとることができるだけでも褒めてほしいわ。
と思うクライドであった。
ジリジリとブリッツが動き、向かい合う角度を変える。
相手の構えの正面からではなく斜めや横から
攻撃を加えようとしているのだ。
個人戦闘の基本だ。
ゴロムから教えてもらい、それを知っているクライドも、
ブリッツの動きに合わせて自分の身体の向きを
ジリジリと変える。
どれくらいお互いがジリジリと動きあったであろうか
突然、ブリッツがトンッと地面を蹴り
クライドとの間合いを詰める。
クライドとの距離が縮まるやいなや、
ブリッツが高速の拳を数発繰り出す。
―高速の拳―
そう、素人目では高速の拳であるのだが、
その放たれた拳のターゲットであるクライドは
驚きを隠せなかった。
なぜならその拳全てが見えるのである。
遅すぎて止まって見える、とでも言おうか。
ゴロムの攻撃と比べて速度が段違いに遅いのだ。
しかもゴロムの攻撃は視界の外やクライドの意識が
向いていない場所へと襲い掛かってくるという
嫌らしいものなのだが、
ブリッツの攻撃は正面からやってくる。
素直な攻撃だ。おそらく威力はあるだろう。
だが、この攻撃なら余裕で避けられる。
クライドは、ブリッツの拳をヒョイヒョイヒョイとよける。
ブリッツは、え?という顔を一瞬したが、
間髪入れず攻撃の第二波を仕掛ける。
動揺してもそれを抑え次の手、次の手を出す
というところは、流石とは思うが
何せ、クライドにとって遅すぎるのだ。
再びヒョイヒョイヒョイと攻撃をかわす。
驚きというよりも脅威を感じた表情を見せたブリッツは、
とっさに後ろに飛びのきクライドと距離をとった。
想定外の事態が起きたときに、まず退避して時間を稼ぐ
というのも流石だと、クライドは思う。
そして、喜びがクライドの中に充満していた。
ゴロムとの組手では、一方的にボコボコにされ
成長のかけらも感じることができなかったのだが
今回、ブリッツというゴロムではない者と
わずかではあるが手を合わせた結果、自分の体術レベルが
爆発的に向上していることが実感できたのだ。
(当たらなければどうということはない。なんちゃって)
思わずほくそえんでしまうクライドであった。
クライドの笑みを挑発ととったのか、
ブリッツは表情をゆがめ、いきり立って突っ込んできた。
それを余裕をもってヒラリとかわし、
ブリッツの後ろへ回ったクライドは、
その巨大な背中をトンッと押した。
ずしゃぁと大きな音と砂ぼこりを立ててブリッツが
前のめりに倒れる。
ちらりとゴロムのほうを見ると、微笑みうなずいた。
ブリッツが立ち上がるのをじっと待つ。
やがて、怒りに打ち震えたブリッツが立ち上がり、
クライドのほうへ向き直るや否や
猛スピードで突撃し、連打を繰り出す。
全てを軽くかわせるはずのクライドが、
今回は、大きく後方へステップし距離をとる。
「なんでぇ、怖ぇのかヨ?逃げンのかー?」
とブリッツが挑発してくるが
クライドは、挑発に一切乗らない。
ただ頭の中でゴロムの教えが反芻される。
「防御は距離をとることを最優先とします。
それができないならば、防ぐことを。
それができないならば、体捌きでかわすことを。
それができないならば、寸前で見切ることを。
これが優先順位です」
「たしかに、華麗にかわす、寸前で見切る。
やっている自分は気持良いでしょう。
しかし私達は華麗な技を見せ合う競技を
やっているのではありません。
やっているのは命のやりとりです。
大切なのことはいかに安全かつ
次の攻撃に移りやすいか?華より実です」
今度はクライドがしかける。
ただし一気に距離を縮めて攻撃を
連打するような真似はしない。
クライドは、しきりに相手と距離を縮めたり、離れたり、
左右に動いたりと前後左右に動き回り、頭の中で
ゴロムの教えを反芻しながらブリッツを翻弄する。
「隙というのは生まれるのを待つものではありません、
こちらから作りだすものです。脚を使って相手を
崩すのです」
「攻撃に威力はそれほど必要ありません。
相手の意識の外から攻撃を加えるのです。
そうすれば、十分相手にダメージを与えることができます」
翻弄され焦ったブリッツがクライドを捕まえようと、
手を大きく振りかぶる。
ブリッツの太い腕が自らの視界を遮るほんの一瞬を
クライドは見逃さなかった。
スルリとブリッツの懐に飛び込むと、
がら空きになった腹に拳をポンッと叩き込んだ。
「ぐうぅぇ」
ブリッツがお腹を押さえながら何とも言えない声をあげ、
膝から崩れ落ちた。
「勝負あり!そこまで!」
ゴロムが手を挙げる。
やった、勝利だ!!!
組手とはいえ、今まで一度も勝ったことが無いクライドが
見事な勝利をおさめた。
飛んではしゃぎたいくらいうれしかったクライドだが、
そこはグッとこらえた。
「では、次々といきましょう。みなさんクライドさんには
手加減無用ですよ。
むしろ、油断すると負けてしまうかもしれませんよ?」
引き締まった表情になった他のパックス亜人達と
クライドは次々と組手を行った。
時に、投げ技をためしたり、
時に関節を中心に展開したり、
時にカウンター狙いの戦い方を行ったり
クライドはゴロムから教わったあらゆる戦い方を
今回の組手で試して試しまくった。
一通り組手が終わったころ、パックスの連中は
ボロボロでぐったりと横たわっていた。
これら全てクライド一人と組手を行った結果である。
かくいうクライドも、最後はゴロムと組手を行い、
ボロボロになったのは言うまでもない。
■
この組手の一件以来、自信を深めたクライドはより一層、
夢中でゴロムとの訓練に励むようになった。
次第に、組手はゴロムとまともにやりあえるようになり、
時折ゴロムが焦ったり感心したりすることも多くなり、
もはや互角と言える実力となった。
山河を駆け巡る訓練も、真っ暗闇であろうとも
わずかな明かりで自由に駆け巡ることが
できるようになった。
パックスで訓練に明け暮れる日々を過ごすうちに
クライドの体術や走破術は、パックスの中でも
指折りの実力と目されるようになり
他の者から羨望の目をむけられるようになっていた。
はしったり、たたかったりしました




