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第十八話 オッドアイの少女

 四歳になった。


 あれからも俺は円形闘技場(コロシアム)に足しげく通っている。

 いずれは冒険者になるのだ。

 身体を鍛えながら魔術の腕を磨くのに、ここほど(てき)した場所もない。


 身体を鍛えるだけならどこでもできる。だが魔術はそうもいかない。

 街中でなんども魔術をぶっぱなしたら、もれなく兵士に捕まり牢屋(ろうや)コースだ。

 そんな未来はご遠慮(えんりょ)願いたい。


 いきなり外にでて魔物と戦うのもうまくない。

 かなりの確率で、魔物に不覚(ふかく)をとる可能性がある。

 書物を読んでひとつ驚いたのは、この世界の魔物は強いということだ。

 あの有名なスライムですら、まるで雑魚(ざこ)じゃない。


 剣や槍で斬っても突いても死なないのだ。

 逆に剣や槍のほうが、先に駄目になる。

 スライムの体内組織は酸性で、獲物を体内に取り込んで骨まで溶かすらしい。


 スライムたちが寄り集まると、合体して大きなスライムになる。

 その大きさ次第では、イノシシや熊などの普通の動物はエサでしかない。

 スライムに勝つには、たいまつの火などで焼き尽くすか、魔術で倒すか。

 あとは魔力をやどした魔法剣のたぐいでしか倒せない。

 すごいなスライム。強すぎるだろ。


 あのスライムですら、これだ。

 ロマニア地方の外に出たら、どんな魔物どもと出くわすかわからない。

 このロマニア王国が平和を(たも)てているのは、王国に属する「獣王(じゅうおう)戦士団」と「暁の(あかつき)騎士団」のおかげだろう。


 彼らは王国の周辺や町や村などへ出向いては、定期的に魔物たちの数を減らしている。

 もちろん町や村にも戦士や魔術師はいるが、一つの場所を放置し続ければ、いずれ魔物の巣窟(そうくつ)となるかもしれない。

 その巣窟から各地に魔物が散らばる可能性もある。

 彼らは毎日を忙しく過ごしていると聞く。


 そして、この円形闘技場(コロシアム)にいる子供たちは、未来の戦士団や騎士団を(にな)う存在である。

 彼ら彼女らの多くは、「獣王戦士団」や「暁の騎士団」に憧れる子供たちだ。

 この場所で研鑽(けんさん)を積み、いずれは王国の戦力の(かなめ)に属するのが夢。

 身近なヒーローに憧れる子供たちというわけだ。


 あのガラファルトも、一応は獣王戦士団の構成員(こうせいいん)らしい。

 正直、「えー、あれで?」と思わないでもないが、きっと彼は(した)()だろう。

 おそらく雑用係か何かだと、俺はにらんでいる。


 もしかしたら俺の魔術が予想をこえてすごかったのかもしれないが、彼がアホな事実は変わらないしな。

 自分の身体で人の魔術を受け止めようとするなど、アホ以外の何者でもない。

 今までの人生を振り返ってみても、なかなか出会わない稀有(けう)なるアホである。

 中級魔術をくらっても生き残る、あのバカげた生命力と性格の良さだけは認めるが。


 あれ以来、俺は別の組の生徒たちにまで恐れられている。

 ガラファルトたちが担当する木剣(ぼっけん)の訓練の場合、通常は生徒同士で木剣を打ち合わせて、そのあとに組の先生からの指導をうける。


 しかし俺は相手がいないので、ずっと一人で走っていた。

 うん、絶賛(ぜっさん)ぼっち中である。


 モニカがいるときは木剣の訓練に参加できるのだが、あいつは力や身体能力が半端(はんぱ)じゃない。

 あっという間にやられては、なんの訓練にもならない。

 俺はいかにしてモニカの攻撃を避けるか、間合いを考えて動いている。


 前々からおかしいとは思っていたが、モニカにはドワーフの血が流れているらしい。

 シェリルから聞いた話では、モニカの親父(おやじ)さんはドワーフのハーフだそうだ。

 うちのパパンの店の装備は、彼が作っている。


 ハーフドワーフの親父さんと普通の人間であるシェリルの娘だから、モニカはドワーフの血が四分の一入ったクォーターということになるのか。

 力の強さや肉体の丈夫さはわかるが、あの足の速さはなんなんだ?

 普通はドワーフって足が遅いだろ。小さくて足が短いから。


 なのにモニカは足は速いし動きのキレだってすごい。

 いったいどういうことだろう?

 人間の血が四分の三で、ドワーフの血が四分の一。


 もしかしてあいつ、人間のいいところとドワーフのいいところを併せ持って産まれた、超人ですか?

 ずるくない? それってずるくない? ちょっと反則過ぎるだろ。

 女の場合、背が小さいなんて可愛いくらいだ。

 しかも将来は美人になる顔をしているし、この先どんな女になるんだろうな。


 ちなみに今日はモニカは来ていない。

 女友達と遊びにいったらしい。

 モニカにも、俺の他に付き合える友達がいるんだな。

 俺はボッチだけど、お父さんは嬉しいよ。


「ホッホッホッホ」


 俺はひたすら円形闘技場(コロシアム)の周りを走り、左右にジグザグ動いて障害物をかわしながら、できるかぎり俊敏性(しゅんびんせい)を鍛えていた。

 他には外で木の登り降りを繰り返したり、枝につかまって懸垂(けんすい)をしたり、柔軟体操をして筋肉が硬くならないように気を付けている。


 体力や筋力、柔軟性は大事だが、それだけでは足りない。

 動きのキレや身体の使い方を、いかに自分の肉体に覚えこませるか。


 たとえマッチョでも、剣を振るう動きや避ける動きが自然にできなくては、意味がないのだ。

 そして訓練でできないことが、実戦でできるはずもない。


 問題は外で木登りをしていると、通りがかる人たちがヘンな視線を向けてくることだ。

 まるで「おかしな子供」を見るような目だね。

 爺ちゃん婆ちゃんの大半(たいはん)は優しい笑顔で眺めつつ、俺が木から降りてくると飴玉をくれる。

 王都の街は平和である。


「……ふぅ。そろそろ休憩しよう」


 あまりやりすぎても体を壊すし、適度に休まないとな。

 俺は全身をつたう汗をぬぐうために、手拭(てぬぐ)いの置いてある入口付近(ふきん)に戻る。

 上着をぬいで汗をぬぐいながら、思考する。


 ガラファルトに中級魔術の「フィルウインド」をぶちかましたのは……いつのことだったか。

 あれはもう遠き日の思い出で良いと思う。

 ガラファルトも、ハラルドの爺さんも、みんな生きているからな。


 ガラファルトはわからないが、爺さんはトラウマを抱えた。

 俺が近づくと爺さんの心臓がとても危ないので、いつも距離を置いている。

 不用意に近づいて死なれでもしたら、絶対に俺のせいにされる。

 まあ正直な話をしてしまえば、

 

「数日後くらいに、ポックリ()くんじゃないか?」


 と思っていた。

 幸いなことに、今もって爺さんの寿命は続いている。

 これなら俺のせいにされることもないだろう。


 最近になって、ハラルドの爺さんは隠居を考えはじめたようだ。

 それがいい。

 いくら俺の中級魔術でガラファルトが飛べない鳥になったからといって、いちいち死にそうになられても困る。


 あのガラファルトも、まさか子供たちのあこがれの存在だったとは。

 全然そう思えないところが、逆にすごい。

 ガラファルトは二十台で、まだまだ若いらしい。

 剣の腕前はどうだか知らないが、イケメンなので女性陣からモテまくりだ。


(アイツが人気者だったせいで、俺は不興を買いまくりだけどな……)


 どーでもいいことを考えながら、俺は汗で濡れた上着と使い終わった手拭いを絞る。

 背負い袋の中にソレを突っ込み、水の魔術で手を洗い、のどを(うるお)す。


 新しい上着に袖を通していると、入口から風変わりな三人組やってきた。

 そのうちの一人は、俺の知っている相手だった。


 この円形闘技場(コロシアム)の管理をまかされている、アドニス・グレイモアという初老の男性だ。

 見た目から察するに年齢は、もう五十に近いだろう。

 ややいかつい顔に丸眼鏡をかけて、ごつごつした樫の杖と黒いローブを身にまとっている。


 王都ローレルにある魔術師協会の長老格の一人だ。

 かなりの魔術の腕前をもっていると、パパンから聞いたことがある。

 パパンの知り合いで、俺にこの場所を紹介してくれた人でもある。


「おや、トウマ君。お疲れ様」

「お疲れ様です。長老様」

「フッフッ、私はそんなに偉くないさ。名前で呼んでくれると嬉しいね」

「はい、わかりました。アドニス先生」

「ありがとう。良い機会だ、トウマ君に二人を紹介しよう」


 アドニスは少し横にずれて、うしろにいる二人を俺にも見えるようにする。

 二人からは、かなり変わった印象を受けた。

 一人はダークエルフの女性で、一人は人間ベースの半獣人っぽい女の子だ。


「この子はエルミア・グレイモア。私の養女だ」


 アドニスの紹介を受けて、俺はエルミアにぺこりと頭を下げる。


 腰まで届く銀髪に赤い瞳。ピンととがった長い耳がいいね。

 艶めかしいほどの黒い肌が素晴らしすぎる。

 ちょっと年齢はわからない。

 相手が美少女なら、年齢なんてどうでもいいか。


 俺は思わず「僕と結婚してください」とか、口走りそうになった。

 だってダークエルフだよ? 超美人。ぷりぷりの黒い肌。

 本心で嫁に来てほしい。


 でもそんなことを口にしたら、まるっきり危ない子供だ。

 俺が危ない。とにかく気をつけろ。


 エルミアはツンとした顔で、居丈高(いたけだか)な態度をくずさない。

 ただ無言(むごん)で背筋を伸ばして、薄手の服をお胸様で押し上げる。

 この人は、なにか怒っているの?

 ツンデレ系の予感がしますね。


「わたしはダークエルフのハーフだ。呼びたいように呼べばいい。肌の黒いハーフエルフの名前など、人間は誰も覚えないがな」

「僕はトウマ・アシュレイといいます。アシュレイ商店の息子です。エルミアさん、よろしくお願いします」

「ふんっ」


 おお、ツンケンしてますな。

 美少女なのにもったいない。

 俺のいたずら心がむくむくとわきあがるじゃないか。

 ちょっとからかってやろう。


「ところでエルミアさん」

「ん? なんだ」

「あなたに一目ぼれしました。僕と結婚を前提に、付き合ってください」

「なっ!? なにを言っている、人間の子供のくせに!」


 エルミアの瞳が激高(げっこう)の色に染まった。 

 俺は(かん)にしたがい、素早い動きでうしろに飛ぶ。

 ヒュッと風切(かざき)(おん)とともにエルミアの足が、さきほどまで俺のいた場所を下にえぐるように通り過ぎる。


 わお、怖い怖い。

 つーか幼児(ようじ)を相手にえぐい蹴りを出すなよ。

 本気ではないと思うけど、当たったら痛いだろ。


「チッ!!」


 あれ? もしかして本気で蹴ったの? ぼくちゃまお子様なんだから、手加減はしよう?


「誰が人間なんぞと結婚するか!」

「僕はエルミアさんと結婚したいですけど」

「次に同じことを言ってみろ……つぶすぞ」


 綺麗な顔をして、不良みたいなことをいうなぁ。

 まあ、からかっただけだし、ここまでにしよう。


「じゃあ大きくなったら、また言います。その時にお返事を下さいね」


 俺の言葉にエルミアは「もううんざりだ」とでも言うような態度で、アドニスのうしろに下がってしまった。

 ああ、ダークエルフたん。

 もっと長く見ていたかった。


「……トウマ君」


 ふいにアドニスの(おご)かな声がして、俺はビクッと身体を震わせる。

 緊急警報発令(エマージェンシー)緊急警報発令(エマージェンシー)

 危険が危ない。とにかく逃げろ。


 俺は反射的に逃げようとする。

 だが、アドニスにガシッと両肩をつかまれるまで、俺の身体は硬直してされるがままだった。

 あ、無理だこれ。逃げられないやつだ。

 ヘビとカエルの関係ですね。


 アドニスがひざを折り曲げて、真正面(ましょうめん)から俺を見据(みす)える。

 どうしよう。このひと、ぜんぜん目の奥が笑ってないよ。

 アドニスさん、笑顔は大事。笑いましょう?


「いいかい、トウマ君。エルミアは私の養女だ」

「はい、綺麗な娘さんでうらやましぃ~たたた痛いです痛いです痛いです」


 俺の肩が折れそうだ。おっさん、マジで手加減しろよ。


「そう、綺麗だろ? 可愛い娘なんだ。エルミアに結婚を申し込むなら、まずその前に私の許可を得なさい」

イエッサー(わかりました)! はい、次からはそうします!」

「次? 次とは何かね? そこが大事なのだ。ハッキリさせようか」


 おっさん、言っていることがめちゃくちゃだ!

 許可なんぞ出したくないなら、最初からそう言えよな!


「次なんかありまっせん!」

「その通りだ、トウマ君。ハッキリと言い切ることの大切さを学びなさい」

「はい!」


 やっとこさアドニスが、俺の両肩から手を放す。

 いってぇ、このおっさんめ。

 これ絶対に肩に手形とかついてるだろ。


 温厚(おんこう)な人物かと思ったら、娘のことになると冗談が通じないのかよ。

 もうぼくちゃま疲れました。おうちに帰ってもいいですかね?


 しかしアドニスは俺のことなど取り合わずに、まるっきり無視して紹介を続けるつもりだった。


 はいはい、わかりましたよ。

 ……はぁ、次は半獣人の女の子か。

 ぶっちゃけ幼女だ。俺と大差ないと思う。


 豪奢(ごうしゃ)なドレスを身にまとい、お人形さんのようにチョコンとおとなしくしている。

 容姿はカラスの()()色とでもいうべき、肩まで伸びた漆黒(しっこく)の髪。対照的に白い肌。

 ピンと立った犬っぽい耳。

 ふさふさのしっぽを、せわしなくぶんぶん振っている。


 立ち姿はおとなしいのに、たまに耳がピクピクして、しっぽは何かに興味津々(きょうみしんしん)といった感じで動いている。

 ほかに彼女の変わっている点をあげるなら、それはオッドアイの瞳だろう。

 右目は宝石のような緑色(エメラルド)で、左目が金色だ。

 一目見たら印象に残る幼女だ。きっと誘拐とかされやすいな。

 俺はかってにそう決めつける。


「さて、トウマ君。紹介を続けよう。この方はマキナ・ユーフィリア殿下。ロマニア王国の第三王女であらせられる」

「うわぁー、すごーい。王女様ですか。高貴なオーラがビシバシきますねー」


 俺は疲れていたので、てきとうな棒読みで返した。

 王女だから何だっていうんだよ。

 俺には関係ない話しだろ?


 しかし俺の態度が気に入らないのか、アドニスの両眼(りょうがん)がギランと(にぶ)い光を放つ。

 このおっさん、本当に人間かよ。

 ちょっと人間離れしすぎだろ。

 ちくしょう、しょうがない。


 アドニスの強制のもと、俺はうやうやしく片膝をついて左手をギュッと握りしめ、自分の胸に押し当てる。そのままの体勢で王女様を見上げた。


「王女様、僕はトウマ・アシュレイと申します。どうかお見知りおきください」

「ええ、よろしくお願いしますね。ところで、あなたはとても面白い人ですね。わたくしはあなたのような子供を初めて見ました」


 小さいくせに、人を面白い呼ばわりするとは。さすが王女様だな。

 偉いんだろうけど、無駄に偉そう。


「ハハハー、僕って街でも変な子として有名なんですよ」

「変な子。うん、あなたは変な子供ですね」

「……おまえだって変な子供だろ」


 俺は思わずぼそりとつぶやく。

 王女様にも聞こえたのか、すこしだけ驚いたように(まばた)きを繰り返した。


「そうですね。わたくしも変な子供でした」

「――なにを言われますか、殿下」


 あっ、やべえ! アドニスおじさんがお怒りだ。

 そんな視線だけで、人を射殺(いころ)すような目を向けなくても……。

 王女様はころころ笑っているんだからいいじゃんか。


「……トウマ君。もう良い。そろそろ君は、訓練に戻りなさい」

「はい! わっかりました!」


 俺は慌てて立ち上がって、ビシッと背筋を伸ばす。

 すぐさま向きを変えて、自分専用の魔法人形に駆け足で逃げていくのだった。

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