火星の位置を計算せよ!
和也はクリスたちに仲間として認められたようだ。さしずめ初心者回復術士と言ったところらしい。
「この石版の使い方知ってたの?」
「いや・・・・・・」
何と答えたものか。
「お・・・・・・俺の国の奴とは違うなあ、って」
ウソはついていない。
クリスたちは和也を地下から地上まで案内してくれた。
そこにあったのは森。植生は針葉樹が多く、木の実のようなものも多い。全体的に、寒冷な気候の土地であると推定できる。
時刻は夕暮れ。森は既に薄暗い。
クリスによれば、この森から半刻ほど歩くとベリーベルグなる城塞都市に着く。
クリスたちもベリーベルグに戻るつもりらしく、一緒に連れて行ってくれることになった。
ベリーベルグはクリスとルイスの祖国ベリーランドの首都だそうだ。クリスはそこの出身で、ルイスは地方から出稼ぎに来たらしい。
この世界にはさまざまな種族が住んでおり、互いに繁栄を分かち合っているが、対立もまた存在する。
その一つが人間と悪魔の対立である。
ベリーランドは、人間の領域と悪魔の領域のちょうど境目にある小国家だ。
先ほどまで攻略を続けていたダンジョンは、ベリーランドと悪魔の領地の間の緩衝地帯に建てられたものだった。緩衝地帯は民間人ならびに先住民の居住のみを認め、非武装中立を保つという約定を破り、地下ダンジョンが設置されていたのだ。
「近く悪魔が襲ってくるんじゃないかって噂だぜ」
ルイスの言葉にクリスはフンと鼻を鳴らす。
「そんなの、私たち魔道士がまた追い返せばいいだけの話よ。ねえ?」
同意を求められても返事しかねる和也である。だってここの状況よく分かんないし。
「そんなに・・・・・・攻めてくるなんてあるんですかねえ?」
お茶を濁してさらなる情報を聞き出すことにした。クリスのようなタイプは適当に話を合わせておくと、進んで自分の知っている情報を話してくれるのではないかと踏んだのだ。
「楽観視なんてできないわよ。悪魔には土地所有って概念がないんだから」
「・・・・・・?」
「悪魔って種族名はもともとなくて、勝手にいろんな場所に住んでいたモンスターたちを人間たちがまとめて呼び習わしたものなのね。で、彼らは土地所有という概念を持っていない。どこかよさげな寝床があったら力で奪うだけ・・・・・・」
しかし、契約という概念は持っている。
「だから200年前、人間と悪魔の代表である魔王は契約を交わした。人間たちの領地に悪魔が入ってはならない、と。魔王はそれに同意したんだけど・・・・・・」
さらなる問題は、悪魔には共通の統一政府がないこと。冷静に考えれば当たり前だ。そもそも<悪魔>とは様々なモンスターを人間が勝手にまとめてそう呼んでいるだけなのだから。
<魔王>というのはあくまでも人型の悪魔の中でもっとも尊敬を集めている者が慣習的にそう呼ばれているに過ぎず、したがって彼の交わした契約にどこまで拘束力があるか疑わしい。
「そして、さらなる問題なんだけど・・・・・・」
――人間の土地に悪魔が侵入してはならないという停戦条約はあと2ヶ月で失効する
「え・・・・・・?」
それってかなりヤバいんじゃ?
「そもそも悪魔には土地所有という概念がない。土地とははじめから奪うものだと考えてる。だから彼らは、どこかの土地が永久にある種族の所有物だなんて考え方は受け入れない。悪魔にとっては、土地なんて誰が作ったものでもないのだから、その都度必要とする者が勝手に使い、話し合いで決着ができなければ戦争。これが当たり前なの」
200年前、悪魔は人間たちの力を認め、土地に手を出さないことを約束した。が、所有を認めたわけではない。単に人間の力を認めただけだ。
そのため土地所有は期限付きのものでしかなかった。期限が切れた後、人間たちを侵略しないことを悪魔は約束していない。
「それは・・・・・・」
どうも攻められても仕方がない気もする。悪魔の理屈にも一理はある気がするし。
「そ。だから結局力を示すしかないのよ」
クリスは肩をすくめた。
話し込みながら歩き続けずいぶんと時間がたった。先ほどまで西日が差していた空は既に暗い。道も、獣道か山道か分からない森の中の剥き出しの地面が、いつしか広くなり、立派な田舎道となっていた。木々も背が低くなり、代わりに石の家屋や柵などの人工物が目立つ。
「見えてきたわよ」
遠くの地面に煌々ときらめく星座が浮かび上がっているのが見えた。いや、あれは星ではなく松明の火だ。目をこらすと、その火の側に石の壁が見える。その後ろの空にはぼんやりと塔がそびえている。
「人の地と悪魔の地の境界・・・・・・ベリーベルグよ」
ベリーベルグは町全体が石の壁に囲まれていた。大通りを進むと城門があり、守衛が立っている。クリスが手形を見せると、和也たちは入城を許された。
城門を通過してしばらくは櫓、城郭などが所狭しと並ぶ。やがて兵舎を抜けると、色とりどりの屋根が輝き、人々の笑い声が響く市街地に出る。
既に日は落ちて久しいが、町の人々はまだまだ眠らない。酒屋や宿屋は今からが稼ぎ時。表に看板や飾りを出して、ダンジョン帰りの冒険者たちを呼び込んでいる。
和也たちはその市街地の中の、ある酒場に入った。
2階建ての木造建築で、扉を開けると中央に巨大な円形のテーブルがあり、その内部が厨房となっている。 すでにかき入れ時のようで、客たちはそれぞれの席で料理と酒を楽しんでいるようであった。
名を<巨人の樽>という。その名の通り、とにかく酒をなみなみと注いでくれる店らしい。
「いつもの」
とクリスが言う。
運ばれてきた小麦色の飲み物は、ビールのように見えるが、きめ細かな泡ではなく、代わりに沸騰したお湯のような気泡が湧き出ている。
この世界において飲酒は何歳から可能なのか? 疑問に思ったが、既にクリスが和也の分まで注文していたらしく、おそるおそる口をつける。
「はあーい。無事戻ってきたわね、クリス!」
和也たちの席に近づいてきて、クリスの肩を組む赤毛の女がいた。
「ロッサーナ!」
太ももまであらわなスリットスカートが目立つその女性は、名をロッサーナといった。
「無事の帰還を祝して・・・・・・」
「ちょっと、馬鹿にしないでよ! ダンジョンくらい・・・・・・」
「でも」
ロッサーナは少し声を潜める。
「中立地帯のやつでしょ? 実は私、結構心配してたのよ」
ロッサーナの言葉にクリスは押し黙る。
「まあ・・・・・・とにかくかんぱあーい!」
ボクはのめるクチ? と聞かれ、返答する間もなく目の前に酒を置かれた和也であった。
ベリーランド首都ベリーベルグ王宮。
第3王女リリシア・ベリーは悪魔側の大使マルジェ伯を問い詰めていた。
「どういうことですか? 悪魔も人間も緩衝地帯を武装化はしない、と」
「軍事施設ではない、もともと住んでいたモンスターを保護するための施設ですよ」
マルジェ伯は薄ら笑いを浮かべる。
「それならなぜ地下に作るのです?」
「ほら、我々は夜行性が多いですから」
悪びれもせず、弁明にもなっていない弁明を淡々と続ける。
リリシア姫とマルジェ伯は一瞬視線を交わした。2人の眼差しの交差は、あたかも人と悪魔の対立を代弁しているかのよう。
「申し上げます!」
鎧を着た男が謁見の間に入ってきた。
男はリリシア姫に頭を下げ、許しを得ると彼女の方に歩み寄り、耳元で何かを囁いた。
「何ですって!? それはどういう・・・・・・!?」
マルジェ伯の唇は不敵な笑みをたたえている。彼が何かを知っていることの証拠だ。
それを見たリリシア姫は、彼にこの件を隠す必要はないと判断した。情勢を考えても、この男が背後で糸を引いているのは間違いない。
「ベリーランド領内に悪魔らしき者が侵入した、との報告がありましたが」
悪魔らしき者。その曖昧な言葉を聞いて、マルジェ伯は乾いた笑い声を上げる。
「停戦条約が切れるまで悪魔は、許された大使その他を除き、人の地に侵入してはならない。しかし、先住民はその限りではない。そうだね?」
マルジェ伯は停戦条約の内容を確認する。
「答えを教えてあげると・・・・・・そいつらは悪魔ではないよ。ただの、私にじゃれついてきた可愛いトカゲたちだ。無論、ペットでもない。緩衝地帯に住んでいた種族だよ。いやあー、まさか自分にただついてきただけのトカゲたちが人の子を襲うとはなあ。予想だにできなかったよ、本当に申し訳ない」
カッカッカと笑う悪魔。
リリシア姫は唇を噛んだ。そうなのだ。悪魔の定義が不明瞭である以上、こう言った言い逃れが可能となってしまう。
「けれど私はそいつらを捕まえてあげることができなくってねえ。ほら、条約のせいで動けないから」
自業自得だろ、とでも言いたげな声である。
「条約が切れれば動けるんだけどねえ。ま、悪魔は契約にはうるさいから」
「ふざけないで・・・・・・!」
酒場<巨人の樽>の客たちも、町の異変に気付いたようだった。
「喧嘩かね?」
ルイスが赤ら顔で言う。
「いや・・・・・・喧嘩にしては激しくないかしら?」
ロッサーナの方はまったく酔っていない。飲む前と変わらぬ色白の顔である。
「ねえ、カズヤくん。お姉さんの今夜の飲み代って、計算できたりするの?」
甘い声で囁きながら、空になった瓶や皿の山を見せる。
「ええとですねえ・・・・・・だいたい」
和也は2進加算器で計算を始める。ループ機能もついているため事実上かけ算も可能だ。
「大将、当たり?」
「おう当たりですぜ。こっちではちゃんと勘定数えてたからな」
「ちえー、誤魔化せなかったか」
「ハハハ、こちとら商売だからなあ!」
「ロッサーナ! 何酔ってんのよ!」
クリスはロッサーナに肩を貸している。
「ごめんねえ・・・・・・お姉さん、飲み過ぎちゃったみたい。星の位置の計算ができませえん・・・・・・」
「おおい! って俺が言えた義理じゃねえけど・・・・・・」
ルイスはといえば、和也におぶられている。まったく人のことを言えた義理ではない。
その時。
店のドアがバンと音を立てて開き、黒い鎧と大剣を携えた大男が入ってきた。
「バルカ・・・・・・」
男の名はバルカ・カニシカ。クリスと同じベリーランドの魔術師である。
「クリス、ロッサーナ・・・・・・あと一応ルイスはいるか!」
「コルアアア! 何で俺おまけやねん!?」
ルイスの抗議をものともせず、バルカはずかずかと店内に入り、クリスたちの席に詰め寄る。
「ちょっとお、バルカくうん! 今日はお姉さん、非番でしょ!?」
「ああ!? んなもん関係あるか!」
「関係あるわい! てめーの書類仕事、代わりにやってやっただろうが!」
ロッサーナとルイスの反論に、フンとバルカは鼻を鳴らす。
「何いってやがる! でかいトカゲが3匹、城内に入ってきてんだぞ!」
皆の表情に緊張が走る。
「はあー!? 停戦条約はまだ有効だろ!?」
ルイスの声が裏返る。
「わかんねえよ! でも入ってきたのは確実だ!」
「ウソよう・・・・・・ちゃんと確認したの?」
「いや・・・・・・たぶんバルカの言葉は本当」
クリスは言う。
「ロッサーナ! 炎の魔方陣、用意しといて!」
「え・・・・・・? ちょっと!」
言うが早いか、クリスはバルカの後を追って酒場を抜け出した。
「お姉さん、酔いが回ってるんだけどおおおお!」
支えとなっていたクリスを失い、近くの机に突っ伏するロッサーナ。
「だ、大丈夫ですか・・・・・・」
和也はロッサーナの背中をさする」
「ちょっと、ボク。お姉さんの代わりに計算してくれない?」
「え・・・・・・ええっ!?」
「今夜の火星の位置。出すの、手伝ってくれない?」
「ええ・・・・・・」
「60×4.25・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さい・・・・・・」
2進加算器に小数計算の機能はついていないが、0.25をかけるのは4で割るのに等しい。これならうまくやれば。
「255」
「でえ、それを12で割った余り! 出してくれる?」
「3」
「すごおい! キミ、サイコー!」
2進加算器にはループ機能がついている。12×20は240なので、12の加算を21回繰り返して答えを出した。
「ええ・・・・・・何この子すごおい・・・・・・ちょー便利・・・・・・」
「人を機械みたいに・・・・・・」
「ようし、クリスちゃんの後を追うわよ!」
「は、はい!」
いつの間にやら千鳥足が治ったロッサーナの後を、和也も追う。
「お、俺も!」
ルイスが立ち上がると。
「へいお客さん。お勘定」
店主に肩を掴まれた。
「なんで俺よおおおおおお!」




