2進加算器と異世界
普通の高校生が異世界でCPUを作る話です!
恐怖に駆られ、和也は背後を振り返る。
遠くにいたのは・・・・・・カラスではない。コウモリだ。
「なんだ・・・・・・」
コウモリの鳴き声ってあんなに大きいのか。
そんなことを考えながら、ふと気付く。
何か、コウモリの見え方がおかしい。いや、それ以前に・・・・・・なぜコウモリが見えたのか?
和也の目は決してよくはない。眼鏡をかけても視力は悪い。
和也とコウモリの間にある蛍光灯の数から判断するに、距離は150メートルほど。そんな遠くのコウモリを自分が視認できるはずがない。もっとぼやけて見えるはずだ。
結論は2つに1つ。
コウモリは近くにいるか、それとも・・・・・・遠くにいるが大きいか。
前者は蛍光灯の数で割り出した距離の概算から否定される。
「で・・・・・・でかすぎない!?」
和也は慌てて駆けだした。本能が、この大きさのコウモリはヤバいと告げている。走ってトンネルの入り口へ駆け込む。
「ちょっと、あんた!」
少女の声がした。
「何逃げてんのよ!? あんた新入り!? ただの電気コウモリじゃない!」
「電気コウモリ・・・・・・?」
少女はトンネルの出口方面からこちらへ駆けてきていた。
銀色の髪と革製のジャケット、黒い手袋。まるでファンタジーの冒険者のような姿。
「仕方ないわね・・・・・・ちょっと伏せてなさい!」
直感的に彼女を味方と判断し、和也は指示に従う。
小石や雑草がまばらに散らばる地面の上に伏せるやいなや、頭上を何かまばゆい光が飛ぶ。
「光の魔方陣・・・・・・」
ギャアアアアと苦悶の声を上げて、電気コウモリは倒れる。
「ほら・・・・・・倒したわよ。素材はあげるから、精々精進なさい」
「あ、ありがとう・・・・・・」
電気コウモリ?
「大丈夫だって、もう死んでるから。感電はしない」
少女に促されて、和也はコウモリの近くに駆け寄る。
「私はクリス・。ベリーランドの魔道士よ」
「ベリーランド・・・・・・?」
「え・・・・・・私の国を知らないの? 確かに小さな国だけど歴史はある方だし、経済規模もそれなりにはあるんだけど・・・・・・」
ベリーランド。地理の時間にすべての国名を覚えさせられた和也だが、聞いたことがない。
・・・・・・いや。それ以前に。
なぜ自分が伏せたのは地面の上なのだ?
いくら和也の実家が田舎でも、このトンネルはコンクリート舗装されている。伏せたときに、小石や雑草があったのはいくら何でもおかしい。
「お、俺は山崎和也・・・・・・」
「カズヤ。聞かない名前ね。外国人?」
「た、たぶんそんなところだ」
和也は混乱する頭を抱えて、状況の把握に努める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。このトンネルの出口は・・・・・・」
「トンネル? 何それ・・・・・・」
クリスは怪訝な表情を見せた。
「ここはダンジョンよ。怖じ気づいて逃げたいんなら今の道を戻るのは賛成しないわね。たぶん、そっちの方がもっと強いモンスターがいるから」
「え・・・・・・えええっ!?」
トンネルの入り口の方を見ると、そこには既に先ほどのコウモリの群れ。
「まったくもう・・・・・・仕方ないわね。一回地上に出るわよ。あんたみたいの抱えて冒険は無理」
ついてきなさい、といってクリスはトンネルの出口の方角へ進む。
ずっと見えていた、故郷があるはずの出口の光。
それが次第に大きくなって・・・・・・
――トンネルを抜けると、そこは異世界だった。
かなり開けてはいるが、その空間は岩肌に取り囲まれており、したがって地下であると分かる。
その体育館ほどの空間の中、トカゲやクモやらのモンスターがひしめき、またそれを取り囲み槍や弓を浴びせかける人々の群れ。
皆、鎧や革製の上着を身につけており、中にはローブを着た者もいる。
「おう、クリス! 無事だったか!」
茶色い髪の薄汚れた麻の服を着た男が声をかけてきた。
「当たり前でしょ。これくらいのダンジョンでやられたりしないわよ」
「頼もしいねえ」
男の年は30足らず。名はルイスという。クリスの使いっ走りのような剣使い。
「そいつ、カズヤとかいうの。初心者かしらね? とにかく一回地上に出ましょ」
「ええー!? これからだぜ」
「そうはいってもね、そいつ怪我させるわけにもいかないし」
「おうひよっこ、仕方ねえから上まで案内してやる。有り難く思えよ!」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
クリスとルイスは和也を適度に庇いながら、現れるモンスターをなぎ払い、傾斜のある坑道を上へ上へと上がっていく。
「何つーかよ、最近このあたりの階層でも、敵が強くなってねえか」
「あんたが弱くなってんじゃない?」
「んなわけあるか! 俺だけじゃない、みんな言ってることだぜ・・・・・・」
和也はクリスとルイスの会話を聞きながら、周囲の状況を伺う。魔法を使った戦い。クリスもルイスも、そして周りの冒険者たちも、何か石版のようなものを持っている。石版には宝石が埋まっており、それをいじることで諸々の術式が発動するようだ。
もし、石版の宝石をいじるだけで魔法が発動できるなら、自分も役に立てるかもしれないが。といって、魔法は自分にも使えるのか、などと聞いてはますます怪しまれる。
「ちょ・・・・・・めんどいめんどい。一回止まって・・・・・・」
前方から巨大なクモが現れる。
「硬い奴だ。面倒だぞ」
立ち止まった隙に和也は地面を調べ・・・・・・倒れた冒険者の服をまさぐると石版を発見した。
指を緑色の宝石に触れてみると、輝きを放つ。
「なんだ、回復が使えるのか。だったら援護してくれよ」
「え? いや・・・・・・」
「ほれ。これが術式。ちっとでいいから回復してくれや」
ルイスは和也になにやら様々な文字や記号が書かれた紙を渡した。
下位魔法なら出来るだろ、とルイスは再びクモに向き直る。
和也は石版を見た。
そこにはいろいろな色の宝石が埋め込まれていて、それぞれが導線のようなもので繋がっている。導線をなぞると、それはオレンジ色の光を放って繋がってゆく。
術式が書かれているという紙を見ると、そこには式らしきものが書かれていた。字は読めなかったが、見たところどうも色分けがなされているらしい。火は赤色、水は青色といった具合か。
その式はおそらくイコールを意味すると思われる記号によって縦に連なっている。数式の変形のようなものか。その変形を目で追いながら、和也はそこにある種の既視感を感じた。
ある記号の前に赤い文字と青い文字。火と水の宝石を示すものか? そしてその上に英語のアクセント記号のような印。その赤と青の文字列が、何かルーン文字のような記号で結びつけられている。その次の行には緑色の文字。
「これは・・・・・・火と水を組み合わせると回復ってことか?」
そんなことを独りごちながら術式を読んでゆく。
「こんな感じか?」
ほぼ感覚に頼って石版を動かす。ある種の機械について、感覚的にどこをどう弄ればよいのかが分かることが和也にはあった。あるいは似たことだが、ある数式の解がどうなるのかを瞬間的にイメージできる。定数×二乗の形になるなとか、この文字は出現しないなというカンが働いて、一瞬で計算を終わらせられる感覚。
その数学的な直観を、目の前の石版に適用してゆく。
導線が光らなければ間違いと分かる。光るパターンと光らないパターン。そこから何となく、どの文字が「かつ」を意味し、どの文字が「または」を意味するのかまで推定できた。
パチ、とある宝石を回してみたとき。
ふいに石版がまばゆい光を放った。明らかに何かが完成したことを示す緑色の光。
クリスが驚いたような声を上げた。
「ち、ちょっと待ちなさいよアンタ! その回復できたの?」
「あ、ああ。一番上の奴・・・・・・この回路を組んでみたんだが」
「ちょ・・・・・・それはちょっとやそっとじゃ組めねえだろ」
クリスとルイスは感嘆の表情を浮かべたが、すぐにクモの方に向き直る。
「<深緑の日差し>があるならもっと攻めれるわね」
「ああ・・・・・・多少力業でもいけるぜ」
クリスとルイスはクモに向かって一気に間合いを詰める。クモが綱のような太さの糸を吐き出すも、二人はそれを避けずにそのまま突っ込み、眉間に剣を突き刺した。
「一丁上がり・・・・・・っと」
「すごいですね・・・・・・」
「何言ってるの。あなたの回復があったからできたのよ?」
「いや・・・・・・」
和也は言いよどんだ。まさかよく分からないまま直観で石版をいじったなんて言えない。