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第六曲


 ――僕を王子様にしてくれるのは君だけ。

 ――真っ赤な顔をして照れる君も、僕のことを真っ直ぐ見てくれる君も。

 ――全部、全部、愛おしい。






 * * *






 ――体育館にて。

 奏は先ほどの男子生徒のことを考えながら、咲良と優一の元へ向かっていた。


 ――……普通の中等部の生徒……だよな。でも……。


「なんか不気味だったな」

 奏がポツリと呟くと、いきなり奏の視界に咲良が顔を覗かせた。

「何が?」

「……っうわ! ビックリした、咲良か……」

 奏は突然現れた咲良の姿に驚き、一歩だけ後ずさった。

 そんな奏の行動に咲良は頬を膨らませる。

「失礼だな〜。人をお化けみたいに扱って!」

「ご、ごめん。さっき上で会った奴が変だった気がしたから……」

「奏が捕まってないってことは、生徒会役員じゃないんでしょ?」

「そうなんだけどさ。……まぁ、いっか」

 奏は咲良と一緒に舞台で座っている優一の近くに歩み寄る。

 ずっと待っているだけだった優一はつまらなさそうに両足をプラプラさせて座っていた。

「奏、おっそ〜い。もうゲーム終わっちゃうじゃん」

「終わるなら終わるに越したことないだろ。あと数分で……」


 奏がそう言おうとした瞬間――。


「その数分が命取りですよ?」

 いつの間にか、優一の後ろに涼が笑顔で立っている。その場の三人は彼女の存在に気づくことができなかった。

 完全に後ろを取られた優一は反応することができず、捕まってしまった。

「氷山さん、確保です」

「え〜、こんな終わり方ある〜?」

「残念ですが、勝負ではこういう結末を迎えることもありますよ。……さて、次はお二人ですね」

 涼は奏と咲良の方を向いて舞台から降りる。


 この時、奏は咄嗟に咲良の身体を抱いて、体育館の入口の方に走り出した。

「……えっ!? か、奏!?」

「二人一気に逃げるならこの方が速いだろっ……! てかあの人、本当に何者だよ!」

 人一人抱えているとはいえ、男子高校生の足に追いつきかねない涼の身体能力に奏は驚愕した。

 すぐ後ろに涼の気配を感じる。

 奏たちが、もうあと一歩で捕まるという時にチャイムが体育館中に鳴り響いた。


 キーンコーンカーンコーン……。


 その時、涼は伸ばしていた手を下ろしながらその場に立ち止まった。そして、嬉しそうに手を叩き始めた。

「……あなた達の勝ち、ですね。おめでとうございます! このレクリエーションで二人とも捕まらずにクリアできたのはあなた達で二組目です」

「えっ……と、ありがとうございます?」

 奏はキョトンとしたまま、咲良をゆっくりと下ろした。

「皆見さんが一人で逃げ切ればそれで勝ちだったのですが、相川さんを見捨てずに共に逃げ切ろうとする姿勢、お見事です。さすが王子様といったところでしょうか」

「二人同時に逃げるならその方が速いと思って……。王子様だなんて、そんなキャラじゃ……」

 奏の言葉を聞いた涼は目を丸くした後、口元に手を当てて静かに笑った。

「……っふふ……。テレビ等を見ている限り、あなたのことを王子様だと思う人が殆どかと思いますが……」

 涼の言葉に、奏は首を横に振る。

「やめてください。現実の俺はそんなんじゃ……」

「そんなことない!」

 そう言って、咲良は奏の腕を思いっきり引っ張った。

 いきなりのことで奏は驚いた様子で咲良を見つめる。

「さ、咲良……?」

「奏は……、今も昔も、王子様! 奏のファン第一号の私が言うんだから当然!」

 咲良は必死な表情で奏に訴えかける。その時の咲良の瞳はキラキラ輝いているように見えた。

 奏はあまりの勢いに目をパチクリさせる。

「あ、ありがとう。そんな風に言ってもらえるとは思ってなかったから、驚いた」

 涼は二人のやりとりを見て微笑ましそうに見ていた。

「こんな熱烈なファンがいるなんて。本当に素敵なご職業ですね」

 涼の言葉を聞いて、咲良は赤い林檎ぐらいに顔を真っ赤にさせた。

「ねっ、! 熱烈なファンだなんて、そんな……!」

 咲良はあからさまに慌て出した。そこで少しずつ人が増えてきていることに気づいた咲良は、急いで奏から離れた。

「もっ、もうすぐレクリエーションも終わるよね!? 私は先にクラスの方行ってるね! また後で!!」

 咲良は逃げるようにその場を去った。

「ちょ、咲良、待て……、ってもういないし」

 咲良の背中に伸ばされた奏の手は空振り、あっけなく降ろされた。

 取り残された奏と涼は、咲良を呼び止めようにもあまりにも速すぎたため、咲良の背中を見つめるだけになった。

 

 そして涼は奏の方を見て、優しく微笑んだ。

「……なんというか、面白い人ですね」

「本当に……。いつ見ても飽きないですね」

 そう言いながら咲良の背中を見つめる奏の表情は、大切なものを愛でるかのような表情をしていた。

 そんな奏を見た涼は、少し羨ましそうな表情をして呟く。

「……身近に大切な人がいること、本当に羨ましい限りです……」

「……? 何か言いましたか?」

「いいえ、独り言です。……さて、あなたも早くクラスのところに行った方がよろしいかと」

「……そうですね。ありがとうございます」

 奏は涼に一礼をしてからその場を離れた。

 奏を見送った涼の顔から笑顔が消え、目線を下にずらした。

「…………会いたい人に会える。それがどんなに幸せなことか……」

 涼は右手の薬指にあるリングを見つめ、瞳を揺らがせた。








 レクリエーションが終わり、何故かそれの表彰式もあった。

 逃げ切ってしまったため、目立ちたくないと思っていた奏は最も注目されることとなる。

 その時の奏の表情といったら、不快極まりないといった表情で、とても世間で言うところの王子様とは程遠かった。

 奏は名前を呼ばれると、肩を落として立ち上がった。

「……なんで、俺が……」

「しょうがないでしょ〜。二人で逃げ切ったペアは奏と咲良ちゃんだけだったんだから。ほら、諦めて早く行った行った」

「お前、後で覚えとけよ」

 優一はニヤニヤしながら、手をヒラヒラさせて奏に早く行くよう言った。

 そんな優一を横目で睨みながら、奏は咲良と一緒に壇上に上がった。

 隣に立った咲良が申し訳なさそうに耳打ちをする。

「なんかごめんね? 奏、極力目立ちたくないのにこんな思いっきり目立っちゃって……」

「咲良は何も悪くない。……どちらかというと俺がゲームに意地になり過ぎた結果だ」

 奏はそう言ってため息をつく。

 そんな奏を見た咲良は先程よりも小さい声で話す。

「……さっきの奏、かっこよかったよ。やっぱり奏は王子様だよ」

 咲良の言葉に驚いた奏はバッと咲良の方を向いた。

 その時の咲良の表情は花のように、温かく優しい表情をしていた。

「……咲良……」





 無事に表彰式を終え、それぞれの教室でホームルームを行った。

 奏たちのクラスもホームルームを終え、洸太が教室から出て行ったと同時に、奏を取り囲む輪と咲良を取り囲む輪の二つに別れた。

 そして、それぞれの輪で野次が飛び交う。

「皆見くんと相川さんってどういう関係なの!?」

「相川さん! 皆見奏くんとどうしてそんな仲良しなの!?」

「ずりーぞ皆見! 日本中の女の子だけじゃ飽き足らず、クラスメイトまで!」

「皆見、お前も男だもんな。俺は何も言わねーぞ」

「ちょっと待て。野次の中にとんでもないの混ざってなかったか?」

 奏は冷静に受け止め、ツッコむなどの余裕が見られた。咲良も同様に落ち着いていた。

「そんな特別な関係じゃないけど……。強いていうなら幼馴染かな。だから優一も、私の幼馴染なの」

 咲良がそう言うと、クラス中の女子生徒が驚きの声を上げた。

「えぇえ――!? あの皆見奏くんと幼馴染!? 人生の全ての運を味方してる!」

「私もその世界線に生まれたかった……!」

「ねぇねぇ! 普段の皆見奏くんってどんな感じなの!? 今みたいにクールなの?」

 咲良に次々と質問やら野次やらが飛んでくる。

 さすがの咲良もこれには参ったのか、目を回していた。

「えぇ、と……、その……」

 そんな咲良の輪に優一は割って入って、咲良の手を取った。

「そんな一気に言ったら咲良ちゃん困っちゃうよ。今日はもう解散〜。ほら、咲良ちゃん行くよ」

「う……、うん。ごめんね、みんな! また明日〜」

 咲良は優一に引っ張られながら、クラスメイトに手を振って教室から出た。



 咲良と優一が教室から出たことで、みんなの集中が奏に向いた。


 ――優一の奴……! わざと俺だけ置いてったな……。


 そんな感情を表には出さずに、奏はいつもの営業スマイルでクラスメイトと話す。

「相川さんも言ってたけど、俺たちはそんな特別な関係じゃないよ。小さい頃からずっと一緒にいるから、兄妹みたいなもんだよ」

 奏がそう言うと、クラス中の女子が安堵した。そしてその内の一人が声を上げた。

「じゃ、じゃあ! 一般人とお付き合いすることもあり得るの!? 例えば……、この学校の人とか……」

 奏はクラスを見渡す。

 クラスメイト達の顔は期待を秘めた顔、照れた顔、不安そうな顔など様々だった。

 奏は一息ついて、笑顔で答えた。

「ないよ。俺はそんな無責任なことしない」

「……そっかぁ……」

 クラスが一瞬、沈黙した。

 奏はその隙に荷物をまとめて立ち上がる。

「……ごめんね。俺、今から仕事あるから。また明日」

 そう言ってクラスから出ていった。





 学校の門まで行くと、塀にもたれて笑顔で話している咲良と優一がいた。

 奏は無意識に線引きをされているように感じ、キュッと下唇を結ぶ。

 奏に気づいた咲良が大きく手を振った。

「あ、奏〜! よかった、抜けられたんだね」

「無事にな。優一お前、俺を置いていきやがって」

「誰にも奏を助けて〜なんて頼まれてないしー? 少しくらいファンサービスをしてあげた方がいいかなっていう僕の優しさ?」

「一旦黙って」

 奏がため息をつくと、咲良が奏の腕を強く引っ張った。

 奏は視線を咲良に向けると、ニッコリ笑っていた。

 

「一緒に、帰ろう!」

「…………あぁ、そうだな」

「今日は寄り道なし?」

「な――し。たまには三人でゆっくり帰ろうよ!」

「それもいいかもね~。じゃあ奏の王子様的エピソードについて語る?」

「やめろよ」


 三人は並んで和気藹々と話しながら、帰り道を歩いていった。

 

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