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季節は巡り、夏の暑さがやわらいで木々が赤く染まり始める。それを見た涼香は深い感慨にとらわれた。
(旅に出てもう一年にもなる。月日が経つのは早いものね。老師様はお元気だろうか)
しみじみと物思いに耽っていると、悟浄が声を掛けてきた。
「師匠。なにか心配ごとでも?」
「いいえ。ただ、旅に出て一年も経つので今までの事を思い出していたのです」
「そうですか。機会があればぜひ聞かせてもらえますか」
「はい。時間があれば、そのうちに」
涼香と悟浄がそんな話をしていると、先の様子を調べに行っていた悟空が戻ってきた。悟空は腕に抱えていた十個ほどの柿を涼香に差しだしながら言った。
「どうぞ。途中で見つけたんで、もいできました。この先には万寿山という高山がありますね。ちと骨が折れますが、まあ、なんとかなりそうですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
涼香は礼を言って柿を受け取ると、皆で分け合って食べた。
秋晴れの空は美しく、風は涼やかで心地よい。
久し振りにのんびりとした思いで一行は元気を取り戻し、万寿山へと向かったのだった。
*****
さて。万寿山には山中に五荘観という道教の寺があり、そこには道号を鎮元子、通称を与世同君とよぶ、とうとい仙人が住んでいた。この仙人は前生で三蔵と知人であり、物語では寺に立ち寄った三蔵を留守番の童子が人参果という貴重な果物でもてなすことになっている。
しかし、涼香は三蔵ではあっても玄奘ではない。もてなしはないはずだったが、寺にたどり着いてみると二人の小童が姿を現して涼香達一行を丁重に出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。我が師よりもてなしを命じられていますので、どうぞこちらへ」
にこやかに出迎えられ、涼香は戸惑った。
「私は……その、人違いではないでしょうか」
「あなたは大唐の三蔵法師でいらっしゃるのでは?」
「はい。それは、その通りですが」
「ならば人違いではありません。さあ、こちらへ」
涼香は自分と玄奘を間違えているのだと伝えようとしたが、童子達は師の言い付けを守っているに過ぎない。困っていると悟空が笑いながら促した。
「まあまあ、お師匠さん。もし仮に人違いだったとしても、こうまで言ってるんです。もてなしを受けてやるのが道理ってもんじゃないですかね」
「そうでしょうか……」
「きっとそうですよ、お師匠様! ああ、どんなご馳走が出てくるのかなあ」
と、これは八戒。よだれを拭い、そわそわとしながらの言葉である。
玉龍と悟浄はもてなしには興味がないらしく、寺の立派さについて感心の面持ちで言葉を交わしている。
結局、涼香は童子や悟空達に勧められるままに正殿へと向かったのであった。
*****
「さあ、どうぞ召し上がってください」
「……これは」
笑顔で差し出された朱の盆に盛られた果実を見て、覚悟をしていたが、と涼香は内心呻いた。そんな涼香の様子に気付かずに童子は果物を説明する。
「これは人参果と申しまして、三千年めに一度花開き、また三千年めに実を結び、さらに三千年めにようやく熟す、宝果でございます。匂いを嗅いだだけで三百六十年も生き、一つ食べれば四万七千年も長生きできますよ」
「四万七千年……」
気の遠くなるような話だ。しかし、と涼香はごくりと唾を飲み込み、盆に盛られた二個の人参果を見た。
――にこにこと機嫌良さげに笑っている。
そう、笑っているように見えるのだ。この果物には手足も目鼻も備わっていて、どこからどう見ても生まれたての赤ん坊にしか見えなかった。
(本に書いてあったのを読んだことはあるけど……本当に赤ちゃんにしか見えない……)
これは無理だ、と涼香は確信した。こんな果物、どんなに長生きできても到底口に運べない。気が狂う。
と、正直に伝え断ろうとしたが、何故か悟空が反対した。
「お師匠さん、せっかくの機会なんですから、ぜひ食べてくださいよ。なに、口に入れさえすれば果物だとわかる筈です。頭からが嫌ならこの手足の先をもいで……」
「あああ、止めてください! 取らないで!」
手足をもぎとろうとする悟空を涼香は半泣きで止める。赤ん坊の顔が泣きそうに見えたのだ。恐ろしい。なんて果物だ。
青ざめて頑なに拒否する涼香と、執拗に食べさせようとする悟空。二人の攻防を眺めていた八戒は、ふいに魔がさしてこっそりその場から離れた。
「なんていい匂いの果物だろう! 今なら誰にも見付からずに庭に行ける。なに、一つくらい減ってもばれないだろう」
八戒はたまたま置いてあった金のうち棒を手に取ると、人参園に忍び込んだ。
園の真ん中にそびえ立つ一大樹には赤ん坊の形をした人参果が何十と実っていた。人参果は本当に赤ん坊そっくりで、尻のところにへたがついており、風が吹くたびに手足を振り、頭を動かして、まるでものを言っているかのように見える。
「うへえ、やっぱり赤ん坊そっくりで不気味だなあ。でも、いい匂いだ。どうれ、一つ打ち落として、と」
八戒が木に登り、金のうち棒で人参果をひと打ちすると、あっさり実は下に落ちた。しかし、さていただこう、と下に降りるとどこにも見当たらない。
「おかしいなあ。どこへ行っちまったんだろう」
八戒は人参果が見つからないので不思議に思って首をひねった。実は人参果には、《金にあえば落ち、木にあえば枯れ、水にあえば化し、火にあえばこげ、地にあえば入る》という性質があり、たたく時は金の棒をもちい、受ける時は絹布をしいた盆をもちいないといけないのだった。
たまたま金のうち棒を使い、落とすことは出来たが、受けることは出来ず、人参果は土に潜ってしまったというわけである。
その事を知らない八戒は不思議がりながらも気を取り直し、再び木に登り実を打ち落とした。だが、やはり下に降りるとどこにも見当たらない。
「むかつくなあ! こうなったら幹を叩いて実を落とすとしよう」
怒りで本性が顕になっていることに気付かないまま、八戒は金のうち棒を思い切り振りかぶり、幹に叩きつけた。みしり、と嫌な音がしたと思うと、なんと八戒の怪力を受けた木は押し倒されてしまった。
それを見た八戒は青ざめた。
「あわわ、なんてことだ。どうしよう!」
「今の音はなんだ」
「まさか泥棒では」
そこへ音を聞き付けた童子が涼香達を伴いやってきて、場の惨状を目の当たりにした。
「なんと、寺の宝が!」
「なんということを!」
涼香は青ざめている八戒に気付き、事のあらましを悟った。
「八戒……まさか」
「す、すみません! まさかこんな事になるなんて、あっしも思いもしませんで……」
困り果てる師弟に童子は怒りを向けた。
「あなた達はどうしてもてなした私達にこのような行いをするのです! かくなる上は、師匠に罪を咎めてもらいます!」
「さあ、逃げられぬよう、この倉に入ってください!」
童子は涼香達を倉に閉じ込めると、見張りに立った。
涼香は溜め息をついて言った。
「私達はこれからどうなるのでしょうか」
「お前のせいだぞ。反省せぬか、八戒」
「竜の坊っちゃん、言われるまでもなく反省してますよう」
「……どうするのだ?」
玉龍が八戒をなじり、八戒はうなだれる。そして結局どうするのか、と悟浄が皆に問い掛けた。自然、注目は黙ったままの悟空に向かう。
「そうだな。俺としちゃあ逃げの一手をとりたいところだが……お師匠さんはどうしたいですか?」
「私は……八戒のした事ですから、誠心誠意、謝罪したいです」
「なら、俺も付き合いますよ。なに、話し合えばわかりあえるかもしれません」
「……お前にしては、穏やかな方法だな」
悟浄が驚いた顔で言うと、悟空はにやりと笑って答えた。
「まだお師匠さんに人参果を食べさせてないからな。それまでは我慢もするさ」
「……まだ諦めてないのですか」
うやむやのうちに食べずによくなったかと思っていた涼香は、その言葉にがっくりと肩を落としたのだった。




