表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第12話【声なき歌 ~Quivering Unity~】

 あの雨の夜から始まった物語が、4年後の星空の下で終わる。


 声が出なくなっても、目が見えなくなっても、心が歌えば、それは永遠に響く。


 小さな光は、みんなの胸で、


 静かに、強く、輝き続ける――。


(AIイラストによる挿絵で、物語の情景をそっと彩っています)

挿絵(By みてみん)


・星空の下、再び開く扉・


 あの咲良(さくら)Bloom(ブルーム) Festa(フェスタ)から4年後。


 咲良町にリニューアルオープンした小さなライブハウス「凪沙(なぎさ)」。


 外壁に残る古い木の温もりが、喫茶店だった昔の記憶を優しく呼び起こす。


 天窓から見える星空が、雨上がりの冷たい空気と共にステージに降り注ぎ、スポットライトを柔らかく滲ませていた。


 会場は満員。


 300人の観客が、期待と温かなざわめきで包まれている。


 ステージ袖。21歳になった綾乃(あやの)は、セミプロとして数々のイベント出演や合同ライブを経験してきたが、今日は違う。


 初めての正式デビュー単独ライブ。


 ユニット名は「Quivering(クィヴァリング) Unity(ユニティ)」。


 綾乃と(はな)の二人で、4年間、細々と活動を続けてきた。


 舞台袖に立つ綾乃は「Quiver(クィヴァー)」の文字が刻まれたギターを抱え、深呼吸した。


 木のボディが掌にぴったりと馴染み、4年前のあの雨の夜の温もりを思い出させる。


 隣に立つ華は、ブルーブラックの髪を少し伸ばし、穏やかな瞳で綾乃を見つめていた。


 その瞳には、優しい光が宿る。


「緊張してる?」


 華の声は優しく、4年前の冷たさを微塵も残していない。


 綾乃は小さく笑った。


「うん……でも、華さんが隣にいてくれるから、大丈夫」


 そのとき、後ろから優しい声が響いた。


「綾乃ちゃん、華ちゃん……きっと大丈夫。あなたたちの声なら、絶対に届くから」


 振り返ると、赤いフレームの眼鏡をかけた女性が、穏やかに微笑みながら立っていた。


彩花(あやか)さん……!」


 佐藤(さとう) 彩花(あやか)——


 中学時代、華の最大のライバルだった天才ピアニスト。


 あのコンクールでの失敗をきっかけに一度姿を消した彼女は、今では若手スタジオミュージシャンとして活躍している。


 華が事前に連絡を取っていたと聞いていたが、二人が実際に顔を合わせるのは中学以来だった。


 彩花は穏やかに微笑みながら近づいてくる。


「昔の私も……同じように怖かった。でも、ふたりの絆を見ていたら、私も昔を思い出すの。今日は、私が支えるから。怖がらずに、自分の音を鳴らして」


 華は一瞬、照れくさそうに目を伏せ、苦笑いを浮かべた。


「……彩花。中学以来、また同じステージに立つなんてね……。私、あの時のあなたの音がトラウマになって、完璧しか信じられなくなった。でも、今は……」


 華は少し言葉を切り、隣に立つ綾乃に視線を移した。


 その瞳には、静かな感謝の色が浮かんでいた。


「……綾乃と出会って、変われた気がする。あの子の優しい揺らぎが、私の固く閉ざしていた何かを、そっと溶かしてくれた。だから……あなたにも、見届けて欲しかった。私が、どれだけ変われたのかを」


 彩花は優しく微笑み、華の手をそっと握り返した。


「それが、あなたの強さよ。あのとき、私も怖かった……失敗したらすべてが終わるんじゃないかって、毎日震えていた。でも今、こうしてあなたと一緒にステージに立てている。声をかけてもらって、本当に嬉しかった」


 三人の手が、静かに、強く繋がった。


 ステージへ踏み出す。


 スポットライトが綾乃とギターを輝かせる中、客席のざわめきが静まる。


 綾乃はマイクを握り、ゆっくり話し始めた。


「このライブは……4年前の私たちには、想像もできなかった場所です。雨の夜、初めてここに来た私は歌えなくて、声なき歌を抱えていました」


 綾乃は観客をしっかりと見据え、続ける。


「でも、この凪沙のオーナー、(りょう)さん、隣にいてくれる華さん、そして大切な友達、母さん……ここで歌を聴いてくれるみんなが、私の揺らぎを信じてくれたから……ここに立てています」


 客席の亨が、目を細めながら頷く。


 その目には、4年前の病室での全ての想いが、静かに輝いていた。



・途切れたメロディが繋がるとき・


 綾乃はマイクを握り、静かに微笑んだ。


「最初の曲は……『声なき響き』。4年前、私がここで出会った想いを、言葉にせず、音だけで紡いだ曲です。声が出なくても、心は歌える—— 今日、それを皆様にお届けします」


 綾乃と華が小さく頷き合い、二人同時に静かなイントロを奏で始める。


 綾乃のギターが、哀愁を帯びたメロディを優しく、しかし深く響かせる。


 左手指をスライドさせながら、薬指・中指・人差し指が繊細なアルペジオを紡ぎ出す。


挿絵(By みてみん)


 指先が弦に触れるたび、わずかな息吹が音に宿り、亨が教えてくれた「揺らぎの温かさ」を思い起こさせる。


 華のピアノが、そっと寄り添うように加わる。


 水晶のかけらが零れ落ちるような透明なアルペジオが、綾乃のギターの哀愁を優しく照らし、明るく輝く希望の響きを重ねていく。


挿絵(By みてみん)


 静かなイントロから中盤に差し掛かったところで、彩花のキーボードが、秋の夕焼け空を思わせる情感あふれるストリングスで包み込む。


 温かく広がる響きが、二人の音を優しく受け止め、会場全体を柔らかな光で満たした。


 三つの音が溶け合い、静かでドラマチックな旋律が会場全体を包み込んだ。


挿絵(By みてみん)


 客席は息を潜め、聴き入っている。


 誰かの小さなため息、誰かが目を潤ませる息づかいが、ところどころに聞こえた。


 曲はサビに向かって徐々に高揚していく。


 華のピアノが一瞬静まり、静かでドラマチックなギターソロが始まる。


 綾乃の指が力強く弦を弾き、情熱的な旋律を響かせたのち、三人の音が再び重なり合う。


 クライマックスで一気に盛り上がり、最後は華のピアノによる美しくも儚い短いフレーズで、静かに、しかし余韻を残して曲が終わる。


 会場が一瞬、完全な静寂に包まれた。


 次の瞬間、温かな拍手と歓声が広がった。


 綾乃はギターを抱えたまま、華と彩花に視線を送る。


 華は小さく微笑み、彩花は満足げに頷いた。


 三人は軽く頭を下げ、息を整える。



 ライブはラストに差し掛かり、最後の曲、『声なき歌』が、会場全体に広がり始めた。


 綾乃のギターが、明るい希望を帯びた爽やかな響きで歌い出す。


 指先が弦を軽やかに掻き、開放的なストロークが夜空に向かってまっすぐに伸びていく。


 華のピアノが、爽やかで透明感のある音色で寄り添い、彩花のキーボードが、雨上がりの夜明けを思わせる爽やかなパッド音で包み込む。


「……息が詰まっても 声が揺れても

 それでいいんだ それが私」


 観客の息が止まり、涙を堪える音が静かに会場に満ちていく。


 客席で綾乃を見つめる母は、膝に置いた楽譜をそっと開いた。


 そこにあったのは、若い頃の父の写真。


 ギターを抱え、優しい笑顔で弦を弾いている。


 その隣には、まだ幼い綾乃が、父のギターの真似をするように小さな手で空の弦を掻いている姿が、一緒に写っていた。


 母の指が写真を優しく撫で、瞳に涙が浮かぶ。


 いつも完璧を求め、強くあろうとしてきた母の目が、今はただ、娘の歌と亡き夫の笑顔に溶けていく。


 芽は客席で誇らしげに綾乃を見つめ「声なき歌」を静かに口ずさむ。


「……君に届くまで 歌い続ける

 胸の鼓動が そっと寄り添う

 涙じゃ足りなくても

 それでも温もりがあるなら……」


 そして、ラストのフレーズで、綾乃、華、彩花の3人の声が重なり合う。


「……そして、これから一緒に取り戻す」


 その直後、綾乃の声が美しく、力強く、会場全体に響き渡った。


「 ……みんなの歌……声なき歌は 永遠に続くよ」


 4年前の彼女の声は、震え、途切れ、喉の奥で固く閉ざされていた。


 しかし今、その声は迷いなく、胸の奥底からまっすぐに伸び、温かさと確かな強さを併せ持っていた。


 亨の教え、母の告白、華との出会い、芽のぬくもり——すべての想いが、綾乃の声に深く宿り、透明で力強い響きとなって広がっていく。


 声がホールに響き渡った瞬間、綾乃の涙がスポットライトに輝いた。


 会場に、再び熱い拍手と歓声が響く。


 綾乃はギターを抱えたまま、華と彩花の手を握る。


 三人はステージ中央で並び、深く頭を下げる。


 拍手が鳴り止まない。


 そして、観客の声が一斉に上がった。


 アンコールの声が、会場を揺らす。



・声なき歌が、沈黙を破るとき・


 綾乃は、その声に応えるように、客席の亨に微笑みかける。


 亨は静かに頷き、ゆっくり立ち上がった。


 入退院を繰り返していた、あの4年前より、しっかりした足取りでステージに歩み寄る。


挿絵(By みてみん)


 華が静かにピアノの前に戻り、彩花がキーボードに指を置く。


 イントロが流れ始めた。


 かつて、亨がプロデビューを夢見て作った曲――『Quiver』。


 亨はQuiverのギターを綾乃から受け取り、構えた。


 指が弦に触れる。


 口が動き出す。


 声は出ない。


 でも、その唇の動きは、4年前のステージで夢見た完璧なものだった。


 綾乃がマイクを握り、亨の口の動きに合わせて歌い始めた。


「……震える夜に 君の声を探して……」


 会場が息を呑む。


 亨の口が動き、綾乃の声が重なる。


 まるで、4年前の雨の夜、綾乃が亨の「声なき歌」を聴いたあの瞬間が呼び覚まされるように。


 サビに入る。


 亨の表情が、苦しげに、そして嬉しげに歪む。


 喉が震える。


 息が漏れる。


 そして――最後のフレーズ。


 亨の唇が大きく開く。


「Quiver……震えながら 君に届くよ……」


 その瞬間、掠れた、でも確かな、


 亨の声が、マイクを通って会場に響いた。


 ほんの5秒だけ。


 掠れて、震えて、でも温かくて。


 会場が、一瞬、完全に静まり返った。


 誰も息をせず、誰も動かず、ただその「声」を飲み込むように聴き入った。


 亨の目から涙が溢れる。


 綾乃は、思わず亨の元に駆け寄り、しっかりと抱きしめた。


「亨さん……出たよ。あなたの声……」


 亨は震える声で、掠れながらも確かに答えた。


「……ありがとう、綾乃。君が……僕の声を取り戻してくれた」


 華がピアノから立ち上がり、彩花がキーボードを離れ、綾乃と亨の隣に並ぶ。


 全員がステージ上で手を繋ぎ、マイクに向かって『Quiver』のラストコードを、4人の声でハモらせた。


 次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が爆発した。


 亨は綾乃からマイクを受け取り、かすれた声で、しかし力強く語りかける。


「みんな……ありがとう。 かつて、僕は声が出なくなって、このステージを諦めた。でも、この……綾乃が、僕の代わりに歌ってくれた。そして今、僕の声が、ほんの少しだけ……戻ってきた」


 会場が、光と拍手と涙で埋め尽くされる。


 スポットライトがゆっくりと絞られ、ステージ上の全員を優しく包む。


 亨は綾乃の手を握り、華と彩花も手を繋ぐ。


 亨の指は、4年前の病室で綾乃が握った時より、確かに力強くなっていた。


 二人の視線が絡み合い、言葉を超えた約束が静かに交わされる。


 華と彩花はお互いの顔を見つめ合い、少女時代に戻ったかのように照れくさそうに笑った。


 綾乃は二人の笑顔を見て、胸が熱くなる。


 四人がステージ中央で手を繋ぎ、スポットライトの下で深く頭を下げる。


 観客の拍手が、再び大きく、温かく広がった。



・星の光が、水溜りに揺れる夜・


 星空の下、ライブハウス「凪沙」は、永遠の揺らぎに満ちていた。


 ステージ裏。


 ライブの余韻が残る中、綾乃は屋上の扉を開け、雨上がりの星空を見上げる。


 水溜りに星が揺れている。


 あの雨の夜と同じように。


 ポケットから、古いカセットテープを取り出した。


 4年間、いつも持ち歩いていた母のテープ。


 もう、再生しなくても、その中身は心に刻まれていた。


 綾乃は、初めて凪沙に駆け込んだ、あの雨の日を思い出す。


「あのとき、父さんの声は、もうテープから消えていた。でも、あの温かく掠れた響きが、私を凪沙の扉に導いてくれた。そして、亨さんの出せない声が、私の心には確かに聞こえた。」


 綾乃は目を閉じ、静かに息を吐く。


 眼鏡を直そうとした手が、静かに止まる。


 綾乃は、その手で眼鏡を外し、満天の星空を裸眼で見つめる。


 涙がレンズに落ち、星を揺らす。


 曇りが取れた視界に、無数の星がクリアに広がる。


 あの雨の夜、曇ったレンズ越しにしか見えなかった星が、今は心に直接刺さる。


「歌は、声だけで伝えるものじゃない。喉が震えなくても、息が途切れても、心が歌えば、それは永遠に響く……」


 ギターのヘッドに刻まれた「Quiver」の文字を、指でやさしくなぞる。


「……私は、一生、歌い続ける。

 声が出なくなっても、目で歌う。

 目が見えなくなっても、心で歌う。

 そして、いつか心が止まっても……

 この揺らぎは、誰かの胸に、永遠に残り続ける。」


 風が優しく髪を揺らす。


 遠くから、『声なき歌』のメロディが、響いてくる。


 それは、綾乃の声でも、華の美しいソプラノでも、亨のかすれたハーモニーでもなく、みんなの心が重なり合った、声なき歌。


 胸の奥で、優しく、永遠に響くメロディ。


 綾乃は小さく微笑み、星空を見上げる。


「声なき歌は、永遠に響き続ける」


 あの雨の夜と同じように、星の光が水溜りに揺れながら、静かに、しかし確かに、永遠の答えを返していた。


――Quivering Unity


 明日も、明後日も、揺らぎながら歌い続ける。


 プロの道は、まだ始まったばかりだ。


【声なき歌 完結】


挿絵(By みてみん)

 ここまで読んでくださったすべての方へ。


 この物語は、雨の夜に始まり、星空の下で終わりました。


 綾乃の揺らぎは、最初は「怖いもの」でしたが、最後には「みんなを繋ぐもの」になりました。


 亨の声が少し戻り、華は完璧を捨て、母は娘を抱きしめ、芽は自分の声を信じ始めた。


「声が出なくても、目が見えなくても、心が歌えば、それは永遠に響く」


――それが、私がこの物語が伝えたかった、一番の想いです。


 みなさんの中にも、きっと「声を出せない日」があるのではないでしょうか?


 そんなとき、この物語を思い出して「揺らぎながらでもいいから、一歩踏み出してみよう」と思ってもらえたら、筆者としては、これ以上ない喜びです。


 もしこの物語が、あなたの「揺らぎ」を少しでも後押しする力になったなら…… ぜひ感想を聞かせてください。


 ブックマーク・評価ポイントも、最後まで応援してくれた証として、作者の宝物になります。


 みなさんの声が、私の次の歌の糧になります。


 この物語を最後まで読んでいただいた皆さんは、もうQuivering Unityの仲間です。


 またどこかで、星空の下で会いましょう。


絹咲メガネ




・お知らせ


凪沙のライブで披露された「声なき響き」をYouTubeにて公開中。


ぜひお聴きください。


●~Quivering Unity~「声なき響き」

https://www.youtube.com/watch?v=WzQCROzTCh4


本最終回に登場の彩花が主人公の青春音楽小説「彩光の詩」も、ぜひご覧ください。


●「彩光の詩 ~Eternal Echos~」(全37話完結)

https://ncode.syosetu.com/n8046kw/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
パチパチパチパチ(拍手) ふおおおおおぉぉぉぉ!! 1話からずっと追ってました。 余韻が半端ないです。 感想書くの下手なんですが、これだけは言えます。 最高でした!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ