ちょっと目を離すとこの人は
領主館の前に出現した黒騎士を出迎えたのは、極めて機嫌の悪いリラだった。扉の前に立ちふさがり、腕組みをして仁王立ちになっている彼女の威圧感に、黒騎士はまごまごした。
リラはそんな黒騎士をじっと見てから、深々とため息をついた。
「いいでしょう。貴方が一体何をやらかしたのかは知りませんが、どうせ悪気はなかったのでしょうし、ヴィクトリア様もお待ちですからご案内します」
「でも」と、この厳しい侍女は黒騎士に強く注意した。
「今度から無茶をするときは、ヴィクトリア様に害が及ばないようによく注意してから、やってください」
案内された療養用寝室でヴィクトリアはぐったりとしていた。
§§§
「気にしないで、大したことはないのよ」
心配性の皆が大げさなだけだと言って、私は入口のところで固まってしまった黒騎士を安心させた。上掛けから手の先だけを出して手招きすると、彼は恐る恐る私のそばに寄ってきた。
「驚かせてごめんなさい。ちょっと魔力を使いすぎてしまっただけなの」
私はそこで彼の兜の角度が、微妙に私の顔を見るよりも上にずれたことに気づいた。彼が何を気にしたかに思い当たって、私は急いで枕を被った。
「あっ、その……この角はね。魔力を強く使うと伸びちゃうのよ。気になる? じきに目立たないぐらいに戻るから」
枕の下からもごもごと言い訳を並べていると、ガサゴソと彼が何かしている音が聞こえた。
なめした革の匂いがして、大きな手袋が枕をそっとどかし、私の額を撫でた。
少しかがんでこちらを覗き込んでいる黒騎士からのいたわりの気持ちが、その柔らかい革手袋の感触から伝わってきて、私は胸がいっぱいになった。
「あ……」
……いしてる、と言いたいのか、ありがとうと言いたいのか、よくわからないまま漏れた私の声は、鎧からのフィという奇妙な鳴き声で遮られた。
「なに? 今の声」
黒騎士の鎧の胸当ての首元の隙間から、なんだかフワフワした灰白色の何かが覗いていた。
フィヨ?
ビーズのような丸い目と目が合った。
まぬけな顔だわ。
そう思ったとたん、灰白色のフワフワはぴゅっと引っ込んだ。とたんに黒騎士は首元や胴を押さえてわたわたし始めた。押さえる位置が下がっていくところを見ると、さっきの何かが鎧の中を下りて行っているらしい。大丈夫なのだろうか。私は心配になって半分身を起こした。
謎のフワフワは一度、足まで下りたところで折り返して登ってきたらしい。黒騎士は今度は膝やお尻を押さえては変な格好になっていた。
と思ったら首元からまたピョイっと小さな羽毛頭が覗いた。
頭のてっぺんに飛び出した二本のちっちゃな飾り羽根がちょこんと揺れる。鳥の雛らしきその羽毛玉は小さな嘴に咥えてきたものを鎧の中から引っ張り出し、それを短い脚でつかみ直すとベッドにいる私の方に転がり落ちてきた。
慌てて身を起こすと、雛は持ち上がった上掛けに巻き込まれて、おなかのあたりまでコロコロ転がった。
「あらあら」
咄嗟に黒騎士が大きな手袋をはめた手で雛を止める。ほっとした私は、上掛けの上に落ちた雛が持ってきたものに目をやった……私の人形だ。付けていた紐が焼け焦げて半ばなくなっている。
クルクル目を回していた状態から復活した灰白色の雛は、短い脚ですっくと起き上がると、私の形代の人形を一度チョンと嘴でつつき、それから私の方に嘴を向けて、自信満々の態度で一声鳴いた。
フィヨ!
”コレはアナタ”、そうでしょ? と単純で明確に問いかける顔が愛らしい。
「当たりよ。それであなたはだあれ?」
私は小さな雛を両手ですくいあげた。小さいのにびっくりするほどの魔力にあふれている。
私はぷるぷる震える雛を片手に乗せたまま、もう片方の手で人形を拾って黒騎士に向かって微笑んだ。
「今日何があったのか詳しく教えて」
黒騎士は何か弁解したそうなギクシャクとした動きを2、3したあとで、直立してカタリと頭を下げた。
§§§
「なるほどね」
主治医の渋々の了承のもと、私は毛布とシーツにぐるぐる巻きにされた上で、クッションをたっぷりのせた黒騎士の膝の上に座って、彼の綴る報告を逐一読んでいた。
一回り体格の大きな鎧にすっぽり抱えられて座っている形だが、毛布とクッションのおかげで痛くも冷たくもない。安定性は抜群だ。
椅子代わりにされている彼はたまったものではないだろうが、生身でないため平気らしい。左腕でしっかり私を抱えたまま、長時間黙々と今日の出来事を筆記してくれている。
書かれている内容はとても興味深く衝撃的だ。
「では、鳳雷鳥が放った雷で形代が焦げちゃったのね。魔導的につながっている私の方にも急に強いダメージが入ったから何かと思ったわ」
ガタッ!
しっかり抱えられているせいで、黒騎士の動揺がダイレクトに伝わる。胴に回されている左手の力が少し強くなって苦しい。
私は「大丈夫よ」と声をかけ、安心させるために下ろしている髪をかきあげて、彼からうなじが良く見えるようにしてあげた。
「ほら、すぐにちゃんと直したから。やけどの跡は残っていないでしょ」
黒騎士の手からペンがパタリと落ちた。
ふいに後ろから両腕で強く抱きしめられた。兜が首筋に当たって冷たい。
痛かったし、苦しいけれど今ここで拒絶してはダメだということはわかった。
「怖がらせてごめんなさい。大丈夫よ。だいじょうぶ」
ゆっくりと「大丈夫」の一言をくりかえしながら、私を抱きしめる彼の腕に手を添えて緩やかに身体を揺らす。軽くほおずりするように頭を彼の兜の方にもたせ掛けると、少し伸びている角がカチンと当たった。もう、本当に……無粋で嫌になってしまう。
「でも、おかげであなたに何か危険なことが起きているのがわかったから、急いで強化術式をかけることができたのよ」
遠隔地に送る力加減がわからなくて、ごっそり魔力を使ってしまってぶっ倒れたのは恥ずかしいので、やや控えめに「そちらで不都合はありませんでしたか?」とだけ尋ねたところ、問題ないという意味の否の返事がカタカタ返ってきた。
鉄の腕が少し緩んで、手袋をしていないほうの冷たい指が私の首元や顎をなぞっていく。触れるか触れないかの微かな感触が、まるで触れ合うこと自体を恐れながらも私の存在を確かめるためにそうせざるを得ないという焦りを含んでいるようで切ない。
鉄の手は私の頬の温かさを少しの間、確かめていてから、ペンを執った。
試し書き用の紙に書かれた一言は、"無理をしないでくれ"。
「していないわ」と返したら、彼は”無理”の部分を二重線で消して、"無茶"に書き換えた。
「……はい」
素直に反省した私の角の生えた頭を、彼は優しく撫でてくれた。
試し書き用の紙には、"ありがとう"と書かれていた。
杖岩を受け止めても、鎧さんがぺっしゃんこにならなかったのは愛の力(笑)
なおep.38「疾風迅雷」の「黒騎士を中心とした突風が辺りに立ち込めていた土煙を一気に吹き払った」の突風部分が遠隔でかけられた”不壊”術式の過剰出力分ですw




