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(旧) 天才は異世界の救世主[厄災]となる  作者: ポルゼ
第二章 宗教と竜の瞋恚
51/59

イミウという男

(商人が一番集まるのは商会。だから、ひとまず商会に行ってみて情報を集めなきゃ)


 ハーリアは一人で街中を歩いていた。目的は自身の親が裏社会に関わった原因の一つと考えられる商人イミウの探索である。また、その道中で度々見つけるアビタル教信者達を観察もしている。例えば、信者達が慌てている様子であれば、世莉架達がアビタル教に対して何か行動を起こし、それについての連絡が来たのではと考えることができる。

 ハーリアはそういったアビタル教信者達の動きを把握しながらイミウを探さなければならない。


(商会は……ここだね)


 多くの商人が集まる場所、商会。商会とは商業的な目的で作られた組織のことであり、あくまで商業的な組織に対しての呼称である。

 商会の建物はとても立派で、お金がしっかりとかけられて作られたことが良くわかる。逆に言うと、ボロボロの商会がある街は栄えていないことを証明してしまうようなものだ。

 バレコールの商会はとても立派なため、街が栄えていると言えるだろう。


(商人が沢山いて、その周囲には護衛も多い。やっぱり、力のある商人になればなるほどより強い護衛を雇って自身の身を守るようになる。また、裏社会に通じている商人は誰に恨まれるか分からないし、殺されても文句を言えないようなことをしているから強い護衛を雇うようになる。それこそ、一国の騎士団を引退した経験豊富な猛者や高ランクの冒険者を雇ったりするらしいし、近づくのも難易度が高い)


 ハーリアは商会の近くで商会から出入りする商人を探していた。ただ、イミウの名前は分かっていても顔が分からない。そうなると商会にいる商人と話して情報を引き出す必要がある。

 そもそも、イミウが既に国を出ている可能性も十二分に考えられる。半日程度探してもイミウが見つからなかった場合は世莉架達の誰かの元へ行くことになっている。


(もし見つけられなくても仕方がない。こんなにヒントが少ない中で見つけるのは無理難題。時間さえかければなんとかなるかもしれないけど、国を出ていたら完全に無駄足。だから、これは私一人でやらなくちゃ)


 ハーリアはイミウにはどうしても思う所がある。それは当然、両親についての話があるからである。

 世莉架はハーリアならイミウにも立ち向かえると考えてハーリアを一人で動かすことにした。その結果、知りたくないことを知ることになったり、捕まってしまったとしても、それを承知でハーリアは頷いた。


(ここで何かしなければ、私はずっと頭のどこかでイミウのこと、両親のことを考えてしまう。そんな状態でセリカ達に付いていくのは嫌だ。そう、だからこれは自分のため。自分が安心するため、不安を解消するために動いている)

 

 それを自己中心的だと糾弾するものはどれだけいるだろうか。少なくとも、世莉架達はそんなことを思わない。

 

(それにしても……このまま見ていても仕方がない。とりあえず商会に入ってみよう。入るだけなら誰でも大丈夫なはず)


 商会の中では様々な取引や情報交換、情報収集等が行われている。主にいるのは商人だが、情報を求めてやってくる冒険者も珍しくはない。ハーリアは冒険者として情報を集めに行くという体で入っていく。


「賑やかだな……」


 中にはレストランもあり、食事をしている者も多くいる。そこかしこで話が展開されており、どれも商人であれば耳に入れておきたい情報だろう。

 商人は情報が命である。どこの国で何が売れているのか、これからどういう商品が流行ると考えられるか、貴族などの地位の高い者が好む商品についてなど、とにかく重要で必要なのは情報である。

 それらの情報を得たらそれを信じてすぐに動くのではなく、その情報が正しいかどうかの精査も必要になってくる。商人というのは情報戦を常に繰り広げているのだ。

 商人の護衛か、情報収集しに来たのかは不明だがハーリア以外にも冒険者らしき人物は多少いるようだ。

 とりあえずハーリアはレストランの中の空いている席に座り、飲み物を一つ頼んだ。


(ちょっと緊張する……)


 周りでは常に情報の交換、物品等の取引が行われている。ハーリアからすると知らない世界だ。なんだか場違いな気がしてならない。


(まずは誰でもいいから話しかけなきゃ。イミウの名前はなるべく出さずに、上手く話を誘導しなくちゃいけない。けど、相手は商人。自分の持っている情報をなるべく出さずに相手から情報を引き出す技術を持っている。呑まれないようにしなくちゃ)


 ハーリアは隣のテーブルの席について話し合っている二人の商人に目をつけた。近かったからという理由ではあるが、理由がなんであれまずは話しかけないと何も始まらない。


「あ、あのー……」


 勇気を出してハーリアは二人の商人に話しかける。その二人は三十から四十くらいの歳に見える男性である。

 やはり、商人に女性は少ない。実際、ハーリアが周りを見渡してもほとんどいない。


「はい、なんでしょう?」


 二人のうちの一人が笑顔で答えた。商人は客とやり取りする時に笑顔を見えるのは当然である。ハーリアはとても商人に見えないため、恐らく何かしらの商品を買いたい客だと思ったのだろう。


「少しお聞きしたいことがあるのですが」

「はい」

「実はとある商人を探しておりまして……」

「ほう。商人をお探しなのですね。どういった商人でしょうか」


 商品を求めている訳ではないと分かったが、変わらず対応してくれる商人。例え探している商人が自分でなくとも、こういった縁から自分の客になってくれる可能性は十分に考えられる。商人はたまたまできた縁というのを非常に大事にしている。後々に自分のお得意様になってくれることも往々にしてあり得る話なのだ。

 ハーリアは格好が高校の制服のままである。学生が商会に入ってくる時点でかなり変なのだが、そういう人を無下に扱うのは低レベルな商人がやることである。能力が高く、成功している商人は相手が学生だとしても客として扱う。

 学生であればあまり持ち金はない。そのため、今は商品を買う余裕がない場合がほとんどだ。しかし、将来大物になる可能性を考慮することができる。それこそ、若い力は凄まじいし、まだまだ成長期であり、様々なものを吸収できる時期だ。恩を売っておけば将来大物になってから、または大物にはならくても商品を買っていってくれるかもしれない。そういった可能性を潰すのは低レベルの商人以外の何者でもない。

 ハーリアの相手をしている二人の商人は、制服を着た学生のハーリアを見ても変わらず対応している。少なくとも、最低限の商人としての能力はあると考えられる。

 ちなみに、ハーリアは学校を既に辞めているような状態だが、家から私服を持ってくる余裕もあの頃はなかったため、制服のままである。


「えっと……」


 ハーリアは言い淀んでしまう。イミウの名前を出さない場合、どう情報を集めればいいのかが分からない。イミウについて分かっていることが本当に少ないため、結局はイミウの名前を出さなくてはいけない。

 しかし、イミウが裏社会に通じている商人ということがどれだけ同じ商人に知られているのかが分からない。ハーリアの話している二人が仮にイミウが裏社会に通づる商人だということを知っていた場合、どういう対応をされるか分からない。そもそも、二人が裏社会に関わりのない商人かどうかも分からないのだ。

 また、裏社会に関わる商人がどれほどいるのだろうか。数人に一人、数十人に一人、もしくは二人に一人くらいの多さかもしれない。

 

(やばい。頭で色々と可能性を考えちゃったせいで言葉が詰まっちゃう。何か言わなきゃ……)


 ハーリアの様子から、二人の商人は顔を見合わせた。


「君が探している商人は表で活躍している人かい?」

「……!」


 受け答えしていなかった方の商人が尋ねてきた。それは、表の社会で商売している商人か裏の社会で商売している商人か、そのどちらの商人を探しているのかを判断するのに必要な問いであった。


(私が言い淀んだから裏社会に関わる商人を探しているんじゃないかと思われたんだ。これなら情報を得られるかもしれない)


「いえ、裏……だと思います」


 ハーリアの裏という単語で商人二人はやはりといった表情になる。実際はイミウが裏社会に関わっていることは確定なのだが、あえて恐らく裏だと思うという確定はしない言い方をした。裏社会に関わる商人だと確定するのは難しいからである。


「そうか。それなら止めておきなさい」

「!」


 しかし、その商人はハーリアが裏社会に関わる商人を探すことを止めるべきだという。


「何故ですか?」

「君はまだ学生だろう?」

「あ……確かに制服を着ているんですが、学校は辞めました。今は冒険者として生活しています」

「なるほど。色々と事情があるんだろう。けれど、それでも辞めておいた方がいい」

「やはり危険だからですか?」


 裏社会に関わるのは非常に危険である。まるで必要悪のように蔓延っているが、一度踏み入れてしまうとほぼ戻れない。一生裏社会に関わり続ける人生になるのだ。それは、生粋の悪人であれば天国かもしれないが、元々は普通に表の社会で生活していた人が関わってしまうと自分の周囲の人間も巻き込み、不幸が連鎖する。また、そういう一般人は裏社会で一方的に搾取されたり身代わりにされたり、奴隷にされることもある。そして、最悪殺されて人生を終えることになる。

 つまり、本当に人生が詰んだりでもしない限り関わってはいけないところなのだ。表社会で失敗し、行き場を無くしたために関わってしまう場合もあるが、興味本位や別に関わらなくても問題ない環境にいるのに関わってしまうと人生は悲惨なものになってしまうだろう。

 その商人からすると、学校を辞めたとはいえまだまだ子供なハーリアをみすみす裏社会に関わらせる訳にはいかないと思っているのだろう。


「そうだ。危険なんだ。君が立派な大人になってからなら関わっていいということでもない。関わらずに生きていけるのならそれが一番良いんだ」

「……」


 心配してくれていることはハーリアに伝わっていた。しかし、ハーリアは既にアークツルスで裏社会に関わっている。それなのに無事なのはハーリアに実力があるからであり、優秀な仲間がいるからである。

 だが、ハーリアは普通にしていればただ美人なだけの学生にしか見えない。そんなハーリアがまさかアークツルスの裏社会を一つ崩壊させることになったメンバーの一人だとは絶対に思えないだろう。


「裏社会はどこの国にも必ず存在する。だから国を出ても無駄なんだ。必ず奴らは追いかけてくる。奴らを制圧できるほどの実力、もしくは高い権力でも持っていれば別だけどね」

「そうかもしれませんね。けど、私はどうしても会いたい商人がいるのです。その商人と会えないと、私はいつまでも自分の足を引っ張られるでしょう」


 ハーリアには覚悟があった。さっきまでの不安な表情は綺麗さっぱり消え、確固たる意思でそこにいる。

 裏社会を恐れていない訳ではない。しかし、ハーリアはここで諦めるような人物ではないのだ。


「私には頼もしい仲間もいます。私のせいで大変な迷惑をかけてしまうかもしれません。それでも私なら、私達ならどうにかできると信じています」

「……」

「お願いします。少しでもいいので情報をくれませんか」


 ハーリアは頭を下げる。商人というのは話している相手がどういう人間かを判断するのが得意になる。下心があるかどうか、嘘をついているかどうか、覚悟があるかどうか。そういったものを高い精度で判断できる。そういう判断ができるようになったら一流の商人とも言えるだろう。

 そして、二人の商人はハーリアの覚悟を感じ取った。また、ハーリアのいう仲間に対しての信頼も確かなものだと直感した。


「……分かった。少しだけなら話してもいい。探している商人の特徴を教えてくれ」

「ありがとうございます」


 ハーリアは礼をする。ひとまず少しでも情報が貰える状況になった。そしてイミウについて知っていることと言えば名前くらいなものだ。


「イミウ、という名の商人を知っていますか?」

「……!」


 イミウの名を聞き、二人は驚いた表情を見せた。


「君、どこでその名を知ったんだ?」

「……えっと、私の知り合いが関わっていたみたいで」

「そうか。それは悲惨だったろう」


 どうやら二人はイミウを知っているようだった。また、ハーリアは知り合いが関わっていたと言ったが、実際は両親である。ハーリアの両親も、一度裏社会に関わったせいでもう絶対に逃げられない状況に陥っていたのだ。


「そうですね。それで、イミウについて何か知っているご様子ですが、何か特徴を教えてくれませんか?」


 ハーリアの懇願に二人はまた顔を見合わす。


「イミウは貴方も分かっている通り、裏社会に精通している商人です」


 最初にハーリアと受け答えした商人が話し始める。


「大抵の裏社会に関わる商人は、普通に表の社会でも商売をしていることが多いです。表と裏で商売するものはそれぞれ商売をする場所の比率が異なります」

「比率?」

「はい。例えば、商売の九割を表の社会で行い、一割を裏社会で行う商人がいれば、表が三割、裏が七割の商売をする商人もいます。そのように、表と裏で商売をする量が異なるのが一般的です」

「では、イミウは?」


 肝心のイミウはどうなのだろうか。しかし、ハーリアはなんとなく察しがついていた。


「確かな証拠はありませんが、恐らく表社会は一割以下、裏社会が九割を超えているでしょう」

「やっぱりそうですか……」


 イミウは表の社会で商売をやっていけるような人物ではないだろうことは容易に想像できる。ハーリアの両親に関わり、ルイン並びにフェンシェント国の裏社会とも結びつきがある。更に、アビタル教の大教会内にある重要機密のような書類にも記載されているのだ。裏社会にどっぷり浸かってしまっていることだろう。


「イミウは裏社会の方では有名な商人です。表でのみ商売する商人でも知っている人は多い」

「その界隈では有名なんですね。そのイミウが今どこにいるとか、どういう護衛を雇っているか分かりますか?」

「確定的なことは言えません。私達は表の商人なのでそこまで詳しくないのです」

「そうですか……」

「しかし、恐らく彼はシグガンマ国内にいると思われます」

「本当ですか!?」


 あくまで可能性だが、イミウはまだ国内にいるかもしれないという情報はハーリアに希望を与えた。


「ただ、シグガンマ国の中にいてもここバレコールにいるかどうかは分かりません。表社会、裏社会の商人に関わらず、商人という生き物は常に動き回っています。部下に情報収集を任せて自分は全く動かないなんて商人はいないのです」

「あくまで可能性だとしても、これで私も少し動きやすくなりました」

「そうですか。ただ、イミウの容姿や護衛に関しては分かりません。裏社会に深く関わる者は同じく裏社会に関わる商人と多くの情報交換を行います。なので私達にはこれくらいの情報しか……」

「いや、俺はもう少し知っているぞ」


 もうこれ以上の情報は無いかと思われたが、もう一人の商人が他にも情報を持っているらしい。


「それはどのようなものですか?」

「イミウが正確にどこにいるかは俺も分からない。ただ、奴は強力な護衛を付けていることは分かる」

「強力な護衛ですか……」

「あぁ。人数は知らないが、精鋭揃いだそうだ。だから力づくでどうこうするのは難しいだろう」

「なるほど」

「それと、奴には偽名がある」

「偽名ですか?」


 裏社会で活動する者は偽名を当然持っている。イミウという名前の人間を無闇やたらに探しても見つけられないかもしれない。


「そうだ。イミウがどれだけ偽名を持っているかは分からない。というか、そもそもイミウという名前すら偽名かもしれない。だから俺が知っている偽名も数ある中の一つだろう」

「それでも良いです。教えてください」

「ミゼユーだ」

「ミゼユー……」


 それがイミウの偽名の一つ。この偽名を今使っているかどうかなど分からない。それでも貴重な情報である。


「本当にありがとうございました。いつかお二人から何か買わせて頂きます」

「おう、そうしてくれ」

「どうかお気をつけて」


 そうしてハーリアは商会を出て行った。


「まさかあんな女の子がねぇ……」

「知り合いというのは、恐らく近親の者でしょうね」

「そうだろうな。せめて子供は裏社会に関わって欲しくないな」

「同感です。けれど、私達はイミウについての情報を話した。それは彼女の背中を押してしまいました」

「しょうがないだろ。それにあの子は多分、そこらにいる子供とは違う」

「そうかもしれませんね」


 ハーリアのいなくなった所で商人二人は食事を頼み、改めて情報の共有、交換を始めたのだった。

 

(もうバレコールにはいないかもしれない。けど、ほんの少しだけど可能性は出てきた。私はきっと見つける。イミウを)


 早歩きで街中を進み、次に向かう場所を考える。


(商人はほとんど馬車を持っている。まずは馬車を引いている商人を調べてみよう。どこかに名前が書いてあるはずだし、最悪無かったら直接尋ねれば良い。少しリスクはあるけれど)


 強力な護衛が付いているという情報も得ている。強力、というのがどれほどの力かは分からないが、裏社会に深く関わるイミウの護衛となれば油断などできない。


「絶対、見つけてみせる。急がなきゃ……!」


 ハーリアは頭を冷静に落ち着かせながら、集中してイミウを探索し始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通の商人っぽいに見えるのに、それなりの情報も持つ、而も察しが凄く良いですね!
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