表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

エピローグ 3

「『よお』とちゃいますよっ! 瑛太さんっ! なんでこんなとこに──」


「なんかお前、あんまり変わってねえな。身長とか」


「うっ、それは……ってそうやなくてっ! なんでこんなとこおるんですかっ!」



「待ちきれなかったから、迎えに来た」


「え、」



 瑛太さんは僕の目を真っ直ぐ見つめたまま簡潔にそう告げて、未だ混乱している僕の方に歩いてくる。

 そして僕の前まで歩いてきて、手を差し出してきた。



「さ、帰るぞ」


「帰るって……僕は今から、親戚のおじさんの所に──」


「お前の帰る家さ。今日から俺んちだから」


「え、……ええええっ!?」



 思わず絶叫すると、瑛太さんは「うるさっ」と若干顔をしかめた。



「あ、あの、それって……どういう意味ですか?」


「長くなるし、歩きながら説明する。ほら、さっさと行くぞ」


「は、はいっ!」



 くるりと背を向け、瑛太さんは来た道を引き返しはじめる。

 僕はボストンバッグを握りしめながら、瑛太さんの背中についていった。頭の中ははてなマークでいっぱいで、矢継ぎ早に質問を連投した。



「ここまでどうやって来たんですか?」


「ダチに車で連れてきてもらった。俺免許持ってねえし」


「あのっ今日仕事は?」


「土曜だから休み」


「あの、あのっ僕が迎えに行くの……待ちきれへんかったんですか!?」



 勢いでそう問いかけると、前を歩く瑛太さんの足がピタリと止まる。しまった。怒らせちゃったかも。


 ビクビクしながら様子を窺いつつ、隣まで行って瑛太さんの顔を覗く。

 瑛太さんの横顔は、林檎みたいに真っ赤だった。



「だからさ……さっきそう言ったじゃん」



 震える声で瑛太さんはそう呟く。

 途端に愛おしさがこみ上げて、僕は思わずぷっと吹き出してしまった。



「瑛太さん。ほんまにツンデレやなぁ~」


「うっせぇ! こちとらお前のせいで色々大変だったんだぞ! 諸々の手続きとか、お前の親戚への連絡とかっ!」


「じゃあ僕……ほんまにこれから瑛太さんと一緒に住むってこと?」


「そーだよ、悪いか」


「わるない! むしろめっっっちゃ良いっ! さいこうっ!」



 横から抱きつくと、「あぶねっ!」と突然の衝撃に倒れそうになりながらも、僕を受け止めてくれた。

 ぎゅうと抱きつくと、すごく安心して、涙が出そうになった。



「あ、ついでに言うとお前、今日から名字変わるからな」


「どういう事ですか?」


「『吉田景』、それが今日からお前の名前」


「……え、」


「どうしたんだよ」


「僕達……結婚するんですか?」


「ばっ、ちげーよ! 養子縁組だ養子縁組っ!」


「あ、そうなんや。じゃあ僕は今日から、瑛太さんの弟ってことなん?」


「そうそう。俺はこれから景にとって、『言うこと聞かなかったら鉄拳制裁も辞さない兄ちゃん』になるってこと」


「瑛太さん、絶対僕にそんな事できひんやん」


「まあ。冗談は置いといて。一緒に生活するからには、ちゃんと俺の言うことは聞けよ。門限とか」


「はーい」


「はいは短く」


「はいっ!」



 ワンワン!



 突然犬の鳴き声が聞こえた。

 見ると、僕達の進行方向から、眼鏡にバンダナを巻いたぽっちゃり体系の男の人が、白い小型犬と一緒にこちらに歩いてきていた。



「ワンッ! ワンッ!」


「わぁ~! そんなに引っ張ったら駄目でござるよぉ~! ……おぼぶっ!」



 犬が僕達を見るなり、尻尾を振りながら駆け出す。その拍子に男の人はリードをぐんと引っ張られ、盛大に転んでしまった。

 リードが手から離れて、犬はそのまま走り出す。



「大変やっ!」



 僕は慌ててこちらに向かってくる犬を捕まえる為にしゃがみ、両手を広げた。

 するとその犬は瑛太さんへと飛び込んでいき、瑛太さんはそれを当然のように抱きとめる。



「ははっ、くすぐったいって」



 ぶんぶんと尻尾を振りながら、白い犬は瑛太さんの顔をぺろぺろと舐めている。

 その間に眼鏡の男の人が、はぁはぁと息を切らしながら僕達の所へと走ってきた。



「瑛太氏~! 無事に合流できたんでござるなぁ!」


「おう。送ってくれてマジで助かったわ。サンキューな」


「……瑛太さん、この人は?」


「サモだよ。一度通話しただろ」


「え、サモさんって……ほんまにあのサモさん!?」


「そうそう。俺をここまで連れてきてくれたの、サモなんだ」



 言われてみれば、確かに聞き覚えのある声のような気がしてきた。

 僕は慌てて眼鏡の男の人──サモさんに頭を下げた。



「あっあのっはじめましてサモさんっ! 瑛太さんが、いつもお世話になってますっ!」


「なんじゃその挨拶……お前は俺の親かっつの」



 突っ込みを入れている瑛太さんをスルーし、サモさんは僕に駆け寄ってくる。

 そして僕の手を両手でぎゅっと包み、眼鏡の奥から、まるで少年みたいなキラキラした瞳で僕を見つめた。



「はぁ~……とっっっても可愛いでござるぅ! キミが噂の、景きゅんでござるよな!? 瑛太殿から話は十二分に聞いているでござるよぉ~! っかぁ~!!! 女装させたいでござるぅ~!!! ロリータツインテ! 景きゅん! よかったら今度拙者の家に──」


「おいサモ。景がドン引きしてる。その辺にしとけ」


「あ、あはは……」



 顔を引き攣らせながらなんとか笑顔を作っていると、サモさんはようやくハッとして僕の手を離し、汗を拭う仕草をした。



「ふう……失敬失敬。拙者、可愛い男の子に目が無くてですなぁ」


「犯罪者みてえな発言も止めとけ」


「うう~……それじゃ拙者、何も話せないでござるよぉ~!」



 瑛太さんはサモさんととても仲が良さそうだ。だけどこの人……本当に大丈夫なのかな。

 僕がそんな懸念を抱いてるのに気付いたのか、瑛太さんが僕を見た。



「景、安心しろ。こいつ素だと、めちゃくちゃまともな奴だから」


「ハッ!? 瑛太氏! ネタバレダメ、絶対! 男は少しくらいミステリアスな方が──」


「いや、お前のはミステリアスじゃなくてただの変態だから」



 ズバリと瑛太さんが言うと「フォカヌポウ!」と叫んでサモさんは倒れてしまった。ほんとに大丈夫なのかな……この人。



「さ、茶番はこのくらいにして帰るか。サモ、車どこ?」


「あ……あちらに」



 倒れたままのサモさんが、震える指ですぐそこのパーキングを指差す。そこには車は一台しか停まっていなくて、どう見ても左ハンドルの、ピカピカに磨かれた黒い高級車だった。



「え、あの車……レンタカーですか?」


「違う。サモの」


「え……もしかしてサモさんって」


「こいつん家、国内有数の資産家なんだってさ。ちなみに一度も働いたことないニートだ」


「働いたら負けだと思ってる! キリッ!」


「なんか……キャラ濃すぎて漫画から出てきたみたいや」


「そういやサモの本名ってなんなの?」


「それはヒ・ミ・ツ♡」


「あっそ」


「んもうっ! ちょっとは興味持って欲しいでござるよぉ~!」



 ふと、瑛太さんの足元で大人しくおすわりしている白い犬を見る。白いマルチーズ。

 僕ん家で飼っていた『シロ』と、とてもよく似ていた。



「この子は……サモさんの子ですか?」


「いや、俺が飼ってるんだ。名前は『しろ』。子犬の頃に捨てられてたらしくて、施設から譲り受けたんだ。でも世話はこれから全部お前の担当。理由は……分かるよな?」



『しろ』は僕を見上げながら、無邪気にはっはっと舌を出している。

 その姿があの日、僕が残酷に殺した『シロ』の姿とダブって、胸がぎゅうと苦しくなった。

 しゃがんで、黒くて丸っこい瞳と視線を合わせる。恐る恐る手を伸ばし、頭を撫でてみる。

 小さな尻尾が千切れそうなくらいぶんぶんと横に振れた。



「今度こそしっかり愛情かけて、最期まで面倒見てやれよ。それがお前に出来る唯一の償いだろうからな」


「……はい。大事に大事に、最期まで育てます」



 僕が立ち上がると、「さ、帰るぞ」という瑛太さんの掛け声て、三人と一匹で、桜の絨毯を踏みしめて歩き始めた。



「でも瑛太さんのアパート、ワンちゃんオッケーなんやっけ?」


「ああ、引っ越した。2LDK」


「ええ!? お金大丈夫なん!?」


「大企業勤め舐めんな。郊外にはなっちまったけどな……あ、今日サモも家で飯食うから、晩飯はピザだぞ」


「え!? ピザ!? めっちゃうれしい!」


「サモは最近ほぼ俺んちに住み着いてる状態だからさ……まあ、思うところはあるかもしれないけど、仲良くやれよ」


「よ、よろしくでござるよぉ……景きゅ……じゃなかった。景どのっ♡」


「え、あ、はい……あはは」


「さっ! 拙者は親から貰ったこのブラックカードで、駐車料金の支払いをしてくるでござるよっ! 一足先に、アデュー!」



 サモさんは上機嫌に駐車場へとスキップで駆けていった。それを呆然と見送っていると、「なあ」と隣を歩く瑛太さんの声。


 見上げると、瑛太さんはリードを持っているのとは別の手を、僕の方に差し出してきた。



「せっかくだし……手でも繋ぐ?」


「え、……もちろんっ!」



 満面の笑みで握ると、瑛太さんも照れくさそうに僕の手を握り返してきた。

 ドキドキと鼓動が高鳴って、勝手に顔がにやける。こんな幸せな気持ち、生まれて初めてだ。



 そうだ。瑛太さんに伝えへんと。僕の本当の──心からの気持ち。



「瑛太さん」


「ん?」



 ちょいちょいと手招きすると、瑛太さんが少しかがむ。僕はその形の良い耳に、内緒話するみたいにぽそぽそと囁く。



「この2年半、毎日ずっと考えとったんです。僕、やっぱり瑛太さんのこと……」



 ドキドキしながら自分の気持ちを囁くと、瑛太さんの顔が、ぼっと火が出るほど赤くなった。



「は? ……はぁ!?」


「瑛太さんは?」


「お、俺は。俺はなぁ……」



 今度は瑛太さんが僕の耳にこそこそと耳打ちしてくる。今度は僕の顔が、ぼっと火が出るほど熱くなった。



「じゃ、じゃあしてみます? ……アレ」


「え? ここでかよっ」


「はい。今なら誰も見てへんし」


「ん、んん……分かった。一瞬だからな。景、目を閉じろ」


「……はい」



 ざあ、と風が吹いて、桜吹雪が僕達の顔を隠す。


 風が止んだ後、僕達は近い距離で見つめ合い。ふ、と小さく笑いあった。





 さて。これで俺達の話は終わりだ。


 終わりというのは、人様に見せられる部分はここまで、という意味だ。なんせ説明するのに疲れたからな。


 この後も当然、俺達の人生は続く。



 幸せな人生か。そうじゃないか。なんて。きっと生涯を終えるその日まで、判断はつかないだろう。




 俺の選択が正しかったのかは分からない。この道の先に広がるのは、自分の手に余るほどの地獄かもしれない。


 でも、この選択に後悔は一切無かった。


 どんな生き方を選択したって、どうせ色々ある事に変わりないだろうし。だったら自分の心の動く方へって、まあそんなノリだ。



 でもまあ、俺の隣にはこれからずっと景がいる。幸せだろうと不幸だろうと、それだけは一生変わることはないと、断言できるから。




 これから先、何があったって、二人でなんとか乗り越えていってやるさ。


今回で完結です。読んでいただきありがとうございました!


↓の★マークでのポイント評価、ブックマーク、感想、いいねなどもらえたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ