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第九十三話【オッサン、焦る】

 黄金の迷宮前、補給テント内部にて。


「──というわけ、で。イカした俺がお前らの警護をする事になったのさ! イエーッ!」

「いえーっ!」


 妙にテンションの高いジョン、とその横でバンザイしながら真似をするニーナ。

 どうも彼は先日Sランクになったらしく、その経緯を俺に説明してきたのだ。

 しかも今回は測量A班の護衛を務めるらしい……つまり、俺とまた組むって事である。


「……本当、お前とはよく組むよなあ」

「フッ、これも運命って奴か……いや、嫌だわおっさんと組む運命とか」

「嫌でも本人の前で言うなよ」


 まったく、こいつは相変わらずだな……なんて思いながら、俺は必要な物を準備していた。

 と言っても殆どはいつもの装備と変わらない。ニーナのカバンが無い以上、大目に持たないといけないが。

 違うのは第一階層の地図を持っている事と、今手に持っている紫色の小さな水晶。

 水晶にはこれまた小さな魔術回路が敷かれている。なんでも西の大陸で作られた新発明だとか、確か名を──


「"通信晶"の調子はどうかしら、迷宮測量士さん」


 急にチカチカと光り出し水晶から声が聞こえてくるもんだから、驚いて手放そうとし慌てて掴む。

 びっくりした……声の主はアイツに違いないな、うん。

 くるりと後ろを振り向くと、壁に寄りかかりながらクスクスと笑ってこちらを見ているクレアの姿。

 彼女の手には俺達へ見せびらかすように、ネックレスみたく紐を通された紫色の水晶がゆらゆらと揺れていた。


「……クレア、普通に話しかけてくれないか」

「だって完全に油断してるんだもの、テストも兼ねて使いたくなったのよ」


 微笑みながらながらゆっくりとこちらへと歩いてくるクレア。性格は相変わらずらしい。

 俺は水晶を置いてクレアの方へと向き、彼女に手を差し伸べた。

 相手もまた、分かっていたかのように手を差し伸べ、握手を交わす。


「ふふっ、久しぶり。元気みたいで何よりだわ、ジム」

「ああ、そっちもな。まさかここで会うとは思っていなかったが……ラルフに呼ばれて来たのか?」

「ええ、ギルドの要請でね。後は久々に会いたいなって思っ……あ、やっぱ今の無し、恥ずかしいから」

「んー? ほほう? 誰に会いたかったのかな、お嬢さん?」

「ニヤニヤしてキモいわよ、おじさん」

「……普通に傷付くからやめてくれ」


 彼女の容赦ない言葉に堪えつつ、俺は置いた紫色の水晶をちらりと見た。


「アレ、通信晶って言ったか、どういう仕組みなんだ?」

「声を魔力に変換して、変換した魔力を他の水晶目掛けて飛ばし、魔力を声に再変換する……って感じかしら。機構の迷宮で見つかった、遠隔で会話が出来る遺物から発想を得て作られたの。まだ試作段階だけどね」

「ふーん、これで互いに連絡を取り合って情報共有しようって訳か」

「察しがいいわね、わざわざ会いに行くよりもその方がずっと楽でしょ?」


 まあ、まだ混線したりタイムラグがあったりするんだけど、と彼女は付け足すと、ジョンとニーナの方へ振り向く。

 にこりと笑って挨拶をする……前に、ジョンが動いた。


「ああ麗しきマドモアゼル、会えたことを光栄に思います」


 そう、いつも通りナンパだ……懲りないなコイツ。

 呆気に取られているクレアへ、ジョンは矢継ぎ早に会話を続けた。


「貴女との出会いはまさに運命と言っても過言ではないでしょう、貴女のような美しい女性と巡り合わせてくれた事をカルーン神に感謝したい」

「……さっき俺と組むのが運命みたいな事言ってなかったか」

「シャラップハンサムッ! ゴーホームッ!」


 口を挟んだらどうも気に食わなかったらしい。……まあ、どうなるか見てやるか。


「コホンッ……どうでしょう、この迷宮攻略が終わった後に食事でも──」

「……ふふっ」


 クレアの笑いに気付きジョンは顔を上げて彼女を見上げる。

 無駄にキリッとしているのが妙に腹立つな……というのは置いといて。

 腕を組みながら見下ろすクレアは、若干悪そうな笑みを浮かべて言い放った。


「もっと女の子が喜ぶ言い回しを考えた方がいいわね、ボウヤ」

「……オーマイガッ」


 ガクリと肩を落とすジョン。その様子を見てクレアは少し優越感に浸っている。

 ……ボウヤって程歳は離れてないし、それにお前もう女の子って歳でもないだろ。

 って言いそうになったが、何だか怖いのでやめた。


 跪いたまま意気消沈するジョンを放っておいて、クレアはニーナの方へ視線を向ける。

 ニーナは相変わらずにこりと笑って……あれ、ない。

 無表情でクレアを見つめている。不思議そうに見ているって訳でもなさそうだが……?


「貴女がニーナちゃんね? 可愛らしい迷宮測量士さんが居るって聞いてるわ、よろしくね」


 クレアはニーナの前にしゃがんで目線を合わせる。

 ニーナの様子が変なのが気になるが、まあ問題ないだろう。

 そう、この時はそう思っていたのだが……。


「……うん、よろしく──"おばさん"」


 その時、その場にいる者全員に電流が走った──!


 慌ててキョロキョロしているジョン、ぽかんとしているクレア、ふいっとそっぽを向くニーナ。

 そしてどうしたものかと内心大焦りしている俺。


 いやまさかニーナがあんな事言うとは思わなかった。

 どうしたんだニーナ……何か気に食わないことでもあったのか?

 いや、さっきまでジョンと楽しそうにしていたし……分からない、一体何が彼女をそうさせたんだ?


「へ……ヘイヘイヘイ嬢ちゃん! ちょっとこっち来な!」


 この状況の中、一番最初に動いたのはジョンだった。

 相変わらずそっぽを向いているニーナの手を引いて角に連れて行き、何かを話している。

 が、ニーナは全く聞く耳を持っていない様子だ。ジョンの助けてくれという目線を感じる。

 ……はあ、本当に何があったんだろうな。


 俺はニーナの方へといき、しゃがみ込んで目線を合わせる。

 彼女は俺からも目線を合わせようとしない。つーんとした表情のままそっぽを向いている。


「なあニーナ、何かあったのか? ふてくされてちゃ何もわからないだろう、話してみてくれないか?」


 俺の言葉なら聞いてくれるはず……そう思っていたのだが。


「パパのばか」


 と完全に怒っているような様子だ。

 ……わ、分からない。なんでニーナは怒っているんだ?


「……パパ?」


 パパという単語にクレアは反応する。

 ああ、そういえば紹介してなかったな……ってなんかクレアの表情が固まってる!?


「ふ、ふーん、そう……パパ、パパね。結婚したんだ、ジム。ふーん……」

「ちょ、落ち着いてくれ、ちゃんといちから説明するから……」


 ああ、何でこんなことに……。俺はクレアに今までのことを説明し始める。

 ニーナは遺物として見つかったこと、何故か俺が保護者として選ばれたこと、一緒に迷宮を測量してきたこと。

 その話を聞いていくうちに、クレアは落ち着き、何かを考えるような表情へと変わっていった。


「……という訳で、ニーナは見習い測量士として俺の手伝いをしてきたんだよ」

「なるほど、そういう経緯だったのね……」


 クレアは未だにツンケンしているニーナの方に視線を移すとその様子をじっと見つめる。

 それに気づいたニーナもじっと見つめ返す。

 しばらく彼女達の見つめ合い……いや、睨み合いが続いて。


「……ぷっ」


 その睨み合いを終わらせたのは、突然笑い出したクレアだった。

 睨み合ってることが面白おかしく感じたのだろうか、大きな声で笑っている。


「くっふふ……あー、そういうことね。これは厄介なライバルが出来ちゃったわ」


 彼女は笑いすぎて出た涙を拭くと、にこりと笑ってニーナの方を見る。

 ニーナはライバルという言葉にぴくりと反応。

 何か納得したような素振りを見せて、またむっとクレアの方を見た。


「でも負けないわよ?」

「……わたしもまけないもん」


 微笑みつつも挑発するかのようなクレア、それに対抗するかのようにむっとするニーナ。

 まるで火花が散るかのような睨み合いを、俺とジョンは眺めていた。


「……女の世界ってよく分からんな、ジョン」

「フッ、だがそれがいいのさハンサム。レディってのは神秘的な生き物だからな」


 ジョンの言ってる事もよく分からんが……まあ、さっきよりかは雰囲気は良くなった気がする。

 ニーナの不機嫌も少しは良くなったと思いたいな。


「ふふっ、さて、私も準備しなくちゃね」


 クレアはニーナから目を逸らすと、俺のほうに拳を向ける。

 ああ、なるほど。彼女のやりたいことは分かった。

 俺はクレアの拳に自分の拳を向け、互いに軽くぶつけ合った。


「頼りにしてるわ、迷宮測量士さん」

「ああ、任せとけ」


 そう言うとクレアは俺たちのそばを離れ、攻略班が待機しているテントに向かって行った。

 一悶着あったものの、彼女の元気な姿が見れて嬉しい……っと、なんだ?

 ニーナもこちらに無言で拳を突き出している……ああ、やって欲しいんだな。

 俺はそれに応え、こつんと拳を当ててやった。


「一緒に頑張ろうな、ニーナ」

「……うんっ! えへへ」


 ああ、いつものニーナに戻った。良かった良かった。

 俺がポンポンと頭を撫でてやると、少し恥ずかしそうに照れていた。


「モテるねぇハンサム……コツ教えてくれよ」

「女性にがっつかない事かな」

「……オーノゥ」


 そう言うとまたがっくりと肩を落とすジョン。節操のないナンパ野郎なのは間違い無いだろう、全く。

 そんなジョンにニーナが近づいて、拳を目の前に突き出す。


「えへへ、ジョンさんもがんばろっ!」


 満面の笑みを向けるニーナを見てジョンは放心しつつこつんと拳を当てた。

 それに気を良くしたニーナはがんばるぞーっと一人で気合を入れている。


「おいハンサム、あの子は天使か?」

「言っておくがお前にはやらんぞ」

「ホワッツ!? それぐらいの分別はあるわ、失敬な!」


 そんな冗談を言い合いつつ、俺たちは和気あいあいとなった雰囲気の中、準備を進めるのだった。

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