「研究家」
「様々な亜人が部族単位で大移動か。目的地はデスデモーナ大森林だろうなあ」
セオス教国とオベロン王国、コーデシア帝国を隔てる自然の要塞である大山脈。正式な名前は決められておらず、一般的には南にある大森林から取ってデスデモーナ大山脈と呼ばれている巨大な山脈には、多種多様な亜人や魔獣などの生き物が生息している。
そこは人間という種がほとんど立ち入ることの無い…いや、立ち入ることの出来ない場所である。
そんな大山脈のとある山嶺には、岩をくり抜いて作られたであろう木製の掘っ建て小屋が建っていた。
その中でボソッと亜人について呟いた男は続けて語る。
「それにケルベロスにまたがるゴブリンが居たなんて話も聞いたな…まあ、それは流石に冗談だろうが」
男は手入れが行き届かずに伸び散らかっている自らのあご髭を撫でながら1人呟く。
「強ち冗談では無いかも知れませんよ?"先生"」
小屋の中からはもう1人、若い女の声が聞こえてくる。
「それは"エルフの勘"ってやつか?自然の流れや魔力の流れには敏感なんだろう?」
「いいえ、ついこの間私の友人だったホークマンが突然旅に出てしまったのですが…なんでも理由が魔王軍に入る為だとか何とかで」
エルフと呼ばれた少女は、髭面の男に向けて話を続ける。
「噂では魔王なる人物は魔獣と会話する術を知るとか」
「ほう?…それではケルベロスを馬のように使うゴブリンなんて言う馬鹿げた存在は、その魔王軍の一員である…と?」
「可能性は十分あると思います」
少女はすらりと伸びた長い耳に髪の毛をかける仕草をし、視力を向上させる魔道具である眼鏡に手を掛ける。
「そうか…一度行ってみるのも悪くないな」
「?!…デスデモーナ大森林にですか??」
少女は驚きを隠せない様子だ。
「なに、君の同胞も大勢居るだろうから平気さ」
「私は平気かも知れませんが…先生が」
エルフの少女は男を申し訳無さそうに見るも
「亜人に理解がある人間なら大丈夫だろう。なんて言ったって私は"専門家"だしな」
「だと良いんですけど…」
「なに、大森林に赴くとしても、それはまた先の話だ。当面はこの山脈の亜人達について調査せねばなるまい」
「そうですね!!さすがは"亜人研究家"です!!」
「君が居てこそだぞソフィー。なんなら君がいなければ私は1日と持たずに死んでしまうからな」
「しっかりとお仕えしますから安心して下さい、フォーブル先生!」
フォーブルと呼ばれた男は一瞬クシャッと潰れたような笑顔を見せると、直ぐに切り替えて
「じゃあ今日も早速調査に行くぞ」
「今日は確か…ハーフリングについてでしたっけ?」
「うん、生存競争に敗れてしまいこんな山の上に住むしかない彼らの生態…とても貴重だぞ?しっかりと記録に残そう!」
子供のように無邪気な笑顔を見せるフォーブルに思わず笑みを浮かべたソフィーだったが…
「先生?大森林に行くのは…」
そう言いかけるも
「ん?なんだソフィー?」
「いえ、何でもないです!さあ、早く行きましょ!ハーフリング達への差し入れも持って行かないと!」
「そうだね」
2人は今にも崩れそうな掘っ建て小屋を後にした。




