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異世界に召喚されたと思ったら、誕生日プレゼントを作れと言われた件について。


 なんだかなぁ。微妙な気分だ。あたしは憂鬱な気分になる。なぜならば。


「ひっぐ。ひぐ。ひっぐ」


 邪神がさっきから泣いているからだ。殺すっていうのは、ちょっとした冗談のつもりだったのに。まさかマジ泣きされるとは。少々、予想外な事態。


 というか、あの程度で泣き出すって……。精神力メンタル弱すぎではなかろうか? この程度の存在が三大邪神(自称)って。それで良いのか? 何だかいろいろと問題な気が、そこはかとなくする件について……。


 と、あたしがそんなことを考えているとき。それは唐突にやって来た。


「ちーす。ペンギン人形っす。ペンギン人形 335号っす」


 そいつは、開口一番そのようにのたまった。言葉を発したのは、いきなり、何の前触れもなく唐突に出現したペンギン。

体長は1メートルほど。黒い羽毛と。白い腹。パチクリとしたつぶらな瞳。なかなかに愛らしい外見。本人(鳥?)は人形と主張しているが、とてもそうは見えない。本物そっくりな質感を持ったペンギンだ。


「は?」


 意味が出来ない。ペンギンが人間の言葉を話すのは、まあ、いいとして(何せ、異世界にはそういうへんちくりんな生き物が沢山生息しているからだ。ベテラン異世界被召喚者であるあたしは、一々そんなことで騒いだりしない。めんどいから)。

 問題は、このペンギンが唐突に出現したという点だ。なにせ、あたしは重度の異世界被召喚体質者。自慢ではないが危機察知能力や気配察知能力、空間転移察知能力は相当高い。それはもう高い。そこらの最高神程度なら、鼻歌混じりにあしらえる程度には。


 そのはずなのに……。このペンギンは探知できなかった。一体どういうことなのか? 慌てて戦闘態勢を取ろうとするが、それは遅きに失した。


「オレっちのご主人様がよんでるっす。ちょっと顔かせっす」


 有無を言わさぬ、ペンギン人形の宣告。

 次の瞬間。あたしのは、知らない場所にいた。


 そこはどこかの建物の中のよう。太さが二メートル以上はありそうな巨大な石柱が何本も整然と立ち並んでいる。建物の広さは想像もつかない。数百メートル以上の奥行がありそう。端の方は霞んでいる。

 天井をみあげると、そこには精巧な絵画。ある絵では、スパゲッティの怪物が触手を伸ばして、女性をレイプ。次の絵では女性が出産し、スパゲッティの化物を産む。その隣の絵では、生まれてきたスパゲッティ・モンスターが母親を捕食。そして、そのモンスターが大きくなると、べつの女性を襲い……。そんな不気味な絵が、延々と描かれている。


 そんな室内にいるのは、あたしただ一人。さっきまで隣で泣いていた少女邪神もいなければ、この事件の犯人であろうペンギンの姿もない。


 と。唐突に気配察知に反応。あたしのすぐ傍で空間が歪み、少女邪神が現れた。ポンと、虚空に開いた黒い穴から放り投げられた少女邪神は、受け身も取れずに床と激突。尻餅をつく。


「あいたた。もう。酷いですよ、お姉さま」


 お尻をさすりながら立ち上がった邪神が、そんな抗議をしてくる。

 心外だ。あたしが悪いわけではない。恐らく少女邪神は、1メートル以上あたし(主人)から離れるということが出来ないという指輪の効果によって、ここまで強制転移させられたのだろう。


 どうせなら、あたしの方を元の世界に戻してくれたらよかったのに。と、思う。しかし。現実はそう上手く行かないようだ。


「ここは一体……?」


 周囲を見回した邪神が、そんな質問をしてくる。


「さあ。あたしに分かる訳ないでしょ」


 何せたったいま、転移させられたばかりなのだ。


 と。変化はやはり唐突。前触れもなく。そいつは現れた。

部屋の奥の方。霞が掛かってよく見えない先。そこにしつらえてある階段と、玉座らしき椅子。

 その椅子に、誰かが腰かけたのだ。


 全身真っ黒の甲冑を身にまとった存在。その気配は、尋常なものではない。危機感知スキルが警鐘をがんがんと鳴らす。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイということしか分からない。

 あれはダメだ。神とか悪魔とか。そんな格下(、、)とは次元を異にする存在。敵対したら、それで終わり。いや。敵対すらしなくても、触れられただけでも持致命的だ。視線一。ただ見ただけでも、対象を殺せる。そんな異様な存在。


 そんなものを目にして、あたしが平静を保っていられた理由。それは、あたしの隣にいる。少女邪神にあった。


「あ、あ、あ……」


 邪神はその甲冑の騎士を目にした瞬間、完全に腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。目を限界まで見開き、だらしなく口を開け、ヨダレがこぼしている。へたり込んだ邪神の周囲には、黄色い水たまり。ほのかな湯気を立てている。漂ってくる、えた匂い。邪神がおしっこを漏らしたのだ。


「あ、あ、あ、ありえない……な、なんで。こここんなところに」


 少女邪神が、何やらうわ言を呟く。

 それが耳に入ったのか。甲冑がかすかに首を傾げる。


「うむ? 我を知っているのか?」


 甲冑の問い。これにあたしが反応するより早く、別の者が答えた。


「それはそうでございましょう。あの娘もどうやら神の末席に名を連ねている様子。数ある外なる神の中でも、至高の存在である777(ラッキーセブン)の一柱。ゴキブリ・スレイヤー様を知らぬ神など、いるはずもなかりしば」


 その声の主もまた、唐突に出現。気配も何も感じなかったのに、気が付いたら次の瞬間。そこには、白銀の甲冑に身を纏った騎士が存在していた。


「ヘリナスよ。我をゴキブリ・スレイヤーなどと呼ぶのは止めよ。我には主様より賜った真名があるのだぞ?」


 黒甲冑が苦苦しげに応じる。これに、ヘリナスと呼ばれた白銀甲冑の騎士が応じる。


「それはそうでございます。が。しかし。このような有象無象の前で、真名を使われるのですか?」


 白銀甲冑の返答。だが。


「ふうむ。なるほど確かに。しかし、だな。いくら何でもゴキブリ・スレイヤーはなかろう? それではまるで我が道化のようではないか?」


 不満げな黒甲冑。しかし。白銀甲冑はどうじない。


「さて。要らぬ心配かと。ゴキブリ・スレイヤー様を道化よばわりするような胆力など。この娘たちは持ち合わせておりますまいに」


 そう言って、白銀甲冑がこちらに値踏みするような視線を向ける。傍らの邪神が失禁しているのを見て、ふっ、という失笑を漏らす。


「ふうむ。まあ、無駄話はこの辺で終わらせて、本題に入ろう。お前たちを呼んだのは他でもない。既に使い走りのペンギン人形から説明があったと思うのだが、我があるじへの誕生日ぷれぜんとを作ってもらいたいのだ」


 黒甲冑の発言。


「はい?」


 思わず、あたしは素っ頓狂な声で聞き返してしまう。


「うむ。良い返事だ。では、精々励むのだぞ? もしも我が主の機嫌を損ねるようなものが出来上がったのなら、分かっておろうな?」


「へ? いやいやいや! そんな無茶苦茶な! そもそも主って誰!? 何が好きで、何が嫌いなの!? っていうか、誕生日プレゼントぉ!?」


「うむ。誕生日ぷれぜんとである」


 黒甲冑が重々しく頷く。


「ゴキブリ・スレイヤー様。察するに、この娘。誕生日ぷれぜんとの概念を理解していないのではないですか?」


 白銀甲冑がそんな勝手なことを言いだす。


「なんと! そうであったのか! ううむ。これは盲点。我が失策であった」


 あり得ないことに、黒甲冑は白銀甲冑の台詞を真に受けたようだった。そんな二人の会話を聞きながら、何だかあたしは脱力していた。

 なんだかなぁ。この二人。凄いのは凄いんだろうけど。なんか、変。あたしの中で、何だか奇妙な親近感のようなものが生まれていた。


「ペンギン人形よ」


 黒甲冑の呼びかけ。


「はいっす! ここにいるっす!」


 呼び声に応え、唐突に出現するペンギン人形。相変わらず原理は不明。感知も出来ない。そんな異様な存在だ。


「この娘たちに、誕生部ぷれぜんとについての説明を行え。しかる後。誕生日ぷれぜんとを準備させるのだ」


「ははっす! おうせのままにっす!」


 ペンギンの返答。それに気を良くしたらしい黒甲冑は一つ頷くと、出てきた時と同様に唐突に消失。視界から消え失せる。


 こうして、あたしの誕生日プレゼント制作作業が始まったのだったのだが……。


 このペンギン。歯に衣着せずに表現すると使えない。


「そもそも、あんたらのあるじって誰なの?」


「偉大な御方っす!」


「どんなものが好きなの?」


「下っ端のオレっちには、分からないっす!」


「じゃあ、逆に嫌いなものは?」


「下端のオレっちには、分からないっす!」


「……噂とかは? 何にも聞いたことがないの?」


「偉大な御方っす!」


「うううう。こいつ、使えない。マジに使えない」


「諦めないでください。お姉さま。諦めたらそこで試合終了ですよ」


「試合じゃないっす! 誕生日ぷれぜんとっす!」


「いや。そんな突っ込みは良いから。それじゃあ、性別は? 男か女かぐらいは教えて貰わないと困るんだけど!」


「下端のオレっちには、よく分からないっす!」


「ホントのホントのホントに何にも知らないの? 噂になったりとかもないの?」


「ホントのホントのホントに、何にも知らないっす!」


「もう知らない! 何なのこいつ! これでどうしろってのよ!」


「お姉さま。落ち着いてください。こういうときは定番の品で……」


「……じゃあ、とりあえず。誕生日ケーキで行くわよ!」


「誕生日けーきっすか? 何だかありきたりっすね!」


「ううううううう。もう!! どうしてここに無敵武器あやめがいないのよ!? 最強兵装あやめさえいればこんな奴ワンパンなのに!!」


「そんなことばっかり言ってるから愛想を尽かされたんじゃ……」


「シャーラップ! おだまり!」


 といいうようなやり取りの結果。とにも角にもケーキを作ることになったのだが……。ここでも、ペンギンの使えなさはいかんなく発揮される。


「食材よ! 食材! それに調理場! 案内してちょうだい!」


「りょーかーいっす! 付いてくるっす!」


 案内された調理上は、中々整備されていた。道具も一通りそろっている。中には何に使うのか良く分からないモノや、サッパリ使用法の分からない調理器具も存在したものの、まあ、ここは神の調理場。そんなモノだろうということでスルースキルを発動。

 食材の確認をしに行ったのだが。そこはあり得なかった。


「うげっ!? 何よこれっ!?」


「なにって、食材っすよ! 何でも一通り揃ってるっす!」


「何が食材よ!! どう見ても人間じゃない!!」


「違うっす! けーきの材料のエルフっす! 中にはチョット違うのも混じってるっすけど! これは、インスカベリアのハイ・エルフ。こっちは、エドキ亜世界のハイ・エルフ。こっちのはマルゴース星のハイ・エルフ。この肌の黒いのは、ハイ・ダーク・エルフっす! カンブランセ時間反転領域にしか生息していない希少種っす! 乱獲されて数が少なくなってるっす! 神ですら滅多に口に出来ない超高級品っす! しかも天然ものっすよ! 養殖のバチもんじゃないっす!」


「ううううううう。頭が痛い。どこの世界に、ケーキに人肉を入れる馬鹿がいるのよっ!?」


「え? 何言ってるんすか? 普通っすよ! 誕生日ケーキといえば、耳長族エルフの肉をパイ生地で挟んで、たっぷりのバター・クリームを塗りたくっるっすよ?」


「ううううううう。もう帰りたい」


「駄目っす! 誕生日ぷれぜんとを作ってもらわないといけないっす! それまでは返さないっす!」


 そんな頭の痛くなるようなやり取りの末。


 結局は普通(人肉を使わない地球における普通)のチョコレートケーキを作ることにした。

 製作時間は3時間ほど。材料もそろっていたし(食糧庫の奥の方には地球産の食材も入っていた)、道具も完備。ペンギンが冗談抜きに頭おかしいことを除けば、何の問題もなかった。


 そして、誕生日ケーキ作成後。最後の飾りつけはペンギン人形がやるということで、あたし達は無事、元の世界に戻ることが出来たのだった。



 ……。

 ……。

 だが。

 元の世界に戻れて嬉しいのかというと、そうとばかりも言えない。あたしの部屋は、無駄に蒸し暑いのだ。温度計によると、現在の室温は40度オーバー。


 あづい。マジ死ぬ。何、この気温。窓は全開なのに……。


 という訳で、あたしが板張りの床でゴロゴロとしていると。少女邪神が心配そうに見下ろしてきた。あ。パンツ着替えてる。今度はクマさんぱんつか。などというどうでも良い思考が頭をよぎる。


「でも……良かったんですか? ケーキの中に唐辛子なんて仕込んで。絶対あとで問題になると思うんですけど……」


 少女邪神の質問。


「いーの。いーの。どうせ、あいつら、主ってやつに怒られるのよ? 唐辛子が入ってるから。降格は間違いなし。ひょっとしたらその場で処刑されるかも?」


 あたしはそう言って、断言しておく。

 だが。


「はあ、そう上手く行きますかね?」


 邪神の方は不安そうだ。今にも泣きだしそうな顔をしている。


「行くのよ! 行くに決まってるわ! にししししし」


「……だと良いんですけど」


 などという無駄な会話をしていると。

 こんこん。という控えめな音がドアから聞こてくる。こちらの返事を待つことも無しにドアが開かれ。妹が入ってきた。

 手には箱。そこそこの大きさで、両手に抱えている。


「へ?」


 あれ? 引きこもりのあやめが部屋から出てきてるなんて。どんな風の吹きまわし? 槍か大砲でも降ってくんの?


 そんなあたしの疑問を余所に、あやめは机の上に箱を置くと、トコトコと出て行った。


「え? 今の何?」


 状況の変化について行けない。あたしは戸惑いながら、邪神と顔を見合わせる。


「さあ? 開けてみれば分かるんじゃないですか?」


 そう言いながら邪神は箱へと近づき、ふたを開ける。


「あれ? ケーキですよ。お姉さまの大好物の」


 中を除いた邪神がそんなことを言う。

 どれどれ。のそのそのと起き上がって見てみると、確かに中身はケーキ。それもホールのチョコレートケーキだ。


「ああ、そう言えば……」


 今日は妹の誕生日だったっけ。そんなことを思う。あやめの奴はニートの癖に持てるからなぁ。きっと、同級生にでも大量の誕生日ケーキを貰って処分に困ったんだろう。


「どれどれ」


 ケーキに乗った砂糖菓子をひとつ摘まんで、口に運ぶ。


 そして。


「ふッゲエぇエえヱえェ!!!!」


 思わず吐き出した。


「何よこれ!!? 激辛じゃない!!」


 知らず、絶叫する。


「え? そうなんですか?」


 そう言いながら、邪神も砂糖菓子をひとつ摘まむ。あーん。一口食べた邪神が奇妙な表情を浮かべる。


「……これは。でも……」


「なに? そっちは辛くないの?」


 思わず口調がとがってしまうのは仕方がない。激からケーキなどと言うちんけなものを食わされて、今のあたしは激オコなのだ。


「いえ……。辛いのは辛いですけど……でも、これ……」


 要領を得ない邪神の回答。


「あー! もう! イライラする!! 要点言いなさいよ!! 要点!!」


「私達がつくった唐辛子入りケーキですよ。これ」


 邪神からの奇妙な答え。


「へ?」


 どゆこと?


 意味が分からなかった。


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