映画は最後まで
幼い僕は、おじいちゃんに連れられて公民館に来ていた。
今日はここで一回限りの、あのタヌキだか何だか型ロボットが出てくるアニメの映画版の上映日なのだ。
(今はどうか知らないが、昔は本来の上映期間から遅れてこうして田舎でも上映してくれていた)
もう、わっくわくのどっきどきである。
僕は高鳴る胸のまま、映画を楽しんだ。そりゃあ、楽しんださ。
いずれ流れるスタッフロール。
終わったとばかりに帰ろうとするおじいちゃん。
え? ちょっと待って。これ、二本立てだよ。
そう、本編の後にロボットの妹を主人公にした短編があるのだ。
あれこれと問答をしたと思うけれど、結局は帰ることになってしまった。
親世代でさえほとんどアニメを観なかった時代だ。おじいちゃん世代ではもっとだっただろうから、早く帰りたかったのだと思われる。
帰る途中でも泣いていたのかな。帰ってきてからは間違いなく泣いていて。
「ま゛だだっだの゛に゛い゛ぃっ(まだだったのに)」
お母さんにそう言ったことで、今度はお母さんが連れていってくれた。
何とか再入場をしたころ、映画はまだ終わっていなかった。
途中からながら楽しんだ。途中からでもおもしろいよ。
でも、観られなかった部分はやはり心残りにはなって——。
数年後。
小学生中学年となった僕は、友達と件の公民館に来ていた。
あのころと同じように、映画を観るために。
今回の映画は、某怪獣映画と小さな女の子の日常生活アニメの劇場版である。
(元々二本立ての映画ではなく、別々に公開した映画を二本用意したみたいですね。豪華)
某怪獣映画を観終わる。
さすがのおもしろさだ。
さて。
ふっふっふっ。
あのころとは違う。一本終わったところで帰ろうとする保護者はいないぜ。
だが——。
「おい、行こうぜ」
と、友達。
「え? だって、まだ——」
終わっていない。上映はまだ完全には終わっていないんだ。なぜなら、まだもう一作残っている。
なのに。
「あれは、女子が観るやつだろ?」
そうなのか?
そんなこともないと思うけれど、たしかに男子の多くは席を立っている。残っている男子は——男の子といっていいような年端もいかない子ばかりだ。
この状況で残れるほどの度胸は、残念ながら僕にはなかった。
無理に連れ帰られなくとも、こうして帰ることになろうとは。
なんてこった。
公民館の映画続きでもうひとつ書こう。
冒頭のアニメタイトル、皆さんはもうお分かりのことだと思う。
そう『ドラ——』だ。
こちらは、毎年恒例で上記の一日(一回)上映をしてくれていた。
だが、僕——俺は段々と観に行かなくなってしまう。
子供が観るものという風潮もあって、学年が上がるにつれて行きづらくなったのもあっただろうか。
あとは、本来の上映期間から遅れて上映となればアレも間もなくだった。
テレビ放送である。
当時、スクリーンを大勢で観ることをそんなに重要視してはいなかったのだろう。
観ることができればいい。
だとすれば、どうしても観に行くほどではなかった。
その年、観に、行かなかったのだ……。
上映日も過ぎた後日。
観に行った友達から、思いがけない情報を聞くことになる。
「映画さぁ、ドラ——だったわ」
すまない。にごしたタイトルでは同じに読めてしまうな。
上映された映画は、なんとドラ違いだった。
それは、親にゲームソフトを頼んだときに似ていたのかもしれない。
「ドラゴン——買ってきて」
違うドラゴンなんとかを買ってくる。
「ドラゴンしか合ってねぇじゃあねぇか」
みたいに(俺の経験ではない)ドラなんとかとだけ覚えてフィルムを借りてきた可能性。
大人がアニメに詳しくない時代。あり得る。(あり得るか?)
あるいは、元が用意できなくなって急遽用意されたのかもしれないが。
ポスターまで貼って宣伝していたのに、違う映画。
田舎の特別上映といえど、今なら大問題である。
(その時も問題とされたのかは知らない。でも、初めてではなかった気がする。← え?)
アニメなら大丈夫。
ほんとにそうか?
観客層、年齢層、違ったと思うぞ。
前者のドラ——(分かりにくいな)目的で集まった人たち。ショックが大きかった人も少なくはないはずだ。
俺もまた——。
後者のドラ——をやると知っていれば、行くんだった……。
静かに、ダメージを負っていた。
フィルム違い。ダメ、絶対。
いろいろと、あったものだぜ。
今は年齢や性別による観る観ないの垣根は、あったとしてもだいぶ低くなったでしょうか。
だとしたら——。
いい時代に、なりましたね。




