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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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杖石

 真っ黒な装甲で全身を覆った大きな馬の背にしがみついたまま、断崖絶壁を逆落としに駆け下られた挙句に、尋常でない速度で黒騎士のところまで疾駆されたローガンとユンは、乾いた茶色い大地にぐったりと倒れ伏した。


「無理……」

「地面最高」


 二人を伏鉢山の崖上から杖石の黒騎士のところまで連れてきた月魄は、せっかく特別に背に乗せてやったのになんたる非礼かと、一つフン! と鼻息で不満を表明した。


 §§§


「大丈夫ですか、ローガン殿」

「生きた心地がしませんでした」


 徒歩組のラリーとサムソンが合流したころには、何とかローガンも起き上がれるようになっていた。

 土埃だらけで髪がぼさぼさになったローガンの頭の上と、ローガンの背中をさすっている黒騎士の鎧の上を行ったり来たり飛び跳ねているフワフワの雛を見て、ラリーは怪訝な顔をした。


「なんですか? その毛玉は」

「鳳雷鳥の雛……らしいです」

「黒騎士が巣の中の卵を守ったら鳳雷鳥が預けて行ったんだってさ。凄い(えれぇ)話だよな」


 何とか雛を触ろうとしているユン少年の手を避けながら、ほぼ球形の羽毛玉は短い脚でちょんちょん跳ねている。ラリーがツンとつつくと、丸い雛鳥はローガンの頭の上からころりと転がり落ちて、黒騎士に受け止められた。


 カタカタ。


 兜を二回鳴らすのは否の意味だ。"ダメ"……つまり、"危ないからそういうことをしてはいけない"の意味だろう。咎められたラリーは素直に「すみません」と謝った。黒騎士は雛を肩に乗せて立ち上がった。


「あっ! 鎧の旦那、ちょっと肩の所見せてみろ!! あんたまた性懲りもなく無茶したな」


 甲冑師(アーマラー)のサムソンは、ぶつくさというには大きすぎる悪態をつきながら、黒騎士の肩当て(パウルドロン)肩装甲(ガードブレイス)を調べ始めた。

 黒騎士が倒れてきた杖岩から身を挺して鳳雷鳥の巣を守ったのだと聞いて、サムソンはカンカンになって怒った。


「バカか! あんたは!! そんな毛玉のために無茶をして。今のあんたの身体は中身が空の鉄板の集まりで、強い力がかかったらどうなるかわからないって教えただろう。頭トンカチで叩かねぇと覚えられないのか」


 あんな大岩の下敷きになったら、本当ならペッちゃんこになっていても、おかしくないんだぞと怒鳴られて、黒騎士は改めて倒れている杖石と自分の身体である鎧を見た。


「でも無事だよ、みたいな顔すんじゃねぇよ! 今回はたまたまどういうわけかちょっとゆがんだ程度で無事に済んでいるけれど、もしあんたになにかあったらヴィクトリア様がどのくらい悲しむか考えて行動しやがれ!」


 黒騎士は神妙にお説教を聞きながら、サムソンに肩や背中の装甲を手荒く調整された。



 §§§



 黒騎士がサムソンに説教と整体でぎゅうぎゅういわされている一方。ユン少年は折れて倒れた杖石の脇にしゃがみこんでため息をついていた。


「あーあ、こんなんなっちゃって」


 人の背よりも大きい白花崗岩は、途中でぽっきり折れて無残に倒れていた。

 倒れただけなら立て直すこともできようが、これではどうしようもない。しかもこの杖石は、元は二枚の板状の石を合わせてあったらしい。根元で折れて倒れた先は二枚に分かれて割れている。

 倒れた時に手前側の石が黒騎士に当たったのだろうか、二枚のうちの片方がよりひどく割れていた。


「おや、ここのへこんだ部分は滑らかですね。元からくり抜かれていた部分があったのかな」

「うん。石の真ん中に細長い穴があった。奥に黒い棒が見えていたんだよ」

「それが"杖"石の名の由来ですか」


 ローガンは少年の隣で、割れた石の破片を観察しながら、意外に思った。

 老人が鱗のある獣を追い払ったという昔話の杖。その実物、またはそれを象徴するレプリカが実際に杖岩の中にあるとは、ローガンは思っていなかった。

 見たところこの白花崗岩の石碑は、街道に3リード毎に設置されている道祖柱(ルマ)と同質である。ルマは高さこそ低いものの、やはり白花崗岩の中央に黒い筋が描かれていた。ローガンはルマに書かれた黒い筋は、死者が眠る幽冥の象徴である暗黒の古代神玄冥(エーレ)を表していると思っていたので、杖石もまた同じように黒い筋が顔料で描かれているか、その細長い外形が杖を連想させるという程度の由来だろうと考えていたのだ。


 領主館にあったタペストリーに伝承の幻獣のモチーフが多く描かれていたということは、バロールが豊かだった当時の領主または領主に近しい人に、伝承に興味を持つ人物がいたということだろう。ルマを街道に設置した領主がこの杖石も建てたのならば、黒いモチーフは玄冥(エーレ)を表すとみてよいはずだった。

 玄冥(エーレ)は北方の神だが、魔導王国の王立学院にも研究文書が残っている有名どころである。"村の昔話"に出てくる老人の杖よりも、格上なので、街道の守りに置くならそちらの方がふさわしいと言える。

 あるいは、領主が玄冥(エーレ)のつもりで作った意匠を、地元の村人たちが身近な昔話と結び付けて考えたのかもしれない。この土地の者が”凄い”の意味で"エーレ"に近い発音の語を使うのは、この土地に伝わる口伝の伝承の一部に古代神信仰の影響があった可能性を示している。


 ローガンが深い思索にふけっていると、ラリーが割れた石の間を指さした。


「黒い棒って、これですかね?」


 なるほど。太い黒い棒が白い石の下敷きになっている。


「それ……触らないほうがいいよ。昔、"石洗い"についてきて、穴に手を突っ込んで触ろうとしたら、じいちゃんに物凄く(えーれぇ)怒られたもん」


 年に一度、杖石を清掃する祭事である"石洗い"の時にも、この黒い棒が露出していた穴の部分は、毛々棒(ケケボ)と呼ばれる専用の掃除道具を使う決まりだったという。ユン少年は、この棒の部分がどれぐらい強いのか突っついてみたくて、素手がだめならと、祖父の家のケケボを勝手に持ち出してひどく叱られたのだそうだ。


「と言っても、祭らねばならないようなものを、こんな状態で放置するわけにもいかないでしょう」

「うーん。そっかぁ」


 困ったなと、割れた杖石の脇に屈んで額を寄せ合って悩んでいる一同のところに、黒騎士がやってきた。どうやらサムソンの応急処置が終わって解放されたらしい。

 頭に鳳雷鳥の雛を乗せた黒騎士は、浮かぬ顔の一同を見て首を傾げた。……頭の上の雛が転がり落ちかけて、わたわたと兜から肩の上に止まり直す。


「えーっと。杖石の杖が石の下敷きになっちゃって困ってたんだ」


 ユン少年の言葉に黒騎士は一つ肯くと、さっと手を伸ばして石の間から見えていた黒い棒を無造作につかんで石の間から引き出した。


「あ」


 あまりにもあっさりと引き抜かれたため、半拍遅れて杖石の残骸がガラガラと崩れた。


「鎧の旦那ぁ、そういうことは石の近くに人がいるときにやったら危険でしょう」


 さっそくサムソンに叱られて、ペコペコ謝る黒騎士に威厳は全然なかったが、その力は大したものだった。


「こりゃあ、全部、鉄か何かだなぁ」


 黒鉄にしては風合いが違うがとサムソンは首をひねったが、なんにしてもその無垢の金属らしき"杖"は長さが大人の男の背丈ほどもあり、大変に重量もありそうだった。それなのに黒騎士は普通の木製の槍のように軽々と扱い、何を思ったかそれを持ったまま、皆から少し離れたところに何かを探すそぶりをしながら歩いて行った。


「ん? なんだ、旦那。何を探して……槍の穂先?」


 それはひどく破損した穂先だった。


「ひでぇなこりゃ。え? なんだって? これを? 付けろ? ……この棒に? 無茶いうなよ」

「ああ、そうか。黒騎士殿、ヴィクトリア様からいただいた槍を焼かれちゃったから」

「はぁ?」


 ラリーから事情を聴いたサムソンは、腕組みをして三つ数えるほど考えてから「よし、直してやろう」と請け負った。

 サムソンは黒騎士のこの"鎧"の製作中にヴィクトリアにスカウトされ、鎧のメンテナンスのためにバロールくんだりまで同行させられた挙句、今は彼女に頼まれたというだけで、こんなところにまで付き合って来ている男だった。

 つまり、サムソンは黒騎士と同じく、伝説の杖の神秘や祟りの権威などよりも、ヴィクトリアの機嫌の方が重要だと考える男だったのだ。

 止める暇もあらばこそ。彼は自分の道具箱から適当に材料を取り出して手際よく棒の先に穂先をつけてしまった。


「ほら。仮止めだから無茶はできんが一応付けたぞ」


 ちゃんと直すなら、しっかりした鍛冶の道具がある場所に行かねばならないとサムソンは言った。

 あまりにも自然に流れるような手際でことが行われたので、問題ないような気がしてきてしまった他の三人は呆然と成行きを見ていたが、ここでラリーが他の二人よりも早く正気に返った。


「村に戻っても、サムソンさんが思うようなちゃんとした道具のある鍛冶屋はありませんよ」

「ああ、それは問題ない」


 領主館かタキリの町まで行けば武器を整備できる鍛冶屋はあるとサムソンは答えた。

 タキリとは北のナジェール河の中流にある町である。


「タキリ……ここから荒野をまっすぐ横切っても60リード以上ありますよ!」

「だが、川を下れば行けるだろう」


 サムソンの言うとおりだった。



 §§§



「うん。川下り組は明日出発だよ。フォスで馬小屋建てる人は残って、それ以外の人は明日の朝、ルオボ川に行くんだって」


「おかえり~」「お疲れさま~」とラリーを迎えたディックとボーは、派遣隊の一部のメンバーは領主館には帰らずに、ルオボ川の河川工事部隊と合流して川を下ってタキリに向かうのだと教えてくれた。


「黒さんもタキリ行きなのかな。サムソンさんと僕らは黒さんが行くならそっちって感じみたい」

「だったら、僕もですね」

「そっかー、よかった。またいろいろ教えてね。タキリとかルオボ川とか言われても、僕らじゃ遠いのか近いのかわからなくて。またこの前みたいに手で教えてよ」


 右手を見せてどこがどの辺りかと尋ねたボーに、ラリーは自分の右手の親指の付け根辺りを指さした。


「今、僕らがいるこのフォス村が親指の付け根あたりだとすると、ルオボ川はここから人差し指の方にまっすぐ上がるように流れています」


 ラリーはそこから手のひらを横切る筋をなぞるように指を人差し指の下から薬指の下に動かした。


「ルオボ川はガラ大山脈の麓を流れるナジェール河に注いでいますから、そのままナジェール河を西に下っていくとタキリがあります」

「ふーん」

「タキリはちょうど薬指の付け根ぐらいか。遠いな」

「おじさんたちは川下りは楽ちんだって言ってたけどね」

「それよりも、ちょっと気になったんだが」


 ディックはラリーの手を覗き込んだ。


「ラリー、そこの皴、真横に繋がっているだな」

「ほんとだ! ラリーの手だと川下り楽そう」

「いえ、手を使って説明したのはわかりやすくするためで、実際の皴や凹凸と地形は関係ないですから……昔、おばあちゃんに珍しい手だって言われたことはあります」


 それからしばし三人は手を見せ合って同じだの違うだのと雑談に花を咲かせ「でも僕らの中で一番手のひらの筋が複雑なのは黒さんだよね」という結論に落ち着いた。


「そういえば、黒さんはどうしたの?」

「そりゃお前、もう夕方だからあっちだよ」

「ああそっか」


 一同は「黒さんも毎日大変だなぁ」と茜色が薄れた雲が薄く一筋だけある領主館の方角を見た。

 空には星が出始めていた。

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― 新着の感想 ―
生まれたてなのに雛元気だなw サムソンさんいいわ~。彼もある意味剛の者。 子供の好奇心はいたずらと紙一重。しかもいらん知恵が回る少年だw 今後も出番がありそうですね。 直された槍がどう変身するか楽しみ…
頭に鳳雷鳥の雛を乗せた黒騎士は、浮かぬ顔の一同を見て首を傾げた。……頭の上の雛が転がり落ちかけて、わたわたと兜から肩の上に止まり直す。 きゃわゆい〜〜〜♫ 思った通り! ポワポワ、鎧さまに懐いてます…
大事な×3、強調して大事さは伝わってきますけど、けど、ね? ぼろっぼろの事実は変わらず。 地面最高! お馬様には申し訳ないですが、命綱なしのジェットコースターはちょっと。 無事な顔ってどんな顔(笑) …
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