作戦決行と現実
時間は太陽が頭上にある、お昼の十二時半。いよいよパレードが開始される。既に町は騒がしく、皆の浮かれた雰囲気が至る所に溢れている。
パレードは王城から始まり、アークツルスの西、北、東、南というように周り、そして王城に戻ってくる。
世莉架達がミュール商会に潜入するのはパレードが北に行った時。そしてアルファ達が民衆の前で裏社会について明言するのは一般市民が最も多い東に行った時、という事になっている。
「それでは、魔族の軍勢からルインを守った勇敢で誇り高い戦士達に、大きな拍手を!」
ついにパレードが始まった。これから世莉架達の行うことは失敗が許されない。しかし緊張こそあれど、世莉架達の覚悟は決まっている。
「アルファ様!」
「エルファ様、お美しいです!」
「この国の……いや、人類の英雄達だ!」
大きな歓声に迎えられ、豪勢な馬車に乗ったアルファ達が出てきた。辺りは町を埋め尽くすように人が溢れ返っている。アルファ達は少々照れ臭く感じながらも手を振って民衆に答える。
「なんだか大袈裟だな」
「そうでもないでしょ。魔王軍幹部の率いる魔族の軍団に勝ったんだから」
「つっても幹部には逃げられたし……」
「まだ気にしてんの?」
「うっせーな」
アルファとエルファは馬車の上で喋りながらも、チラッと豪華な席に座っている貴族や商会の人間を見る。
その中に裏社会と深く繋がり、多くの人を不幸にしてきた者がいる。
また、民衆の方にも目を向け、変や動きをしている者がいるかをさり気なく探る。
もし本当に裏社会と魔族が繋がっているとしたら、魔王軍幹部を退ける程の実力を持つアルファとエルファを早めに排除するために、その機会をいつかいつかと待っている事だろう。
つまり、このイベントは裏社会の人間を釣りやすいのだ。闇ギルドからしたら堂々と表で動くことはなくとも、事故を装ってアルファ達に攻撃を仕掛けることくらいは出来るだろう。後は繋がっている権力者によって民衆に不信感を抱かせないようにある程度情報操作すればいい。
「俺達だけが上手くいっても、闇ギルドに潜入する方だけが上手くいっても作戦は成功しない。どちらも必ず成功させなきゃいけない訳だが……まぁ、向こうには世莉架がいるし大丈夫か」
「そうね。というか本当に世莉架は何者なのかしらね」
アルファとエルファは自然と世莉架を信頼している。信頼すべき根拠が明確にある訳では無いが、二人は世莉架に普通ではない何かを感じ取っているのだ。
「確かにそれは気になる。つい最近冒険者になったばかりの新人で、簡単な依頼ばかりこなしているらしいがな」
「明確な根拠はないけど、世莉架は只者じゃない気がするのよね。あの常に冷静でいる所とか、敢えて隠しているように感じる気配だとか……」
「あいつには何か訳があるんだろうよ。そしてそれは俺達への敵対意思などではないと思う。結局本人に聞かないと分からないが、話してはくれなさそうだ」
「いつか話してくれるわよ。そんな気がする」
パレードそっちのけで世莉架について話す二人。一先ず二人はパレードが東側に到達するまでは民衆を楽しませることが仕事だ。
一方、世莉架達はミュール商会の近くのレストランを出て、商会の人間の動きなどを観察していた。
「やっぱり今日は人の出入りが少ないわね」
「セリカ、パレードが北側に行く予定の時間になったらミュール商会の裏口から見つからないように潜入、闇ギルドへ繋がっている場所を探し出し、そこからは見つけた闇ギルドの人間は全て死なない程度に潰す……大まかな作戦はこれでいいんだよね?」
アリーチェが世莉架に作戦の確認を取る。
「えぇ。ただ、もしも自分の命が危うくなるようなことがあったらすぐに逃げるか、容赦無く敵を殺すこと。そもそも情けなんていらない連中よ。遠慮なくやっちゃいなさい」
殺されても文句の言えない集団、それが今回の目的の闇ギルドである。多くの命や尊厳を奪いに奪った闇ギルドの人間など、少なくとも世莉架からしたら即殺害対象になる。とは言え世莉架の場合、それは同族嫌悪でもあるのだが。
そして即殺害対象になるのはアリーチェにも同じことが言える。
「そうだね。絶対に奴らは許さない」
一応、基本的には殺さないように痛めつけて戦闘不能にすることを優先するという話なのだが、世莉架とアリーチェに関しては不安が残るハーリアとメリアスであった。
そしてパレードが北側まで行ったであろう時間になった。ついに世莉架達が行動を開始する。
「行くわよ」
まだ朝はそれなりに人がいたが、今ではほとんどおらず、普段ならアークツルスで一番賑やかな南の商業施設付近は静かだった。
それでも誰が何をしていて何を見ているかは分からない。四人は最大限の注意を払いながら世莉架を先頭にして進んで行く。
ミュール商会の裏口に辿り着き、一旦身を隠す四人。
「三人は待ってて」
世莉架は他三人にそう言い、裏口の前まで行く。世莉架の着ているメリアスのギフトであるコートの能力により、周囲に人がいないことは探知済みだ。
ゆっくりとドアノブを回して扉を開けようとするが、当然鍵がかかっている。
世莉架はドアノブを持ったまま、三人にバレない程度の水の魔法を使用する。それは何度か使ったことのあるウォーターカッターを真似た魔法で、いとも容易く鍵を破壊する。
そして扉は開き、世莉架が目配せをする。三人はすぐに動き、ついに全員がミュール商会内に入った。
「……」
ここからは極力会話を控えなければならない。一先ず予定通り闇ギルドに行くための隠し通路的な場所を探し始める。
誰か一人でも必ず視認ができる距離、場所を考えながら四人は移動する。
いくら人通りが少なくなっているからと言っても、商会の中には普通に仕事をしている人達がいる。そのほとんどは裏社会との繋がりなど知らないだろうし、まさか自分達の職場の足元にドス黒い社会の闇が存在しているなんて思ってはないだろう。
商会内は静かだが、人の話し声は聞こえる。その方向には出来る限り近づかないように注意して動く。
「……!」
アリーチェが道具などが置いてある小部屋に入り、隠し通路などが無いか探していると、ある道具を見つけた。
「鍵……?」
それは一見鍵のような形をしているものだが、実際に鍵として使えるかは分からないような不思議な形をしていた。
しかしアリーチェは直感でそれが隠し通路に繋がる鍵だと分かった。
無造作に小部屋に置いてあることで逆に怪しさを無くそうとしたのかは分からないが、とにかくこれで隠し通路、隠し扉などが現れた際に簡単に入れるようになった。
「あった」
アリーチェが鍵を見つけたと同時に、ハーリアが隠し通路を見つけた。
それはアリーチェの入った小部屋の反対側にある部屋で、その中の真ん中の大きな棚を動かした下に階段が現れたのだ。
四人はそこに集合し、頷き合って世莉架が先頭で入っていく。
薄暗い階段を降りるとすぐに一つの扉が現れた。そこでアリーチェが見つけた鍵が必要になる。
世莉架の探知では少なくとも扉の近くには誰もいないことが分かっている。
そしてアリーチェが変な形の鍵を使ってゆっくり扉を開け、中に入っていく。
「……これは」
闇ギルドの拠点ともなれば、薄暗くて人の血が至る所に付着している汚い場所というようなイメージがあった世莉架以外の三人はその光景に驚いていた。
そこにはどこかの豪勢なお屋敷の玄関のような光景が広がっていたのだ。高価そうな彫刻品などが置いてあり、大きなシャンデリアまである。一瞬、ここが闇のギルドであることを忘れてしまうような、そんな光景だった。
「ほら、呆けている場合じゃないわ。作戦通り、これからは二チームに別れて行動する。私とメリアスが闇ギルドの連中を潰し、その間にハーリアとアリーチェが攫われた人達の救出よ。気を引き締めて行きなさい」
世莉架がその場の空気を引き締める。ここからは本当に何が起こるか分からない。闇ギルドに加えて魔族がいるとなればその危険度は普通の冒険者の依頼なんかとは段違いだ。
「見た感じ、この闇ギルドの拠点は相当広いわ。当然地図なんて無いし、目的の場所に辿り着くのも一苦労でしょう。でも常に冷静にね。特にアリーチェ、貴方の幼馴染が無事かどうかはまだ分からないわ。また、攫った人達がいる場所なんて嫌な光景しか広がっていないと思う。けれど、冷静に、覚悟はしておきなさい。分かった?」
「分かってるわよ……」
アリーチェはそう言いながら深呼吸した。
「大丈夫、アリーチェには私がついてるから」
そんなアリーチェにハーリアが寄り添って言う。純粋な能力、才能で言えばこの二人の敵になるような相手は多く無いだろう。そして今回最も感情に揺さぶられてしまうであろうアリーチェを落ち着かせる役としてハーリアがいるのだ。
「それじゃあ、幸運を祈るわ」
そうして世莉架とメリアスは右側の通路へ、アリーチェとハーリアは左側の通路へと駆けていった。
**
世莉架とメリアスと別行動を開始したアリーチェとハーリアは大きな通路を通っていく。
「本当に大きな空間だね。まさかこんな地下があるなんて……」
「そうね。でも、私達が今目的としているのは恐らくこの国一番の闇ギルドよ。これくらい大きい拠点があってもおかしく無いわ」
ハーリアは未だに闇ギルドの拠点の広さに驚いているようだ。
二人は静かに、しかし走って進んでいくと、先にある左右に分かれる道の左側から声が聞こえてきた。
急遽ストップし、身を隠して話を聞く。
「今日はパレードやってんだよな」
「あぁ。あのアルファとエルファを筆頭にしたルインの冒険者、兵士達を祝うパレードだな。ちょっとは見てみたい気持ちはある」
「まぁでも、普通に仕事だ今日も」
「そうだな。そういや、あのエルフは最近どうなんだ?」
「あいつか。どうだかなぁ。最初こそ大事に扱ってたけど、今じゃ俺達のオモチャにされてるじゃんか。流石に商品だから殺すことはないけど、既に価値は下がりまくってる。ま、買いに来る奴らには事故にでもあったって説明しとけばいいだろ」
「そうだな。むしろ中には傷物が好きな変態もいるだろうからな。じゃあ今日も仕事が終わったらあいつで遊ぶか!」
笑い声と共に、そんな声が聞こえてきた。まず間違いなく、そのエルフはアリーチェの幼馴染で間違いない。
ハーリアは凄まじい怒りが湧いてきていたが、ハッとして隣を見る。
そこにアリーチェの姿はなかった。
「それでこれから……え?」
歩いていた男二人のうちの一人の首に、小さい刃物が突き刺さっていた。男は自分の首に刺さった刃物を認識すると同時に、血飛沫をあげて絶命した。
「な、なんだ!?」
もう一人の男が突然の事に狼狽えていると、その眼前にアリーチェが現れた。
「うお!」
そしてアリーチェは目にも止まらぬ速さで四つの刃物を男の両手両足に突き刺した。
「ぎゃあ……!」
男が倒れながら叫び声を上げようとしたため、アリーチェは思い切り足で顔を踏み潰す。
「汚い悲鳴をあげるな。余計なことは言わずに私の質問に答えろ」
そう告げるアリーチェはゾッとするほど冷たく殺意に満ちた声と表情をしていた。今までに見た事のない、そして豹変したその姿にハーリアは動揺する。
「まず、お前達が攫った人達がいる場所は?」
「……」
アリーチェの質問に痛みを堪えている男は答えない。
少しして、アリーチェは先程まで使っていた小さな刃物とは異なる、明らかに業物の小さな刃物を取り出し、男の右手の指を一瞬で全て切断した。
「……!」
アリーチェはまたも叫ぼうとした男の顔を踏みつけ、その後布を取り出して口に詰めた。
「静かに質問に答えろ。さもないと、お前の体のパーツがどんどん失われていくぞ」
その目はとても恐ろしく、一切容赦などしない事がその男には嫌でも分かった事だろう。
男は必死に頷き、何かを喋ろうとした。
そこでアリーチェは布を取った。
「さ、攫った奴らはこの通路を真っ直ぐ進んでいって、通路の突き当りの右側にある長い階段を降りていった所にいる! 本当だ、信じてくれ!」
「……次の質問だ。さっきお前達が話していたエルフは私と同じ、白い髪の女の子か?」
「……あ、あぁそうだ」
「その女の子をオモチャにしていると言っていたが、まさか傷つけてはいないよな?」
「……」
男は答えに窮した。無論、傷つけていない訳がない。そもそも傷物、という単語を発していた時点で傷つけていることは確実なのだ。しかし、アリーチェは敢えて聞いた。
「どうなんだ? 答えずにバラバラにされたいか?」
「……た、多少は怪我をしているかもしれない。だ、だが奴は大事な商品だ。そんな乱暴は……」
「なるほど、よく分かった」
「そ、そうか。それなら……」
「苦しんで死ね」
「!?」
アリーチェは再び布を男の口に詰め込み、男の左手の指を全て切断する。
男は布を口に詰められながらも絶叫する。
「あの子は商品じゃない。私の大事な幼馴染だ。私の大切な人を傷つけた罪、存分に味わえ」
男の右足、左足、そして右腕、左腕をアリーチェは切り落としていく。その時点で男はほぼ意識はなく、死ぬ寸前だった。
「あの世でお前達が弄んで不幸にした全ての命に償いながら苦しみ続けろ」
そしてアリーチェは男の首を刎ねた。
「……」
その様子を、後ろからハーリアは呆然としながら見ていた。ハーリアの目に映る少女は美しくも残酷で、鬼神のような悍ましい雰囲気を醸し出していた。それはどこか、世莉架に似ている雰囲気でもあった。
「あ、アリーチェ!」
すぐにハッとしてアリーチェに駆け寄る。
「……」
「アリーチェ、怒るのは分かる! でもセリカが言っていたでしょう。冷静に、覚悟はしておけって! もしもさっきの男の悲鳴で敵が続々と現れたら大変でしょう!?」
「その時は全員殺すまで」
「そ、そんなのできるか分からないでしょう!? 相手はこの国一番の闇ギルドだよ。とんでもない手練れがいたって何らおかしくない。そして私達の目的は攫われた人たちの救出。戦いは二の次だよ」
「ハーリア、静かに。貴方が落ち着きなさい」
「っ……」
ついさっき人を殺したというのにアリーチェはとても冷静だった。その事にハーリアは少し怯えた。
「実際、敵を捕らえて色々と吐かせることは考えてた。そのおかげでどこに攫われた人達がいるのか分かった。まぁ、嘘の可能性もあるけどね」
「……アリーチェ」
ハーリアはそこでアリーチェにかける言葉を無くしてしまった。
アリーチェは冷静に怒っている。だが、本当はそれだけでない。その事にハーリアはすぐに気づいた。
手が震えているのだ。アリーチェは人殺しがしたい訳ではないし、人を殺したのは初めてだっただろう。
「ねぇ、アリーチェ。私は貴方の側にいるよ。さっきのアリーチェは、怒りに支配されていたとは言え、本当は人殺しなんてしたくなかったでしょう? だってそれじゃあ闇ギルドの人間と一緒だもの」
「……」
「私は貴方の、貴方達エルフの嫌う人間だけど、どうか信じて欲しい。私は貴方の味方。勿論、セリカとメリアスもね」
「……そう」
アリーチェはそれだけ言って先へ進み始めた。ハーリアの言葉がどれだけ届いたかは分からないが、これである程度怒りを抑え、自分達の任務を遂行することを第一に動いてくれるとハーリアは思っていた。
実際、アリーチェはこの時そう思っていた。
だが、現実は非情である。この先、アリーチェには更なる地獄が待っているのだから。
**
世莉架とメリアスはとにかく見つけた闇ギルドの人間を次々殺していた。否、殺しているのは世莉架だけだが。
「……世莉架、殺してしまったら駄目なんじゃないの?」
「闇ギルドの中でも地位の高い人間は殺してはいけないわ。でも、それ以外の雑魚は全て殺しても問題ない。あぁ、ただ一人は残しておかないとね。そうじゃないとアルファ達の作戦が遂行できないから」
「……」
実は世莉架とメリアスが二人になることは久しぶりだった。ハーリアに加えてアリーチェもここ最近はずっと一緒にいるためだ。
そして世莉架の実力を、事情を知っているメリアスの前でなら世莉架は遠慮なく力を出せる。
「……世莉架、人殺しは楽しい?」
「その質問に答える意味がないわ」
「ねぇ、このままじゃ世莉架は……」
「別にいいわ。どこの世界にいようが、どんな善行を積もうが、もう私の結末は決まっている」
「……」
二人にしか分からない会話。その会話にはメリアスの悲しみが含まれている。また、世莉架の言葉にはほとんど感情は無いが、ほんの少しの諦観がある。
この状況で話すことではない話をしながら二人は進んでいく。
「あいつらだ! 全員、かかれ!」
すると前方の通路から十人の闇ギルドの人間が襲いかかってきた。
五人が魔法で、他五人は近距離戦を挑んできた。
世莉架は魔法を全て避け、メリアスに当たりそうになったらその魔法に自身の魔法をぶつけて消し飛ばしている。
「こ、こいつ……!」
全く攻撃が当たらず避けられ続ける事に男達は焦りの表情を見せる。
「そんな実力でよくこの裏社会で今まで生きてこられたわね」
「は……?」
近距離戦を挑んでいた五人のうちの一人の首が突如綺麗に切断された。
あまりに綺麗に切断したため、切られた自分の頭が床に転がっているのにも関わらず自分が今どうなっているのかを把握できていない。
「う、うわぁぁ!」
絶叫が響き渡る。
「お、おい! 増援を呼んでこい!」
「あ、あぁ!」
増援を呼ぼうとこの場を去ろうとする魔法を撃っていた男がいた。
当然、世莉架がそれを許すことはない。
「がっ……」
世莉架は大きな炎の魔法を撃ち放った。それは増援を呼ぼうとしていた男だけでなく、魔法を撃っていた他の四人も巻き添えにして消し炭になった。
「ひっ……!」
近距離戦を挑んでいる男四人は恐怖する。
「さぁ、逃げるなり立ち向かうなり好きにしなさい。貴方達が何を選んでも結末は一緒よ」
そして三人の男の首が一斉に落ちる。
「な、なんだよこれ……」
生き残った男はその場にへたり込んだ。あまりに信じ難い状況に、脳が思考をやめそうになっている。
「さぁ、貴方にはやってもらうことがあるわ」
「な、なんだと?」
世莉架は剣を収めてその男に声をかける。
「貴方はこれからこの爆弾を持って今やっているパレードに向かいなさい。そして盛り上がっている所で、民衆に向かってこの爆弾を投げなさい」
「な、何!? お、お前らは他の闇ギルドの人間か? クーデターでも起こそうってのか?」
「悪いけどそれは教えられない。そんなことより、やってくれるわよね?」
「や、やる訳ないだろうが!」
「そう……」
世莉架は手に丸い爆弾を持っている。勿論、偽物ではなく紛れもない本物だ。爆発の範囲と威力はそこそこある。しかし、アルファとエルファなら簡単に処理ができる程度の物だ。
そして断った男に対し、世莉架は冷たく、そして気絶しそうになる程の殺意を向ける。
「やれないの? それじゃあ……どう殺そうかしら。やっぱりすぐに死んでしまうようなやり方は無しね。できる限り長く苦しむ方法で殺さないと」
「あ……ひ、ひぃ!」
男は情けない声を出し、目の前の顔は非常に整っている圧倒的美人の皮を被った化け物に恐怖する。
「さて、どうしてやりましょうか」
世莉架の姿が悪魔にしか見えない男は、とうとう折れた。
「わ、分かった! やるよ」
「そう、それは良かった。いい? パレードがアークツルスの西側に行った辺りでこの爆弾を投げなさい。一定の衝撃を与えると爆発するから、適当に上に投げて地面に当たれば爆発するわ。じゃあ、よろしくね」
「……あ、あぁ」
男は怯えながらも頷いて走り出す。
「あ、それともう一つ」
「な、なんだよ」
「逃げようとしたり他の闇ギルドに協力要請するようなことはしないでね。私、ちょっと特殊な能力があって、貴方がどこで何をしているのかをいつでも監視できるの。もしも妙なことを考えて実行しようとすれば……死ぬよりも苦しい目に合わせてあげるわ」
世莉架はこの状況ではあまりに不釣り合いな笑顔でそう告げた。
「……わ、分かった! 絶対に言われたことをやる!」
「ありがとう。よろしく」
男は最早失神しそうなほど怯えているが、なんとか走り出し、パレードに向かった。
「世莉架……」
「しょうがないでしょ。こうでもしないと作戦は成功しない」
勿論これは作戦の一つである。パレードで闇ギルドの人間に問題を起こさせるために必要なのだ。
もしかすると元々何かを起こすつもりだったかもしれないが、爆弾を投げるという堂々とした犯行を行って貰った方が貴族や商会の人間を糾弾しやすい。
「さっきのいつでも監視できるっていうのは本当?」
「それは嘘。できる訳ないじゃないそんなの」
「なんだ」
「でも、彼は信じたでしょうね。信じないと殺されるような威圧をしておいたから」
「……」
「さぁ、進むわよ」
そうして二人はまた進み出す。
「世莉架、私はいつでも貴方を見ているからね」
「……何、ストーカー?」
「違うよ! でも……私はいつでも貴方を案じているから」
「……」
世莉架は言葉を返さなかった。そんな風に一度も言われたことのない世莉架はどう返せばいいのか分からなかったのだ。
そうして、闇ギルドの奥深くへと進んでいくのだった。




