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一人の意味

いつもお立ち寄り頂きありがとうございます。ようやくの更新になりました。

重低音を廊下に響かせながら、目の前の扉が閉まりきるのを確認して、俺は皇帝の謁見室に背を向けた。経緯は簡略的に説明し、緊急性を伝えると皇帝はあっさりと許可をくれた。フロリアーナ殿下のこともあり、少しは気落ちしてるかと思ったが案外整然としていた。伊達に大帝国の頂点だけはある。

俺の騎士団長としての地位と権限の返上と責務免除、近日中の出立。準備はしてきたがすんなり通ったのは意外だった。まぁ、許可が下りなくても、勝手に出て行くだけだが。


朝カーリンと別れてから、俺の世界は色褪せていた。色づく緑の木々も、綺麗に飾られた内装も、すれ違う人々が持つ色も、同じ色に見えた。

だがさほど問題はなかった。執務室に戻り、腰にかけていた宝剣を外してソファへと立てかけ、その上に正装の団長服を掛ける。もう俺には必要ないそれらは、アドルフォに引き継ぐ予定だ。

持てるだけの金と食糧、馴染んだ剣があればどうにかなるだろう。書類も片付けたし、数ヶ月先までの予定も全部指示書を作った。あとは優秀な副官殿が上手くやってくれるはずだ。


「チェーザレ、入るぞ」


ノック音と共に相変わらず返事を待たずに入ってきたのはロレンツィオだった。長い髪を結ばず、肩が上下しているところ見ると急いで来たらしい。


「なんだ」


「聞いたぞ。旅に出るらしいな」


「あぁ。後のことはアドルフォに一任する。正式な手続きは後日で構わないとのことだ」


「今後はどうするんだ」


「リッカルドがいればどうにかなるだろう。お前もフォローをしてやれ」


「そうではない。俺は、」


「兄弟だろ」


「そんなことを聞いている訳ではない!」


引き出しから指示書を出すのと同時に、ロレンツィオが執務机に両手をついた。ガタンと音を立てて揺れる机が落ち着いてから、俺は指示書を机の上に置いた。

書類を一瞥してから、鋭い瞳が俺を睨みつけてくる。視線に乗ってくる怒りの感情を俺は無視して、ソファを指差した。


「お前からアドルフォに渡してくれ」


「っ!!お前っ」


ぐしゃりと指示書が歪む。ふるふると震える骨張った細い手首が、もう一度ぐしゃりと紙を潰した。


「カーリンは、どうする気だ」


怒りを抑えて出てきた言葉はそれか。


「あいつは関係ない」


「そんな訳ないだろう、一緒に戦うと」


「事情が変わった」


「チェーザレっ」


「お前も、ここに残れ」


そもそも俺だけでどうにかなりそうなことだったのを、カーリンがわざわざ掻き乱して、問題を先送りにさせてただけだ。俺の邪魔をするなら、置いて行く。ただ、それだけだ。


「、、、お前は、、、本当は、いらないんだろうな」


なんのことだ。

潰した指示書から手の力を抜きながら、ロレンツィオは伏せていた顔をゆっくり上げる。いつも鋭い三白眼が力なく閉じられ、再びゆっくりと開けられたとき、中身が緩やかに震えていた。少しして、自分で潰した紙を細長い手が整え始めた。


「、、、分かった。お前の言う通りに、」


「ちょっと、チェーザレ!!」


ロレンツィオの言葉を遮るように今度はヴィットーレが勢いよく部屋に入ってきた。ようやく直ったドアを壊す勢いで大きな足音を立てるヴィットーレは、ロレンツィオと並んで執務机を両手で叩く。この机もようやく修繕が終わったものだ。


「アドルフォが使うんだ。壊すな」


「それって、、、冗談じゃなかったんだね、帝国を出るって」


「そうだ。後のことはアドルフォに、」


「僕は、聞いてないよ」


あぁ。


「僕たちは何も聞いてない!」


デジャヴ。

大きな瞳を更に大きく見開いて、ヴィットーレは片手を隣のロレンツィオの裾を強く掴む。


「トーレ」


それにロレンツィオは応えるように手を重ねた。ヴィットーレは、今にも泣き出しそうだ。


「どうして、、いつも勝手に決めちゃうの」


ぽつりぽつりとヴィットーレが言葉を続ける。


「カーリンのことだって、何も言ってくれなかった、、、でも、チェーザレならいつか話してくれるって」


声が震え出す。


「信じてたのに、、、」


ついにぽろぽろと大粒の涙を流し始めたヴィットーレ。


「ずっと一緒だったじゃん、、、つまらない座学も厳しい訓練もっ、、、一緒にっ、サボったりっ、、っく」


後で腫れるだろうに。そんなことも気にせずヴィットーレはゴシゴシと腕で目を擦る。


「僕たちっ、、、親友でしょっ、、、」


懇願するような声が、部屋に響いた。後は男にしては少し高い声の嘔吐きが残るだけだった。更に力が込められたヴィットーレの手で、ロレンツィオの裾の皺が深まる。2人の親友は、黙って俺の前で立ち竦んでいた。

そうか。そういえばカーリンのことはあまり話していなかった。嵐のようなあいつの相手と目まぐるしい展開に自分の成り立ち。そしてクラウディア。魔王を倒せば全ての片が付くと思って話す時間をとってなかった。


「もう、僕たちは必要ないの?」


そんなことはない。幼い頃に過ごした訓練所での厳しい日々も、長い話に飽き飽きしていた座学も、配属後に時折飲んで騒いだ夜も。良い思い出だ。これは必要なものだ。


「僕たち、役に立てるよっ」


役に立つなんて、道具みたいな扱いをした覚えはない。激務を命じたことはあるが、それは信頼あってのこと。

だが、これは俺の独り善がりだったのかもしれないな。話さなくとも分かってくれていると。


「、、、そうか」


「そうか、って、、、」


俺は、随分と2人に甘えていたんだな。無条件で信じてくれると、待っていてくれると思っていた。だからこそ置いて行くことにしたんだ。巻き込んで、事が進まなくなって、またクラウディアが泣くことになったら。今度は誰を責めることになるんだ。矛先が近しい者に向けられるなら、いっそ。


「悪かったな」


溢れていたヴィットーレの涙がすっと止まる。色褪せた世界でも分かった。彼の瞳が懇願から怒りに変わっていく。


「、、、僕は!」


もう一度、執務机がバンと大きな音を立てる。


「ローリーが諦めても、カーリンが許してもっ。姫様が受け入れてもっ!僕は諦めないし、絶対に一人旅なんて許さない!こんなこと、受け入れてもたまるもんかっ!!」


キッと少し滴を残した丸い瞳をロレンツィオ、俺と順に向けて、ヴィットーレはずかずかと大きな足音でドアへと向かっていく。


「チェーザレなんて、、、チェーザレなんてっ、魔物の血で服だけ溶けて森の中で素っ裸になっちゃえばいいんだ!!」


おいそれはどういう状況だ、トーレ。

ドアが乱暴に閉められる音と共に、部屋にヴィットーレの捨て台詞が響く。残された俺とロレンツィオは、ヴィットーレが消えてドアを暫く見つめた。

少しして、くつくつと笑い声が聞こえる。ついさっきまで怒りだか落胆だかの様子だったロレンツィオが、声を上げて笑い出した。


「チェーザレ。俺はお前の決定が正しいと思う」


婦人方の心を射止める三白眼が、ゆるりと鋭さを増した。


指示書これには従う。だが、納得はしない。俺だって共に過ごした時間をこう安々と切り捨てられるようなことはされたくはないし、したくもないからな」


ロレンツィオは指示書をもう一度丁寧に伸ばす。清書してからアドルフォに渡すそうだ。


「まぁ、服ぐらいなら持って行ってやる。俺たちの選んだ、な」


乱れた長い髪を一度整えてから、ロレンツィオは踵を返す。彼が廊下の先に消える前に、口元が上がっているのが見えた。今度は静かに締まったドアを、俺は一人で見つめる。静寂が戻った騎士団長室は、帰ってきた時よりも静かに思えた。

親友の一人を怒らせた。加えて泣かせた。もう一人には呆れられた。だが、思いの外感情が揺さぶられていない。見える世界も色が戻ってきた訳ではない。だが、むしろ心地良かった。

背を預けギシリと鳴く椅子をゆらゆらと動かしながら、俺は目を閉じた。ヴィットーレの捨て台詞が浮かぶ。最後になるかもしれない親友との会話がアレなのは、少し笑える。あの調子なら、大丈夫だろう。心配事が減って良かった。


少し寝よう。明日からは野宿になるだろうから、屋根のある場所は貴重だ。空いているソファに移動して横になる。大柄な俺でも余裕で身体を預けられるサイズのソファは、リッカルドが買い替えたものだ。相変わらず、優秀で頼れる副官殿だ。

再び目を閉じると、睡魔が襲ってくる。俺は抵抗することなく意識を手放した。










目の前に炎が広がっている。それは自分が生み出した光景ではないと分かっていても、何かくるものがあった。久しぶりの例の夢だった。いや、過去の記憶と言った方が正しいかもしれない。

息を吐けば喉の奥がぐるぐると鳴り、首を動かせば厚い鱗が擦れる音が聞こえる。俺はまた、”前世”の龍王の中にいた。

燃える大地、薄暗く照らされた灰色の空。そこに重なってくる白い煙。見慣れた光景だったが、初めての景色でもあった。それは龍王やつの記憶で、龍王じぶんではなく”血”を引き継いだ者が起こした惨劇だからだろう。姿は見えないがさっきまで龍王おれが見つめていた先に、その当事者がいた気がした。


”また、繰り返しましたか”


龍王おれの背後から声が聞こえた。それを無視しているのか、龍王おれは振り返ることなく、視線は見えぬ影を捉えたままだった。


”前に申し上げたでしょう。ヒトは弱く脆く、そして浅はかで醜く、、、愚かだ”


人間に対する中傷に、龍王おれは何も思わなかった。背後の声の言うことは正しかった。


”ですが、これでまた暫くは平穏が訪れるでしょう。次は、、、きっと、ヒトが滅びるときです”


”、、、そうだな”


龍王おれは短く応えた。背後の声は呆れたような声を吐いて、立ち去ろうとしている。


”空の王よ”


去り際に声が呼び止める。”龍王”はようやく振り返った。


”独りは、退屈ですよ”


何かを諭すように言葉を綴った声の主は、長く真っ直ぐな髪から尖った耳を生やしている。すらりと背筋を伸ばし、高い背がより高く見え、その者の存在が更に高い存在に思えた。


”、、、、、、そうだな”


”龍王”の同じ応えに、高貴な者はまた呆れた息を吐き、今度こしその場を立ち去った。残ったのは最初の同じ景色。

燃える大地の赤と薄暗く照らされた灰色の空。重なる煙は濁り始め、炎が落ち着いてきているのが分かる。視線を戻すと、消えた炎、残る濁った煙、焼け野原に時折残る岩。その間に影が一つ。

その影は風に靡く黒く長い髪と空を仰ぐ紅い瞳をもっていた。つい先日まで、その影は違う色を纏っていた。”龍王やつ”が己に近い色に染めたのだ。己のつみと知っていながら”龍王”は後悔する。

太陽のように暖かく、海のように深く透き通り、風のように心を通り抜け、大地のように受け止め抱き締めてくれる。”龍王やつ”が愛した色は、もう戻らない。


”龍王”が翼を広げた。目指すのは安寧の地。そこで眠りにつけば、何に揺さぶられることもなく、何を失うこともない。なに、少し寝るだけだ。そしたら、また新しい命が生まれているか、滅びているか。

ただ、”龍王”はどちらでも良かった。”龍王”が望んだ色はもう、取り戻せなかったからだ。


そうして、”龍王”は歴史から姿を消した。残ったのは僅かなヒトと焼き朽ちた大地。そして口伝えの想い。

それがダヴォリアの始まりだった。


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