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チートの気持ち

遅くなりました!!

早朝特有の冷えを指先で感じる頃、腕の中のクラウディアは静かな寝息を立てていた。擦れて赤く腫れた目元と白い肌はが痛々しい。恐らく声少し枯れているだろう。

脱力した小さな体をベッドの横たわらせ、布団をかけると小さな手が少し動く。よく見ると細かった手がより細く、首も筋が妙に見える。やつれているのは明らかだった。

辛い思いをさせてしまった。だが、彼女の矜持のためにこの小さな体を連れ回したくはない。

そっと髪を撫でるも、反応が薄い。熟睡してるようだった。


「ディ、おやすみ」


額に軽く口づけをして、俺は踵を返す。あの日決意した気持ちに変わりはない。未だ行動に示せていないのは、慎重になりすぎたのかもしれない。らしくない。カーリンの妄想に判断を鈍らせるのも、らしくないな。

廊下に出ると、部屋に入った時と同じように、ドアの両端に護衛の騎士。その側に侍女長が宝剣を抱えて立っていた。俺が出てくるのを一晩待っていたのか。


「クラウディア殿下は」


「腫れるかもしれないから何か冷やすものを頼む。泣き疲れてしまったようだ」


「お声が、こちらまで聞こえておりました」


侍女長の宝剣を抱える腕に力が入る。切られるかもしれないな。啖呵を切って、結局泣かせるだけになってしまった。

潔く一振り受けようと侍女長の前に出ると、差し出されたのは刃ではなく鞘に収まったままの宝剣だった。


「殿下は最近よく寝ておられませんでした。目を閉じると何か嫌なモノが見えるのか、ずっと魘されてすぐに起きてしまいました」


侍女長から宝剣を受け取ると、彼女は騎士に一言伝えてからゆっくりと腰を折った。


「ありがとうございます。私どもでは殿下に一時でもお休みになって頂くこともできませんでしたので」


「、、、いや」


ただ泣くに任せて、疲れて寝てしまっただけなのに、侍女長に合わせるように騎士達にも頭を下げられてしまった。


「どのようなことをされたのか詮索はしません。ですが、これで貴方様を切らずに済みました」


侍女長の言葉にドキリとした。抱き締めて、色々なところにキスをして、宥めたとは、言えないな。

焦る俺に気付かないふりをした彼女は少し笑みを浮かべて踵を返し、廊下の先へと消えていく。俺が言った冷やすものでも取りに行くのだろう。どうしようかと騎士達を見るが、彼等も何事もなかったようにドアの端に立って一点を見つめている。

そうか。一晩、クラウディアの私室で過ごしたんだった。何を噂されてもおかしくない状況だが、黙認してくれるということだな。正に言葉通り”詮索はしない”。俺も”何事もなかった”ように部屋の前を後にした。


薄い朝日が差し込む廊下を過ぎ、なんとなく、だが決まったルートのように城の庭園、あの噴水を目指した。水が流れる小さな音が聞こえるぐらいになった時と、やはりお決まりに木々の茂みから一つの影が現れる。

向こうも俺と遭遇するのが分かっていたように困った笑みを浮かべた。


「カーリンか」


「チェーザレ」


すっかり馴染んだ今世ここの名前を呼び合い、俺たちは示し合わせたわけでもなく噴水の淵に腰を下ろした。背中に水音と冷気を感じながら、日が昇る空をゆっくりと眺めた。夜が薄れていく空がクラウディアの髪色と同じぐらいになった頃、カーリンがぽつりと呟いた。


「昨日、」


カーリンは一度言葉を切った。昨晩何かあったのだろう。跳ねる水飛沫がカーリンの黒髪に乗り、光に反射して輝く姿はどこか儚げではあるがクラウディアのような弱々しいものではなかった。むしろ黒髪が、間に見える紅い瞳がカーリンの存在を強く主張していた。


「皇太子と、一晩部屋で過ごしたわ」


「は?」


思わぬテレンツィオ皇太子の登場に変な声が出た。しかも、一晩部屋で一緒って。呆気にとられる俺をいつものように揶揄うことなく、カーリンは言葉を続けた。


「フロリアーナ殿下を救ってほしいって、、、土下座された」


噴水の水で遊び始めたカーリンは、揺れる水面を見下ろしながらまた小さく笑った。皇太子が土下座をするなんて信じられなかったが、カーリンの様子からは噓をついているとは思えなかった。


「皇太子殿下は、本当にフロリアーナ殿下を愛しているのね。一国の皇子があぁも簡単に頭を床に着けるなんて」


ピチャピチャと水音を立てながらカーリンの目の前にふわふわと水玉が浮いていく。くるくると回りながら水玉は俺とカーリンの間を飛び回った。水玉越しにカーリンと目が合うと、紅い瞳が泣いているように見えた。


「、、、そっくりだな」


自然と声が出ていた。


「なにが?」


テレンツィオ皇太子がどうやってカーリンを引き留めたのかは分からない。まさかずっと土下座していたとは思えないし、カーリンもそれを許さないだろう。だが彼が妹を想う気持ちが、カーリンを一晩部屋に留まらせていたのは間違いない。

俺もクラウディアを一人に出来なかった。


「俺も、クラウディアに土下座された」


「!、、、そう」


俺の告白に、カーリンは水玉を遊ばせていた左手をゆっくりと降ろした。ばちゃんと浮いていた水玉が音を立てて噴水の中に戻っていった。揺れる水面に薄い空が映る。

それからまた、2人とも口を閉ざした。


歯痒い。もし、フロリアーナ殿下が建国王の生まれ変わりだったらどうだろうか。彼女の気質なら、英雄にぴったりだ。だが、愚問だな。役割が決まっていても、色合いがそうであっても、血の契りがなくとも、俺はクラウディアを愛する。


「カーリン」


「必要よ」


聞く前から答えるなよ。


「俺は、一人でも」


「チェーザレ、それだと」


「もう待てない」


強めにカーリンを見返すと、紅い瞳が揺れるのが分かった。


「もう」


耐えられない。

一晩、泣き崩れるクラウディアを抱き締めることしかできなかった。そんな自分が嫌だったし、許せなかった。誰かの筋書きに合わせて、クラウディアをまた泣かせることになるくらいなら。


「駄目よ」


「カーリン」


「折角、、、また会えたのに。また、一緒にいられるって」


紅い瞳が揺れる噴水の水面と違う、揺れが見える。


「3人じゃなきゃ、、、」


細い手が俺の腕を掴む。指先が彼女らしくない、小刻みに揺れていた。カーリンの感情に合わせるように、長い黒髪が舞い上がっていく。


「あと少しよ。もう少し待てばきっと」


「カーリン、俺はもう待たない」


駄々をこねる子どものようにカーリンは、頭を左右に振りながら叫び始めた。穏やかに揺れていた噴水の水面が、大きくなり始める。


前世まえは一緒にいたじゃないっ。いつも3人で遊んでた。こっちでも一緒にいられるなら、その方が」


「じゃあいつまで待てばいい。お前の言葉だけを信じるには根拠がなさすぎる」


「でも、、でもっ」


「ここは俺の物語せかいだ。お前は自分のせかいに戻って、けじめでもつけてこい」


わざと冷たい言葉を選び、いつも隠しているカーリンの首下を指差した。何かを守るようにカーリンは口元で拳を作る。作られた拳が震えていても、俺の気持ちは清々しいほど、揺るがなかった。

出来る限り優しくカーリンの腕を解き、俺は立ち上がった。見下ろしたカーリンの顔は伏せられ、ご自慢の艶髪が登り切った朝日に反射して虹色に輝く。その美しささえ、俺にとってはどうでも良かった。

俺に目に美しく映るのは、甘く濃い蜂蜜色だけだ。



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