隠し事
「……」
世莉架とアリーチェはアビタル教の大教会に窓から潜入し、アイコンタクトや手振りでどこに向かうか等の検討を行いつつ進んでいった。
深夜というのもあって人の気配は全くない。しかし、世莉架の探知能力でも捉えられないような能力を持っているアビタル教の人間がいる可能性はある。
アビタル教の教皇やそれに次ぐ地位を持つ人間は何かしら能力を持っていることだろう。そうでなければこれほど怪しい宗教がここまで大きくなれるはずがない。
人通りの大変多い道が入り組む場所に堂々と建っている大教会。それはアビタル教の影響力や権力を暗に示している。
「……」
まだ世莉架とアリーチェは全ての部屋を探索し終えた訳ではないが、これまでに見つけた部屋の中には様々な資料があったが、怪しい計画を立てている、といったような資料は見つからなかった。
しかし、奥へ進んで行くと、明らかに頑丈な作りになっている扉が現れた。
世莉架は他の部屋で探索していたアリーチェを静かに呼び、その扉の前に連れてくる。
その扉へ世莉架が手を伸ばして開けようとするが、当然開かない。しかし、不思議なことにその扉には鍵を挿す所がなかった。
(鍵穴が存在しないのに扉が開かない……何か特殊な方法で閉じられているということね。しかし、その特殊な方法が現状では分からない。仮に誰かの能力で閉じているのだとしたら無理矢理壊すのは危険ね。その能力の使い手に扉を破ったことが伝わってしまうかもしれない。さて、どうしましょうか……)
世莉架は考える。欲を言えばほぼ確実に何かが隠されているであろうその扉の先へ行きたいが、少々リスクを伴う。アビタル教の深い所の情報が少ない現段階で大事にするのは好ましく無い。
アリーチェも世莉架と同様の考えで、どうしようかと考えている。
「……」
そこでアリーチェは世莉架の肩を叩く。
アリーチェの方を向いた世莉架はその目を見て理解する。アリーチェの目からここは一旦退こう、という意思が伝わってきたのだ。
それによって今日はとりあえずここまでにしとこう、と世莉架は考え、頷いてから入ってきた窓のある部屋へ向かう。
しかし、ここで世莉架とアリーチェが予想だにしていなかったことが起きる。
突然バタン、という音が聞こえた。
「!」
誰かがいる、二人は即座に行動を起こす。音がした方向とは反対の部屋に音を立てずに入り、身を隠す。
この時、世莉架は内心困惑していた。世莉架が困惑することなどほとんどないのだが、珍しく頭の中でクエスチョンマークが浮かんでいた。
(どういうこと? 私の探知能力を駆使しても生物は発見できなかった。なのに、突然何かが現れた。そして、その何かは未だに探知能力で見つけることができない……生物ではないということ?)
勿論、最初は単純に物が床に落ちたのかと思っていた世莉架だったが、世莉架が見てきたいくつかの部屋の中に落ちそうになっている物はなかった。
そして何より、世莉架はそれがただの物ではないという確信があった。
それは世莉架の非常に優れた危機察知能力によるものであり、世莉架は直感的に危険な何かであるという結論を出した。
アリーチェも同じく直感的にそれが危険なものであるという風に感じていた。
世莉架はほんの少しだけ部屋の扉を開け、部屋の外の様子を伺う。
そこには一つの影があった。人の形をしている何かが動いている。
「……」
流石の世莉架も驚き、それを観察する。
ゆっくりと、しかし歪な動き方をするそれは人の形であっても人だとは思えなかった。
そんな世莉架の頭の中にある単語が浮かぶ。
(ゾンビ……?)
死した人間にウイルスや寄生虫が宿り、生者を襲う化け物と化す。世莉架が地球にいた頃はよく映画やアニメ、ゲームなどのテーマにされることが多かったものだ。
しかし、ここは地球ではないが現実であり、実際に目の前にいたら危険極まりないことなど言うまでもない。
(いや、改造された人間というのもあり得るわね。どちらにしても生者ではない。だから私の探知能力に引っ掛からないのね)
このまま部屋の中で身を隠しているのか、それとも見つからないように外への脱出を図るのか。もしくは得体の知れないそれと戦うか。
そもそも、どこから出てきたのかが不明である。床からか、天井からか、どこかに隠し扉があるのだろう。
そして本来人がいないはずの時間帯に世莉架達が侵入したことにより、人の有無を察知する何かが作動し、人間の形をしたそれが動き出したのではないかと世莉架は考えた。
(今後アビタル教と戦う時、必ずあれは出てくるでしょう。そうなると今のうちに性能を知っておくというのはいいかもしれない。ただ、あれをここで壊して発見されないところに捨てたとしても、一体無くなったということに気づかれる可能性はあるし、それで普段よりも警戒されてしまうかもしれない。勿論、あれを何体所持しているのかにもよるけど、難しいところね……)
考えた結果、世莉架は一旦退くことにした。ここはまだ戦うべき時ではない。
アリーチェの方を向き、脱出するという意図を伝える。アリーチェはすぐに理解し、頷く。
世莉架とアリーチェが隠れている部屋には窓が無い。窓が無い部屋は多いため、大教会に入る時に使った窓がある部屋まで戻るべきだろう。
巡回しているのか、部屋の外をフラフラと歩くそれが世莉架達のいる部屋から離れた時、二人は音を立てずに部屋を出る。
だが、そこで世莉架とアリーチェは背後にこちらへ向けている視線を感じた。
「……!」
世莉架はすぐさま振り向き、攻撃態勢に入る。だが、フラフラと動く歪なそれは、突如俊敏に動き出し、瞬く間に二人の眼前に迫っていた。
(速い! さっきまでの動きとは段違いに……!)
それは鋭く尖った手の先をアリーチェの心臓目掛けて突き出してくる。そこでアリーチェは空間操作をし、それを元いた場所に戻す。
突然自分のいる場所が変わり、普通ならば驚くはずだが、それは何も反応せず、再度攻撃を仕掛けてくる。
世莉架は炎の魔法を行使し、その場に明かりを灯す。それにより、その謎の生き物ではない何かの姿が露わになる。
それはやはり人間の形をしている。だが、顔も体も全体的に黒ずんでおり、布切れを一枚腰に巻いている。手の爪は長く伸びており、切れ味が高そうな形状をしている。
やはり、死人を利用して改造人間を作っていたようだ。
「アリーチェ、まずは奴の四肢を切り落として動きを止めましょう。改造されているようだから、それでも普通に動いていそうだけど、倒す方法を明確にしておきたい」
最早声を出しても良い、と世莉架は判断した。
「うん!」
アリーチェは頷き、改造人間の攻撃を紙一重で躱し、短剣を抜いて手を切り落とそうとする。
「硬っ……!?」
しかし、切り落とそうとしたその手は非常に硬く、その一瞬では切り落とすことができなかった。
改造人間は自分の手のことなど全く意に介さず、そこから追撃を繰り出そうとする。そこでアリーチェは攻撃を避けるのではなく、空間操作で距離を離そうとする。
「アリーチェ、そのまま後ろに下がって!」
だが、世莉架がそこで改造人間に迫る。
アリーチェはすぐに空間操作をやめ、バックステップで距離を取った。
改造人間は離れたアリーチェを追おうとしていたが、いつの間にか真横にまで迫っていた世莉架に気づき、異常な反射速度で進路を変え、世莉架に殴りかかる。
だが、それで世莉架に傷を負わせることなど、できるはずがなかった。
世莉架は流麗な動きで攻撃を避け、滑らかで絶妙な力加減により、その頑丈な腕を綺麗に切り落とす。
とはいえ、それで改造人間が止まるはずもなく、躊躇なしに攻撃を続ける。それを見て世莉架は跳躍して避け、地面に足が着く前にもう片方の腕を切り落とし、今度は一瞬で地面に姿勢を低くして着地し、両方の足を短剣で薙ぎ払って切り落とす。
四肢を失った改造人間は流石に為す術なく、地面に這いつくばりながら一生懸命世莉架を息の根を止めようと近づこうとしている。
「これでとりあえず大丈夫かしらね」
「……何なのこいつ。凄く頑丈で、敵とみなした者を一直線に殺しにくる殺戮人形。危険すぎるよ」
「そうね。しかも、恐らくこいつ一体ではないわよね。もしかしたら大量生産されているかもしれない。どうやって敵味方を見分けているのかは分からないけど、世に放たれるようなことがあったら大変ね」
「いや、敵味方関係なく、目の前にいる生命体は全て殺害対象……みたいな滅茶苦茶なものかもしれないよ」
「それもあり得なくはないけど、それじゃあこの改造人間を作っている人間も殺されちゃうでしょ」
「あ、確かにね。それで、こいつどうする?」
二人の足元で蠢く不気味な改造人間。四肢を失っても動いていることから、どこかに動力源となる何かがあるはずだ。
「壊し方を学んでおきましょう。多分、これからアビタル教の奥深くへと突っ込んでいけば、自ずとこの改造人間とまた戦うことになるだろうから」
「そうだね。じゃあまずは頭からいってみようか」
アリーチェはしゃがみ込み、頭に短剣を突き刺そうとする。
「うわっ!」
だが、突然改造人間は凄い速さでアリーチェの手に噛みつこうとしてきた。
それくらいなら簡単に避けられるが、完全に自らが動きを止めるまで、殺害対象に入った者の命をずっと狙っているという事実に少々の恐怖をアリーチェは覚えた。
そこで世莉架は改造人間の首元を踏みつけ、動きを抑えた。
「今のうちにやって」
「了解」
アリーチェは今度こそ改造人間の頭に短剣を突き刺す。
「……頭じゃダメか」
しかし、改造人間はまだカタカタと動いている。
「次は心臓を狙ってみて」
次にアリーチェは心臓に短剣を突き立てる。
だが、それでも改造人間は動きを止めることはなかった。
「頭でも心臓でもない……後は腹部くらいかしら。それでも動くようなら魔法とかで完全に消し去るしかないかもしれないわね」
「そうだとしたらゾッとするね」
続いてアリーチェは改造人間の腹部に短剣を突き立てる。
「あ、止まった」
すると改造人間は一瞬痙攣し、すぐに動きを停止した。
世莉架は踏みつけるのをやめ、改造人間を仰向けにする。
そして腹部を切り裂き、中に何があるのか確認する。
「う……」
アリーチェは口を手で押さえた。改造人間であるため、内臓がそのまま残っている訳ではないが、血管や肉などは未だ残っており、かなりグロテスクだ。
世莉架は全く気持ち悪がる様子はない。
「セリカは平気なの?」
「えぇ。このくらいなら特に」
「す、凄いね」
「それよりも見てみなさい。これが核よ」
世莉架は核と呼んだそれを取り出した。それは青黒い色をしている球体であり、アリーチェが突き刺したためにひび割れていて今にも崩れそうだ。
「これが……」
「魔力の残滓を感じる……つまり、この改造人間は誰かの魔法によって動いているのね」
「だとすると、今こうして私達は改造人間を一体倒した訳だから、その魔法を行使した魔術師に気づかれたかもしれないね」
「まぁ、気づかれたでしょうね。けど、誰がやったかまでは分からないと思う。一先ず、こいつを外へ運んでどこかに埋めましょう」
「うん」
それから二人は改造人間を運び出し、大教会の裏側の地面に埋めた。
「明日からどうする?」
宿へ戻る道中、アリーチェが世莉架に尋ねた。
「冒険者の依頼は受ける。大事な収入源だしね。後は夜になってみんなが寝静まってから動くわ」
「なるほど。じゃあまた私も付いて行くからね」
「……好きにしなさい」
「うん、好きにする。それで、やっぱりあの二人には何も伝えないの?」
「伝えないわ。危険だもの」
「そっか。ルーナ達はどうやって探すつもり?」
「彼女達は城へ向かった。城へ向かう用事が一日で終わるとは思えないし、まだバレコール内にいるでしょう。正直、今どこにいるのかは検討もつかない。あまり時間もかけたくないし、早々に見つけたいんだけどね」
「ルーナ達は城に行ってたんだね。じゃあ城に行ってルーナ達のことを聞いちゃう?」
「まぁ、あまりしたくはないけどそれも一つの手ね」
次の日の予定を立てながら二人は宿へ帰宅し、眠りについた。
**
翌日。世莉架達は冒険者ギルドへ行って依頼を受けていた。
世莉架の冒険者ランクはもうすぐにでも上がりそうだ。
昨日と同じ、バレコールを出てすぐの森の中で依頼を着々とこなしていく。
そうしてついに世莉架の冒険者ランクが上がり、Eランクになった。
「おめでとう、世莉架!」
「えぇ、ありがとう」
メリアスは満面の笑みで世莉架に言う。
言われた世莉架は全然凄いことでもないだろうと思いながらも一応言葉を返す。
依頼は朝早くから受けていたので、今はお昼だ。
「それじゃあ昼食にしましょう」
冒険者ギルドの近くにあるレストランへ入り、四人はそれぞれ好きなメニューを頼む。
談笑しながら昼食を楽しんでいると、窓の外にアビタル教の信者が数人通った。
顔つきは険しく、やはり世莉架達が壊した改造人間のことは知られてしまっていると考えられる。
ルーナとドーバという、アビタル教が心底嫌っている竜族がバレコール内にいるだけでなく、アビタル教が秘密裏に開発していたであろう改造人間が一体壊され、相当警戒していることだろう。
(きっとアビタル教の信者達はルーナとドーバが大教会に忍び込み、改造人間と交戦した、という風に思っているのでしょうね)
世莉架とアリーチェはメリアスとハーリアに勘付かれないようにアビタル教信者達を目で追っていた。
「……アリーチェ?」
「あ、え、何?」
ハーリアの前に座っていたアリーチェは、世莉架と同じくアビタル教のことを考えていたために、ハーリアの呼び掛けにどもってしまった。
「どうしたの? 何か今日は考え事をしていることが多いような気がするんだけど……」
「え、そうかな? まぁ、初めて来る国で色々考えさせられているからね」
「ふーん?」
「ハーリアはアリーチェのことをよく見ているね」
メリアスはパフェを食べながら思ったことを口に出した。
「そ、そりゃあ……というかみんなのことだってちゃんと見ているし」
「そっかー。でも、二人はお似合いだな〜」
「なっ……!」
メリアスのお似合い、という言葉にハーリアとアリーチェは少し顔を赤くする。
実際のところ、メリアスは大して深く考えずに言っているだけなのだが。
そんな穏やかな昼食を終え、四人はレストランを出て話し合う。
「これからどうする? また遊びに行く?」
ハーリアは楽しそうにこれからのことを提案する。
「そうね……じゃあバレコール内を散策しましょう。まだ私はあまり散策できないからね」
「賛成ー!」
ハーリアとメリアスは相変わらずテンションが高い。
そんな二人を見て世莉架とアリーチェは微笑んでいるが、世莉架は少しアリーチェに近づき囁く。
「アリーチェ、散策しながらルーナとドーバを探しましょう。そんな簡単に見つかるとは思えないけど、こうやって地道に探すしかないわ」
「うん、私もそう思ってたよ」
そうして四人はバレコール内を散策し始めた。
世莉架もこの平和で騒がしい時を楽しんでいた。と言っても、前を歩く三人を見守るような気持ちでだが、世莉架の心は暖かくなっていた。
(たまには、こういうのがあってもいいかもしれない)
そんな穏やかな時を過ごしていたが、突如、世莉架は警戒心を急激に高めた。
それは散策し始めてから二時間程経った時だった。
(あれは……)
そこには大通りの中心を堂々と歩くアビタル教の信者達がいた。その信者達の中心に、世莉架に警戒心を抱かせた者がいた。
「教皇様だ……」
「相変わらす仰々しいな」
周囲の人達もチラチラと信者達を見ている。
(あれが教皇……なるほど、やはり侮っていい相手ではないことは分かる)
教皇は他の信者とほとんど同じで白いローブを着ているのだが、特徴的なのが模様の少ない仮面をしていることだ。
世莉架はその仮面から何かを感じ取った。
(あの仮面……何か理由があって付けているわね。それもただ顔を隠すためではない)
教皇から感じるのは強者の気配と、怪しい魔力。今まで世莉架が戦ってきた魔王軍幹部より強いのではないか、と世莉架は思っていた。
(それに厄介なのは教皇だけではない。あの改造人間を作っている魔術師も同じくらい面倒で厄介だ)
世莉架の目つきは自然と厳しくなっていた。それに気づいたメリアスが近づいてきて言う。
「世莉架、大丈夫?」
それは純粋な心配であった。その時世莉架の心には、メリアスに心配をかけたくない、という思いが広がっていた。
「大丈夫よ。なんだが周りがざわざわしていたからちょっとね」
「そうなの? 世莉架、一人で抱え込まないでね。いつでも話を聞くから」
「……」
メリアスは優しい笑みを浮かべている。
もしかしたら、メリアスはなんとなく世莉架がメリアスに内緒で目的を持って動いていることに気づいているのかもしれない。
だが、それをストレートに言及してこなかった。無理に聞こうとするのを世莉架が嫌っているのをしっかり分かっているからだ。
バレコールに入ってすぐ、メリアスは私から離れるな、と世莉架に言っていた。だが、実際には世莉架はメリアスに内緒でアリーチェとアビタル教を探っている。
世莉架が隠れて動いているということは、きちんとそうする理由があるからだとメリアスは信じているからこその優しい問い掛けだった。
世莉架は手を伸ばしてメリアスの頭を撫でて言った。
「……ありがとう、メリアス」
「うんっ」
メリアスは嬉しそうに笑った。




