どいつもこいつもマイペース
ワルドという男は顔が悪い。
取り立てて酷いご面相というわけでもないし、目立つ傷やイボがあるわけでもないが、どうにも悪党ヅラなのだ。
おかげで人生に損も多かったし、実際に山賊にまで落ちぶれた。幸いヴィクトリアという変わり者の領主夫人に見込まれて、バロール領に仕える身となったが、だからといって、人相が劇的に改善するわけでもない。
ワルドは相変わらず髭だらけの山賊顔をニヤリと歪めた。
「いやあ、奇遇だ! まったく旦那は神出鬼没だな」
胡散臭い男は、キョトンとしている黒騎士を、大袈裟に両手を上げて歓待した。
ワルドは顔は悪いが、頭は良い男だった。
彼は黒騎士のことはギリ峠で見ており、守備隊長のムーアやヴィクトリアからバロール領に味方する無害な怪異だという程度の説明は受けていた。だから河での黒騎士の活躍を見た瞬間に、コレは恩を売って縁をつないでおくのがいい相手だとピンときた。
親しげに近づいた彼を、やれ山賊が出たと成敗するでもなく、黒騎士は黙って話に乗ってくれた。
「まあ、ゆっくりしてくだせえ。ここはうちでおさえたヤサなんで」
まだ掃除も行き届いていなくて申し訳ないがと、ワルドが黒騎士を連れてきた場所は、どうやら昔は宿屋兼居酒屋だった建物らしい。廃屋を開けたばかりだそうで、調度はそろっていなかったが、酒場の名残の大きな一枚板のカウンターと十人は囲めそうな大テーブルは往時のものが残っていた。
大テーブルの周りには切りっぱなしの丸太が幾つもあって、足りない椅子代わりにされていた。どうやら大人数での会合にこの建物は使われているらしい。
「酒はねぇんですが、まあ、このご時世なんでご堪忍を」
ワルドは黒騎士に椅子を勧めた。
「旦那は無口そうなんで、まずはこっちの事情を話させてもらいますがね」
この町には自分も来たばかりなのだがというワルドが事情を説明している間に、工事の主任やら町長やらが次々とやって来た。
「おい、ワルド! 現場を救った英雄をどこに……おお、貴方か。先ほどは助かった」
「主任、こちらは黒騎士様だ。ヴィクトリア様のご信頼熱い騎士様だぞ」
「根付きの大岩が崩れて、怪力の怪異が現れたとかなんとか報告が……何がどうなっている?!」
「町長殿、ヴィクトリア様が使わしてくださった助っ人を魔物の扱いは不敬だぞ」
「そうだそうだ。うちの作業員がこの方のおかげで三人は命を救われてるんだぞ」
「お、おお。それはすまぬ。それで根付きの大岩は?」
「今その話をしていたところだ」
元酒場の大テーブルはたちまちこの町の顔役で埋まった。
「おい、何人かひとっ走りして水よりマシなもの調達してこい」
訳知り顔で黒騎士の脇に陣取ったワルドは、本来なら新参者の彼が混ざれるはずのない座の仕切り役にちゃっかり収まっていた。
§§§
河を下ってきたラリーが合流した頃には、黒騎士はすっかりただの強力な助っ人扱いで、タキリに馴染んでいた。
「なにをやっているんですか?!」
「なんだ。お前、今日ついた新人か。ありゃ、河岸工事に邪魔だった"根付きの大岩"っていう厄介な岩の半欠けで、今、そいつをどかしちまおうって算段をしてるところさ」
「いえ、岩の方ではなくて、あの黒い鎧の……」
「ああ、黒騎士さんかぁ。あの方はすごいぞ。びくともしなかった大岩をパッカーンって真っ二つに割っちまった十人力、いや百人力の大力の持ち主だ。すごいだろう」
タキリの者から身内自慢の口調で黒騎士の紹介をされて、ラリーはとまどった。
たった一日半かそこら目を離しただけで、どうしてこうなっているのか理解が追い付かない。
「なんで、あんな格好であんなとこに上ってるんだ」
半分崩れた櫓に倒れ掛かっている大岩の上にいる黒騎士は、なぜか周囲の人足と同じ布の肩当てを鎧の上から着けている。たしかに周りとの一体感はあるが、汗取りのために皆が額に巻いている布まで真似ているのは、意味が分からない。
「いやぁ、兄ちゃん。あれはだな。"根付きの大岩"の割れたとこに、なんか杭みたいなもんが埋まってたんで、あの黒騎士さんに引き抜いてもらおうとしてるとこさぁ」
ラリーが教えてもらったところによると、あの岩は元々、"根付きの"と言われるように、押せども引けどもびくともしない岩だったそうだ。それが二日ほど前になぜか少しばかり揺らいだので、これはチャンスだと昨日、皆で引いていたところで、黒騎士が現れ半分に割ってしまったというのが、ここまでの顛末らしい。
河に倒れた側の小さいほうの半割れは今日の昼前に片付けたのだが、残った側が動かない。
見れば、割れたてっぺんあたりに何やら金属の杭のようなものが斜めに突き出している。
「そんなわきゃあないんだが、あの杭で岩が留まっているんなら、抜きゃあなんとかなるだろうって」
「抜きゃあなんとかって、そんなことできるんですか」
「だから、あの剛力の旦那に頼んだってわけさね」
そんな無茶苦茶な、と思いながら、ラリーが河縁から目をやると、黒騎士は大岩の中から軽々と剣のようなものを引き抜いていた。
§§§
「確かに旦那の体格なら、剣にはちょうどいい長さだが、こりゃあ剣じゃなくて鉄棍だぞ」
サムソンは渡された代物をしげしげと眺めた。黒々とした棒状の金属塊は、岩から出ていたという部分は朽ちて細くなっていたが、岩の中に埋まっていたという部分は太くてやや扁平だった。細い部分に握りやすいような持ち手を付ければ、剣のような形状にはなるが刃はつけられないので、どう考えても打撃武器だ。
サムソンは、ここをこうだのこっちをああだの検討してから、黒騎士をじろりと見た。
「それで、肝心の槍の方は領主館に置いてきちまったってのは、どういうことなんだ」
そもそも槍の穂先をちゃんと付け直すためにタキリくんだりまで来てるのに。領主館でいいなら川下りなどせずに領主館に戻っていた。と、ぶつくさ文句を言うサムソンに、黒騎士はペコペコ謝った。
「まあいい。鍛冶屋に行こう」
勝手知ったる風で町を歩くサムソンは、修業時代に西の沿海諸国を周るついでにタキリにも来たことがあるのだと黒騎士に語った。着いた鍛冶屋での相手方の反応やサムソンが受けた歓待を見ると、この武具職人は同業者内ではかなりの有名な腕利きで尊敬されているようだった。
「えっ、じゃあこの鎧も、サムソン様の作なんですかい?! はー、こりゃ見事だ」
「あー、褒めてもらえるのはありがたいが、それ中身は偉い人だからあまりそう近くでジロジロ眺めたり裏を覗き込んだりしないようにな」
「あっ、こりゃ失礼を」
場所も道具も問題なく借りられそうだから仕上げておくと約束して、サムソンは黒騎士を先に帰らせた。うっかりすると分解されそうだった黒騎士は早々に鍛冶屋を退散した。
§§§
「おつかれさま」
まだ療養用寝室のベッド暮らしの私は、薬湯のカップをサイドテーブルに置いて黒騎士に両手を差し出した。黒騎士はこちらが期待したように抱擁したり抱き上げたりしてくれることはなく、ちょっとためらってから、私の手に自分の鉄の手のひらをそっと重ねた。
そうじゃない。そうじゃないけど、私は許した。この人のこういうところは嫌いじゃない。
「ごめんなさい。今日は一日ずっと寝てしまって」
心配そうに私の顔を覗き込む黒騎士の兜を撫でてあげる。
「大丈夫。ちょっと疲れが出ただけ」
昨日ずっと形代と遠隔連携の術式でつながっていた上に、緊急で強化術式まで発動させたのは、さすがに堪えた。接続方法の見直しと形代の改善は必要である。
「それでね。魔力運用効率を改善した形代を用意したの。前のと取り換えるわ」
私は枕元に用意していた人形を取り出した。今度のは前のように平べったくはなく、手足も少し動きやすい造りにした。ドレスのスカートもぺったんこに縫い付けたものではなく上から着せる形なのでけっこう可愛いと思う。
黒騎士は私の手元の人形を見て固まってしまったが、「いい感じでしょ?」といって人形の手を振って見せると、カクカクと肯いてくれた。
「今日は全然様子を見ていなかったのだけれど、フィヨちゃんは元気にしていた?」
カタ……カタカタ(どうだろう)。
黒騎士は頼りない返事をして、首元から胸部装甲の中に手を突っ込んだ。
彼が鎧の中から取り出したのは、藤の蔓を編んだ小さな籠で、中には私がフィヨと名付けた鳳雷鳥の雛が入っていた。どうやら、虹色の揺らぎを通るときに鎧の中に入れるにあたって、雛が足のところまで落っこちないように籠を用意したらしい。作ったのはサムソンだろうか? 籠の縁に引っかけ鈎が付いている。気の利いた細工である。
雛は私の人形を枕のようにして、腹を上に向けてスヤスヤ寝ていた。眠る鳥の雛を見たことはないがこの寝方は鳥として間違っている気がする。
「お疲れのようだけれど、具合が悪いわけではなさそうね」
嘴の付け根あたりをつつくと、フィヨはヘチっと変なくしゃみをした。
私は前の人形をそっと外して、代わりに新しい人形を入れた。試しに連携して人形を動かし、雛の頭を抱えるようにして膝枕をしてあげる。いい感じだ。
黒騎士がそこはかとなく羨ましそうにじっと様子を見ているのは、彼も同じサイズでフワフワの雛を抱えてみたいからだろうか。
「あなたもこっちの人形と繋がって動かしたり様子を見たりすることができると便利よね。今度考えておくわ」
私が枕元で添い寝させている彼の人形を指すと、黒騎士はカタカタ兜を鳴らして返事をする代わりに、書き物机の上に置いたままだった試し書きの紙を手に取って、この前書いた部分を指さした。
"ありがとう"
"無茶をしないで"
それから彼は、自分の人形を丁寧に脇にどけて、代わりに私の枕元に座った。
私はくすくす笑って、彼に「今日、何があったか教えて」とお願いした。
§§§
ルオボ川からナジェール河へ小舟を乗り継いで下る旅ですっかり消耗して寝込んでいたローガンは、見舞いに来たラリーから根付き岩の話を聞くと、途端に元気になった。
「大変に興味深い!! ここでも岩と棒のモチーフの組み合わせです」
看病してくれていた村長の娘が額に当てていてくれた濡れ手ぬぐいが落ちるのも気にせずに飛び起きて、ここで出てきた鉄棍の色も黒かったかとワクワクしながら問いかける学者に、ラリーはそうだった気がすると答えた。
「黒は古代神玄冥を象徴する色です。人の手では埋めることができないほど深く岩に突き刺されていたその鉄棍。何か曰くのある品に違いありません!」
「伝説の古代神というほど大層なものではないにしても、杖石と関連はあるかもしれないですね」
それまでびくともしなかった岩が急に揺らいだのが、ちょうど杖石が崩れた頃合いだとラリーは指摘した。
「僕……ふと思ったんですが、あの杖石の昔話で"老人が手にした杖で三度打ち据えると、鱗のある獣は恐れをなして退散した"ってくだり、あれ一本の杖でその場で三回殴ったってことじゃなくて、杖が三本あったってことなんじゃないでしょうか」
「なんと!」
「伏鉢山に行ったときにサムソンさんが話していたでしょう。沿海州に伝わる話にも、老人が杖で怪魚を追い払ったっていうのがあるって。あれが三本目なんじゃないですか?」
内陸にある枯れ底の杖石、ナジェール河中流の根付きの大岩、沿海州の岬の塚。
「たしかに湖から海まで追っている……」
真剣な面持ちでこぶしを握り締めるローガンの隣で、村長の娘は落ちた濡れ手拭いを拾いながらくすくすと笑った。
「でもそれができる"老人"って、実在したとしたらいくら何でも強すぎませんか」
「いやいや、それはだね」
若い娘に笑われて学者先生はしどろもどろになった。
「それに、港を広げようとして岬の塚を壊したら怪魚が来て港自体が使えなくなったっていうのは、ずいぶん昔の話ですよ。その時は根付きの大岩は何ともなかったんですから関係ないですよ」
村長の娘の話にローガンとラリーは顔を見合わせた。
「お嬢さん。その怪魚というのはルス湖にいるという魚のことですか?」
「ええ、そうよ。海から来た怪魚がルス湖に居ついちゃったから、ナジェール河を使って沿海州に石を売りに行けなくなってタキリはすっかり廃れたっておじいちゃんがよく嘆いてたわ」
顔立ちのいい金髪の好青年であるラリーに"お嬢さん"と呼ばれて、嬉し気な娘は饒舌に語った。
ローガンは、自分が沿海州の伝承と実情を実はちゃんとわかっていないということに気づいた。
「すみません。一つ教えていただきたいのですが、怪魚というのは……輸送船が往来できなくなるほど危険な魚なのですか?」
「ええ、そうよ。身の丈が20ヒロも30ヒロもあるって言われてる大怪魚ですもの」
1ヒロは大柄な男の身の丈ほどの長さだ。誇張があるにしても、とてつもない怪物である。
「実在?」
「いるからタキリはこうなの」
最近は運河工事の人がいっぱい来て賑やかでいいけれど、全員むさくるしくて貧乏なのがいただけないわ、という娘のシビアな意見は置いておいて、ラリーとローガンはヴィクトリアからの書付に描かれていた"鱗のある獣"の絵を思い出していた。
「まさかとは思うけれど、ケトゥスって前肢がある?」
「どうかしら? 見たことがないから、わからないわ」
確認する機会はすぐにやってきた。
ざっくり地図をまた載せておきます。
現在地は⑤。
-[簡易地図]----------------------------------
^^^^^^^^^^ガラ大山脈^^^^^^^^^^^^^^^ ↑北
~~^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
~ルス湖==⑤=ナジェール河=====
~L_____」^ |ルオ^^^
~| デボン^ -------- i △ Lボ川^^^
~L 山地^ 荒野 ④^トールス
~L^^^ ③#^^^山系
~L^^^ ①領主館 ▲②▲▲▲▲^^
~~L^^▲ ギリ峠 ▲▲エンデミール大森林▲
-----------------------------------------------
~:海、^:山、▲:森、#:沼、△:伏鉢山
i :杖岩(枯れ底)、--:古い川の痕跡
②貯木場、③トリル村、④フェス村、⑤タキリの町




