収束
「国王陛下!」
一人の兵士の声が大きく響き渡る。
それによってマリコム達の口論は止まり、周りの民衆も声のした方を向く。
「何事だ」
国王が口を開き、尋ねる。
「先程までアークツルス南部の軍の詰め所にて、通常通り見回りや事務仕事をしていたのですが、突如多くの人間以外の種族も含めた者達が保護を求めて押しかけて来たのです。そして、何故かその中に捕らえられている者が二人いました。どうやらその二人が闇ギルド? だとかいう組織の人間だそうで、パレード中であっても今すぐに国王に伝えるようにと上官から命令を受けましたので伝えに来た次第です!」
そこには三人の兵士がいた。今はパレード中だが、パレードの護衛ではなく普段通り働いている兵士もいる。その兵士達はどうやら普段通りの仕事をしていたようだ。
「……その二人とは?」
国王が重々しく言う。
「この二人です」
そして兵士達が後ろにいた縄で縛られている二人の人間を国王の前に引っ張ってくる。
「……!」
その二人を見たピュールスターとミュールは驚愕し、みるみる顔が青ざめていった。
縄で縛られ、国王の前で頭を垂れさせられている二人は、闇ギルドの頭領であるタシェーラと、ハーリアと戦って負かされ、アリーチェになんとか殺されずに済んだ女だった。
「馬鹿な……」
ピュールスターは誰にも聞こえない程度の小さな声で呟いた。
タシェーラはフェンシェント国で一番の闇ギルドの頭領として何ら恥じない高い実力を備えてある。そもそも、タシェーラの元へ辿り着くことがとても困難である。
だが、現実には頭領のタシェーラと、裏社会ではそれなりの知名度を持つ女が捕らえられている。これはつまり、闇ギルドが何者かによって完全に壊滅させられたことを意味する。
そしてそんな闇ギルドの人間をこれだけ多くの民衆の前で晒された。ただでさえ民衆はピュールスターとミュールに強い不信感を抱き始めているというのに、ピュールスターとミュールからしたらまさにチェックメイトされたような気分だ。
(彼らは……皆さん、作戦は上手くいったようですね。可能であれば捕らえた者をパレードを行なっている場所まで連れてくる、というのは作戦の内でしたが、正直それは無理だと思っていました。まさか本当にここまで連れてくるとは……)
この事態にはマリコム達も驚いていた。闇ギルドで捕らえた者を権力者や民衆が集まるパレードに連れて来てその存在を証明することができれば、最早ピュールスターとミュールは言い逃れできない。
ただ、まだピュールスターとミュールが負けを認めたわけではない。ここまで来たら後は国王の対応次第だ。
「……彼らがその闇ギルドの人間であるという証拠はどこにあるのだ? また、仮にそれが本当だったとして、保護を求めて来た者達を解放した人間がいるはずだが」
「しょ、正直な話、明確な証拠はありません。しかし、保護を求めてきた者達は皆、ボロボロの布切れを着ているような状態でした。更に、拷問などによる暴力の跡がある者も多くおり、必死な懇願も相まって嘘をついているようには見えませんでした。あくまで私個人の私見ですが……」
「そうか……それで、その者達を連れてきた人間はいたか?」
「は、はい。ですが、少々不自然なことに、連れて来たのは皆女性だったのです。そのうちの一人は重傷でしたのでただいま病院に移動させて治療を受けさせています」
「なるほど」
そのやり取りに民衆はよりピュールスターとミュールへの不信感を高める。
心の中でガッツポーズをするマリコム達だが、兵士が連れて来たのは皆女性と言ったところで思わず苦笑しそうになっていた。
世莉架達は皆女性でありながら、その実力は底知れず。とうとう大国に潜む強大な闇ギルドさえ打ち倒してしまった。その瞬間を直接見た訳ではないが、この時アルファとエルファは世莉架が普段は実力を隠しているということを確信した。
また、世莉架だけでなくハーリアやアリーチェ、メリアスも普通ではない実力を持っていると考えられた。
「君達はこの国の影に潜む闇ギルドの人間か?」
そこで国王は捕らえられている二人に顔を向けて問う。
「……」
だが二人は何も答えない。
「状況をよく考えなさい。このまま黙っていても結局君達は牢に入ることになる」
「……」
それでもやはり答えない。
「……仕方ない」
国王は二人の間にしゃがみ込む。そして小さな声で言った。
「タシェーラ・サビル」
「!」
「言っておくが、私はいつか闇ギルドを完全にこの国から消そうと思っていた。どうやら私よりも先に我が息子が動いていたようだがな。国王である私が言えば仮に君達が無実だったとしても犯罪者として捕らえることができるんだ。つまり、君達の命運は既に決まっているのだよ。それに、頭領である君が捕まっている時点で闇ギルドは壊滅状態なのだろう? ここで変に意地を張っても意味がないぞ。だから、君の口から言って欲しい。自分が闇ギルドの人間であると」
国王はそう言って立ち上がる。
タシェーラは地面を見つめながら必死に考えた。しかし、この四面楚歌の状況で逃げられることなどできはしないことくらい分かっている。
チラッとピュールスターとミュールの方へ目を向ける。二人の顔は面白いくらいに青ざめていた。その二人の近くにはマリコムと英雄のアルファとエルファ。
その光景を見てタシェーラは全てを悟った。
世莉架達は、マリコム達と協力していたのだと。そして、自分達と同じようにピュールスターとミュールも負けたのだと。
こうなったら、覚悟を決める以外に道はない。
「……あぁ。私達は……いや、俺達はこの国の裏社会の中でも大きな闇ギルドに属している。俺はその闇ギルドの頭領だ」
「なっ……ボス!」
隣にいた女は突如白状したタシェーラに驚き、大きな声を出す。
「もう終わったんだよ。お前だって分かっているんだろう。どのみち、俺達に未来はない」
「……」
女は悔しそうに唇を噛む。だが、タシェーラには悔しさの感情はあまりない。ただただ、自分のどうしようもない状況を受け入れていた。
民衆は大きくざわつく。ついに、闇ギルドの存在が明らかになった。
「拷問も、尋問も、人攫いも。それ以外の悪事にも手を染めている。だが、一つ言っておこう。俺達はこの国を裏からずっと支えてきた。この国の持つ莫大な資産の一部は、俺達裏社会の人間によって得られた金だ。俺達がいなくなることで、この国は苦しい現実を見せつけられることになるだろう。それだけは覚えておけ」
タシェーラは強い目で周囲を見渡しながら言い、最後に国王を睨んだ。
「そうか。では、決まりだな」
国王はタシェーラの言葉を聞いて、とうとうフェンシェント国の国民に自分の口から真実を語ることにした。
「皆、聞け!」
国王の声が響き、民衆は静まり返る。
「今の私達のやり取りを見て、大方察しはついているだろうが、今一度国王である私の口から真実を話そう!」
そうして、国王はエルファに声の拡大魔法を使ってもらい、フェンシェント国の裏社会についてざっとだが話した。とはいえ、それを全ての国民が聞いている訳ではない。現在パレードが止まっているのはアークツルスの東側で、その付近にいる者にしか聞こえていない。
よって後日、アークツルスの中心に佇む王城の前でアークツルス内の国民全てに真実を告げることになった。
アークツルス外の町々にもいずれ国王自らが話をしに行くと言う。
「……マリコム」
国王が話終え、マリコムの方を向いた。
その間にいるピュールスターとミュールは周りにいた兵士に捕らえられている。最初に爆弾を投げた男も同様だ。
「父上、勝手なことをして申し訳ありませんでした」
マリコムはまず頭を下げて謝った。本来は楽しいはずだったパレード中に国を変えるための策を練っていたのだ。そしてそれを実行し、民衆は困惑し、爆弾による危険もあって今に至る。
結果的に裏社会の摘発ができたから良い、と言って済まされることではない。マリコムは一国の王子なのだから、あまり無茶をしてはいけない。
「頭を上げなさい」
国王は特に怒った様子もなく言う。
「今は英雄達を祝って称えるパレード中だ。本来ならば、楽しいまま終わる日だったのだ。マリコム、裏社会をいつか完全にこの国から消そうと考えていたのはお前だけではない。私も同じだ。しかし、手放しにお前を褒めることもできない。パレードは一旦中止だ。城にて色々と話を聞かせてもらおう」
「……はい」
「アルファ君、エルファ君。君達も関わっているのだろう? 一緒に城まで来てはくれないか」
国王に言われては頷く他ない二人は城に行くことになった。
こうして闇ギルドが潰され、ピュールスターとミュールが捕まり、裏社会の存在が白日の元に晒された。
作戦は間違いなく成功。これですぐにでも裏社会の人間や組織を全て摘発することが可能、という訳ではない。だが、時間は多少かかるがいずれフェンシェント国から裏社会はなくなることだろう。
数十年後、数百年後にまた裏社会ができるかもしれないが、その時はまた勇気ある者達が立ち上がり、成敗してくれる。そう願って、マリコム達は城へ向かうために馬車へ乗り込んだ。
**
時は少し遡り、ミュール商会。
「戻ってこられたわね」
世莉架達は地下から脱出し、地上へと出た。そのままミュール商会の裏口から外に出る。
ぞろぞろと解放した者達が後ろを付いて来る。
「世莉架、これから兵士達の元へ行くの?」
メリアスが世莉架に尋ねる。
「えぇ。すぐには信じてくれないだろうけど、これだけ多種多様の種族がいて、囚人のような質素な格好をさせられ、見る者が見れば拷問の傷跡だと分かるような怪我人も多くいるのだから、只事ではないことくらい兵士じゃなくたって分かるでしょう」
「そうだね。でも、ハーリアはどうする?」
ハーリアは未だアリーチェに抱えられ、眠っている。
「まずは兵士に訳を話し、タシェーラとハーリア達が捕まえて来た女をどうにかしてパレード中のあの場所に送り出してからハーリアの治療をお願いするわ」
「だ、大丈夫かな。ハーリアの傷は決して浅くないし……」
「見た所は大丈夫よ。さっさと兵士を探しましょう」
世莉架達はまず兵士を探した。少し歩いていると、二階建ての兵士達がいる建物を発見した。
「あれは交番、もしくは詰め所みたいなものかしらね」
そこに世莉架達は近づいて行く。
当然外で見張りをする兵士は人間以外の種族が多く混じっているボロボロの集団に驚く。
少ないながらパレードを見に行っていない一般市民達も、何事かと目を向けている。
「いくら他種族に寛容な国とは言え、この集団は異様でしょう」
そう言ってから世莉架は兵士に向かって突如走り出し、縋り付いた。
「あ、あの兵士様、私達を助けて下さい! さっきまで訳あってこの国の闇ギルドの拠点がある場所に行って捕らわれていた人達を解放したのです! 闇ギルドの一員として働いていた者を二人捕まえはしたんですけど、まだ他にいっぱいいるでしょうから、今この瞬間にも私達を追ってきているかもしれません……それに怪我人が多く、治療を必要としている人が沢山いるんです。あ、あと、あと……」
「お、落ち着いてください! 一度深呼吸をして、ゆっくりと話を聞かせてください。おい、隊長を呼んでこい!」
世莉架は体だけでなく声も震えており、今にも泣き出しそうな顔をしている。手を兵士の両肩に置いてそう言う世莉架に、兵士は困惑の色を隠せない。
それは勿論世莉架の演技だ。先程までの冷静な世莉架の面影はない。
その急な変わり身にメリアスは若干呆れていたが、アリーチェはその変わり身の速さや演技の迫真さに驚いていた。
「セリカって何者……?」
アリーチェは思わずそう呟いていた。
「……何かを隠している不思議で変な人……かな」
「!」
アリーチェは抱えているハーリアを見て驚く。
「ハーリア! 目が覚めたのね!」
「うん……まだ、ぼーっとするけど……」
「良かった……もう大丈夫だよ。これからきちんとした治療を受けられるからね」
「そうみたいだね。空が……見えるもん。上手くいったんだね」
「……えぇ」
アリーチェはシーナのことを思い出し、悲しい声色になる。
「今は、前を見よう。まだやらなければならないことがあるでしょう?」
ハーリアはアリーチェの頬に手を当てて言う。
それを聞き、更にハーリアの体温を顔で感じた時、自然とアリーチェは心温まり、目の前の少女を心底愛おしく思った。
「うん。ハーリア、ありがとう」
「えへへ」
弱々しいがハーリアは笑顔を見せる。アリーチェも同様に笑顔を見せた。そんな二人の仲睦まじい様子をメリアスは嬉しそうに見ていた。
一方、世莉架は建物に入っていく。その時、世莉架はメリアス達に向かって何人か付いてきて欲しいと頼んだ。
アリーチェはフードを被ってはいるが、もしものことを考えて建物の外で待機した。タシェーラとアリーチェが殺そうとした女を監視する目的も兼ねている。何よりアリーチェは自らの腕で抱いているハーリアを手放したくなかったのだ。
ちなみにタシェーラはこの時点で目を覚ましていた。現在は捕らわれていた者達の中でも実力がある獣人族の男性など、複数人でタシェーラを縛ってある縄を持っている。女も同様だ。
とはいえ、タシェーラは世莉架に相当な傷を負わされているので魔法を使うことすら難しい。そのため、何の策も無く暴れたり抵抗するような真似はしないだろう。
建物の中には世莉架とメリアス、その他に数人の捕らわれていた人達が入っていった。
中には隊長である厳つい見た目の兵士が座っていた。
「……座ってください」
その隊長はざっと世莉架達の顔を見渡し、そう言った。
「では、まずは詳しく話を聞かせてもらいましょうか」
「はい。まず……」
それから世莉架は所々脚色しながらも闇ギルドのことを話していった。
話が進むにつれ、その隊長の顔は深刻になっていった。
「そうですか……ついに、あの闇ギルドが……」
隊長は小さくそう呟いた。
「知っていたのですか? 闇ギルドの存在を」
「えぇ。あれは一部の人間しか知らない存在ですが、私は知っています」
「なるほど……」
世莉架は良かったと心の中で思っていた。まさか闇ギルドを知っている兵士とここで会えるとは思っていなかったが、これで話がスムーズに進むだろう。
それから世莉架はマリコム達の話を避けつつ現在行われているパレードで起こるであろう事件について話した。
「それは本当ですか?」
「はい。私は確かに聞きました。今日のパレード中に爆弾を使ったテロを起こすと」
「……」
隊長は考え込む。世莉架の話から、世莉架達が闇ギルドに潜っていたことは信じていた。となるとこれからどう動くべきなのかを考えているのだ。
「あの、提案なんですが……私達が捕らえた闇ギルドの人間二人をパレードに連れて行くというのはどうでしょう」
「と、言いますと?」
「詳しくは話せませんが、今この国には闇ギルドのような裏社会を完全に摘発しようと動いている大物が数人いるんです。そんな彼らの背中を押すためにも、パレードで事件が起きてから闇ギルドの人間を国王と民衆に見せつければ、裏社会に関わる人間達はもう言い逃れができなくなるでしょう」
「なるほど……」
「それとこれは憶測ですが……貴方は闇ギルドに何かしらの恨みを持っているのではないのですか?」
「!」
隊長は世莉架の指摘に驚く。
「……その通りです。私は闇ギルドに大切な人を奪われました」
隊長の言葉には悲哀が満ちていた。憎しみよりも、悲しみの方が大きのだろう。
「それならば、尚更裏社会を摘発しなくてはなりませんね。お願いです、闇ギルドのような裏社会を消すためにも協力してくれませんか。捕らえた二人をパレードに連れて行くのです」
「……」
その時、隊長の目に入ったのは世莉架とメリアスの後ろにいる闇ギルドに捕らわれていた者達だ。
人間以外の種族もいるが、誰もが傷ついている。中には拷問を受けたような傷跡を残す者もいる。
その光景を見て、隊長は隊長にとって大切な人を思い出していた。自分は大切な人を救えなかったが、今、目の前には自分の大切な人と同じような目に遭った者達がいる。すぐそこにいる彼らに手を伸ばせば、今度は救えるかもしれない。そう考えた。
「分かりました」
隊長は力強く答えた。
「有難うございます」
世莉架は深々と頭を下げる。
「また、怪我人が非常に多いので、病院に連れて行ってくれませんか?」
「分かりました。闇ギルドの人間は私の部下数人でパレードに連れて行きます。病院へは残った私の部下が同行します」
「お願いします。それで、貴方はどうするのですか?」
「私はこのことを軍の本部へ報告しに行きます」
そうしてタシェーラと女は兵士達に連れられてパレードに向かった。隊長は急いで国の軍の本部へ行き、世莉架達は数人の兵士に連れられて病院へ向かうのだった。




