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(旧) 天才は異世界の救世主[厄災]となる  作者: ポルゼ
第二章 宗教と竜の瞋恚
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豹変

「寄ってたかって私を攻撃するなんて、普通に酷くない!?」

「突然背後からナイフを投げるようなことをしなければまだ説得力あったな」


 ドーバは魔王軍幹部の幼女にジトッとした目を向ける。なんだか拍子抜けしてしまうような状況だが、それでも相手は魔王軍幹部だ。油断は禁物である。


(彼女はどこからこの部屋にやって来たのかしら。改造人間が容器に保存されていた部屋の分厚い扉は、クタルガに会ってから認識阻害魔法をかけられた。つまり、あの時近くにいた可能性は高い。ただ、彼女の認識阻害魔法が遠くからでもかけられるのか、もしくは魔法をかける物体に直接触らないといけないのかが分からないと答えを出すのは難しいわね)


 世莉架は考える。ここで大事なのは、認識阻害魔法をどのようにしてかける必要があるのかということを明らかにすることだ。その方法を知ることができればこれからの立ち回りを考えるのが楽になり、そしてここから脱出してまた攻めに行く時の作戦を立てるのに役立つだろう。


(仮に、認識阻害魔法は直接物体に触ってかけなければいけない場合を考える。可能性一つ目は、彼女が分厚い扉に認識阻害魔法をかけた後、自身にも認識阻害魔法をかけて分厚い扉の少し横にあるこの場所へ来るための扉に移動した。あの扉は恐らく前から認識阻害魔法をかけていたのでしょう。そして、こっそり狭い通路を通って所々認識阻害魔法をかけていった場合、恐らく通路の先はこの部屋で完全に行き止まりになる。もうこれ以上先へは進めない。可能性二つ目は、認識阻害魔法を分厚い扉にかけて元の道を戻っていき、階段を降りた先にあった三つの扉のうち他二つのどちらかへ進み、この場所へ繋がる通路を通って来たか。しかし、一見するとさっき私達が入って来た扉以外には出入り口はない。認識阻害魔法をかけている? だとしたら見つかりたくない秘密の通路のようなものがある可能性は考えられる。可能性三つ目は、これらに該当しないかなり特殊な場合。瞬間移動の魔法でも使える者がいたらこの部屋に一瞬で来れるけど、そんな敵がいたらもう瞬間移動を駆使して攻撃を仕掛けに来ているでしょうね。まぁ、結局は認識阻害魔法のことをもっと理解しないといけないわね)


 認識阻害魔法を理解する必要があるが、そもそも時間がない。アリーチェの霧のおかげで敵は注意深く進んでいるため、まだ少しの猶予はあるが、それでもゆっくり会話をしている暇などない。


「認識阻害魔法をあちこちにかけてここまで来ていたのね。食べたり飲んだりして随分余裕ね」

「……よくわかんない」


 世莉架はカマをかけることにした。先程、いとも簡単に自らを魔王軍幹部と認めてしまうような発言をした相手だ。うっかり喋ってしまう可能性は高い。

 しかし、流石にここで喋ってしまうのは危険ということくらいは理解しているようで、なんとか白を切ろうとしている。

 そこで世莉架は、彼女の頭まで深く被っている黒いローブの頭の部分を水魔法で一瞬で撃ち抜いた。


「うわっ!」


 そのことにより、ついに顔が見えた。顔つきは整っているがやはり幼い子供に見える。年齢的には十歳程度だろうか。髪は短いピンク色で、とても目立つ。


「認識阻害魔法のような特殊属性にはそれを使うための条件があったりする。貴方の認識阻害魔法は手で触れる必要があるわね。この場所から向こうの部屋まで遠距離で魔法をかけられたら、そこら中を一瞬で認識阻害された物体や人間ばかりにできるもの。そしたら敵も味方も混乱しちゃうけどね」

「さ、さぁ?」

「……」


 世莉架が最も可能性が高いと考えていたのは、認識阻害魔法は手で直接触れる、もしくは一定距離まで近づかないといけないというものだ。一度にかけられる認識阻害魔法の数は分からないが、そんなに多くはかけられないはずである。もしも好きなだけかけられるのであれば、あの狭い通路に嫌という程認識阻害魔法をかけることができる。だが、実際は狭い通路に一つ、この部屋に入るための扉に一つかけられていただけだった。このことから、認識阻害魔法を一度にかけられる数は数個で、そして直接手で触れるか一定距離近づかなければいけないというように予測できる。

 そして、世莉架は彼女の答えから認識阻害魔法をかける方法を知る。世莉架は相手の感情を読み取るのに非常に長けているため、相手が嘘を言っているかどうかを見抜くことができる。今回はとても分かりやすいが。


「アリーチェ、この部屋の壁、天井、地面の何処かにまだ認識阻害魔法がかけられているかどうかを空間操作で探って。ルーナとドーバは入口を見張って。私は情報を引き出すわ」

「了解!」


 アリーチェにまた無茶をさせることになるが、ここが正念場だ。なんとしてでもヒントを見つけなければならない。


「貴方、名前は?」

「……言う必要ないと思う」

「そう、残念ね」

「……!」


 すると世莉架は短剣を抜き、彼女の首元に持っていった。


「貴方は魔王軍幹部。だからそこらの冒険者や兵士では相手にならない。けど、私は違うの」

「……」


 この時、世莉架は彼女にだけ聞こえるような小さな声で語りかけていた。更に、凄まじい殺気を放ち、怯えさせよとした。


「貴方、今までどれくらい人を殺してきたの? いくら子供でも、魔王軍幹部として散々殺してきたのであれば、殺されても文句はないでしょう?」

「……名前はリンクア。リンクア・ワール。貴方はそう言うけど、私には分かる。貴方も沢山殺してきたでしょ」

「……そう」


 リンクアは怯えておらず、世莉架にしか聞こえないくらいの小さな声で呟くように言う。やはり、子供でも魔王軍幹部だ。そして世莉架はリンクアの目に、殺人鬼の黒い色を見た。そう、世莉架と同じ、沢山殺してきた者の目だ。


「貴方は人を殺すことに慣れている。けれど、基本的には臆病で呑気な性格。認識阻害魔法をあの分厚い扉にかけた後、貴方はさっさとこの部屋に戻って寛ぎたかった。好きな物に囲まれて適当にやり過ごせればそれでいい。それに、ちゃんと出入り口を魔法で妨害するという仕事はこなしたから、文句は言われない。私達が通って来たあの狭い通路からこそこそ隠れてここに来るよりも、元の道を戻って戦闘が行われていない他の場所から安全にこの部屋に来る方が楽。クタルガは同じ魔王軍幹部だし、増援も沢山来る。まさか、クタルガから逃れ、認識阻害魔法を突破してここまで侵入者が来る訳はない……そう考えていたわね?」

「……」


 リンクアはまた黙ってしまった。しかし、その表情や仕草から世莉架はすぐに真偽が分かり、答えはイエスだった。


(この子、本当に幼いのかしら。魔族の成長が人間と同じとは限らない。もしかしたら私よりも遥かに長い時間を生きているのかもしれない)


 嘘が苦手でうっかりしているリンクアだが、本当に子供かどうかは分からない。魔王軍幹部を人間の尺度で推し量るのは難しいだろう。リンクアは殺しに慣れていて、所々で恐ろしい目を向ける。それはなんともアンバランスで得体の知れないものを感じてしまう。


(認識阻害魔法をかけるには手で触れる必要がある。また、一度にかけられる数はそう多くない。そして、この部屋には私達が入って来た狭い通路以外にも、隠された出入り口がある。その出入り口をリンクア以外の敵も知っているのかどうかは分からないけど、待ち伏せされている可能性はあるわね)


 世莉架が考えている間に、アリーチェがついに見つけた。


「あった! 隠し通路よ!」

「ドーバ、そこを壊して」

「分かってら!」


 ドーバはすぐさまアリーチェの前まで行く。そこには特段大きい訳でもない棚があった。ドーバはその棚を壊し、壁に見えるところを蹴り壊した。

 するとアリーチェとドーバの前に、しゃがまないと通れないくらいの小さな通路が現れた。


「通りづらそうだな……」


 クミーラを背負っているルーナは嫌そうな顔をする。


「ここからはクミーラ自身で歩きなさい。足は動くでしょう?」

「わ、分かった」


 地面に下されたクミーラは震えながらではあるが立ち上がった。


「この通路の存在を他の敵が知っていた場合、既に待ち伏せされている可能性があるわ。急ぐのは当然だけど、慎重に敏感になって進みましょう。私が先頭を行くわ」

「待て。こいつはどうする。倒せるのであれば今やってしまった方がいいんじゃないのか」


 ルーナはリンクアを睨みつけて言う。リンクアから情報を引き出すのは世莉架にとっては難しくない。しかし、クタルガ程の有益な情報は得られないと世莉架は考えていた。

 リンクアは、自分が幸せであることを第一に考えている。人間やその他の種族を殺すのは、魔王軍の意向に従っているだけだろう。そのため、今どこを攻めているとか、それにどんな理由があるとか、所属する魔王軍に関してもあまり知らない可能性が高い。


「時間が無いわ。十秒以内に殺せるのであればいいわよ」

「なるほど。余裕だな」

「……」


 リンクアは俯いて何も言わない。そんなリンクアに、ルーナは一切の容赦無く拳を振り下ろした。

 このまま行けば、魔王軍幹部を一人潰すことができる。それは大きな収穫だろう。

 しかし、そんな簡単に倒されてしまうのであれば、魔王軍幹部は名乗れない。


「ふざけんじゃねーよ」

「……!」


 ルーナの拳は大きな音を立てて壁にぶつかり、大きな穴が空いた。しかし、そこにリンクアがいない。

 そして、明らかに声色が変わったリンクアは、世莉架たちが入って来た通路の入り口に立っていた。


「私の部屋を好き勝手壊した挙句、散々舐め腐りやがって。ムカつく、ムカつくなぁ」

「アリーチェとドーバはクミーラを連れて先にその通路へ行って。待ち伏せがいるかもしれないから慎重にね」

「分かった!」


 アリーチェ達はドーバを先頭に通路をしゃがんで進み始める。


「この魔力……流石は魔王軍幹部だな」


 ルーナと世莉架は感じ取っていた。リンクアから感じる異様な魔力を。禍々しく、ドロドロとした凄まじい魔力を。


(この魔力。今ままで戦ってきたどの魔王軍幹部よりも禍々しいわね)


 そして、狭い通路の先から複数の足音がどんどん近づいて来ている。もう本当にすぐそこまで敵の増援が迫っている。


「ルーナ、彼女の名はリンクア。リンクアを無理にここで倒す必要は無いわ。少しの間でも戦闘不能状態にできればそれでいい」

「分かっているさ」


 二人は臨戦態勢に入る。そして、ルーナが最初に仕掛けた。

 それは単純に拳を叩き込むというもの。しかし、リンクアに迫るスピードはあまりに速く、ほんの一瞬でリンクアの顔面の前に拳が迫っている。


「避けた……!」


 しかし、リンクアはしゃがんで避けた。これで二度、ルーナの拳を避けたことになる。つまり、リンクアはルーナのスピードについていけるのだ。


「ルーナ、下がって!」


 世莉架に言われて、まさか完全に避けられると思っていなかったルーナはハッとし、すぐに元の位置へ戻ろうとする。


「絶対にブチ殺してやる……!」


 リンクアは地面に手を当てていた。すると、突然地面にとんでもなく深い穴が空いた。


「な……!」


 しかし、世莉架達は落ちない。つまり、認識阻害魔法を地面にかけたのだ。落ちなければなんの問題も無いと思うかもしれないが、この場合、ほんの少しでも意識を逸らされるのが危険なのだ。


「速い!」


 ルーナと世莉架が地面に意識を向けてしまった時、リンクアは下手するとルーナの動きよりも速くルーナの眼前に迫った。ルーナは、手の平を向けているリンクアを右手で払おうとする。


「ルーナ、触れないで!」

「しまっ……!」


 触れるのが危険と分かったが間に合わず、ルーナの手はリンクアの腕に当たった。

 リンクアは容易く受け身を取って壁に手をつき、すぐに立ち上がる。

 

「なんだこれは……!」


 すると、ルーナの右手が真っ黒になっていた。しかも、それは光の吸収率が百パーセントの黒なため、二次元の平面に見えてしまう。百パーセントの黒ということは光の反射率がゼロということであり、その状態だと目が凹凸を認識できず、平面に見えてしまうのだ。とはいえ、実際にはきちんと三次元の手はある。だが、自分の手が無くなった訳では無くとも、ルーナからすれば凄まじい違和感で、右手を正確に動かせるか分からない状態だ。


「あんな一瞬触っただけでも認識阻害魔法をかけられるのね」

「クソ、これはあいつを倒す以外に解除する方法はないのか!?」

「分からない。アリーチェの空間操作でなんとかなるかもね。とにかく、今はリンクアを抑えないと」


 リンクアは臆病と世莉架は断じたが、それは通常時のリンクアということだ。リンクアが真に恐ろしくなるのは、怒らせた時。その時は別人のようになり、認識阻害魔法がなくとも簡単に敵を嬲り殺せるくらいの身体能力を得るようだ。


「今度は壁ね」

「くっ……!」


 リンクアの背後にある壁が物凄い光を放ち始めた。あまりの眩しさに思わず目を背けてしまう。リンクアはルーナに飛ばされて立ち上がる時に壁に手をついたが、その時に認識阻害魔法をかけたのだ。

 ルーナと世莉架は腕で目を隠し、光る壁を直接見ないようにしたが、この絶好の機会にリンクアが攻撃を仕掛けない訳が無かった。

 次にリンクアは世莉架に向かった。ルーナはとにかく何かを感じたら適当に暴れてやろうと、目を隠しながらも構えて警戒心を露わにしていたから避けたのだ。しかし、世莉架は目を隠しながらも特に構えたりはしていない。今のリンクアのスピードであれば、今から世莉架が構えても遅いと判断したのだろう。

 しかし、世莉架に一瞬で迫った時、リンクアの顔面の前には剣先があった。


「……!」


 その剣先を避けようとリンクアは無理やり軌道を変えたが、それでも頬をざっくりと斬られてしまった。


「へぇ、身体能力に加えて反射神経も凄まじいわね。貴方が避けられないギリギリのタイミングで突き出したつもりだったけれど」


 世莉架は自身の短剣をリンクアの軌道修正が間に合わないであろうタイミングで、目にも留まらぬスピードで剣先を突き出したのだ。しかし、リンクアの身体能力はそれを凌駕するほどに高かった。


「このクソアマァ……!」

「それにしても、貴方自身は認識阻害魔法にかからないなんて狡いわよね。まぁ、自分もかかっちゃったらこういう風に面と向かって直接戦闘するとなると不利に働くことの方が多いでしょうからね」

「つまり私の方が現状有利って訳だ。だからさっさとくたばって欲しいなぁ」

「全く、口が悪いわね。品性を疑ってしまうわ」

「死ぬか生きるかの場面で品性なんて考える奴は馬鹿の極みだろ」

「あら、貴方は死ぬか生きるかの場面だと思っているのね。それはつまり、私達に負けて死ぬ可能性があると思っているということね。口が悪いのは自分に自信が無いせい?」

「この……!」


 世莉架はリンクアを挑発した。今のリンクアは考えなしという訳ではなく、猛獣のようでも自分が勝つための戦闘をしっかり行なっている。だが、リンクアの口ぶりから、挑発に弱いだろうと世莉架は考え、あえて挑発したのだ。

 

(リンクアが一度にかけられる認識阻害魔法には制限がある。会った時のリンクアであれば一度にかけられる認識阻害魔法はそう多くなかったでしょうが、今は違う。性格の変化、異常な身体能力の上昇など、まるで別人のようになった。元々認識阻害魔法がどれくらい時間をかけて効果をかけられるのかは分からないけど、ルーナに一瞬触っただけで魔法をかけられた所から、認識阻害魔法の効果や速度も上昇していると考えられる。であれば、一度にかけられる認識阻害魔法の数も増えていることでしょう。実際、次々と魔法をかけているしね)


 世莉架が一瞬のうちに思考を巡らせている中、リンクアは挑発を受け、冷静さを欠き始めた。


「雑魚が何様のつもりだ……!」

「その雑魚に顔を傷つけられてしまったけれどね」

「クソがぁ!」


 この会話の中、違和感を感じさせないよう自然に世莉架は部屋の入り口の方へ移動していた。

 リンクアは姿勢を低くし、体のバネを利用して部屋の中を飛び回る。世莉架は冷静にリンクアを目で追い、ルーナはなんとかリンクアを掴もうとするが、強い光や手のせいで捉えきれていない。

 しかし、これは世莉架の思惑通りである。リンクアは自身の上昇した身体能力だけでは勝てないことは流石に理解している。先程も世莉架の短剣で危ない目に遭った。そのため、怒りながらでもフェイントをかけたりしながら勢いよく迫ってくることだろう。この時、部屋の入り口付近にいる世莉架の背後には、敵の増援がすぐそこに迫っている。

 そこで世莉架は、あえて強い光から避けるための目を隠す腕をほんの一瞬外した。そのことにより、いくら世莉架といえども反射的に体が反応して目を閉じてしまう。それは人間としてごく自然な反応である。

 リンクアはどのタイミングで攻撃しようか考えていたようだが、世莉架にできた隙に反応し、世莉架から見て逆光になるような角度から迫ってきた。

 しかし、リンクアは世莉架に迫る直前で向きを無理やり変えた。世莉架は先程、目を隠しながらでもリンクアの攻撃に反応し、剣先を向けた。そのため、正直に向かって行くのは危険と判断したのだろう。

 世莉架から見て左側の壁が認識阻害魔法によって強い光を放っているが、その壁とは反対側に向かってリンクアは地面を滑るようにして世莉架にフェイントをかけようとしている。

 そして移動しながら手を伸ばして世莉架の体に触れようとした時だった。


「……!」


 リンクアは世莉架の体の右側に移動しようとしているが、世莉架の右手には短剣が握られていた。それはいつの間にかリンクアがフェイントをして進む先にあり、このままだと自ら斬られに行ってしまう状態だ。だが、その上昇した身体能力でなんとか避ける。


「ルーナ!」

「任せろ!」

「!?」


 すると突然世莉架はルーナを呼んだ。リンクアは何事かとルーナがいた場所を見る。そこには、もう避けられない距離にまで詰めて認識阻害されていない左手を構えるルーナがいた。そしてそのルーナは、目を閉じている。それは強い光のせいだが、とても正確にリンクアに迫っている。

 

(体に……土?)


 ルーナの着ている赤黒のドレスのお腹辺りには、がっちりと土が巻かれていた。そしてその土は地面を伝い、世莉架の持っている短剣の剣先に伸びている。


(この人間は何故か相手の居場所を目で見てなくとも把握できている。だからドラゴンの女の居場所も把握していて、土の魔法を私にバレないように伸ばしていたんだ。後は引き寄せたい場所に引き寄せれば……)


 まるで時が止まったかのように感じているリンクアの目の前に、ルーナの拳があった。


「がっ……!」


 そしてついに、リンクアの腹にルーナの渾身の左拳が入った。リンクアは、人型になって膂力が落ちているとはいえ十二分に破壊力のあるドラゴンのルーナを前に、為す術もなく吹き飛ばされる。

 世莉架は部屋の入り口付近に移動していたため、体を少し動かして飛ばされるリンクアを避ける。それによってリンクアはついに部屋の外に出た。

 だが、認識阻害魔法は解かれていない。そもそもどうやったら認識阻害魔法が解かれるのかは不明だが、流石に魔法をかけた者が死亡した場合は解かれるだろう。つまり、まだリンクアは生きている。また、気絶などの意図しない意識の喪失によって魔法が解かれるのかどうかも分からない為、今リンクアに意識があるのかどうかも同じく不明である。


「よし! やっと一発重いのが入った!」

「ルーナ、私は通路に少しの妨害を仕掛けるから、貴方はすぐにアリーチェ達の元へ行って」

「分かった」

 

 ルーナは先にアリーチェ達の元へ向かう。世莉架は短剣を収め、部屋の入り口に胸あたりまである高さの土の防壁を作った。次に、右手から水魔法で大量の水を放った。それは攻撃の意図がある訳ではなく、本当にただ大量の水を狭い通路へ向かって放っているのだ。敵の増援の声や足音はすぐそこまで迫っているが、突然の大量な水で明らかに慌てているのが分かる。リンクアの姿は飛ばされて今の所見えないが、敵の増援の中には重い一撃を受けたリンクアに気づいたような声もする。

 更に、水魔法を存分に放ちながらそこに大量の土を追加で流した。それによって足はより取られることになり、動きにくくなるだろう。

 それだけではない。世莉架は部屋を土の魔法で迷路のようにした。そして、至る所に水魔法によるウォーターカッターを張り巡らせた。

 そうしてようやく世莉架はアリーチェ達が入っていった小さい隠し通路へ入り、その入り口を土魔法でしっかり固めた。中は暗いため、手の平の上に火の魔法を灯し、進んで行く。

 こうして、地上への脱出に一歩近づいたのだった。


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[一言] 正面交戦に成ったら寧ろドラゴンが魔族より弱いというのはちょっと意外です。
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