エピローグ 3
「『よお』とちゃいますよっ! 瑛太さんっ! なんでこんなとこに──」
「なんかお前、あんまり変わってねえな。身長とか」
「うっ、それは……ってそうやなくてっ! なんでこんなとこおるんですかっ!」
「待ちきれなかったから、迎えに来た」
「え、」
瑛太さんは僕の目を真っ直ぐ見つめたまま簡潔にそう告げて、未だ混乱している僕の方に歩いてくる。
そして僕の前まで歩いてきて、手を差し出してきた。
「さ、帰るぞ」
「帰るって……僕は今から、親戚のおじさんの所に──」
「お前の帰る家さ。今日から俺んちだから」
「え、……ええええっ!?」
思わず絶叫すると、瑛太さんは「うるさっ」と若干顔をしかめた。
「あ、あの、それって……どういう意味ですか?」
「長くなるし、歩きながら説明する。ほら、さっさと行くぞ」
「は、はいっ!」
くるりと背を向け、瑛太さんは来た道を引き返しはじめる。
僕はボストンバッグを握りしめながら、瑛太さんの背中についていった。頭の中ははてなマークでいっぱいで、矢継ぎ早に質問を連投した。
「ここまでどうやって来たんですか?」
「ダチに車で連れてきてもらった。俺免許持ってねえし」
「あのっ今日仕事は?」
「土曜だから休み」
「あの、あのっ僕が迎えに行くの……待ちきれへんかったんですか!?」
勢いでそう問いかけると、前を歩く瑛太さんの足がピタリと止まる。しまった。怒らせちゃったかも。
ビクビクしながら様子を窺いつつ、隣まで行って瑛太さんの顔を覗く。
瑛太さんの横顔は、林檎みたいに真っ赤だった。
「だからさ……さっきそう言ったじゃん」
震える声で瑛太さんはそう呟く。
途端に愛おしさがこみ上げて、僕は思わずぷっと吹き出してしまった。
「瑛太さん。ほんまにツンデレやなぁ~」
「うっせぇ! こちとらお前のせいで色々大変だったんだぞ! 諸々の手続きとか、お前の親戚への連絡とかっ!」
「じゃあ僕……ほんまにこれから瑛太さんと一緒に住むってこと?」
「そーだよ、悪いか」
「わるない! むしろめっっっちゃ良いっ! さいこうっ!」
横から抱きつくと、「あぶねっ!」と突然の衝撃に倒れそうになりながらも、僕を受け止めてくれた。
ぎゅうと抱きつくと、すごく安心して、涙が出そうになった。
「あ、ついでに言うとお前、今日から名字変わるからな」
「どういう事ですか?」
「『吉田景』、それが今日からお前の名前」
「……え、」
「どうしたんだよ」
「僕達……結婚するんですか?」
「ばっ、ちげーよ! 養子縁組だ養子縁組っ!」
「あ、そうなんや。じゃあ僕は今日から、瑛太さんの弟ってことなん?」
「そうそう。俺はこれから景にとって、『言うこと聞かなかったら鉄拳制裁も辞さない兄ちゃん』になるってこと」
「瑛太さん、絶対僕にそんな事できひんやん」
「まあ。冗談は置いといて。一緒に生活するからには、ちゃんと俺の言うことは聞けよ。門限とか」
「はーい」
「はいは短く」
「はいっ!」
ワンワン!
突然犬の鳴き声が聞こえた。
見ると、僕達の進行方向から、眼鏡にバンダナを巻いたぽっちゃり体系の男の人が、白い小型犬と一緒にこちらに歩いてきていた。
「ワンッ! ワンッ!」
「わぁ~! そんなに引っ張ったら駄目でござるよぉ~! ……おぼぶっ!」
犬が僕達を見るなり、尻尾を振りながら駆け出す。その拍子に男の人はリードをぐんと引っ張られ、盛大に転んでしまった。
リードが手から離れて、犬はそのまま走り出す。
「大変やっ!」
僕は慌ててこちらに向かってくる犬を捕まえる為にしゃがみ、両手を広げた。
するとその犬は瑛太さんへと飛び込んでいき、瑛太さんはそれを当然のように抱きとめる。
「ははっ、くすぐったいって」
ぶんぶんと尻尾を振りながら、白い犬は瑛太さんの顔をぺろぺろと舐めている。
その間に眼鏡の男の人が、はぁはぁと息を切らしながら僕達の所へと走ってきた。
「瑛太氏~! 無事に合流できたんでござるなぁ!」
「おう。送ってくれてマジで助かったわ。サンキューな」
「……瑛太さん、この人は?」
「サモだよ。一度通話しただろ」
「え、サモさんって……ほんまにあのサモさん!?」
「そうそう。俺をここまで連れてきてくれたの、サモなんだ」
言われてみれば、確かに聞き覚えのある声のような気がしてきた。
僕は慌てて眼鏡の男の人──サモさんに頭を下げた。
「あっあのっはじめましてサモさんっ! 瑛太さんが、いつもお世話になってますっ!」
「なんじゃその挨拶……お前は俺の親かっつの」
突っ込みを入れている瑛太さんをスルーし、サモさんは僕に駆け寄ってくる。
そして僕の手を両手でぎゅっと包み、眼鏡の奥から、まるで少年みたいなキラキラした瞳で僕を見つめた。
「はぁ~……とっっっても可愛いでござるぅ! キミが噂の、景きゅんでござるよな!? 瑛太殿から話は十二分に聞いているでござるよぉ~! っかぁ~!!! 女装させたいでござるぅ~!!! ロリータツインテ! 景きゅん! よかったら今度拙者の家に──」
「おいサモ。景がドン引きしてる。その辺にしとけ」
「あ、あはは……」
顔を引き攣らせながらなんとか笑顔を作っていると、サモさんはようやくハッとして僕の手を離し、汗を拭う仕草をした。
「ふう……失敬失敬。拙者、可愛い男の子に目が無くてですなぁ」
「犯罪者みてえな発言も止めとけ」
「うう~……それじゃ拙者、何も話せないでござるよぉ~!」
瑛太さんはサモさんととても仲が良さそうだ。だけどこの人……本当に大丈夫なのかな。
僕がそんな懸念を抱いてるのに気付いたのか、瑛太さんが僕を見た。
「景、安心しろ。こいつ素だと、めちゃくちゃまともな奴だから」
「ハッ!? 瑛太氏! ネタバレダメ、絶対! 男は少しくらいミステリアスな方が──」
「いや、お前のはミステリアスじゃなくてただの変態だから」
ズバリと瑛太さんが言うと「フォカヌポウ!」と叫んでサモさんは倒れてしまった。ほんとに大丈夫なのかな……この人。
「さ、茶番はこのくらいにして帰るか。サモ、車どこ?」
「あ……あちらに」
倒れたままのサモさんが、震える指ですぐそこのパーキングを指差す。そこには車は一台しか停まっていなくて、どう見ても左ハンドルの、ピカピカに磨かれた黒い高級車だった。
「え、あの車……レンタカーですか?」
「違う。サモの」
「え……もしかしてサモさんって」
「こいつん家、国内有数の資産家なんだってさ。ちなみに一度も働いたことないニートだ」
「働いたら負けだと思ってる! キリッ!」
「なんか……キャラ濃すぎて漫画から出てきたみたいや」
「そういやサモの本名ってなんなの?」
「それはヒ・ミ・ツ♡」
「あっそ」
「んもうっ! ちょっとは興味持って欲しいでござるよぉ~!」
ふと、瑛太さんの足元で大人しくおすわりしている白い犬を見る。白いマルチーズ。
僕ん家で飼っていた『シロ』と、とてもよく似ていた。
「この子は……サモさんの子ですか?」
「いや、俺が飼ってるんだ。名前は『しろ』。子犬の頃に捨てられてたらしくて、施設から譲り受けたんだ。でも世話はこれから全部お前の担当。理由は……分かるよな?」
『しろ』は僕を見上げながら、無邪気にはっはっと舌を出している。
その姿があの日、僕が残酷に殺した『シロ』の姿とダブって、胸がぎゅうと苦しくなった。
しゃがんで、黒くて丸っこい瞳と視線を合わせる。恐る恐る手を伸ばし、頭を撫でてみる。
小さな尻尾が千切れそうなくらいぶんぶんと横に振れた。
「今度こそしっかり愛情かけて、最期まで面倒見てやれよ。それがお前に出来る唯一の償いだろうからな」
「……はい。大事に大事に、最期まで育てます」
僕が立ち上がると、「さ、帰るぞ」という瑛太さんの掛け声て、三人と一匹で、桜の絨毯を踏みしめて歩き始めた。
「でも瑛太さんのアパート、ワンちゃんオッケーなんやっけ?」
「ああ、引っ越した。2LDK」
「ええ!? お金大丈夫なん!?」
「大企業勤め舐めんな。郊外にはなっちまったけどな……あ、今日サモも家で飯食うから、晩飯はピザだぞ」
「え!? ピザ!? めっちゃうれしい!」
「サモは最近ほぼ俺んちに住み着いてる状態だからさ……まあ、思うところはあるかもしれないけど、仲良くやれよ」
「よ、よろしくでござるよぉ……景きゅ……じゃなかった。景どのっ♡」
「え、あ、はい……あはは」
「さっ! 拙者は親から貰ったこのブラックカードで、駐車料金の支払いをしてくるでござるよっ! 一足先に、アデュー!」
サモさんは上機嫌に駐車場へとスキップで駆けていった。それを呆然と見送っていると、「なあ」と隣を歩く瑛太さんの声。
見上げると、瑛太さんはリードを持っているのとは別の手を、僕の方に差し出してきた。
「せっかくだし……手でも繋ぐ?」
「え、……もちろんっ!」
満面の笑みで握ると、瑛太さんも照れくさそうに僕の手を握り返してきた。
ドキドキと鼓動が高鳴って、勝手に顔がにやける。こんな幸せな気持ち、生まれて初めてだ。
そうだ。瑛太さんに伝えへんと。僕の本当の──心からの気持ち。
「瑛太さん」
「ん?」
ちょいちょいと手招きすると、瑛太さんが少しかがむ。僕はその形の良い耳に、内緒話するみたいにぽそぽそと囁く。
「この2年半、毎日ずっと考えとったんです。僕、やっぱり瑛太さんのこと……」
ドキドキしながら自分の気持ちを囁くと、瑛太さんの顔が、ぼっと火が出るほど赤くなった。
「は? ……はぁ!?」
「瑛太さんは?」
「お、俺は。俺はなぁ……」
今度は瑛太さんが僕の耳にこそこそと耳打ちしてくる。今度は僕の顔が、ぼっと火が出るほど熱くなった。
「じゃ、じゃあしてみます? ……アレ」
「え? ここでかよっ」
「はい。今なら誰も見てへんし」
「ん、んん……分かった。一瞬だからな。景、目を閉じろ」
「……はい」
ざあ、と風が吹いて、桜吹雪が僕達の顔を隠す。
風が止んだ後、僕達は近い距離で見つめ合い。ふ、と小さく笑いあった。
さて。これで俺達の話は終わりだ。
終わりというのは、人様に見せられる部分はここまで、という意味だ。なんせ説明するのに疲れたからな。
この後も当然、俺達の人生は続く。
幸せな人生か。そうじゃないか。なんて。きっと生涯を終えるその日まで、判断はつかないだろう。
俺の選択が正しかったのかは分からない。この道の先に広がるのは、自分の手に余るほどの地獄かもしれない。
でも、この選択に後悔は一切無かった。
どんな生き方を選択したって、どうせ色々ある事に変わりないだろうし。だったら自分の心の動く方へって、まあそんなノリだ。
でもまあ、俺の隣にはこれからずっと景がいる。幸せだろうと不幸だろうと、それだけは一生変わることはないと、断言できるから。
これから先、何があったって、二人でなんとか乗り越えていってやるさ。
今回で完結です。読んでいただきありがとうございました!
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